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2.3: "PAYLOAD-2077"

 シドニアたちはポート・フィレム近づいていた。

 南側のルートをとり、フィレムの森を大きく迂回する。道は殆ど山道で、途中寄った小さな町で少しずつ燃料を調達した。

 フィレムの森を取り巻く旧パルマ領は、火魔術のメッカだ。火の女神フィレムへの信仰が今も根強い。半面、石炭などの燃料は忌避されている。

 道中話を聞いたところ、少年は早く母を亡くし、父親の手で育てられた。シドニアの見たところ、どうやら身勝手な父に反目して、非行に走り出したようである。

 ポート・フィレムでの事件の後、ファサの施設に強制的に入院させられたが、大変厳しい生活だったようだ。仲間と施設から脱走して、同様に脱走して砂漠を中心にジプシーのような暮らしを始めた。


「ファサの奴らは、他人に関わらねえからな。バギーの集団でも見て見ぬふりさ。チョロい」

「パルマ人やノートルラント人とは違う?」

「ああ。奴らはなんてーか、うざってえ」

「押しつけがましいってこと?」

「ああ、それだ」

「水が合うのかねえ? じゃあ君はずっとファサに?」

「――」


 聞こえなかったのか、答えたくなかったのか。

 少年は無言のままハンドルを握っていた。

 山道を降りて平坦になり、しばらく走るとオルソーが近づいてきた。

 鉄道の線路にそって道が続く。

 町もなければ馬車もない。

 時折、列車とすれ違ったり追い抜かれたりした。本数は少ない。沿線で崩落事故があって、ようやく全線復旧しそうだとの報告を受けていた。

 華やかなオルソーを通り、暫く行くと修復されたポート・フィレムの西門が見えて来た。


「――ポート・フィレムだ。ほんとに入るの? いい?」


 なんであんたが緊張してんだ? と少年は不思議そうにしていたが、「サイコ野郎の頭のことなんかわからねえ」と思考を放り投げた。

 迫ってきた違法な乗り物を衛兵が見止め、数人が門前に立ちはだかる。

 シドニアは「少しスピードを落として」と言い、助手席から衛兵に向けて気さくに手を振る。


「ルウ! デモン! ご苦労さん!」


 彼らはシドニアに気付くと唖然とし、結局は横へ避けて道を譲った。

 バギーは西門をくぐる。

 すぐに応援の衛兵がバタバタと駆け付けたが、シドニアが手を振ると彼らはぽかんと口を開けたまま止まり、追ってくることはなかった。

 彼らにしてみればシドニアはかつての上長である。当然、顔も割れている。

 港まで続く市場通りは相変わらずの活況で、突然門を突っ切ってきた馬車ならぬバギーにもパニックにならずぞろぞろと道を開けてゆく。ここの住民からすれば日常だ。


「おい、どこまで行けばいいんだ?」

「君の実家で一休みさせてもらおうかと思ってた」

「俺んちはこっちじゃねえ!」


 だがそのとき――買い物客らの向こうで、不審な動きをする一団が見えた。

 シドニアの姿を見て、急に逃げだす男たちがいたのだ。

 駆け出しの冒険者らしき、皮の軽装――しかしその眼光や動きは手練れのそれである。

 何より皮装備の色だ。それは細部に詰まった灰色が残っていた。


「ゴンドワナだ――」


 なぜここに? と思う間もなく、その向こうで動いた紳士たち。

 見覚えがある顔があった。ブリタシアの使節団だ。


「テレス! どうしてここに!」


 向こうもこちらに気付いた。テレスのハッとした顔が見えて、シドニアは思わずそう叫んでいた。


「追ってくれ! あの場違いな連中だ!」


 テレス率いる使節団とゴンドワナの集団が、素早く踵を返して人混みに紛れるのが見えたのだ。

 市場通りから海岸通りの方向へ、テレスたちは人を掻き分けて逃げる。


「お――おう」


 バギーは急加速した。

 市場通りには屋台も並び、人通りも多い。

 人混み――バギーのそれに与えるバイアスが、テレスたちの掻き分けた人々のバイアスによって押し戻される。

 怒号、悲鳴。

 シドニアは座席の上に立ち上がってテレスたちを探す。

 テレスたちは建物の土壁と土壁の間に姿を消す。

 ――裏路地か?

