僕とお嬢様の最後の輝き。
「ねぇ!あの星とっても綺麗ね!」
そう言って笑う彼女の名前はフォルティア。
フォルティア・ラレンタンド。
僕が仕える唯一のお方だ。
「はい。とても綺麗でございますね。」
「シャルったら、ほんとに愛想無いわよね…?私の事……嫌いなの…?」
「そんなことあるはずがございません。私はいつもお嬢様を想っておりますから。」
そう。そんなことあるはずがない。
なぜなら、僕にとってお嬢様は唯一無二の存在だからだ。
この方のためなら、生命を投げ捨てることも出来る。
この方のためなら、世界を敵に回すことだって出来る。
僕にとってはそんなお方だ。
「なら…いいけど。」
「どうされましたか?お嬢様。体調が優れないのでしたら、少しお休みになられた方がよろしいのでは?」
「べ、別に!体調が悪いわけではないわ!」
少し拗ねたその態度。微かに赤らめているようなその頬。全てにおいて美しい。
彼女は美の完成形だ。
これ以上の美しさを僕は知らない。
いや、知りたくもない。
この輝きだけで十分だ。
「おや、そうでございますか。」
「そ、そうよ!そんな事より、早く次のところへ行きましょ!」
「ふふっ、そろそろ出発いたしましょうか。」
そう。目的地はここでは無いのだ。
僕たちだけが知っている。
お嬢様と僕だけの、満天の星空を見れる場所。
僕とお嬢様は、お屋敷をこっそり抜け出して小さな旅をすることが、とても大好きだ。
その旅の中で見つけた、星々を最も綺麗に見える場所。それがここだった。
「ここに来るのはとっても久しぶりね!」
「そうでございましたか?お嬢様。まだ1年ほどしか経っていないように感じますが…。」
「1年ってとっても長いのよ?その時間があれば、もっともっとたくさんの場所を見ることが出来るわ!」
「お嬢様はとても外出がお好きなのですね。」
「外出が好き、ってよりあなたとの旅が好きなの!」
「ふふっ、そう言っていただけて光栄です。お嬢様。」
何の変哲もないやりとり。
流れる日常。その全てが僕にとっては幸せだ。
お嬢様がいる日常が幸せなのだ。
「シャル!」
「お呼びですか?お嬢様。」
「私からいくつか問題を出すわ!それに答えられたら......とっておきのご褒美をあげる!」
「お嬢様が?…わかりました。」
「じゃあ…私の好きなものってなんでしょう?」
お嬢様の好きなもの…か。
僕がお嬢様に仕えてもう六年になる。
その生活の中で沢山の場所、物、人を見てきた。
お嬢様についてなら何でも知っている。と自負している。
「お嬢様の好きなものは…星ではないでしょうか。」
「……ほんとにそれでいいの?」
「おや。違われてしまいましたか?」
間違うはずがない。それくらいの自信があるが…。
「……正解よ!シャルなら答えて当然の問題ね!」
「揺さぶらないでください。少しばかり驚いてしまいました。」
少し緊張した。
外すはずのない問題を外してしまうような事があれば、執事失格だ。
「シャルなら答えられるでしょ?驚かなくても大丈夫よ!」
「お嬢様は人を驚かせるのがお好きなのですか?」
「驚かせるのは好きだけど…シャルにしかこんな事しないわ!」
「はて。何故私にだけなのでしょう?」
「…後で教えてあげるわ。」
声のトーンが変わった。少し低く、そして重たく。
なにか深刻なことでもあるのだろうか。
「わかりました。楽しみにしておきますね。」
「じゃあ、次の問題に行くわ!シャルが私に言った最初の言葉はなんでしょう?」
とても簡単だ。僕が忘れるわけが無い。
お嬢様にお屋敷で最初に出会ったとき。
僕は彼女に一目惚れした。
僕が仕えるべきはこのような華なのだと。
僕には何も無かった。
守りたい人、大切な人、愛する人。その全てが失われていた。
