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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編2

曲解悪役令嬢さん

作者: 猫宮蒼



 とある作品とほとんど同じ世界に転生して、そこで自分が悪役令嬢になる予定の人物になっている、と自覚したものの。


「いや~、でもそんなストーリー通りいく? ありえなくない?」


 ベルリンディアはお嬢様言葉をすっ飛ばしつつそう呟いていた。

 鏡に映る自分の姿はまさしく悪役令嬢ベルリンディアなのだが、中身がこれという時点でストーリー崩壊もいいとこよ、と思ってしまう。


 婚約者がヒロインに惹かれて、蔑ろにされたベルリンディアがあの邪魔な女を排除しなければ……ッ!

 みたいにヒロインに嫌がらせをして、結果としてそれが原因で二人の仲はより燃え上がり……というような、まぁよくあるお約束ストーリーだ。原作は。


 しかしそもそも転生して前世の記憶が蘇ってしまった今のベルリンディアが婚約者が他の女と……となったとして、果たして嫉妬できるか、というとだ。


「うーん、まぁ前世でたくさんの推しに囲まれてたからなぁ。本妻と愛人の区別しっかりしてくれれば別に……いやでもだからといって私が愛人の立場だったらムカつくな。

 だからヒロインが私の立場を奪おうと……?

 いやまてまて、でもそもそも無理じゃない?」


 鏡を見ながら自分の頬をむにむにさせつつ独り言はやめない。


 悪役令嬢ではあるものの。

 婚約者は王子様、とかではない。

 家格は大体同じくらいの家柄の令息である。


 相手が王子でも貴族のお坊ちゃんであったとしてもだ。


 悪役令嬢より身分が下の生まれのヒロインが、正妻におさまる、というのは中々に難しい話ではないだろうか。このヒロインが国を救った英雄みたいになった、とかいうエピソードでもあるならまだしも、別にそんな事はない。


 ヒロインは男爵令嬢ではあるものの、その家は没落寸前貧乏生活。

 なので将来はお金持ちの家に嫁いで豊かな暮らしをしたい、と野心に燃えているのだ。


 原作でもその野心はあった。

 ところが悪役令嬢の婚約者である令息と出会い、最初はその野心も勿論あったもののいつしかそんな事はどうでもいいと思えるくらいに彼の事を好きになってしまい……という感じの話になる。

 まぁ、最後は彼と結ばれるので豊かな暮らしも愛する男もゲットするわけなんですけどね。


 原作ではヒロインちゃん大勝利エンドなのである。



 でもそれはあくまでも創作として、だからそういうハッピーエンドになったというだけで。

 実際その通りに事が進むか、となるとまぁ……可能性はゼロじゃあないけど……といったところか。

 あれは間違いなく原作補正とか主人公補正といった目に見えないステータスが加算されていたと言える。

 一見するとヒロインが努力した結果掴み取った未来、みたいに見えるけど、一言で言うなら運が良かった、それに尽きる。


 だからもし、ヒロインちゃんが自分と同じ転生者であったとしても。

 原作通りに私の婚約者と結ばれる事はない、と理解するだろう。

 そう、思っていたのだが。



 ――ベルリンディアの予想を裏切って、ヒロインは原作通りに事を進めようとしていた。


 ヒロインである少女――ルルティナもまた転生者であった。

 それも原作の事を知る転生者である。

 話の内容はありきたりだと思いながらも絵が好きで、何度も読んでいたため転生したとなっても原作の事は大体憶えている。


 それもあって、ならば原作通りに上手くいく、と思い込んでしまっていた。



 悪役令嬢ベルリンディアの婚約者であるノーマンと出会った時、ルルティナは別に恋に落ちたわけではなかった。ただ、原作で最終的に彼と結ばれるのだから、という理由だけで彼に近づいた。

 愛だとか恋と言われてもよくわからないが、嫌いではなかったし、今はまだ好きという感情がハッキリしなくても結ばれるのであればそのうちそういった感情だって芽生えるだろう。


