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第4話

 婚約披露パーティ当日。

 お気に入りのドレスに身を包んで、いざ戦場へと向かう。パーティをぶち壊したいとかそういう望みは一応ないので、あくまでも主役のファブリツィアが映えるようなあまり目立たないドレス。でも、これが一番のお気に入り。


「アリーチェ様、よくお似合いですよ」

「ありがとう、エウスタシオ。ヘアアレンジも完璧ね、さすが」

「アリーチェ様が一番お美しく見えるものを選んだまでです」


 昔から平然と綺麗だとか美しいだとか言ってくるような人だった。アリーチェとしてはもう慣れたもんだけど、ゆいとしてはどぎまぎしてしまい、心と頭がごちゃごちゃになる。これからもエウスタシオと暮らしていくだろうし、そのうち慣れるはず。だから今は、いつか消えてしまうこの気恥ずかしさをもう少し味わおう。

 そんな事を考えていたら、婚約披露パーティが開かれる王城がすぐそこまで見えていた。

 リッカルドに浮気をしていると罵られたあの日以来だ。できれば会いたくなかったが、もうすべて終わりにしよう。


「到着いたしました」

「ありがとうございました。また帰りによろしくお願いしますね」

「承知いたしました」


 御者と軽く言葉を交わし、馬車からエウスタシオの手を借りて降りる。すでに幾人かいるようで、少々騒がしい。

 ちょうど同じタイミングで到着したご婦人と目が合う。あれは確か、南の方の男爵家の奥様だったかな。


「ごきげんよう」

「! おほほ、どうも……先に行きますわね!」


 私に声をかけられたことに分かりやすく動揺して、そそくさとこの場を去って城の中へと入っていった。

 ……明らかに避けられた。というか、私はご婦人より年下だけどルナデッタ家の方が上の立場なのに。不貞を働いた令嬢と話すことなんて何もないってことか。


「……当たり前か」

「お嬢様?」

「みんな、浮気だって信じてるんだね」

「……婚約破棄になるくらいですからね」

「うん、そっか」


 分かっていたことだけど、少しばかり胸が痛くなる。でも、そんなこと言ってられない。城に入ったらそれが顕著だったからだ。


「……ほら、あれ、浮気した――」

「よくここに来れるわね……」

「どんな精神してるのかしら」

「参列者の男でも食い漁ろうとしてるんではなくて?」

「きゃー、こわーい」


 喧噪の中にひそひそと参列者の声が聞こえる。あちらこちらから私に向けて悪口という名の石が投げ込まれてくる。わざと聞こえるように言っている人も複数いる。


「はぁ……」

「やはり、帰られた方が……」

「ありがとう、大丈夫」

「ですが――」


 エウスタシオの言葉を遮るように、参列者の歓声が大きくあがる。そちらに目を遣ると、リッカルドと女性――ファブリツィアが、ようやく会場に現れたようだ。私に向けられた好奇の眼差しが一斉に二人の方へと注がれる。


「あれは確か――ダニエレナ家の……」

「よく覚えてるね」

「恐れ入ります。王太子様と婚約なさるとなった際に、一通り彼の身辺を調査しましたので、その時に見た記憶があります」

「そんなことしてたんだ」

「御母君に命じられたのもありますが、アリーチェ様の伴侶になるのがどのような御方かこの目で確かめたかったので……」


 隠し事がバレた時のように、エウスタシオはばつが悪そうな顔をする。

 彼の行いを嘲笑う気も、咎める気もない。そう伝えようとしたちょうどその時、私の前に影が落ちる。


「あんなことをしておきながら、よくこの場に来れたな、アリーチェ」

「……リッカルド様。この度は、ご婚約――」

「黙れ! お前からの祝辞など、聞きたいわけないだろうが!」


 私も言わなくていいなら言いたくない。でも、こんな公の場、しかも相手は王室。礼を欠くことなんてできない。


「尻軽のお前のことだから、相手など数え切れないほどいるんだろうな!」

「リック様、あまり本当のこと言うと、かわいそうですよー」

「ファブリツィア……こんな者にまで優しいなんて……君はこいつと違って、思慮深くできた女性だ」

「そんなことないですってばー!」


 ファブリツィアはリッカルドの胸を優しくポンポンと叩く。

 ……また茶番劇を見せられている。今すぐここを飛び出て大きなため息をつきたいところだけど、大人しく彼の罵りを右から左に聞き流していたら、その態度がかんに障ったのか、リッカルドはさらに激高した。


「なんだ、その俺を馬鹿にした顔は! クソッ!」

「そんな顔は――リッカルド様……?」


 身体の正面を私の方ではなく傍にあったテーブルに向けると、そこに置いてあった赤ワインがなみなみと入ったグラスを手に取った。

 あ、これは、まずい。この後起こることが容易に想像できた。頭では分かっていても、足は瞬時に動けない。なんとか目だけは閉じることができた。

 バシャッとワインがぶちまけられた音がした。あーあ、このドレスお気に入りだったのに……。そう思いながら、ふと違和感を覚える。ワイン、つまり液体がかかった感覚がまったくない。どういうことかと、まぶたを開くと目の前にはエウスタシオがいた。


「え? エウスタシオ……?」

「アリーチェ様、御召し物は汚れておりませんか? ……大丈夫そうですね」

「いや、私は……それよりエウスタシオの方が……」

「お嬢様をお守りするのが、執事の役目ですから」


 そう言ってエウスタシオはにっこりと微笑む。

 思わず、胸がドキリとする。何に対する鼓動なのかは分からなくて、跳ねた胸に手を当てるけど答えは返ってこない。


「アリーチェ様?」

「あ、ううん、なんでもない!」

「……おい」

「へ?」


 エウスタシオのではない声が聞こえて、素っ頓狂な返事をしてしまう。そうだった。ここはリッカルドの婚約披露パーティなんだった。少しの間、完全に思考の外へといっていた。

 そのことが運悪くリッカルドにも伝わっていたようで、限界に達していたと思われた彼の怒りがそれを超えてしまった。持っていたグラスを置き、私ではなくエウスタシオに向けて腕を振り上げる。


「俺のこと無視してんじゃねえ!」


 だめ……だめっ!!


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