だが、そんな僕の前にお嬢様が現れた。
全てが満たされた。
守りたい人が出来た。
大切な人が出来た。
愛する人が出来た。
お嬢様はその全てに該当する、僕の唯一のお方。
そんな彼女に最初に言った言葉。それは…
「……あなたの輝きを見ていたい。と言いましたね。」
「ふふっ、正解ね!シャルなら覚えてくれていると信じていたわ!」
「もちろんです。お嬢様。その後お嬢様に約束して頂いたこともしっかり覚えています。」
「そ、そこまで覚えてなくてもいいわよ!ちょっと恥ずかしいわ…」
「そうでございますか?私はとても嬉しかったです。」
お嬢様との約束。
お嬢様の輝きを永遠に見ることの出来る約束。
僕の人生で最も意味のある、大切な約束。
「も、もう!この話はおしまいにしましょ!」
「ふふっ、そうしましょうか。」
この少し照れた姿も愛おしい。
「次に行くわ!…次が最後の問題ね。」
「はい。お嬢様。次が最後でございますね。」
「じゃあ……私が生きた理由はなんでしょう?」
生きた理由。
お嬢様にしてはやけに重たい質問だ。
声も悲壮感が漂っていて、どこか重たい気持ちを抱えているような。そんな声だ。
なにより、質問の意図が読み取れない。
どうしてこの質問をしたのか。
どうして最後がこの質問なのか。
どうして悲しげな様子なのか。
全てが分からない。お嬢様のことを誰よりも知っている僕が。
「生きた理由…でございますか?」
「そうよ。私が生きた理由。あなたなら分かるはずよ。」
僕なら分かるはずの質問のはずだが、ほとんど何も浮かばない。
あえて言うなら家族だろうか…?
彼女の両親は、彼女がまだ小さかった頃にどちらも他界している。
お嬢様は両親の顔を覚えていない。知っているはずが無いのだ。
だが、上げるとすればその両親のことくらいだろう。
「お嬢様のご両親のため。でございましょうか?」
「それも大切なことね。でも違うわ。」
ご両親のことでは無いとしたら、いよいよ分からない話だ。
考えても考えても何も浮かばない。
そうして考えているうちに、そこは目的地に着いていた。
僕とお嬢様だけが知っている場所。
見下ろせば静かに揺らめく大海、見上げれば鮮やかな星空が。
崖の近くなので慎重に動かなければならないが、最高のロケーションだ。
「ねえ。最初の問題の答え、まだ言ってなかったでしょ?」
「え…あ…はい。お嬢様。」
急な呼びかけに驚いてしまい、即座に反応できなかった。
「なら、答え合わせの前にひとつ話をするわ。」
「わ、わかりました。」
「私たちが見ている星の輝きって、何年も前の輝きなんだって。」
「は、はい。そうでございますが、何か問題と関係があるのでしょうか。」
「……答え合わせとしましょう。」
「わ、わかりました。お嬢様。」
思わず息を飲む。心臓の拍動も最高潮だ。
僕が唯一答えられない問題。その答え合わせ。
「あなたが好き。私はあなたが大好きだった。だから、あなたはここに来るべきでは無いわ。」
動揺した。
その答えに。その言葉に。その光景に。
そして――。
僕が彼女に突き落とされた、その事実に。
足元が揺らいだ。
何も考えられない。
ただ、静かに波打つ音が聞こえる。
海、そして僕の心臓が。
…何か聞こえる。
お嬢様だ。お嬢様の声。
僕が愛してやまない方の声だ。
「シャル…生きて…!絶対だからね…!!」
その瞬間。
僕は全てを思い出した。
――――星の輝き。
遥か遠いところからやってきたその輝きは、その星の過去を映し出している。
そうか。お嬢様も…。
――――僕は、溺れるように眠っていた意識を取り戻した。
お読み頂きありがとうございました!!
短編はあんまり得意ではないのですが、楽しめて貰えたなら幸いです!
宜しければぜひ、コメントや評価のほどよろしくお願いします!