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第9章

 ゼンディラが裁判惑星コートⅡへやって来てから五か月ほどが過ぎた時――彼は精神科医の診察を受けることになった。狭い刑房の中で、時折奇声を発して壁に頭を打ちつける等の、精神異常の徴候が見受けられたからではない。その精神科医は、本星エフェメラの情報諜報庁ESP部門から連絡を受け、迎えの宇宙船をそちらへ向かわせるまでの間、ゼンディラの精神状態を調べておいて欲しいと依頼されたわけであった。


 裁判の日時が近づくと、必ずそれが延びるのは、まだメトシェラにいるロドニアスが本星の情報諜報庁の分析官である上司、シグムントと長く折衝を重ねているそのせいであったが、ようやくのことで折り合いがつき、事態が動くことになったわけである。すなわち、ロドニアスたちの部隊の代わりに、惑星セ・スランの政治暴動鎮圧に失敗した特殊部隊員たちが――今度はメトシェラに左遷されて来ることになったのである。


 もっとも、このあたりの事の<微妙さ>について十分理解していなかったゼンディラにしてみれば、この頃になってようやくライオネルたちが目に涙を浮かべ、ハグしてきたのが何故だったか――初めて理解されていたわけである。もちろん、そのゼンディラの理解は誤っていたのであるが、ゼンディラはこの頃にはすでに(死刑だけは免れられますように。特にレーザー光線による四肢と頸部の切断など論外です)などと、神に祈ってさえいなかった。とにかく、彼にしてみれば正当な罰を受けるなら受けるで、とにかくなるべく早く決着のほうがついて欲しいと、そのように願うばかりだったのである。


 だが、裁判の日時が再び延ばされたことで……(この蛇の生殺しのような状態はいつまで続くのだろうか)と、壁のデジタル・カレンダーをゼンディラが絶望的な思いで眺めていた時、クイーン・メイヴがいつものように壁からこう話しかけてきた。


『精神科医が、あなたとの面談を求めていますが、いかが致しますか?』


「セイシンカイ……?一体どのような者なのですか、その方は」


 ゼンディラの声には失望と苛立ちが滲み出ていた。収容者には、健康のために日に二度の運動と、本人の希望によって共同作業の業務に就くことが許されていたが、ゼンディラは運動場では、ただ義務のように体を動かして体操し、共同作業については数度参加したのみで、以降はずっと刑房にいることのほうを選んでいた(というのも、色々な姿をした異星人の容姿に度肝を抜かれたということが第一、それからおかしな連中が彼のまわりを舌なめずりしながらうろつくようになった……というのが第二の理由である)。


 ゆえに、元はいかに忍耐強いゼンディラといえども、だんだんにこの変化のない単調な刑房生活に嫌気が差していたのも無理からぬことだったろう。


『簡単にいえば、ゼンディラ、あなたの心の相談に乗ってくれる人のことです。精神科医というのは、その道のプロの医者のことを指します』


「心の相談だって!?わたしにどこか、そのような異常なところがあると、クイーン・メイヴ、あなたがそう判断したということなのですか?」


 実はゼンディラは、『アンドロイドやロボットには人間でいうところの本当の意味での心……いや、魂というものがない』とネオスに聞いていたが、その時には十分その意味を理解していたわけではない。だがその後、このクイーン・メイヴとの会話のやりとりによって、だんだんにロボットやアンドロイド、AIと呼ばれる者たちが「人間とどう違うのか」について、徐々に学びつつあったといえる。


『いえ、そうではありません。どうやら、本星のほうからなんらかの要請があったものと、記録を見る限りそのように思われます。ここでは――というより、既知宇宙内の惑星系で同盟を結んでいるところではどこでも、本星エフェメラの要請は何よりの第一優先事項とされていますから、ゼンディラ、あなたも心しておいたほうがいいでしょう』


「…………………」


 ゼンディラは黙り込んだ。ヨセフォスも、ライオネルやジョージたちも――いつとは確約できないが、いずれ必ず本星から迎えの者が行くはずだと、何度もそう言っていた。ということは、自分はこの狭い刑房内に見捨てられたというわけではなかったのか?