 と、同時に土壁が内側から盛り上がるように変形し、裏路地への入り口を塞ぐ。

 ――どこへ向かうつもりだ? テレス、使節団、ブリタ。たぶん――。


「港だ! 君は港へ回って待機。必要なら轢いちゃって構わない! 僕が保証するよ――『罪には問われない』!」

「お、おうよ――あんたは!?」

「足で追いかける! 本業みたいなもんさ! ある意味ね!」


 シドニアはバギーから飛び降り、警鐘を戴く(やぐら)へ飛び移って梯子をスルスルと登ってゆく。

 腰にはボウガン。

 ――櫓なんて二度と登りたくなかったなぁ。

 櫓越しに見ると、バギーは人垣を押したりまた押し戻されるようにしながらもなんとか港のほうへと進んでゆく。

 シドニアは櫓を登る。

 ポート・フィレムの、ダウンタウンの家々の屋根を越えて、鐘楼(しょうろう)に上がる。

 青い天球の下、テラコッタ瓦や石材スレートの屋根が眼下に波のように広がる。

 ――港は東。

 ひらりと身を翻して家の屋根に飛び移り、カラカラに乾いた瓦の上を走った。

 家の反対側まで回り込み、屋根から屋根へと飛び移る。

 瞬間、ちらりと見えた下の路地には、別のシドニアがいた。

 ――僕は上から港のほうへ先回りする。

 ――ああ、下は任せてくれ。

 路地は薄暗かった。

 そこでシドニアが振り返ると、テレスを先頭に彼の仲間たちが丁度駆け込んでくるところだった。


「テレス君。釈明の機会を与えよう」


 テレスはシドニアに気付いて足を止める。頭頂部まで禿げ上がった額を皺だらけにして、シドニアの顔を見た。

 慌てて踵を返し、別の裏路地へと入ってゆく。


「――余は寛大な男だ」


 そこにもシドニアが立っている。

 テレスたちは悲鳴に近い息を吐き、引き返してまた別の路地へと入る。

 狭い路地だった。使節団は二分し、それぞれゴンドワナの者どもを従えて一部は東へ、テレスは北へと逃れた。

 ゴンドワナの放った魔術で、シドニアの前後の土壁が張り出して行く手を遮る。

 すぐ背後でも、同じように土壁が張り出した。

 ――閉じ込められた。


「二手に別れたよ! テレスは北だ! 残りはあっち!」


 シドニアは上を見上げ、屋根と屋根の間から突き出していた顔に向けて言った。


「――見てたよ」


 一部始終を、屋根の上のシドニアは見下ろしていた。

 敵が二手に別れたのは好都合だ。拷問を簡単にする方法は、相手を分けて遠ざけ『あっちは口を割ったぞ』と迫ること。

 路地で土壁に閉じ込められたシドニアに手を振り、屋根の上のシドニアは北へ向けてまた屋根を越える。

 ――テレスは北。残りは東。

 ――北回りのルートを取ったとしてもどうせ港を目指すに違いない。

 ――テレスたちは泳がせる。現物(・・)の前で口を割らせよう。

 複数の思考が、同時にシドニアを巡る。

 思考の混線だ。

 彼らの思考は独立している。しかし窓のような領域を通じて、互いに思考を共有してもいる。その領域をメモ帳(スクラッチパッド)と呼ぶ。

 ――見なよ。海が綺麗だ。

 ふと東を見ると、オレンジ色のテラコッタ瓦の向こうから真っ白に輝く海の煌きが漏れてきた。

 ――本当だ。

 ――あそこで待ち伏せを?

 ――見られたらまずい。僕だけが行く。

 ――そうか。なら残りは任せてくれ。

 ――穏便にね。一応、お客様だ。

 路地で待ち伏せしたシドニアのところまで、東へ直進ルートを取った一団が走ってきた。


(〝残り〟がきた)


