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第2話

「本日もお会いできて嬉しい限りです。――リッカルド様」


 最大限の敬意を込めたカーテシーを、王太子――リッカルド・ベニアーノに向けて行う。いつもなら何かしらの言葉が降り注ぐはずなのに、私の耳に届かないので不思議に思い、不躾だけど顔をあげてみると、どこか苛立ちが見てとれる。リッカルドもこの婚約に納得がいっていないのか、初めて会った時から不機嫌だった。それは興味がない人間に向けるものだったけど、今日のはどこか違った。彼の蒼い瞳から注がれる視線は私を私として認識しているように思える。


「リック様……? いかがなさいましたか?」

「……ぶな」

「はい?」

「その汚い口で、俺の愛称を呼ぶなと言ったんだ!」

「……え?」


 最初にリックでいいと仰ったのは王太子様では……?

 頭上に疑問符を浮かべて何が起こったのか分からないという表情をしていると、リッカルドはそのことにさらに腹を立てた様子で顔が怒りで染まっていく。


「この、のちに国を治めることになる第一王子のリッカルド・ベニアーノと婚約しておきながら、他の男と不貞を働いたやつがする顔か!」


 不貞って……要は、浮気のことよね?

 浮気なんてひとつも身に覚えがない。何らかの方法で気を失わせて無理矢理に事を済ませた後に記憶を消したとか、そういうでたらめなことがない限り、あり得ないことだ。

 というか、むしろ浮気をしているのはリッカルドの方で……。彼の女遊びは激しく、私と会う約束だというのにどこかの御令嬢を部屋に招き入れていたことが何度もあった。しかも、同じ御令嬢だったことは一度もない。

 この婚約自体に興味はないし、何よりリッカルドのことを好いているわけではないので、特に咎めることはしてこなかったが、まさか自分の方が咎められることになるとは。


「ふ、不貞? ……えっと、リック、ではなくて、リッカルド様。どなたかと勘違いされていませんか? 私は不貞など――」

「黙れ! どんな言い訳も通用しないぞ! 証拠はあるんだからな!」

「証拠、ですか」

「これを見ろ!」


 リッカルドはそう言って、証拠品をテーブルに叩きつける。ルナデッタ家の紋章が入ったハンカチに、おそらく乾いた男性の体液と思しきものが付着している。できれば手にしたくはないが、よく見てみるとご丁寧にアリーチェと名が刺繍されていた。


「これは……」

「動かぬ証拠がありながら、よくもぬけぬけと俺の前に顔を出せたな! この、尻軽女!」

「え、あの、このハンカチは――」


 コンコンッ

 言い訳ではなく、証拠だと言うものを観察した結果を述べようとしたちょうどその時、扉を叩く音が部屋に響いた。リッカルドは私を蔑んだ目で見た後、はぁとひとつため息をつき扉を開ける。


「ファブリツィア! どうして、ここへ?」

「申し訳ありません、リック様。どうしてもお会いしたくて……」

「! そ、そうか! 俺も会いたかったぞ!」


 先ほどまでとは打って変わって、リッカルドの声音が嬉しそうに弾んでいるのが聞こえる。一緒に甘えたような女性の声も聞こえたのでそちらへ目を動かすと、そこには金の糸のようなふわふわのウェービーロングヘアをした、少し幼く見えるかわいらしい顔立ちの小柄な女性がリッカルドへと寄り添っていた。私はどちらかと言えば、年齢に似合わない大人びた顔つきをしているし、髪も暗めの赤茶で手入れはしっかりしているが、ふわふわというよりはぼわぼわだ。つまり、私とは正反対の見た目をしている。

 そんな彼女を以前、リッカルドの部屋にいたのを見たことがある。


「あの……」


 二人の世界に入りそうになっているところを邪魔して悪いが、何も言わず退散するのも忍びないので声をかけると、リッカルドは心底嫌そうな顔をこちらへと向けた。


「あら、申し遅れました。ダニエレナ子爵家の一人娘、ファブリツィア・ダニエレナですわ。以後、お見知りおきを――アリーチェ様」

「私の名前を?」

「ふん、当然だろ。お前の不貞の証拠は、ファブリツィアの侍女が手に入れたものなんだからな!」


 そう言ってリッカルドはファブリツィアの肩を抱き寄せる。

 彼女がこれを……。彼らから視線を外して、再度ハンカチに目を向ける。このハンカチ、どう見ても、捏造されたものなのに。

 家紋や名前の刺繍はよく作られているが、注視しなくても偽物とすぐに分かる。その理由は、ハンカチにはたくさんの魔法の痕跡が残っているからだ。自分が浮気した覚えがないのもあるが、リッカルドから証拠を差し出された時、魔法の痕跡が漂ってきてすぐに捏造されたものだと分かった。でも、誰がこんなことを……と、考えていたが、今のリッカルドの一言ですべて合点がいった。


「そう、ですか。えっと、それでは、本日はこれで失礼いたします」

「は? 不貞を働いておいて詫びのひとつもなしに帰ろうと言うのか?」

「……お言葉ですが、私は不貞など――」

「婚約破棄だ」

「え?」


 今、なんと?


「謝ることもしない。あまつさえ、ここに証拠があるというのに何もしてないとのたまう。そんなやつを王妃になどさせられるか!」

「ですが、国王様と私の母が決めたことですし、それにもう結婚の儀式の日取りも……」

「そんなもの、どうとでもなる。父上もお前が悪いと分かったら、納得してくださるだろう。とにかく、婚約破棄だ! そして、このファブリツィアと改めて婚約する!」

「! リック様! とても嬉しいですわ!」


 ……一体、何を見せられているんです?

 とんだ茶番劇だ。リッカルドも騙されているというのにそれに微塵も気付くことなく、すべてを企てたであろう彼女と婚約を交わそうとしている。正規の儀式が行われていないから、まだ私との婚約は解消されていないが、この調子なら時間の問題だろう。

 前世のように、私が悪くないのに謝るようなことはしたくなかったので、無言で浅めに頭を下げて彼らの元を後にした。


 私も元々、婚約したいわけではなかった。それに、王妃という立場に執着しているわけでもない。

 お母様には申し訳ないけど、有難く婚約破棄を受け入れよう。

 帰りの馬車に揺られながら、これからのことを思い巡らせていた。


「はぁ……どうして、こんなに……」


 男運、ないんだろう……。



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