「わかった。会おう。というより、わたしにはそうする以外他に選択肢はなさそうですから。もっとも、ここで長い時間を過ごしたのち、結局死刑になるということの他には、という意味ではありますが」


 この翌日、ゼンディラはダニエル・フォスティンバーグという名の精神科医と面談室で会った。彼は鉛筆のように背がひょろ長い人物で、ファッションと実用を兼ねた、時代遅れのクラシックな眼鏡をかけていたものである。年齢のほうは、ゼンディラには四十代くらいに見えたが、フォスティンバーグ医学博士はすでに七十をいくつか越えていた。


 ゼンディラは弁護士のル=ドルーと出会った時とは違い、このダニエル・フォスティンバーグ医学博士には、好感と警戒心という、両方の感情と第一印象を持った。縦に細長い顔は無表情で、まるで人生に面白いことなど何ひとつ起きたことがない――とでも言いたげであり、彼の話し方というのがまた、あまり友好的とは言えなかった、そのせいかもしれない。


 互いに軽く挨拶しあったのち、フォスティンバーグ博士もまた、手のひらに自分が医学博士であることの証明書を出現させて見せ……その後は、時々眼鏡の柄のあたりを押しながら、(ゼンディラには彼が何をしているのか理解不能であったが)カルテに思考文字によって記述を行っていったのであった。


 最初、どことなく知的な怜悧さを感じさせる青い瞳に、ゼンディラは警戒感を抱いたわけであるが、約一時間弱ほどの面談が終わる頃には、一転してフォスティンバーグ博士に強い好感を抱いていた。何故といって、ゼンディラは精神治療やカウンセリングについてなどまるで無知であったから、彼が小さい頃のことにはじまって、順に共感的に話を聞いてくれたことが――非常に嬉しいことだったのだろう。また、ダニエル・フォスティンバーグ博士もまた、殺人鬼の精神鑑定など、気の滅入る仕事が続く中、ゼンディラの話を聞くことは、一種一服の清涼剤となることであったに違いない。


 こうして、ゼンディラには、本星エフェメラの密命により、迎えの宇宙船が一番近くにある惑星からやって来るまでの間……心に小さな楽しみと喜びが出来た。フォスティンバーグ博士は非常に博識な人物であったが、流石に惑星メトシェラほどの辺境惑星については何も知らなかったから、「そのようなことは初めて聞いた」といったように非常な驚きを持って、ゼンディラの話を傾聴してくれたのである。


 とはいえ、ゼンディラにしても、(その頃にはふたりの間に十分な信頼関係が構築されていたとはいえ)ダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックを殺害した時のことに話が及んだ時には――そのことを自分の口で細かく説明せねばならないことには非常な苦痛が伴ったし、おそらく「話したくなければ、話さなくて構わない」という態度を博士が取っていなかったとすれば、最後まで口を堅く閉ざし、決して語ろうとなどしなかったに違いない。


「では、その時に初めて超能力に目覚め、重力を操る力を使ったのだね?」


「そう……なんだと思います。というより、マロス老……いえ、あなた方が本星と呼ぶ、エフェメラというところから彼はやって来た特殊部隊員ということでした。その彼が、わたしにそのような能力があると言わなければ――わたしは自分がダリオスティンさまを殺したということ自体、気づかなかったかもしれません。何より、人間の力であのようなことが出来るとはとても思えず、アスラ神が彼を罰したのだとでも思い、だから自分にはなんの罪もないのだと、そのように強固に思い込んで、心を閉ざすことのほうを選んでいた可能性もあります」


「ふむ。少々話のほうは、昔のことに戻るのだがね、ゼンディラ……君が割礼の儀式と呼ばれるものを受けたのは、まだほんの十三歳の頃のことだと以前聞いたが、その時、どんなふうに思ったのかね?本当はこの健康な排尿器官を失いたくはないが、第三僧院へ上がるためには、これもまた仕方のない処置であるとして――しぶしぶ仕方なくだったのだろうか?わかってもらえると思うが、私は何も興味本位でこのような質問をしているわけではないから、答えたくないことには一切答えないということでも、まったく構わないから」


「いえ、そういえば今思いだしましたが、一度だけ会った弁護士のル=ドルーも、そのことを児童虐待と言ってましたから……博士がお聞きになっているのもそうした文脈であるのだろうと理解します。その……本当に、わたしにとってはどうということもないことだったんです。もし、激しい痛みを伴う切断方法であったり、手術後数日は痛みがあったということなら――もしかしたらわたしも、「そこまでのことをしなければならないのだろうか」と疑問に感じたかもしれません。けれど、手術のほうはなんの痛みもなく終わり……こう言ってはなんですが、排尿の仕方が前とは違うという、ただそれだけで……何分、わたしには親兄弟もなく、生まれてから知っている場所といえばアストラシェス僧院だけです。ですから、今に至るまで一度としてそのことを後悔したことはありません」


「そうか。なるほど……そういえば、そのダリオスティンという人物は国の重要人物の子息ということだったが、彼の顔が幼馴染みのヴィランくんに似ているということだったね」


 ゼンディラは、ヴィランに対し、幼い頃より複雑な感情を抱いていたことなど、彼への嫉妬その他についてすべて博士に話してあった。まるで、ある宗教の信者が告解室で司祭に懺悔でもする時のように。