 そんな気持ちで原作の通りに振舞って。


 だから途中でベルリンディアに婚約者がいる異性にむやみやたらと近づいてべたべたするのはよろしくない、と忠告されても原作の通りに進んでいるとしか思っていなかった。



 ルルティナは原作の内容を憶えていたといっても、一字一句何もかもを記憶していたわけではない。

 だから原作と比べると実際言われた事が多少異なっていても気付けなかった。

 ニュアンスが違っても意味合いが同じであれば問題ないと思っていたのだ。


 前世のルルティナが好きだったのはあくまでも原作のストーリーではなく絵の方で、美麗な絵に釘付けであったが内容はそこまで読み込んだわけじゃなかったので。


 だから、気付かなかった。


 自分が知らず破滅への道をたどっている事に。



 貴族の家に生まれた者たちは、成人前に数年間学校に通う事となる。

 卒業してそうして無事に成人したと認められる。


 学校に通うのも卒業するのも貴族として果たさねばならない義務とされている。


 その学校でルルティナはノーマンやベルリンディアと出会う事になるし、ストーリーも進んでいく。


 国中の貴族の令息や令嬢が一つの学校に集まるわけではないとはいえ、生徒の数はそれなりに存在していて、一応寮もあるけれど。


 ノーマンやベルリンディアといった高位貴族に該当する者たちは毎日家の馬車で通っているし、ルルティナのような低位貴族の者たちも馬車を用意できる家は馬車で通っている。

 ただルルティナの家のように貧乏で馬車を用意できそうにない家はというと、通学馬車というのがあって毎日同じ時刻に決まったルートを移動し生徒たちを学校に運んでいるので、ルルティナもまたその通学馬車に乗って通っていた。

 行きと帰りの時間帯に出されている馬車ではあるが、前世のスクールバスなどと異なり時刻表的に見るとかなり微妙である。


 通勤・通学時のバスはそれなりに本数が出ていたと思うけれど、馬車はそこまでの数が出ていないのと、何より馬なので時間も常に正確に……とはいかない。

 いつもなら既に到着していてもおかしくない時間であってもまだたどり着かない、なんてこともあるので余裕をもって行動しないと遅刻もザラ……なんて事にもなりえる。

 バスなら一本分早めに行けばまぁ間に合う、みたいな感じであっても馬車の場合二つ分くらい前のやつに乗らないと最悪間に合わないなんてこともよくある話だった。


 自宅で馬車を用意できず、だがしかし学校からそれなりに近い家の者などはいっそ最初から徒歩で行った方が早い……なんて事もあるくらいだ。

 スクールバスならぬスクール馬車は各家に迎えに来てくれるわけでもなく、平民たちが使う乗合馬車のように乗り場に移動しなければならないので、人によっては面倒でも徒歩のが確実……となる者が出てもまぁ当然と言えた。


 ルルティナは徒歩で行くより時間がかかっても馬車を使った方がマシ、といったところに自宅があるので毎日馬車通学である。おかげで朝は滅法早い。


 だが、それもあるからこそ、学校に早めに着いたノーマンとの出会いがあったのだと思っている。

 はえー、今日もノーマン様に限った話じゃないけれど、皆ツラが良いのだわ……と思いながらヒロインとしてストーリーの通りに進めようとして、授業が終われば馬車乗り場へと移動して帰宅する。


