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世界の終わりシリーズ

【読み切り】世界を終わらせる彗星を発見したんだけど妻が話を聞いてくれない 〜だからパイを焼く〜

この彗星は、97.69%の確率で、今日の深夜、地球に衝突する



画面に表示された文字を呆然と見つめる。

同僚の計算結果も、似たり寄ったりみたいだ。


参ったなー…。


長時間座っても疲れない、人間工学に基づいて作られた椅子の背もたれに寄りかかってため息を吐いた。

何度計算し直しても同じ。


先ほど発見された彗星。

これ、確実に地球にぶつかって人類滅亡コースだわ…。

計算がずれてたとしても、遅くとも二、三日中に。


どうしようもない。


俺ら天文学者は、観測して未知の事柄の解明はするけれど、飛んでくる彗星を破壊したり宇宙人と戦ったりはしないのだ。


というかできない。無理。

そういうのは、もっとこう、別の人たちの仕事だ。


まあ、猛スピードで地球に突っ込んでくる彗星に、今の地球の科学力で何ができるんだって話だけど。


一番可能性が高いのが、もしかしたらいるかもしれない宇宙人に救援信号を送って助けてもらう、っていうんだからこの絶望的な状況が伝わると思う。



そんな訳で、研究所は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

とりあえずニュースリリースは出すらしい。


そりゃそうだよな。

秘密にしておくには重すぎる。

それに同僚だって、家族には伝えたいだろうし。


早々に帰り支度をして挨拶もそこそこに去っていく同僚が何人かいる。判断早いな。


画面にかじりついてるのは…先月彼女に振られたマットか。もしかしたら、最後の瞬間まで観測し続けるのかもな。


わからんでもない。

俺も、妻がいなければそうしてた気がする。科学者のサガだよな。


だが俺には愛する妻がいるからな。

リア充ですまんな。


グッと伸びをして席を立った。


「じゃあ、お疲れ」


デスク脇のカバンを拾って、誰にともなく挨拶をして研究所を出た。

ニュースリリースとかメディア対応とかは、偉い人たちの仕事だ。

ヒラの俺は、パニックになる前にサッサと家に帰ろう。



まだニュースが行き渡っていないのか、特に混雑もしていない道路を地球に優しい電気自動車を運転して家まで帰ってきた。

ちょっと買い物する余裕さえあった。


家に着いて、改めて妻に電話をした。

研究所でも車の中でも、何度かかけたりメッセージを送ったりしたのだが、全然反応がなかったのだ。


随分してから、妻が出た。


「何!?」


おっと。殺気立ってる。


「あー…今すぐ帰ってこれないか?」


この調子だと多分無理だろうなと思いつつ、一応聞いてみた。

案の定、


「無理!今取り込み中!別にあなたが怪我したとかじゃないのよね!?」


「そういう訳じゃないんだが…」


「そう。よかった」


ほっとしたように妻が呟いた。

俺に何かあったかもと心配して電話に出てくれたのか。相変わらず優しいな。

ちょっと嬉しくなる。

でも今すぐ切られそうな気配でもある。急いで


「あのさ、今夜くらいに地球がなくなりそーー」


「何?小説の話?それなら後で聞くから。あのね、今ちょっと凄い発見をしそうなのよ!だから手が離せないの!」


続けて言いかけた言葉は、興奮した様子の妻に遮られてしまった。よほどの大発見の予感がしているのだろう。つい頬が緩む。


妻は物理学者だ。日々、理論の検証をしたり仮説を立てたりと楽しそうにしている。

そのうちの何かが順調なようだ。


分野は違えど俺も研究者だ。そういう時の気持ちはわかる。


そうやって、目をキラキラさせて研究に打ち込む彼女が好きで結婚したんだよなあ…。


ちょっと昔を思い出した。

うん、邪魔はできないな。


「いつもの時間には帰ってくるか?」


「うん、それは大丈夫」


「わかった、愛してる。また後で。頑張って」


「うん、ありがと。私も愛してる。またね」


通話が切れた。


はーっと大きくため息を吐いた。

妻から研究を取り上げることなんてできない。

どうせ無理を言って帰ってきてもらっても、やりかけの研究のことで頭がいっぱいで、まともな会話にならないだろう。


こっちはもうどうにもならないんだ。だったら妻には好きなことをしていて欲しい。


しかしどうするかな?