「ええ。でも今は、あまり確信が持てません。確かに似ているとは思いましたが、話している感じや声、身に纏っている雰囲気などは、ヴィランとはまったく似てなかったと思いますし……ただ、以前お話ししたとおり、わたしが彼を殺してしまったのは、もしかしたら深層心理的な意味で、彼がヴィランに似ていたからかもしれない……そう思わなくもないんです。わたしは、自分にもありえたかもしれない人生を生きているヴィランに対し、激しく嫉妬はしましたが、殺してやりたいとまで思ったことはただの一度としてありません。ですが、無意識のうちにもあった彼に対する複雑な感情というのは、わたしがそうと自覚しなかっただけで、憎しみに近いものがあったのかもしれない。もし、そうなのだとしたら……」


 ゼンディラは、この件に関して言及する時に決まってみせる顔の表情をし――青ざめ、微かに震えてさえいる手で、何かの発作を必死に堪えるように、囚人服の胸のあたりを押えるのだった。


「同じ年ごろの子供になど、誰でも嫉妬するものじゃないかね。むしろ私にしてみれば、そのヴィランくんのほうが気の毒というように思わなくもないくらいだ。というのも、彼だって君と同じくらいの複雑な感情を抱き、この優等生の幼馴染みのようになりたいがなれないという……激しい苦痛を胸の奥に抱えていたかもしれないのだよ。それに、幼馴染みの幸福に嫉妬したといったようなことも……成長の過程で誰しもが通る道なのではないだろうか。まあ、私の知る限り、高位惑星系にも中位惑星系にも、大体のところ似た問題は存在する。隣の芝生は青いと言うべきか、あいつのほうがたまたまいい就職先に恵まれてオレより収入が高いだの、うまいことやって玉の輿に乗った女友達に嫉妬するだの……しかも、彼らは君のようにそのことを深く恥じるでもなく、さらにはそのことを神に懺悔するような慎み深い考えを抱くことすらない。そういえば結婚で思いだしたが、ゼンディラ、君にはそのような意思が今後もないということだったが、この先エフェメラや他の惑星へ行った時にでも――自分にとって好ましい男性でも女性でも、中性体の人物でも――運命の出会いのようなものがあったとしても、その意志は変わらないものかね?」


「はい、変わりません……というより、死に至るまで自分は僧であるというのが、今この時に至るまで、わたしの信念として揺らぐことはありませんでした。そういえば、弁護士のル=ドルーも言ってた気がしますが、こちらの世界では同性同士が結婚するというのでも、罪にはならないのですか?」


 中性体、というのがどういうことか、ゼンディラはわかっていなかったが……こののち、惑星エフェメラの宙港にて、入星審査を受ける時に、それは自分のような人間のことだと教えられることになる。


「ならないというか、至極一般的かつ、当たり前すぎるくらい当たり前のことでね。というより、一夫一婦制といったものに縛られるような考え方をする人間のほうが少ないわけだが……まあ、一応昔からある文化的制度として、残骸程度にはまだ古い考えも残っているといったところかな。もっともこれは、その惑星によって異なることでもあるから、高位惑星系の多くの惑星民たちはそのような考え方をするといったところでね。何分、子供自体がまさしく<天からの授かり物>だから。数組の仲の良い男女がひとつの大きな屋敷で暮らして、何人かの子供たちを共同で育てる――そんなこともよくあることだし……」


 フォスティンバーグ博士のこの言葉を聞いて、ゼンディラが思い出したのは、自分とヴィランが小さな頃育ったメラモント尼僧院のことであったが、彼もまたそのような形で子供たちの面倒を見るといったことなら……多少興味がなくもないのだった。


 一方、フォスティンバーグ博士はといえば、思考文字によってカルテに書き込みを行いながら――少々不思議に感じなくもなかった。幼児期を除き、それ以降は男ばかりの僧院で暮らし、その上十三歳の時には断種し、世俗と隔絶された環境で過ごしてきたのだから、「女性にも男性にも抑えがたい性的欲求を感じたことはない」……と以前言ったゼンディラの言葉を、博士は疑おうとは思わない。ゼンディラはダリオスティン惨殺に関し、彼の顔がヴィランに似ていたことが、無意識の領域でなんらかの形で関係していたのかもしれないと、そんなことにまで罪の意識を感じているようだったが、むしろ博士は別の考えを持っていた。ゼンディラは今、二十六歳ということだったが、この年齢になるまで――それを博士はある種の奇跡であるようにすら感じるが――本当に穢れのない人生を送ってきたのだろう(博士にしてみれば、幼馴染みに対する嫉妬の告白など、極めて可愛いものとしか思えなかったものである)。だが、なんらかの欲求の抑圧といったことは、僧院生活において無意識の内にも起きていたと考えたほうが自然なのではあるまいか。つまり、それらすべてを破壊しうる者が現れた時、無意識に抑圧され続けたもののすべてが一気に解放された……とりあえず、本星の諜報庁ESP部門がもっとも知りたいであろう、能力顕現のきっかけについて、フォスティンバーグ博士はそのような形で書き記すつもりでいた。