 学校帰りに寄り道したり買い食いしたり、といった事はほとんどなかった。

 寄り道くらいはあるし、寄り道先がカフェであるならお茶やお菓子を前にお友達とお喋りで盛り上がる、なんてこともあるかもしれないが、流石に買い食いはなかった。

 身体を目一杯動かした令息たちはたまに買い食いもしていたようだが、令嬢でそれははしたないとされていたのか、少なくともルルティナの周囲でそれをやる令嬢はいなかった。


 たまにならいいが、ルルティナの家は貧乏なのでそう毎回お友達とお茶をするためにカフェに行くわけにもいかない。

 カフェで使うお金だって、そうたくさんあるわけじゃないのだ。

 家に帰って刺繍でもしてそれを売り物にして……とお小遣いを稼ぐだけでも大変なのである。



 時々、原作に出ていなかったような相手から声をかけられたりしたこともあった。

 相手が令嬢でこちらに対して敵対しているわけではなさそうなら応じたし、相手が令息の場合、それがお金持ちの家だったとしても誘いには乗らなかった。


 いくらお金持ちだとわかっていても、モブ。

 正直いつ没落してもおかしくない、とすら思えてしまう。

 その点原作で結ばれたノーマンならば、家柄も良し、お金もある。そう簡単に没落したり死んだりしそうにない、という点から、ルルティナは他の男にも媚を売っている、なんていう噂が立たないようにノーマンとだけ距離を縮めていこうとしていたのだ。


 爵位を与えられたばかりの大きな商会を持つ男爵家の令息に誘われた時は正直かなり揺らいだのだけれど。

 だが爵位を与えられたのは令息の父であって息子ではない。

 息子の代になった途端商売が落ち目に……なんて事も考えられるわ、とルルティナは断腸の思いでお断りしたのである。


 ベルリンディアには遠回しに私の婚約者に気安く近づかないで、というような事を言われていたが、しかし最終的に彼と結ばれる事がわかっているルルティナからすればその言い分を素直に聞けるはずもなく。

 今はまだ彼に恋をしているとは言い切れなくても、彼は素敵な人だから。

 そのうち徐々に好きになっていくはずで。


 他によそ見をして、金持ってる男なら誰でもいいんだ、と周囲に思われたりしないようにルルティナは立ち回りに細心の注意を払っていたのである。



 その日は友人になった令嬢たちと寄り道をするでもなく、まっすぐ帰る事にしたのだが。


 しかしこの日がルルティナの人生最後の日となってしまった。


 家に帰り、使用人もいないためそのまま執務室で仕事をしているであろう父か、その前に母にでも挨拶をしておこうと思っていつものように移動して。

 父のいる部屋に行くまでに母と出会えるかはその時々だが、今日は途中で遭遇する事もなかったので執務室のドアを軽くノックして。


 むー、とどこかくぐもったような声がした事に「ん?」と思いはしたもののルルティナはドアを開けた。

 机に向かっているはずの父が縄で縛られ布を口に巻かれて床に転がされている。

 その隣には同じような状態で母親も。

「えっ!?」


 ルルティナは前世の記憶があるとはいえ、前世でも今でも普通のお嬢さんだ。

 だからこそその状態を目にして、咄嗟に周囲に誰かが潜んでいるのでは、だとか、瞬時に逃げて身の安全を確保した後通報するため家の外に出るだとか、賊の姿を探し瞬時に迎撃する、といった行動はとれなかった。

 大体前世で護身術を習ったりもしていないし、今世で上達したと言えるのは裁縫くらいで荒事には向いていない。原作のストーリーを思い返したところでそんなものがルルティナに必要だったか、となるとそうでもなかったからわざわざ覚えようとも思っていなかった。


 なので縛られ身動きが取れないようにされて床に転がされた今世の両親を見て、ルルティナは一瞬思考が固まってしまう。

 なんで?

 と疑問に思ってそれを口にする間も、両親に駆け寄って二人の拘束を解こうと行動するよりも先に。


 ぶん、と風を切るような鋭い音がした。

 直後、ごんという鈍い音と衝撃。

「いっ……!?」


 ドアのすぐ横にいたであろう侵入者が鈍器を振り下ろし、ルルティナの頭に叩きつけたのだ、と理解した頃には倒れていたし、痛みでそれどころではなかった。

 相手の顔を見ようとか、そういう動きをするよりも痛さで動けなかったのだ。動かないままでも倒れた衝撃もあって頭以外も痛かったが、下手に動けばもっと痛い目を見るのではないか、と身体が無意識のうちに強張って自分の意思で動かそうにも動かし方を忘れてしまったように動けない。


