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第五話 消えた『宝玉真贋図譜』



「うーん、やっぱり」

 終業間際、作業をしていた花音の手が止まった。

「伯言様、『宝玉真贋図譜ほうぎょくしんがんずふ』が、ないんですよ」


 返却された本は、返却記録と書架を確認しながら配架するのだが。

「返却記録はあるのに、返却箱の中に入ってないんです」


 向こう側の書架から、黒い手袋をした手に本を持った伯言がひょっこりのぞく。

 ちなみに伯言の洒落た手袋は、工部尚書・蔡水木が伯言のために(この着道楽が! と文句を言いながらも)作成してくれた一品だ。


「ええ? ちゃんと見たの? 書架は?」

「昼間、凛冬殿の方々に聞かれたので書架を見たんですけど、そのときも無くて」

「印紙の似ている本の書架と、近くの書架も見た?」

「はあ、いちおう見たんですけど……もう一度確認してみます」


 もう一度、印紙が似ている本の書架と、配架されているはずの書架、近くの書架を確認するが、やっぱり見当たらない。


「ありませんでした」

 伯言が受付の棚から箱を取り出し、今日の分の貸出帳をぱらぱらと開く。


「ないわねえ……何かの手違いで今日借りられた、ってこともなさそうねえ……」

 人気の本は、返却本の箱から配架される前にお声がかかり、貸し出されるということもある。

「今日、貸出帳書いた人がいたら、あたし覚えてると思うんです。あの本、玉の見分けかたがよくわかるそうで、凛冬殿の女官たちから特に人気なんですよ。あの光沢のある黒っぽい装丁も特徴的ですし、何度も貸出と返却をしているので見間違えないと思うんです」

「確かにねえ、もういっそ凛冬殿にしばらく貸し出そうって思うくらい、ずっと凛冬殿の女官たちが借りているわね」

「どなたかが返し忘れているんですかねえ」

「でも、返却記録に記載があるんだったら、返されているはずじゃない」


 伯言が「しょうがないわねえ」と言いながら、花音が目の届かない上の方の棚を中心に書架を確認してくれたので、花音は仰天した。


「伯言様……たまにはちゃんと上司っぽいこと、してくれるんですね!」

「失礼ねっ、いつもあたしは上司っぽいことしてるでしょうが!!」



 そのとき、終業の鐘が鳴った。



「やだ、あたしったらこんな時間まで華月堂にいるなんて!」

「いや普通でしょう! 伯言様、華月堂の司書長官ですよね?!」

「だってあたし、今日はお月見の宴に招かれるんですもの」

「はあ、そうですか。じゃあ、早く閉堂しましょう」


 花音が高窓を閉めに行こうとすると、伯言が襦の裾を引っぱった。


「ていうか花音、あんた配架がぜんぜん終わってないじゃないの!」

「え……あっ! そうだった!!」

『宝玉真贋図譜』を探すことに集中してしまい、今日まで溜まりに溜まった配架がまだだった。

 ここ数日、混んでいたため、配架作業が思うように進まなかったのだ。


「明日もたくさんの人が来てくれるだろうしねえ。配架は終わっていたほうがいいわよねえ」

「たしかに、そうですね。じゃあ、伯言様はこっちの書架分を――」

「じゃあ花音、後はよろしくね~」


 しれっと立ち去ろうとした伯言のほうを花音はむんずとつかむ。


「……お待ちください伯言様たくさん配架が残ってますよ伯言様これあたし一人じゃ終わらないんで伯言様」

「花音、あんた新人のクセにすでにスゴミっていうかエグミっていうか……可愛げがなくなってるわよっ」

「誰のせいで可愛げなくなってると思ってんですか! 仕事してってください!!」

「だからあ、言ったでしょ。あたしはお月見の宴に招かれてるって」

「仕事残っているのに月を愛でてる場合ですか!」

「仕方ないでしょ、宴って言っても仕事みたいなもんよ。今日の宴の主催者は袁鵬なんだからさ」

「袁鵬様の宴……」

「そ。《《ただの宴》》じゃないってことよ。断るわけにもいかないし」

「いや、断るべきでは? ていうか、伯言様、袁鵬様のことお嫌いって――」

「ああっ、たいへん! お土産に持参するお団子、買っていかなくっちゃあ。ああ忙し忙し。ほらほら花音、あんたもちゃちゃっと仕事やっちゃって!」

「え? ええ?! ちょ、ちょ待っ」

 配架の本をどしどし押しつけられ、花音の手にはあっという間に本の山ができる。

「それじゃがんばってね~」

 伯言は絹の袍の裾を優雅にひるがえし、扉を出ていってしまった。

 花音は身動きできないまま、呆然とその後ろ姿を見送っていたが、



「……あんの鬼上司!!!」


 いつも通り、叫ぶのだった。







 間もなくして、『宝玉真贋図譜ほうぎょくしんがんずふ』は見つかった。

 伯言も花音も、まったく思いもよらない場所から。


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