 ゼンディラとフォスティンバーグ博士の面談は三十二度にも渡ったが、結局のところ彼らふたりは、一緒に本星エフェメラへ向かうことになった。というのも、まったく知らない者に宇宙船の船内を案内されたり、エフェメラの宙港で入星手続きを行なうといった時にも――カウンセリングを通して信頼関係をすでに築いている博士がそばにいたほうが本人も安心であろうという、ESP部門長官、メルヴィル=メイウェザーの判断であった。


 とはいえ、クイーン・メイヴから『出所日が決まって良かったですね』などと唐突に言われた時には、ゼンディラにしてもこの監獄の女王がとうとう故障したのかと一瞬思ったほどである。だがその後、フォスティンバーグ博士と連絡を取り合い、ゼンディラも彼の言う「そもそも君は裁判惑星コートⅡにいたということ自体、記録が抹消された形で」そこを出ることになるだろう……ということの意味が、繰り返しの説明によってようやく理解できたのだった(博士は、「死刑になるはずの罪人が、裁判も受けずに出所などということがあるものでしょうか」との、しつこいくらいの疑い深い追求に――最後には辟易しながらも、ゼンディラが納得できるよう同じことを何度も力説したわけである)。


 こうしてゼンディラは、故郷のメトシェラから到着した時の宙港から、今度は本星エフェメラ目指し、出発するということになった。しかも、彼がこのコートⅡへやって来た時には、定員三十名の小型宇宙船でやって来たのだが、今度は大型の軍専用宇宙船――全長数キロにも及ぶ――へ乗船することになったわけだから、ゼンディラはフォスティンバーグ博士とは違い、まったくもって訳がわからなかった。


 というのも、着地した状態の宇宙船を見る限り、それはひとつの巨大な建造物であり、このようなものが<浮かぶ>という想像自体、ゼンディラの脳裏には思い浮かびもしないことだったのだから。


「まあ、そう驚くことはないよ、ゼンディラ」


 この頃には、フォスティンバーグ博士にも、辺境惑星出身の一僧侶の、いかにも未開人的驚きについて――楽しめるくらいの余裕が出てきていたといえる。


「これは軍用の船だから信じがたいくらい大きいにしても、原理としては概ね、君がメトシェラからここへやって来た船と同じ動力源によって動いてるんだ。それもまた、例のナノ・システムということなんだが……ナノ・エネルギーというのは、核をも超える超小型エネルギーのことで……なんて言っても、君の故郷では核なんてもの自体、まだ発見されてないんだっけ。ということは、どう説明したらいいものかな……」


 惑星軍用艦アルテミスβの総責任者は、キース・アルギリウス中将であった。中将の部下の事務官らに手厚く迎えられたゼンディラとフォスティンバーグ博士は、まずは入艦と滞在のための許可を受けるため、宣誓書のいくつかに電子サインしなくてはならなかった。他に、艦内で過ごすに当たって守るべき条項についてなど、一通り説明を受けると、禁止条項を破った際には処罰されることもある旨、承諾した上でその書類にもサインした。


「もう二度と監獄暮らしはご免ですからね。何かの禁を犯すようなことは今後、決して致しません」


 ゼンディラが微苦笑して真面目にそう言うと、博士も事務官のキーレン・ジャームッシュも、思わず笑った。実をいうとアルギリウス中将は諜報庁本部から、「下位惑星系の裁判惑星から囚人をひとり拾ってもらいたい」との協力要請を受けただけで――このことに情報諜報庁のどのような思惑が絡んでいるかなど、特に知らせは受けていなかったのである(また、諜報庁のいつもの秘密主義であるとして、この種のことを詮索する者は基本的にあまりいない)。だが、凶悪な顔つきの殺人犯でも、精神科医付きで乗り込んでくるのかと思いきや……相手が男か女かもわからぬ容貌の、若く美しい人物であるのを見るなり――ジャームッシュなどは、(ありゃりゃ。こりゃ飢えたオオカミどもには目の毒だぞ)と思ったものである。


 事実、ジャームッシュは自分より下位の士官に艦内の案内を任せることはせず、自らふたりを案内して歩いたのであったが、軽く敬礼して通りすぎてゆく兵士は誰も、ゼンディラに対する興味を隠し切れぬ様子であった。第一、キーレン本人にしてからが、一見してゼンディラが男か女かもわからなかったし――それは声を聴いてからさえもはっきりとは判別しがったかったのである。そこで思わず彼はフォスティンバーグ博士にこう耳打ちしていた。「この方は一体、どのような罪で投獄されていたのですか?」と。博士にしてみればてっきり、本星諜報庁から、そのあたりの説明はなされているものとばかり思っていたわけだが、その質問に対し、キーレンは首を振ってみせた。「諜報庁のやり口なんて、毎度毎度決まってるじゃありませんか。彼らはいつでももったいぶって情報を小出しにし、こちらがしつこく聞いてようやく口を開くといった具合なんですからね。軍のほうでは面倒なので、よほどの意に染まぬ案件でない限り、ある程度は譲歩するのが通例ってもんですよ」