 頭が割れてしまったんじゃないだろうか、と思うくらいには痛かったけれどぬるりとした感触が頭から顔に伝っているわけではないので、出血はしていないはず。

 ルルティナがかろうじて理解したのはそれだけだった。


「ぃ、いた……い、何……?」

 はくはくと空気を上手く取り込めない感じがしながらも、声を出す。黙って耐えるより痛い時は痛いと言ってしまった方が気が紛れて多少どうにかなるかと思ったからだ。


 だが、まだ喋れると判断されてしまったからか、両親と同じようにルルティナも猿轡を噛まされてしまう。

 それからあっという間に縄で腕を縛られて、それから足も動きを封じられてしまった。



(何これ、こんな展開知らない……)


 もし原作にこういった展開があったなら、後になって颯爽と助けに来てくれる誰かがいたのなら。

 ルルティナは表向き怯えたように振舞いながら、それでも余裕をもって助けを待っただろう。


 だが家に賊が押し入って両親と自分を傷つける、というのは一切原作にもない展開で。

 あっという間に身動きが取れない状態にされて、そこで遅れてこれってやばいんじゃ……とルルティナの危機感が訴えだしたのだ。手遅れである。


「んっ、んーっ!! むっ、うむー!」


 どうにかして助けを呼ぼうとしたり、両親に何かを言おうとしても言葉にならない音だけが出る。

 賊は男で、元から計画してここに来たのかはわからないが、目元以外は顔を隠していた。布で隠されている。頭も頭巾のようなもので覆われているので、目以外で見える部分がない。

 倒れた状態で見上げれば本来以上に大きく見えるし、服装もやや大きめのものだからか身体のラインもわからない。目の色だけが得られた情報であるけれど、その色もよくある色合いだったから犯人の特徴なんて何も得られなかった。


 目の色が茶色の男、というだけならこの国の半分が該当する。平民にはよくある色だし、貴族にだって濃淡の差こそあれどない色ではない。


 自分を見下ろす男の目には何の感情も浮かんでいなかった。


(なんで……!? 一体どうして……!?)


 わけがわからない。

 どうにかして拘束から抜け出せないかと身をくねらせてみたものの、ちょっと関節を外したくらいじゃ抜け出せないくらいしっかり縛られている。どのみちルルティナは自力で関節を外せないので、どうしようもない。


 強盗だろうか、と思いつつも、けれどうちは貧乏で。

 それに行き当たりばったりの犯行にも見えなかった。


 もぞもぞと藻掻いていたのが鬱陶しかったのか、男はルルティナを両親たちの方へ蹴飛ばした。

「ぐぅっ」

 遠慮も何もない暴力。今更のように歯の根が合わなくなってきた気がする。

 心配そうに見てくる両親に、ほんの少しだけ安心したが、その安心も一瞬だった。

 机の上にあった書類を男は薙ぎ払うように落として、壁際の棚からも紙類を引きずり出してその辺に放り投げていく。紐で束ねただけのものがドサ、と音を立てて床の上に落ち、それを男が足で紐で閉じた部分をぐしゃぐしゃにして。


 そうして男は一度部屋を出ていった。


 いなくなった隙にどうにかしようと思うものの、痛めつけられた身体は自由に動ける事もなく。

 父も母もどうにかしようとしてはいたようだが、結局三人そろってもぞもぞと蠢いただけで事態が好転するような事もなく。


 そうこうしているうちに男が戻ってきた。

 一人だけかと思いきや他に二人、同じようなのがやってきて、室内に何やら撒き散らし始める。


(これ……油……!?)


 独特の匂い。

 絨毯と紙に吸い込まれていく液体が、自分たちにもかかったことを知って嫌な予感しかしない。


 両親も信じられないというように目を見開いている。


 三人での作業はあっという間に終わったらしく、男たちは懐からマッチを取り出すとそれに火をつけて――


 ポイ、ととても気軽に床に投げ捨てた。

 そうして三人の男たちは部屋を出るとドアを閉め、何やらゴリゴリと重たい物が引きずられるような音がして。


 足音が聞こえる。

 徐々に遠ざかっていくそれらは、男がこの家から出ていく事を示しているのだろう。


 油を撒き散らされて、紙や絨毯に染み込んだそこに火のついたマッチを捨てられれば。


(――!!)

