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第6話

 予定よりも早いパーティの終了に、馬車はまだ追いついていなかった。魔法で精霊による報せをよこしたから、そのうち来るだろう。城の外にあるちょっとしたベンチに腰かける。


「あ、そうだ」

「どうされましたか?」

「エウスタシオ、ワインでびしょびしょだったね。たしか、ハンカチが……」


 持ってきていた小さなバッグからハンカチを探る。手に布のような感触が当たり引き出すと、淡いピンク色のハンカチが現れる。リッカルドが差し出してきた証拠品と同じようにルナデッタ家の紋章があるが、その精巧さは似ても似つかないものだ。


「いえいえ! このくらい平気です!」

「いいからいいから。まあ、こんな小さなハンカチじゃ、拭ききれないけど」

「アリーチェ様の物を汚すわけには! 隣にいるにはひどく醜いですが、このままで――」

「いやぁ、そんなことないよ。私のこと守ってくれた証だし。とりあえず、顔だけでも」


 私の手から逃れようとするエウスタシオをどうにか言いくるめて綺麗に整った顔をささっと拭く。少し時間が経ったからか乾き始めてる部分もあるから、あとでお風呂に入ってもらおう。

 ある程度拭けて顔から手を離すと、拭かれるために瞑っていた目がゆっくりと開かれる。エウスタシオの深い緑にも黒にも見える瞳が私の瞳を捉える。何度も見てきた顔なのに、なぜか鼓動が早まる。逸らしてしまいたいのに、その美しい色から、彼のどこか熱のこもった視線から、逸らすことができない。

 数分にも感じたけど、実際はほんの数秒。見つめ合っていたのを遮ったのは、馬車の到着を教えに来てくれた精霊だった。


「あ、じゃ、じゃあ! 行こうか!」

「……そうですね」


 馬車が来ているところまで、エウスタシオの前をすたすたと歩く。いつもよりも少し早いスピードで。馬車がいるのを認識したところで、御者の大きな声が聞こえてきた。


「アリーチェ様ー! 遅くなってしまい申し訳ございません!」

「こちらの都合で早くお開きになったから、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。では」


 御者は扉を開いた後、定位置へと戻る。

 馬車に乗ろうと後ろにいるエウスタシオの方を見ると、いつものように手を貸す行動に移る気配がなかった。


「エウスタシオ?」

「……汚れてしまいますので」

「! ああ、気にしなくていいのに」

「それから、お嬢様を乗せたらもう行ってください」


 私から視線を外して、馬車の前の方へと向けて言う。自分に言われたことに気付き、御者は困惑気味に「は、はあ」と返事をしていた。私も慌てて完全に馬車に乗り切らないようにする。


「……なんで? エウスタシオは?」

「馬車を汚すことになりますので、歩いてゆっくり帰ります」

「は? いやいや、ここから家までどれだけかかると思ってるの」

「今日中には到着しますよ」

「そういうことが言いたいんじゃなくて……。いいよ、汚しても。責任とって私が掃除するし」


 胸の辺りを拳でとん、と叩く。前世でどれだけのダメ男と付き合ってきたと思ってるの。この世界ではいろいろと道具がないかもしれないけど、掃除なんてお手のものよ。


「滅相もない! お嬢様のお手まで汚してしまいます!」

「洗えば落ちるし」

「そうですが! ……私が納得いきませんので、やはり歩いて帰ります」

「嫌だ」


 どこかに行きそうになるエウスタシオの腕を掴む。ワインが染み込んだ彼の服は、レースの手袋の上からでも分かるくらいじっとりと湿っていた。その行動にエウスタシオはひどく慌てる。


「お、お嬢様! 服も濡れておりますので、お手を……!」

「馬車に乗るって言うまで、離さない」

「っ! ……分かりました。もう降参です」

「ふふ、やった」


 エウスタシオは私が折れないと分かって、やれやれといった表情で頭を抱えていた。お互いに頑固だけど、多分私の方がより頑固だから、いつも根負けするのは彼の方だった。


「昔から強引なんですから……ですが、馬車の掃除は私がしますので」

「えー。……じゃあ、それ見張っておこうかな」

「ご覧になっていても楽しくありませんよ?」

「手伝っていいってこと?」

「それはいけません」

「なーんだ」


 はは、と笑いながら一緒に馬車に乗り込む。

 今日は気も張ったし魔法も使ったし、すごく疲れた。でも、罵られたままだったリッカルドに一発お見舞いすることができて、すがすがしい気分だ。結としての私も報われた気がする。前世でもできたらよかったなぁ。どれだけ望んでも叶わないことだけど。それでも、前世の私が辛かった分、今の私がたくさん幸せになれればそれでいいんだと思う。

 疲労から重くなる瞼に逆らうことなく、そこで思考を途切れさせた。


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 あの婚約披露パーティから少しして、再度城に呼ばれてどういうふうに力を貸してほしいのかとか、いろいろな情報を教えてもらったりした。難しいことはなさそうだったし、二つ返事で引き受けた。

 その後、すぐに国からそこそこのお金が届いた。まだ特に何もしていなかったのにどうしてか、と訊ねると、定期的に支払うようになっている、と運んできてくれた従者が答えた。元の世界で言う、社外顧問のようなポジションになっているんだろうか。こんなにあってもどうしようもないと思って、自分が生活できる分、それにエウスタシオを雇う分だけをもらって、残りは国に多くある孤児院に分配することにした。エウスタシオのような詳細な年齢も分からない子が少しでも幸せになれるように、と。


 それから、婚約破棄されて独り身になった私にお母様は何度かお見合いのようなものを提案してきた。その度に、きっぱりと断った。もう男はこりごりだから。家系的に後継を残さなければいけないが、その役目はお姉様たちがしてくれる。上のお姉様はつい先日第一子の女の子が産まれたし、下のお姉様も妊娠が判明したところだ。

 また、両親は必要ないと言うが、実家に住まわせてもらうわけだし、家にいくらかお金も入れている。水道光熱費……というものはこの世界にはないが、要は今までと変わらない生活を送らせてください、という気持ちである。リッカルドとの一件があったり国に貢献していたりするからか、独り身の女が実家にいてもやっかいな娘と思われていないようで一安心だ。


 今日も庭でティータイムと優雅に過ごしている。

 華麗な、けれど、無駄のない所作で、紅茶をカップへと注いでいくエウスタシオを見つめる。

 前世どころか、この世界でも、まともな男と付き合えなかったとんでもない男運の悪さを呪いたくなるが、長い付き合いだからか言葉にしなくても私の望むことを理解してくれる目の前の彼さえいれば、それでいいかもしれない。


「ね、エウスタシオ」

「? なんですか?」

「ううん、エウスタシオがいてくれてよかったなって思っただけ」

「っ! ……私も、アリーチェ様にお仕えできて至極光栄です」

「ふふ、嬉しい」


 驚いた表情をした後すぐにいつも通りの顔に戻り、深々と頭を下げながら言うエウスタシオに上機嫌になり、彼が作った焼き菓子を口へと運ぶ。甘くて美味しい。幸せに包まれてふわふわと夢心地気分の私が、私とエウスタシオとで言葉に込められている感情が少し異なっていることに気付くのは、また別のお話――。



最後まで読んでいただきありがとうございました!



この作品は『男の権力や金に一切頼らないざまぁありのヒロイン』がテーマで書き始めました。王様に助けてもらう部分もあったものの、基本的にはヒロインが元から持っている力(と家系・遺伝の力)でざまぁを行うことができたのではないかと思っています。



改めて、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!

もしよろしければ、評価やブクマ、ご感想などもらえたらとても嬉しいです!

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