 一本道だ。

 先頭はゴンドワナの戦士四名。

 後ろには使節団のリチャード提督とハンニバル卿らが続いていた。


「これはこれは。リチャード君、ハンニバル君。それから――誰だったかね。そして君らは、ゴンドワナの――?」


 言い終わらないうちに、シドニアの前に立ち塞がるような土壁が再構築された。

 やはり速い。


「――戦士たちか? 先日世話になったのとは別の村であるな。少し装備が異なる」


 口上の続きを語るのは使節団の背後に現れたシドニアだ。

 リチャード提督は倒れんばかりに大きく仰け反り、「壁を!」と命じた。

 二枚目の壁が構築され、シドニアと使節団を隔てる。

 だがこれで、使節団はこの裏道をどちらも壁で塞いでしまった。


「袋小路ではないか。まぁ善い。貴殿らに逃げ道はない」


 自ら作った袋小路を、屋根の上から見下ろすシドニアがいた。

 ハンニバル卿は帽子を取り、額の汗を拭いながらこちらを見上げた。


「ど、どうやってそこに――ば――化物!!」


 シドニアは人差し指を立て、そっと唇の前に持ってゆく。


(しっ、それは秘密だ)


「貴殿らは何故港などに来たのか? 帰国するなら北――オストン港であろう。あの積荷はそれほど大事な物か? 中身は何であるか?」


 山ほどこの港を通過した積荷だ。

 船もブリタシア船籍。特大の大型コンテナ船で、ポート・フィレムから何かを繰り返し運び出した。

 ――ま、許可したのは僕なんだけど。

 許可が滞ると同時に、使節団がやってきてシドニアの身辺を嗅ぎまわり始めた。その上で降って湧いたようなあの謀略だ。

 手練手管。見方を変えればあの騒動は、シドニアの眼を国外に向けさせるものだったとも言える。


「王シドニア、誤解があるようです。我々は――」


 大袈裟な手振りで、ハンニバル卿が訴える。

 だが瞬間、その眼はゴンドワナの戦士たちに目配せするように何かの合図を送ったように見えた。

 ゴンドワナの戦士は掌をシドニアに向ける。

 魔術だ。


「ほう――余を神聖パルマ・ノートルラントの民王と知って手向かうか。よかろう」


 シドニアは真っすぐ眼下に、それを見据えていた。

 ――穏便に、とはいかなそうだ。



***



 他方、シドニアは北回りで屋根を伝い、テレスたちを追っていた。

 テレスらは上から追われているとも知らず、後ろばかりを気にして走っていた。

 やがて路地を抜け、海岸通りを越えて倉庫街へ。倉庫と倉庫の間に入っていった。

 シドニアも屋根から飛び降り、後を尾ける。

 港には丁度大型コンテナ船が停泊中で、後部ハッチを開けて貨物の搬入が進んでいる。この国では内燃機式の乗り物が禁じられているが、用途を限定して許可されている区画がある。港湾作業に使われるリフトやクレーンもその一つだ。