 この先どうなるかなど、小さな子供にだってわかりきっている事で。


 ルルティナは声にならない叫びをあげた。




「――そういえば、ビース男爵家が火事で燃えて一家全員が亡くなったようだね」

「そのようですわね」


 とある日の事。

 学校帰りにたまには二人で、と寄り道した先でノーマンは己の婚約者であるベルリンディアにそう切り出した。


 ビース男爵家とは、ルルティナの家である。


「火の不始末、とされていたけれど、そういう風に仕向けたの、君だろ? ベル」

「否定は致しません」

「僕に付き纏う彼女が気に食わなかった?」

「いいえ」

「気に食わなかったわけじゃないのに、殺したの?」


「わたくし考えたのですけれど」

「うん」


 確かにルルティナ嬢はノーマンとよく関わっていた。

 ちょっとした出会いがあって、それで関わる事になったのはノーマンだって否定しない。


 けれども二人の関係は恋人というような甘やかなものでもなく、単純にルルティナが関わりにきているからノーマンはそれなりに話し相手になっていた、くらいの間柄であった。


 ノーマンには婚約者がいるし、それに……ルルティナ嬢をわざわざ婚約者を捨ててまで選ぶか、と言われるとそれはない。

 かろうじて貴族であるが没落寸前である事は聞いていたし、そんな家庭状況では勉強だって家で学べるのは限りがある。事実学校での成績だって悪くはないが良いとも言えない。


 真ん中からちょっと下、くらいであったとノーマンは聞いている。


 だがまぁ、勉強関連の話なら相手がやる気を持っているならそれなりに教えたりもしたし、それ以外の話でも当たり障りのないものなら付き合ってやったりもした。


 ノーマンの中でルルティナという令嬢は、ちょっと頭の悪い犬、くらいの認識でしかなかったのだ。

 ベルリンディアに婚約者がいる異性にみだりに近づいてはいけません、と何度注意をされても理解できないオツムは、学校の成績を思えば仕方がないのかなと思えるもので。


 ノーマンの中のルルティナは、最低限躾けがされているから人に危害は加えないものの、あまり賢くない犬だったので。

 自分から構いに行く気はさらさらないが、向こうから来たのならそれなりに相手をしてやろうか、といったものでしかなかった。


 ベルリンディアがそれに気づいていないはずもない。

 これでもう少し、ノーマンが戯れに彼女を遊びに誘いちょっとした装飾品を贈るような事でもしていたのなら嫉妬の一つもしてくれたかもしれないが、下手な誤解を持たれても面倒でしかない。

 それこそ嫉妬してほしいと思うのなら、自宅で花でも育てて、君に贈るために丹精込めて育てているんだ、とかなんとか語って本人そっちのけで花の世話でもしている方がまだマシである。

 むしろそっちの方が最終的にいちゃつける可能性も高い。

 下手に喧嘩に発展するような嫉妬のさせ方をやらかすつもりはノーマンには一切ないので、ルルティナとの関係も向こうから接近してきたとしても肉体的な接触はなかったし、自分から触れるような真似など一度もなかった。


 嫉妬で彼女とその家族を死に追いやったわけではない。

 では、一体どんな理由があったのか。

 ノーマンも少しばかり考えてみたが、正直答えはみつからなかった。


 なので降参とばかりに軽く手を上げてみせれば。

 ベルリンディアは淡々と語り始めたのである。


「ビース家は没落寸前の家で、いつ貴族でなくなってもおかしくないくらいでした」

「そうだね」

「ここから挽回するにもそれだけの功績を得られる何かがあるでもなく、かといって爵位を返すにしても、それも場合によっては恥となるわけじゃないですか」

「……確かに」


 貴族でいられないから爵位を売るだとか、返すだとか。

 やむにやまれぬ事情があるならまだしも、単純に才覚がないまま落ちぶれていく家と知られた状態でそれをやれば、まぁ周囲からすれば話のタネとしての笑いものである。

 貴族をやめた後の社交界の噂などどうでもいい、と開き直るところもあるけれど、貴族を辞めてついでに国からいなくなれば噂もそこまでではないが、国に残り続けるとなると少々居づらい。


