彼氏を怒らせたら大変な目にあった
地元の夏祭り。
毎年楽しみにしていたのは、幼馴染と出掛けてたから。今日はいつもと違いウキウキしていた。友達のゆかりちゃんと行くからであり、初の友達と。これ位は許される……筈だ。
「珍しいわね、星夜。聡君と出掛けないなんて……。いつも何処に行くにも彼と一緒なのに」
「良いの。いつも一緒だと聡だって嫌になるだろうし、つまらないでしょ」
そう断言する私にお母さんは「全然、そんな事ないと思うけど」と、お父さんに声を掛けるも無言でそっとお茶を飲んだ。
無言の肯定。お父さんの意志がはっきりしてる。
熊谷 聡。
隣人で幼馴染み。誰にでも優しくて、カッコイイ自慢の彼氏。無論、小学校の頃から女子に人気だし高校2年になった今でもその人気は衰える所か、逆に上り続けている謎。
いや、確かに笑顔は素敵だし気配り上手だ。頭も良くて、部活のサッカー部でエースを務めている完璧すぎる彼氏。
弱点なんてない。そう誰もがそう思う中、本人に聞いてみた事がある。
すると、彼は笑いながら言った。
「星夜に惚れたのが弱点だよ。気付かなかった?」
もう気絶しても良いだろうか。
サラッとこんな事を言うから、未だに女子に人気なんだよ。少しでも相応しいようにと色々とやってきた。
料理、洗濯、裁縫。
料理は壊滅的で、今は聡のお母さんと特訓中。なんか、サラリと聡の好みの味を教え込んでいるのは凄く不思議だけど……良いのかな。
お母さんに目線で訴えても「ふふ、気にしないでぇ」と、出されたケーキと紅茶を優雅に飲んでいる。おかしい、私よりくつろいでるとか絶対におかしいよ。
そう……。隣人だから、こうしてお互いの家を行くのは当たり前だし両親同士で仲が良い。
それを聞いたゆかりちゃんが「外堀も完全埋まってるんだ。……好みの味を教えるってもう確定じゃん」としみじみと言われた。
「あ、もう時間だから。行ってきまーす」
「はいはい。気を付けてねぇ」
「どうなっても知らんからな」
お母さんはニコニコと手を振り、お父さんは不穏な事を言った。
思わず何の事だろうと聞くも、時間なんだから行けと追い出される。
え、酷い……。
この時のお父さんの言葉の意味を、私は身を持って知ることになる。
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「やっほ~」
ゆかりちゃんとの待ち合わせ場所に行くと、そこに居ない筈の人物が居た。暑い夏。だけど、私は冷や汗をかく……むしろ寒気すら感じる。
「な、なんで」
「実はおどさ――じゃない。獅子ってカッコいいでしょ!?」
何だその無理矢理な言い方。
ゆかりちゃん、自分の顔を見ようよ。私と同じ位に顔が真っ青なんだけど!!!
「やふー、ほへほえは」
「……大地君。食べるか話すかどっちかにしよう?」
「ほふ、ほふっ!!」
多分、やっほーって言いたいんだよね。
口いっぱいに食べ物を詰め込んで、喉に詰まらせないか心配だ。でも元気よく頷いては、焼きそばとお好み焼きを食べ始めていく。
「それでせっちゃん。何か言いたい事、あるんじゃない?」
「な、なんの事でしょうか」
話が終わった途端、聡が私にロックオンをしてしまう。
「「頑張れぇ~~」」
「やだああああっ!!!」
大地君とゆかりちゃんが手を振ってるけど、助ける意思がないのが伝わる。
涙目な私はそのまま聡によって引き離されて行った。
「何で誘ってくれないのさ」
ふてくされる聡に私は視線を泳がせる。
これから花火が始まるからか、人混みが凄い事になっていた。特等席を取る為に急ぐ者、仲間同士でゆったりと行く人達。
屋台で売られる焼き鳥、イチゴ飴、リンゴ飴だけでなく綿あめ。大地君が食事を食べていたのを思い出し、お腹がすき始める。
聡が来るのを両親は知っていた。
だから、出掛ける時にあんなことを言ったのだと分かり恨めしく思う。
「いや、だって……。一緒に居ると疲れるかと思ったし」
「僕は全然そんなこと思わないよ?」
「顔を合わせてて疲れない? 1人になりたいって思う時はないの?」
「ないよ。1人になりたいなら、自分の部屋に居れば良いし。僕はいつだってせっちゃんの顔を見ていたい」
「あー、うん。ありがとう」
質問すればする程、逃げ場なんて無いと思わされるのは何故か。
「何、悩んでんの?」
考え事をしていたのがバレているのか、聡は視線を向けさせた。
両手で頬を固定された。かと思ったらぐっと腰を引っ張られ、横抱きにされた。
「そ、外なんだけど……」
「そうだっけ? 家じゃいつも通りだから分からないね」
いやいや。ここ普通に外だし!?