「まあ、罪状のほうは正当防衛の冤罪といったところですかな。ですが、ここより先は極秘事項といったところで、私にも情報諜報庁の正式な許可でもない限り、話すことは適いません」


 了解しました、といったように肩を竦めてみせ、キーレンはまず、ゼンディラとフォスティンバーグ博士のことを、彼らが身を横たえることになるコールドスリープ装置のある一室へ連れていった。


「準士官たちのCS装置の並ぶ場所と一緒で、大変申し訳ないんだが……そのかわり、本星までの長い眠りに就く間まで、特別の船客だけが滞在できるスペシャルルームをご使用ください。兵たちはみな、交代で眠ることになってるんですが……我々は実は、下位惑星のひとつ、ザカール=オルディア星で平和事業に貢献した帰り道といったところでしてね。どうやら無線で呼びかけたところ、我が軍の船がコートⅡへ立ち寄るのにちょうど良かったということらしい。まあ、本星到着が若干遅くなるというので、文句を言う将校もいるにはいたようですが――あなたの姿を一目見れば、誰しもが納得することでしょう」


「平和事業ですか。それはまた、随分尊いお働きをなさってるんですね」


 ゼンディラはそう口にしてから、思わずハッとした。本当は、(それは具体的にどのようなお仕事なのですか?)と聞こうとしたのだが、もしや千百年ほど昔にアスラ=レイソルが惑星メトシェラへやって来たのも、そうした<平和事業>の一環なのだとしたら……と、そう思ったのだ。


「いやあ、それほどでもありませんよ。まだ未開の惑星に手を貸して、えんやこら土木事業をした帰り道……そうも言えますしね。昔は――私が生まれる遥か以前、今から数千年もの昔には、平和事業と言えば本星が勝たせたい側の惑星や国に武器や兵員を投与することだったでしょうが、今やすっかり時代が変わりましたからね。何より、愚かな戦争の繰り返しで母星である地球まで失ったことで……馬鹿な人類もようやく反省したのでしょう。もっとも、惑星兵器の発達により、今は戦争となれば人工隕石の雨を降らせて相手に地獄を見させるだの、惑星それ自体を破壊するだの、ひとたび戦争となればお互い壊滅的事態が避けられないという――そこまでになってようやく武器を置くようになったというのが、なんとも言えない皮肉だったでしょうけどね」


「でも、軍のほうではシミュレーションとして、実戦さながらの宇宙戦を、あらゆる考えられうるパターンをAIが計算して行なうものだと聞いていますが……」


 そう言ったのはフォスティンバーグ博士だった。彼は軍艦内の最新式コールドスリープ装置を見て、感嘆していた。軍におけるものがもっとも性能が素晴らしいと噂で聞いてはいたが、ここまでとは思わなかったのである。もっとも、ゼンディラのほうではその内壁に精密なコンピューターや細かな配線が詰まっているのも当然わからず、(前にジョージたちと一緒に乗った宇宙船よりも、装備が格段上のようだ)ということが漠然と理解できるのみではあったが。


「そうですね。本当にまるで、実際に宇宙戦闘機に乗って戦っているかのような臨場感もありますし、相手方にやられても死ぬことはないわけですが……あ、もっともそのあと、上官にはこってり叱られますけどね。『おまえが実戦で宇宙の塵になっていなければ、このワシが電子銃で瞬札してやるところだぞ!』なんて言われてね。そうだ!この艦内にも、そうしたフライトシミュレーターがありますから、あとからでもちょっと試しにお遊びとしてやってみませんか?」


 ゼンディラはといえば、キーレンの言っている言葉の意味が半ば以上わからないので、微笑しつつ、軽く首を傾げるのみだったと言える。一方、フォスティンバーグ博士はといえば、もともと好奇心旺盛な性格をしていたので、一も二もなく「是非!」と答えていた。彼は七十二くらいであったが、高位惑星系においては「七十歳」というのは――「なんだ、まだ七十か。全然若いなあんた」というくらいの年齢なのである。