「爵位を返すなら返すで早い方がいいわけです。落ちぶれた事に対して社交界ではそれなりに噂にもなるでしょうけれど、ですが早めに爵位を返すのであればその決断を潔い、とする方々もいるでしょうから」

「それもそうだね」


 笑われるのは、とっとと返してしまえばいいのにいつまでもずるずるとしがみついてるタイプの往生際が悪いやつだ。ほとんど平民と変わらない生活をしていながらそれでもまだ貴族と言う立場にしがみついていても正直メリットは何もない。

 そういう意味ではビース家の没落はそろそろじゃないか、と密かに噂もされていたし、性質の悪い連中の中ではいつ頃没落するか賭けをされていた。

 ルルティナが嫁ぐ先によっては逆転のチャンスもあるかもしれない、という噂もされていたのだが、ルルティナはそれを知らなかった。なにせ噂されているのは、彼女が呼ばれもしないようなお茶会や夜会の場だから。


「あの家にまず足りないのはお金です。

 だから、彼女がそういったお金持ちの家に嫁げたら、と目論むのはわかるのです。

 ですが彼女が学校で言い寄る……という言い方もどうかと思いますが、積極的にかかわろうとしていたのはノーマン様、貴方だけでした」

「うん」

「確かにノーマン様は家柄も良ければ見た目も性格も良くて非の打ちどころがない素敵な素敵な殿方ですけれども」

「……んっ、うん。続けて?」


 突然の婚約者からのべた褒めに思わず照れ臭くなってしまったけれど、どうにかそれを誤魔化す。


「でもそのような素敵な殿方なので婚約者がいるわけです。わたくしですけれど」

「そうだね」

「家柄も釣り合ってるとはいえ、それ以外で釣り合っているかはわたくしにはわかりかねますが」

「そんな事はない。僕の中ではとても素敵な女性だよ」

「まぁ嬉しい。

 それで話を戻しますけど」

「うん」


 あ、話題戻るの一瞬だったな、とノーマンはちょっとだけ残念に思った。

 もっと熱烈に口説けば婚約者の滅多にない照れ顔を見るチャンスだったのに。


「ルルティナ嬢がわたくしに勝てる要素、客観的に見てなかったじゃないですか。

 家柄とか、学校の成績とか。容姿は……人の好みというのがあるので、明確にどちらが上、とは言えませんけれど」

「勿論僕が選ぶのはベルだけどね」

「まぁ嬉しい。照れてしまいそうですわ」

「照れてくれていいんだよ?」

「ふふ、それは別の機会にしておきますわ。

 それで……彼女がもし可能性としてわたくしから婚約者を奪える、と思った、と最初はちょっと考えたのですけれど」

「普通に考えたら何の利にもならないよね、それ。

 仮に圧倒的にルルティナ嬢がベルより優れていたとしても、婚約を解消した後で新たに結び直す、というのであればまだしも」

「えぇ、婚約がある状態で奪うのはビース家にとってもノーマン様の家にとっても醜聞にしかなりません。それどころか契約を軽んじる家として、デメリットしかない」

「まったくだ」


「ですが実際にルルティナ嬢はノーマン様に積極的に言いよっていた」

「不思議だよね。遊びでなら誘いに乗ると思われてたのかな? それとも愛人狙いだった……?」

「どちらにしてもノーマン様を軽く見てますわね、もしそうであったなら」

「ベルは違う、と?」

「えぇ。わたくしはこう考えました。

 彼女は死を望んでいるのでは、と」

「それは……また大きくかつ極端に出たね?」


「そうでしょうか?