家の中を見渡す。

結婚して五年。

子どもはいない。


窓が大きく観葉植物をふんだんに置いてある室内。

研究所は殺風景だからと、あえてこういう部屋にしたんだっけ。


掃除…は特に必要ないな。

俺たちは散らかすタイプじゃないから。


…妻が煮詰まってる時だったら、多分呼べば帰ってきて二人で過ごせたんだがな…。

まあ仕方がない。


しかし一人は暇だ。


少し考えて、ちょっと手間のかかる料理を作ることにした。

結婚前から何度か振舞ったことのある料理。妻の好きな魚介のパイ。


結構時間がかかるので、そんなに頻繁には作ってやれなかったのだが、今なら時間はたっぷりある。

ちょうどさっき、新鮮な魚介類も買ってきたことだし。

名目は、妻の研究の前祝いでいいだろう。


いそいそと冷蔵庫を開けて、他の材料の確認を始めた。



◇ ◇ ◇



そろそろ七時。妻が帰ってくる時間だ。


テーブルの上にはクロスを敷いてキャンドルを置いて、庭に自生していた花を飾った。未開封のワインがあったので、それも出した。皿とグラス、パンとサラダとチーズも並べた。

オーブンからいい匂いが漂い始めている。


…そろそろか?


ガチャンと玄関のドアが開く音がして、いつも通りの時間に妻が帰ってきた。


「ただいまー!」


「おかえり」


立って出迎えると、飾りつけられたテーブルの上を見て首を傾げた。


「何かあったの?」


「いやまあ、時間があったし。それに何か凄い発見があったんじゃないのか?」


水を向けると、妻がパアッと笑顔になった。


「そうなの!結果は明日の朝になるまで待たないとなんだけどね!でもきっと面白いことがわかると思う!」


抱きついてきた妻をぎゅっと抱きしめる。


「そうか。よかったな」


「うん!」


とても嬉しそうな妻が可愛い。

しかし明日の朝か…


少し考えて、こちらの発見については言わないことにした。

どうせ明るいニュースでもない。妻の様子だと、まだ知らないようだし。


…妻は…俺もだけど、自分の研究以外にはあまり興味がなくて、普通のニュースはほとんど見ないからな。

それくらいなら研究分野のニュースや論文を読んでた方がよっぽど有意義だ。


「メインは何?」


妻が顔を上向けて俺を見上げた。


「君の大好物だ」


唇にキスすると、嬉しそうに笑った。


「もしかして、あれ?」


タイミングよく、チーンとオーブンが鳴った。


「あれだ」


笑って頷いて身体を離す。


キッチンに向かう俺の後ろを、妻がついてくる。オーブンを開けて中身を取り出すと歓声を上げた。


「美味しそう!」


頷いて、ミトンをつけた手でテーブルに運ぶ。

因みにパイは魚の形だ。その方が妻が喜ぶから。結婚前にこの料理の為に買った魚型の耐熱皿を、今も使い続けている。


あらかじめ用意しておいた鍋敷きの上に、熱くなった皿を慎重に置いた。

妻はワインを開けている。


「ありがとう、愛してる」


と妻がキスしてきた。

うっかり抱きしめてキスに応えそうになったが、すぐ横に湯気を立てている料理がある。

少しだけ残念に思いつつ身体を離した。


席につき、ワインを手に取って掲げた。


「乾杯」


「何に?」


「君の世紀の発見に」


片目を瞑って言うと、妻がくすぐったそうに笑った。


「じゃあ、あなたの愛情たっぷりの料理と、今後の世紀の大発見に」


微笑み合って、彼女が妻で本当によかったと思った。



◇ ◇ ◇



妻は上機嫌で自分の研究のことを話してくれた。

専門的すぎてほとんどわからなかったけれど、楽しそうな妻を見ているだけで俺も楽しかった。


美味しいと絶賛しながら料理を食べてワインを空けたら、妻はテーブルでうとうとし始めてしまった。

彼女はかなり酒に弱い。


そっと抱え上げてベッドに運ぶ。

寝巻きに着替えさせて俺も着替えて、ベッドに入って抱きしめた。

無意識に抱きついてくる妻が可愛い。


「愛してる」


囁くと、妻の表情が更に緩んだ。

俺の胸元に頬を擦りつけて笑っている。


本当に可愛いな


髪を撫でて、旋毛にキスをする。


「愛してる」


何年も前からずっと。

明日世界が終わっていてもきっと。


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