 こうして、兵員たちの食堂や娯楽場、トレーニングルーム、通信室や管制室……などなど、艦内を順に案内してもらい、最後に戦闘機の格納されている場所や作業場、ちょっとした付属の工場を見て回ったのち、フライトシミュレーターを試させてもらえることになったのである。もっともゼンディラは、機械操作のセンスがゼロよりも低いのではないかと思われた。これは、ゲームなどに一度も触れたことのない者が、今も存在するマリオ系のゲームに初めて挑戦し、即死するようなものなので、正直無理からぬことではあったろう。だが、フォスティンバーグ博士のほうは、「むむむ。AIの手助けがあるとはいえ、操縦のほうはかなり難しいものですな」と言いながらも、なかなかうまく順応していたと言える。


 だが、この頃には裁判惑星から僧侶と精神鑑定医が新たに乗り込んできたらしい――との噂はすっかり知れ渡っていたから、乗組員たちは彼らの居所を知ると、その後ろをついてくるようになっていたわけである。ザカール=オルディア星から本星エフェメラまでは、超光速船でも約二年の旅の道のりとなる。その間、交替でコールドスリープ装置で眠りに就くわけだが、いつも会わせるのは同じ顔ぶれで、する話も似たりよったり……ということに、彼らはすっかり飽き飽きしていたわけであった。


「若い坊さんよりも、ジジイのほうが健闘してんじゃねえか」


「あら、ミラー大尉。あんただって訓練生だった頃は、なかなかにショボい操縦技術しかなかったじゃないの」


「それを言うなよ、ハイザー少佐殿。そのオレも今や、宇宙航空力第一位を誇るエフェメラ宇宙軍の立派なパイロットなんだからさ」


「まあね。と言ってもわたしたちの全員が、模擬戦以外の実戦経験がないってのがなんだけど……」


 自分の身近に立っていた背の高い黒人と、鮮やかな赤い髪をした女性がそう語るのを聞いて――ゼンディラはなんとなくそちらを振り返った。男性のほうは彼と同じくらいの年齢であり、女性のほうは幼な顔のせいか、もっと若いような印象すら受ける。


 他に十数名いた兵士たちは、フォスティンバーグ博士が敵の戦闘機の攻撃を受けると、「そこだ!機体を回転させてよけろ!」だの、「やれやれ!やり返せ!敵は3時の方角だぞ」といったように、妙に熱くなって盛り上がっていた。その中でも一番熱中していたのは博士自身であり、彼はすでに二十数回ばかり宇宙の虚空で戦死していたが、何度も「もう一回だけ!」と言っては、難しい宇宙戦闘機の操縦に再挑戦していた。


「そろそろ食堂へ移動しませんか?うちのアンドロイド・シェフたちは、ああ見えてなかなか腕のほうがいいんですよ」


 フォスティンバーグ博士がしまいにはカッカしているのを見て、キーレンはそう言った。また、彼の言う「ああ見えて」というのは、顔が無表情の鋼鉄製タイプのアンドロイドだが、といった意味である。


 こうして、今度はぞろぞろと連れ立って広い食堂のほうへ一同は向かうことになった。そしてその、階段や梯子を上がったり下がったりを何度も繰り返す間――ゼンディラはふと、疑問に感じたことを赤毛の女性に聞いてみることにしたのである。


「あなたは女性なのに、ああした恐ろしいものに乗って戦いへ赴くことが怖いと思わないのですか?」


 ミネルヴァ・ハイザーは振り返ると、思わず口をあんぐり開けて、呆れていたものである。どうやら、二の句が継げなかったらしい。


「ハハハッ!こりゃいいや。お坊さん、ひとつ教えておいてやるよ。このハイザー少佐はなあ、本星の宇宙航空大学を首席で卒業した上、エフェメラ宇宙軍でもとんとん拍子で出世しつつある、将来を嘱望されるエリート将校なんだぜ。男顔負けのカリスマ的統率力もあれば、戦闘機の扱いも超一流。そうだ、さっきのフライトシミュレーターで、ミネルヴァの腕前が素人と違ってどのくらいのものか――見せといてやりゃ良かったな」


「あと、筋金入りのレズビアンだしな」


 同僚のアッシャー中尉がこそりとそう囁くと、みながみな、どっと笑いはじめる。今時同性愛など普通すぎることなので、その点を笑ったわけではない。ゼンディラが男か女かわからぬ容貌をしていたため――実は彼らは賭けをしていたのである。辺境惑星の僧侶だか尼僧だかが、もし女だったら、ハイザー少佐の毒牙にかかるかかからぬかといったような、実にけしからぬ賭けである。