 ですが考えてもみて下さい。

 家はいつ没落してもおかしくはない。

 爵位を返して平民になってしまえば貴族が通う学校に行く必要はなくなる。その分早めに平民として職を見つけてしまえば生活はどうとでもなる。

 貴族としてそれでもあり続けるのなら、お金がまずあの家には必要でした。

 ですのでわたくし、密かにお金を持っている家にお話を持ち掛けて、ルルティナ嬢に近づいてもらってみたのです」


「そういえば、ルルティナ嬢に声をかけてる相手を見かけたけど、確かに資産はある家だったな……」

「えぇ、身分的にも彼女の家とあまり変わらず、そちらに嫁ぐような事になれば彼女の生活は安泰になります。ですが、彼女は彼らの誘いを断った。単純に好みじゃないから、という理由だったとしても」

「そもそも彼女は選べる立場にない。早急に家を立て直す資金を援助してくれるような家との結びつきのチャンスがあるなら逃すべきではない」

「えぇ、貴族なら、そういった部分を見定めるのも重要ですもの。

 相手の家にビース家と結びつくメリットはないかと思われますが、こちらからこっそり声をかけたので、もし結ばれるようであるなら我が家からも多少なりとも目をかけるつもりでしたのに……」


「知らないうちに婚約者候補斡旋されてるとかそれはそれで知ったら不快に思われそうだけど」

「ですが、付き纏ってるのがわたくしの婚約者ともなれば、わたくしも何かしら手を打とうと考えてもおかしくありませんでしょう?」

「そうだね。本来なら僕からどうにかするべきだったかも」

「ノーマン様が気にする事ではありませんわ。わたくしも色々と考えてもしかして、と思ったからこその行動でしたもの」


 ノーマンはベルリンディアのような考えに至らなかったので、他の男を紹介する、というのが浮かばなかった。そもそも彼女の事を犬だと思っていたので人間を紹介するという発想が最初からなかったのだ。


「ですが、他の殿方の誘いを断ったからこそ、わたくしは彼女が死を望んでいるのだ、という考えに至りましたの。

 没落寸前で、いつ貴族じゃなくなってもおかしくはない。けれど両親は爵位を返す事もなく。

 であれば、もしかしたら学校を卒業後、自分はどこぞに売られるかもしれない。

 その前に、相手を見つける事ができるのならば。

 でもわたくしが声をかけるように仕向けた方たちは、男爵家や子爵家の令息たち。お金は確かにあるけれど、もしかしたら彼女の両親はそれよりも上の身分のどなたかに彼女を売るつもりだったのではないかしら、と」


「お金があっても身分的な面で、卒業後売られる相手とやりあうような事になったら確かに面倒な事になるか……」

「えぇ、ノーマン様に関わり続けていたのは、運良く愛人になればその売られる予定の相手も手を出せないと思ったからかと」

「となると、売る予定だった家は最低でも伯爵家あたりか……候補がいくつかあるのが恐ろしいところだね」

「かといって、恥を忍んで事情を話し助けを求める事まではしなかった。

 ノーマン様をそこまで巻き込むつもりがなかったのかもしれません。

 それでも、彼女はノーマン様に接触する事だけはやめなかった」


「……つまり、婚約者に近づく目障りな女として君に行動に出てほしかった……?」


「わたくしは少なくともそう考えましたわ」

「成程、ルルティア嬢だけが死ぬような事になれば君が何かしたのだ、という露骨な疑いが向くけれど、家族諸共となればそこまででもなくなるか」

「わたくしが手を下した、と言われたところで何も困らないのですけれどもね。

 だって、没落寸前の男爵家の令嬢が公爵令息に言い寄って、その婚約者でもある侯爵令嬢に邪魔に思われたから始末された、って言われたところで」

「当然の結果だ、としか言われないね」

「えぇ」


「そうだったのか……」



 ――と、納得しているノーマンをベルリンディアはにこやかに眺めていた。


 公爵家の人間がこんなに素直で大丈夫かしら、と思わないでもないのだが、こうもあっさり言い分を聞いているのは相手がベルリンディアだからであって他の相手にも同じではないのでわたくしの婚約者が今日も可愛い、という結論に着地させておく。


