第3話
それから程なくして、正式に婚約破棄はなされた。あのファブリツィアという女性との婚約も同時にされただろう。お母様が慌てた様子で王城へと出向いていたので、おそらくその時に王様もこの状況を知ったのだろう。あの魔法の痕跡がべったりの証拠品も見たに違いない。それでも婚約破棄が実行されたのは、王太子の我が儘が通ったのか、はたまたファブリツィアの家に何か言われたのか……。でも、子爵程度が王家に盾つくことはできないだろうし、単純に嘘だとしても浮気の噂が流れた相手とは体裁がよくないと判断しただけかもしれない。
いずれにせよ、これで。
「自由だー!」
「お嬢様、はしたないですよ」
綺麗なドレスのままベッドに大の字になって飛び込むと、エウスタシオに優しく諫められる。その口調も表情もはしたないとはまったく思っていなさそうだ。
「だって、王妃にならなくていいんだよ? もう、あの面倒くさいいろいろなレッスン、しなくていいんだよ? なんて楽なの!」
「頑張っていましたものね」
「それに、あの人の顔色窺う必要もなくなったし……前世と同じ生活なんてもう……」
「お嬢様?」
「! ううん、なんでもない!」
付き合ってからダメな男だって分かることがほとんどだったけど、だからって絶対に別れたくないというほどではなかった。我慢するくらいならすぐにでも関係を解消するべきだって分かっていた。それでも、そのダメな男に必要とされていると、私が存在していい理由がそこにあるんじゃないかと思うと、別れるという選択肢は物陰に隠れてしまった。
そんな自分を変えたいと思って勇気を出したら、殺されてしまったけど。物理的に自分を変えられたのに、中身は元の自分のままなんて嫌だから婚約破棄されてよかったのかもしれない。
ありもしないとは言え、浮気が理由の婚約破棄だからか、名家の令嬢であるにもかかわらず嫁にほしいというのも婿に入りたいというのも、嬉しいことに現れてこなかった。また独り身の日々を過ごせる。……いや、ひとりじゃなかった。
「エウスタシオがいれば、それでいいや」
「っ! ……アリーチェ様がこの世を去るその時まで、隣でお仕えいたしますよ」
エウスタシオは片膝をついて軽く頭を下げながら言った。そこまで言われると思っていなかったから、少しの照れを隠しながら小さく「ありがとう」と返した。
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私くらいの年齢の女性はほとんど婚約者がいたり、早ければ結婚生活を始めていたりする。そんないい年頃の娘が相手もいないで家で悠々自適に暮らしていても、お母様は何も言ってこなかった。きっと王様から証拠が本物かどうか怪しいということを聞いているのだろう。
美味しいものを食べて美しい庭を見てふかふかのベッドで寝てエウスタシオと他愛ない会話をして……。そんな日々を過ごしていたある日、王室から招待状が届いた。リッカルドの婚約披露パーティの招待状が。
「いや、なんで私に送ってくるの……」
「お嬢様は陥れられたんですから、参加なさる必要ありませんよ」
「そうしたいのは山々だけど、王様の名前も連名されてるから無下にはできないよ。それを分かってリッカルド様も名前記載してるんだろうなぁ」
……もしかしたら、ファブリツィアの入れ知恵かもしれない。あんな雑な証拠を信じてしまうような人が、連名にすれば断れないなんてこと思いつくわけがない。
「参加、されるんですか? 表向きはアリーチェ様の不貞での婚約破棄となっておりますので、王太子様だけでなく、他の参列者にも必ず何かを言われると思いますが……」
「それはそうだけど……私、悪いこと何もしてないし気にしないようにするよ。あと」
「あと?」
「当日はエウスタシオも一緒に来てね」
「いち執事が参加してもよろしいのでしょうか?」
「従者連れてる人なんていっぱいいるし、いいんじゃない? 無理って言われても、ルナデッタのネームバリュー、使わせてもらうよ」
ウインクをして無邪気に笑うと、エウスタシオはやれやれとでも言いたげな顔をしていた
婚約披露パーティなんて行きたくないけど、彼も一緒なら心強い。当日が少し、ほんの少しだけ楽しみになった、気がする。