「それで、あんた一体どっちよ?」


「どっちというのは……」


 部下たちの間で笑いが静まると、ミネルヴァはゼンディラを見上げてそう聞いた。彼女は176センチあったが、彼はそれよりも若干背が高かったからだ。


「だから、男と女のどっちかってこと!こっちはね、あんたが女だってことに、五千エーテル賭けてんだからね」


「ええと、誠に申し訳ありませんが、わたしはたぶん男です」


「たぶんって何よ!まさかオカマってわけじゃないんでしょう!?」


 彼らの後ろのほうでは、おのおの手のひらに端末を呼びだして、ゼンディラが女であることに賭けた者はそれぞれ、電子マネーを賭け金の分、移動させねばならなかった。「チッ」と舌打ちしたり、「こんなの詐欺だ~!」と言いながら、泣く振りまでした者のほうが多かったのを見ると……どうやらゼンディラが女性だと思った者のほうが多かったということなのだろう。


「いえ、わたしは元は間違いなく男です。ですが、僧籍に入るために断種したものですから……」


「ダンシュって?」


 もちろん、断種の意味くらい、ミネルヴァも知っていた。だが、この時はゼンディラが何を言いたいのか、すぐ思い浮かばなかったのである。


「つまり、チンポコちょん切っちまったってことじゃねえの?」


 アッシャー中尉がボソリとそう呟くと、ミネルヴァは何故か彼のほうを向いてジロリと睨みつけた。それから、もう一度ゼンディラと向き直る。


「あんたたちっ!まだ女のほうに賭けた側が負けたってわけじゃないわよ。ようするにアレがないってことは、そりゃ男じゃないってことじゃないの。じゃ、この件はドローってことよ」


 今度は男のほうに賭けていた者たち側から激しいブーイングが起きる。


「ええ~っ!?そりゃねえよ、ハイザー少佐。つか、DNA的には男なんだから、やっぱお坊さんは男ってことだろ?」


「そうよ、ミネルヴァ。あんたも屁理屈こねてないで、潔くさっさと五千エーテル寄越しなさいってば!」


 友人のビバリー・ヘイゼル少尉にそう脅されても、ミネルヴァは諦めなかった。ゼンディラの長い銀の髪をぐいと引っ張り――自分のほうへ引き寄せると、彼に強引にキスしたのである。それから、自分でキスしていながら、ゼンディラを壁のほうへドン!と追いやる。


「誰かがこのお坊さんと寝て、男か女か確かめたってんでもなきゃ、わたしは絶対認めませんからね!」


 その後、ミネルヴァはらしくもなく顔を真っ赤にしたまま、ずんずん歩いて食堂の自動扉の向こうへ消えた。当のゼンディラはといえば、暫し呆然としたが、特に口許をぬぐうといったこともせず、「役得だな、坊さん!」とか、「あいつ、軍にいるくせに男嫌いなんだぜ」とか、「ミネルヴァが男にキスするなんて、天地が引っくり返っても二度とねえだろうなあ」などとからかわれつつ、残りの兵士たちと一緒に食堂へ入っていくことになった。


「我が軍の者が、何やら失礼を働いたようで、大変申し訳ありません……」


 食事のほうはバイキング形式だったので、キーレン・ジャームッシュは、特にお勧めの料理を皿にいくつか盛って、ゼンディラに差し出していた。兵士らはといえば妙に面白がって、彼やフォスティンバーグ博士を中心にして、順にテーブルへ座っていたものである。


「いえ、特に気にしてません。というより、もしわたしが本当に女だったら良かったのでしょうが……」


 蟹のクリームパスタやチョウザメのキャビア、五種類のチーズの入ったラザニア、サイコロステーキ、きのこのサラダなどなど……キーレンはひとつひとつ、料理の説明をしていった。ゼンディラはといえば、「このように美味しい料理をいただいて、大変申し訳ないことです」と頭を下げつつ、そのひとつひとつを有難く食していった。コートⅡでの食事も、栄養という点では申し分なかったし、ゼンディラにとっては特に、<食べたことのないもの>があまりに多かったせいだろう。口に合わないものも中にはあったが、それでも大体のところ美味しく食べられた。だが、この軍艦内での食事は、遥かにその上をいっていたのである。「いくらでもおかわり自由」ということだったので、彼は(僧侶としてはしたないだろうか)と思いつつ、料理の並ぶテーブルのほうから、美味しかったものをもう一度持ってきていた。


「あの坊さん、なかなかやるな」


「ミネルヴァにキスされたってのに、けろっとしてメシ平らげてるぜ。つか、坊さんってことはアレだろ?もしかしてさっきのがファーストキスってやつなんじゃね!?」


「いやいや、そうとは限らんぞ、みなの者ども。何分あの美貌だからな。なかなかにけしからんことがあってのち、なんかの罪で僧院へぶちこまれることになったのかもしれんし……」


「なるほど、なるほど。じゃなきゃ、ミネルヴァほどの女に突然キスされたってのに、あんな冷静でいられるはずねえもんなあ」


 ゼンディラから少し離れたところに座を占めた兵士らは、そんなことを話しては笑いあい、一方、彼とフォスティンバーグ博士のそばに座った者たちは、ゼンディラの出身惑星のことや、彼の生い立ちのことを興味津々で聞き入っていたものである。