 ノーマンにはそう言ったけれど、ベルリンディアは普通にルルティナが転生者でノーマンと結ばれるために他の男に目を向けなかっただけだと確信している。

 お金持ちの他の令息に言い寄られても、彼らは原作では登場していない人物たちで。

 それ故未来は不確定要素が強すぎた。

 ここでホイホイ飛びついて結婚したとして、その後ですぐに潰れないとも限らない。

 そうでなくとも既にベルリンディアに敵認定されているんじゃないかという疑いもあっただろう。

 もしその状態でノーマンから離れたとはいえ、それでも平気で異性をたぶらかそうとしている、と思われて結婚後、何らかの手を打ってこないとも限らない……などと疑いを持ったかもしれない。


 もし結婚したお金持ちがベルリンディアの家と敵対関係にあったなら……と考えた可能性もある。


 単純に彼女は原作通りに事を進めようとしていただけ。

 けれど、ノーマンとルルティナの仲は原作と違ってそこまで進展していなかった。


 そこは単純にベルリンディアの頑張りもあるし、原作のようにノーマンがホイホイ他の女に目移りするタイプじゃなかったからというのもあるだろう。

 原作ではベルリンディアとノーマンの関係は傍から見てそこまで悪くはなかったかもしれないが、それでもヒロインが付け入る隙があったからああなった。

 ベルリンディアはそう考えている。


 原作のようにベルリンディアがルルティナに嫌がらせをするような事をしていたなら、ノーマンももしかしたら原作のようにルルティナに心を傾けたかもしれない。


 だが、仮にも高位貴族に生まれ、そうあれと育てられてきた子が。

 原作のような嫌がらせをちまちまするはずがないのだ。


 原作ではまだルルティナがみみっちぃ嫌がらせを受ける前くらいの時期で、そろそろ悪役令嬢が行動に移るはず……くらいの頃だったから、まだルルティナもそこまで危機感を持っていなかったに違いない。

 嫌がらせを受けるようになっていたら、それを理由にノーマンに同情心を抱かせて……とかやってた可能性はある。


 だがそれだって、原作ではそうだったけれど、現実問題として。

 自分から婚約者のいる男に言い寄って結果痛い目を見ているのだから、それを理由にルルティナが「ノーマン様ぁ……」と瞳をうるうるさせて訴えたところで、現実のノーマンは当然の帰結だとしか思わないだろう。

 むしろその程度で済んで良かったねとか言い出しかねない。


 どちらにしても、原作通りの展開にはならなかった。


 ヒロインと悪役令嬢の中身が原作と異なっているのだから、まぁそうなったところでおかしな話ではない。


「そう、だからこれは……彼女が手の込んだ自殺をする話、ってところかしら」


 ノーマンとお別れし家に帰ったその後で。


 ベルリンディアはそんな風に呟いたのであった。

 転生ヒロインちゃんと転生悪役令嬢に無限の可能性を見ている。


 次回短編予告

 獣人とかつがいとかそういうやつ。

 ただし今回はそこまで獣人は悪くない。

 理性を失ってやらかすんじゃなくて冷静に理性を持った状態でやらかす感じの話のはず(感じ方には個人差があります)

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― 新着の感想 ―
まぁ、上級貴族同士の婚姻に没落寸前の令嬢がちょっかいかけるって普通は自殺志願者?と思われても仕方が無いですよねと 後、ふと思ったけど婚姻自体に手を出さず継承とか含めた家に全く関与しない非公認の愛人希…
何だったら悪役令嬢の人が別に転生者じゃなくてもこうなった感のあるお話でした。 なんで主人公クラスの煌めきを読んでただけの普通の日本人かなんかが再現できると思うんすかね……。世界で活躍する名女優とかが前…
発想が飛びすぎな主人公だった。 あと、転生者二人の性格が没個性だった。
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