た、確かに遊びに行くと普通に横抱きにされるんだけどね!! 嫌だと言っても綺麗に無視。それを微笑ましく見られる私の身にもなって。
お母さんが「未来が安定ね」とか言ってた。
お父さんは見てられないからって必ず外で走って来るんだよ。この恥ずかしい気持ちを絶対に理解しているのに、綺麗に無視するのとか酷い。
こ、こういう甘い対応は慣れたくないっ。
訴えても直る所かドンドン酷く、甘々な対応をされる。
(ううっ、イケメンって酷い。嬉しそうにされると、言い返したいのに出来ないし。あれ、これってもしかして――)
惚れた弱みなのか。
じっと見て来る聡の視線に、段々と熱が集まる。見られたくない一心で、両手を使って目を隠す。この時に、私自身じゃなくて聡にやったのが間違いだと気付く。
「ひえっ……!!」
悲鳴染みた事を発したが許して欲しい。
だ、だだ、だって、いきなりペロッとされたんだよ。手、手を!!! 手を離すしかないじゃん。涙目で睨むと彼は楽し気に笑うだけ。
くっ、なんだこの敗北感。
「僕の質問に答えてよ。何で誘ってくれないのさ。毎年来てたし、いつもみたいに僕から誘えば良かったの?」
「そ、それは……」
「幼馴染みとして来るのと、恋人として来るのとじゃあ全然違うに決まってるでしょ? せっちゃん、やっと自分の気持ちに気付いて僕は告白したのにさ。……楽しみにしてた僕がバカみたいじゃんか」
うぅ、シュンとしないで……。
こっちが悪く思うし、ふくれっ面が可愛いとか思ったじゃんか。もう、学校でも外でも、自宅でも変わらない対応されると慣れてきそうで怖い。
絶対、さっちゃんは分かってるやってる!!!
わ、分かるのに。手の平にコロコロと転がされるの分かるのに抗えない。
「わ、分かった。ま、周る。一緒に行くから、下ろして……下さい……」
弱々しい声で訴えるとすぐに下してくれた。
鼻歌交じりで歩くさっちゃんは、当然の如く私の手を握る。離れないようにしっかりと握られ、恋人繋ぎを混ぜて来る。
振り返る笑顔が眩しい。心から楽しんでいるけど、同時に私に対する思いも分かる。
言葉にするのが慣れない。でも、彼を好きな気持ちは日に日に増す一方なのは事実。
ギュっと握り返すと更に嬉しそうにされる。
そこからはもう彼のペースだ。
人の波にさらわれないように、肩を抱き寄せられて段差に気を付けるように誘導される。屋台で気になる物があれば、寄りたいと言う前に買って差し出されてしまう。
その後も飲み物、食べたいお菓子がさっと用意されては2人で食べる。
少し足が疲れて来たなぁと思い、休憩をしようと提案する前に「空いているから行こうか」と心を読んだかのように連れて行かれる。
……エスパー? エスパーなの?
何ですぐに分かるの。顔に出てたとして察し良すぎないか。そんなに分かりやすいのかと思っていると花火が打ちあがる。
夜空が彩られ、星の光が花火によって隠される。
ここに至るまで、聡が手を離すことはなかった。ヨーヨー釣りも、綿あめを食べる時もずっと握っていて余計に体温を感じてしまう。
「ちゃんと楽しんでる?」
「も、もちろん……」
「良かった。また来ようね」
「私ばっかり楽しんでて、聡は楽しめてないでしょ。なんか悪いから、次は友達と――」
友達と行けばいいのでは、と最後まで言わせてくれなかった。
唇に当たる感触に思わず目を見開く。
甘く感じるのは少し前に綿あめを食べていた訳で、クラクラするのに背中を支えられてるから逃げられない。
「彼女と来てるのに、何で友達と来ないといけないの。気持ちに気付いたんだから攻めるって、ちゃんと言ったでしょ?」
覚悟してよ、と低く言われ「ひえっ」とも言えずに再び落とされるキス。
花火をちゃんと見たいのに、聡がずっと甘く囁いてくる。僕は好きだけど、星夜は? なんて、意地悪な質問してくる。
ヘロヘロな私はおんぶされてる。
ゆかりちゃんと大地君にはバッチリと見られてて、助けて欲しいのに「勝てるわけないね」と言うのおかしいんですけど!!!
「まぁ、今まで来てたのに急に友達と行くなんて事になったら怒るよね。んで、いつも以上に甘々な対応をされた、と。ごちそうさま~」
「何で協力したの……」
「だって、好きな作者のサイン会が当たったって言うんだよ? 人質、じゃない……物を人質の様に扱うからこの場合は物質?」
「そんな言葉聞いた事ない」
「今作ったからね」
夏休みの宿題は終わってる。
でも、ゆかりちゃんに聡を誘った理由を聞けばそんな答えが返ってくる。大地君が宿題を終わらせてないからと、私達は聡の家に集まっていた。
勉強が苦手で助けて欲しいと頼まれたのに、当の本人はすぐ寝てしまった。
夏祭りの時に聡とどう過ごしたのかと聞かれ答えずにいた。でも、質問されて答えないままでいるとどうしてもあの時の事が思い浮かぶ。
すぐに真っ赤になる私に、ゆかりちゃんは納得した様子で「大変ねぇ」と言われる。
「はーい、おやつ作ったよ。って大地、何で寝てんの!!」
「うぐぅ……」
肩を叩かれ、起こされる大地君。
おやつの匂いにつられて起き上がる所がとても彼らしい。宿題よりも食べ物を取ったんだから。
「あれ、星夜。これ甘くない?」
「え、そう? いつもと同じだよ」
好きなホットケーキには、いつものようにフルーツが飾られクリームがたっぷり。
いつもの味、いつもの甘さ。私の好きな味なのに、ゆかりちゃんが不思議な事を言って来る。
「はい、あーん」
「え、自分で食べられるよ」
「気にしないで。いつもと同じだし」
「うぅ……。分かったよ」
切り分けられていつものように運ばれる。
ちょっと恥ずかしいけど、聡が嬉しそうにするから仕方ない。
ゆかりちゃんが納得した表情で「確かに、これは甘いわ……」と遠い目をされた。意味が分からない私に聡は「気にしない、気にしない♪」といつもの対応をしていくだけだった。
え、おかしい?
あれ……これは普通じゃない??