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第十二話 夢があるから


 内侍省を出て、花音は途方に暮れた。

 断じて方向音痴ではないと公言している花音だが、今は方向を失うことが不安で、ひたすら白い石畳をたどっていく。

 白い石畳は後宮内の主だった場所へと伸びているので、たどっていれば迷うことはない。


「……ダメダメダメ。くじけてはダメ」

 折れそうになる自分を叱咤するように、花音は呟く。


 冥渠は、花音に罪を着せたいのだ。

 蠟蜂の仇を取るために。

「ううっ、あんなのっぺりクソ楽面に負けるもんですかっ。あたしの後宮生活、これからなんだから……!」


 閑職だの呪われているだの言われた華月堂に、ようやくたくさんの人が訪れてくれるようになった。

 たくさんの人たちのおかげで他の誰かと本を共有する楽しさを知った今、後宮でたくさんの人にもっともっと本の楽しさを知ってもらうために働きたい。


 そのために、華月堂を守っていきたい。

 これからもずっと、たくさんに人が憩う場所であるために。

 それは、後宮に来てからできた、新しい花音の夢だ。



 そして花音には七夕をきっかけに、もうひとつ夢ができた。



 それは、尚儀局の局長になるということ。


 司書は尚儀局に属しており、誰からも認められる司書になるには、尚儀局の局長である「尚儀」の称号を得る必要がある。

 

(あたしも、紅に近付けるようにがんばるって決めたから)


 紅は、逃げていた玉座に向き合うと言った。

 花音のおかげだ、と。

 花音と一緒にいられるためにがんばるから、負けないで待っていてほしい、と。

(あたしも紅に近付けるように、がんばるわ)

 もっともっと学んで、本を読んで、仕事を身に付けて、尚儀局の局長試験を受ける。


 尚儀であれば、皇族の専属司書に指名されてもおかしくないのだから。



 そう、これからだ。仕事も恋も、花音の後宮での戦いは、これからなのだ。


「こんなところで足を引っ張られちゃいられないわ!」

 花音は石畳に向かって叫ぶ。横を通りすぎる老宦官がびくっと花音を避けたが、花音は気付かず石畳に向かって叫び続ける。

「なんとかして、自分でぬれぎぬを晴らすのよ! あの辛気くさい暗赫の亡霊をギャフンと言わせてやるんだからっ!……うーん、でもあの顔でギャフンとか言うかしら……?」

 まったく表情が変わらない冥渠の顔。あの楽面のような顔の下で、花音を殺人犯に仕立てようと企んでいるのだ。


「それじゃあ亡くなった蘇奈さんが浮かばれないし!」


 冥渠はなんとか花音に罪をなすりつけようとしているが、それだけの理由では自死を殺人にでっちあげることは無理があるだろう。

 何か根拠があって、殺人だと判断しているにちがいない。


「ということは、蘇奈さんは、《《誰かに首を絞められて殺された》》ってことだもの」

 この後宮の中に、蘇奈を殺した凶悪な人間がいる。

 しかもその犯人は今も平気な顔をして、のうのうと後宮の中で生活しているのだ。

 それでは殺された蘇奈が、あまりにも可哀そうだ。


 何事もなければ蘇奈は今日も華月堂に来たかもしれない。いつものように楽しく会話をしたかもしれない。それなのに。


「蘇奈さん、あなたにひどいことをした犯人を、必ずつきとめますからね」

 花音は唇をかみしめて、後宮厨へ向かった。


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