「へええ~。惑星メトシェラかあ。ここにいる全員、聞いたこともないってことからして、相当のど田舎辺境惑星ってことになるなあ。しかも、文明のほうがまるっきし進んでねえとは……」


「けど、なんでそんなとこから裁判惑星になんてやって来ることになったんだい?よっぽどの大悪人でもない限り、そんな辺境惑星からコートⅡまで飛ばされてくるとは思えないがな」


 そこにいた多くの兵士たちは、手のひらの端末で惑星メトシェラについて軽く調べつつ食事していた。だが、最終的に上官であるキーレン・ジャームッシュが「ごほんごほん、ウォッホン!」と咳払いし、「失礼じゃないかね、君たち。それにゼンディラ殿は正当防衛の冤罪でコートⅡにいたに過ぎないのだから、余計な詮索はしないことだ。ゼンディラ殿も、こんな奴らの質問にいちいち大真面目に答えんでよろしい」と言ったことで――その後は、大体のところ一般的な世間話に終始した。つまり、ここ戦艦アルテミスβでの兵員たちの生活のこと、彼らの出身惑星の話、また、そのことに関連して、メトシェラがどのような惑星で、どういった文化の中ゼンディラが生まれ育ってきたか、アストラシェス僧院とはどのような場所なのか……などなど、食事のあとも、彼らの歓談は長く続いた。


 そんな中、ミネルヴァは珍しく、女性たちだけで固まって食事していた。彼ら自身、いつもはあまり男であるとか女であるとか、もはや意識しなくなっているほどに、仲間としての結束は固い。だが、この時は兵員たちの中の、ホモセクシュアルやバイの男性の名前をあげ――ついでに、彼らのしょうもない性癖について嘲笑しつつ――最後には、「わたしたちの女の園で、あのお坊さんを順にレイプするのはどうかしら?」なんていうことを話しては笑いあっていたのだった。


 食事後は、みな娯楽室で「一遊びする」というので、昔ながらの電子ダーツやビリヤードなど、ゼンディラは下手くそながらも兵士たちと楽しんで過ごした。また、フォスティンバーグ博士はダーツやビリヤードのみならず、ポーカーの腕前のほうもなかなかのものだったので――兵士らに一目置かれたものである。


 その後、ふたりはジャームッシュ事務官に連れられ、ブリッジのほうで艦長であるキース・アレギリウス中将とも対面し、少しばかり世間話して過ごしたのだった。中将はすでに、部下であるキーレンから、「他の兵士たちともすっかり打ち解けているようです」と報告を受けていたことから、情報諜報庁の隠れた間諜ではあるまいか……との強い疑いと警戒についてはすでに解いていたのである。


 そこで、フォスティンバーグの精神科医としての仕事のことや、ゼンディラの出身惑星のことなどを、あくまで世間話の範囲内――といった、差し障りない範囲で言及し、そこに自分の豊富な知識も加えて質問を切り返すなど、感じ良く客と接した。ゼンディラにしてもフォスティンバーグ博士にしても、アレギリウス中将には、人間としての深い懐と多くの人間の上に立つ者の器の大きさ……何かそのようなものを感じるばかりだったと言える。もっとも、彼らは知らない。軍で<中将>と呼ばれる立場にまで成り上がるには――常に情報網を出来得る限り張り巡らせ、その上で機敏に賢く行動し、時に誰か人を蹴落とし裏切り、汚いことにも手を染めなくてはならない……といったことなどは。


 アレギリウス中将は精神医学や心理学といったことにも造詣の深い人物だったので、フォスティンバーグ博士との間では随分深い専門的やりとりをしていたものである。と言っても中将は、専門家としての博士の立場を重んじ、彼に比べれば自分などまるきり赤子に等しい知識しかない……といった、へりくだった態度で博士に質問したり、豊富な知識の中から気の利いたジョークを展開したりしていたが、次第にゼンディラはふたりの会話についていけなくなり、先に応接室のほうを辞去させてもらうことにしていた。


 特別な客に滞在してもらうためのスペシャル・キャビンの場所は、先にキーレン・ジャームッシュに案内してもらっていたし、そこはブリッジと同じ階にあるのみならず、そう遠く離れてもいなかった。ゆえに、「もう一度部屋まで案内しましょうか?」とキーレンに言われても、「たぶん、場所のほうは大体わかると思います」と言って断ったわけだった。


 だが、(確かこのあたり……)と思いながら、B-Ⅳ区画と表示の出ている廊下をゼンディラがうろついていた時のことだった。目当てのスペシャル・キャビンのある前に、ひとりの濃紺の制服を着た将校の姿を彼は見出したわけである。




 >>続く。








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