 倉庫と倉庫の間を覗き見ると、既にテレスたちの姿はない。

 周辺には四つの倉庫があったので、シドニアは四つの倉庫を全て同時に踏み込んだ。

 ――ビンゴ。

 四つの倉庫のうちのひとつだ。

 倉庫内は暗かった。

 丁度、二台のリフトが最後の大型コンテナを持ち上げ、運び出そうというところだ。

 大きなシャッターから漏れ込む光を背にして、その四角い影の中には描かれた白いペンキの文字は〝PAYLOAD-2077〟と読めた。

 シドニアが許可した最後の番号が、たしか2000をちょっと過ぎたあたりだっと記憶している。

 テレスたちは、呆然と安堵したように肩を落とし、運ばれてゆくそのコンテナを見上げていた。

 一部は船に向かったものか、そこに残っているのはテレスと一人の紳士、そして四人のゴンドワナの戦士だけだった。


「テレス。その船はブリタ船籍であるな。貴殿は誰の許可を得てこの港に船を入れたのだ」


 テレスが振り向く。


「これはこれは、王シドニア。ご無事でなにより」

「余が死ぬと思うたか?」

「滅相もございません。王シドニア、何か――そう、誤解があるようです。我々は――」

「同じセリフを聞いたぞ。ハンニバル卿とリチャード提督だ」


 そう言うとテレスの顔は引き攣った。


「卿らとは、少々――すれ違いがあって、逸れてしまいました。今、どこに――」


 リフトがコンテナを運び出す、鈍い内燃機の駆動音。

 ピーピーというリフトの警告音。

 コンテナはシャッターの真下を通った。倉庫内に入る光が増え、徐々に明るくなる。


「死んではおらん。だが生きてもおらんと思え」


 テレスのすぐ後ろにいた紳士の額から脂汗が噴き出す。

 紳士は汗を拭くふりをしながら、必死にゴンドワナの戦士に目配せする。

 四人は即座に掌をシドニアに向ける。

 しかし、その四つの掌すべてに、同時に矢が突き刺さった。


「――ゲッ! エ・ラ――」


 何が起きたのか判らず、テレスが振り返る。そしてどうやら事態を飲み込みこそしたが、吐き出しそうになりながら後ずさる。


「えっ? 四本? えっ? どこから?」


 きょろきょろと倉庫の奥に目を凝らす。それでもテレスの目には、ボウガンを構えて立っているシドニアひとりだけに見えた。

 テレスは震える手を自らの懐に突っ込む。

 何を取り出そうとしているのか――。

 鈍い音が響き、コンテナが外へ運び出されてゆく。


「もう一度だけ訊くこう。誰の許可を得てこの港に船を入れた。許可なき場合、即座に運搬を中止せよ。貨物の中身を改めさせてもらう」

「シ、シドニア様! 誤解、誤解ですぞ!」

「誤解かどうか、貴殿は眼を賭けるか」


 シドニアは、テレスの眼を狙ってボウガンを構えた。

 テレスは懐に手を入れたまま、動かない。

 ――拷問は後だ。まずコンテナの搬出を止めないと。誰か外にいる奴、頼めるか? 多少無茶をしてもいい。

 ――無茶って?

 ――まずい。

 ――何でもあるだろ! 船を動かしちゃうとか、リフトを壊すとかさ!

 ――まずいんだって!

 ふと、誰かの思考が大きくなった。慌てて異状を訴えている。

 ――外でまずいことが起きたみたいだ。

 ――なんだい。今忙しいんだけど。

 ――援軍が――いや、邪魔が入った。カーライルだ。騒ぎを聞きつけられた。

 ――なんでここにカーライルが? 追い出せないか?

 カーライルは皇室筋――つまり政敵と言える。


(くそ。嗅ぎつけられた。カーライルがいたら無茶な力の使い方はできない。どうする?)


 少しだけ間があって、諦めたような声が頭に響く。

 ――無理、みたいだ。

 コンテナが、倉庫から完全に持ち出された。

 コンテナを乗せた二機のリフトが、倉庫から港へ続くスロープを勢いよく滑り降りてゆく。

 明るい港が見えた。

 事故は、そこで起きていた。

 バギーがあり、操縦者の少年が両手を上げて投降のポーズをとっている。

 その下で、轢き潰された紳士が血まみれで下敷きになっていた。

 脇にカーライルとガヴィがしゃがみ込んでいた。

 ――あちゃあ。

 目の前であんな事故を起こされては、カーライルを別の場所へ誘導するのは確かに無理だ。

 ――誰だい、『轢いてもいいから止めろ』なんて言ったヤツは。

 ――……僕じゃないぜ?

 まさか本当にやるとは思わなかった。


「カーライル様! ガヴィ様! 丁度良かった!」


 そう大声を張り上げたのはテレスだった。


「シドニア様がご無事でおられました! しかし誤解が――」


 テレスは懐に突っ込んだ手を抜く。

 そこには数枚の紙が握られていた。


「港の使用許可ならここにございます! 元老院議長ハマトゥ様のサインです!」


 ――なんだって。

 元老院議会はいわば貴族院だ。かつての王政下で貴族であったものが、パルマと合併して民王国になったときに解体された。

 しかし身分は消えても権力にしがみつきたかった元貴族らは、元老院議会として大臣級のポストを得たのである。

 王になる前、シドニアはその長ハマトゥに顎でいいように遣われて忸怩(じくじ)たる思いをしてきた。


「くそっ。やられた――」


 シドニアは、思わずそう声に出して呟いていた。



***



 ――というわけなんだ。悪いけど、追跡は中止だ。

 ――許可があるんじゃどうしようもない。

 ――テレスは限りなく黒だけど、状況証拠しかないものね。


(悪い。一歩遅かった)


 シドニアはそう告げ、分厚い辞書を閉じる。

 一歩手遅れだったシドニアは、そうして崩れつつある家屋の中で周囲を見渡していた。

 退路を自ら塞いでしまったゴンドワナの戦士たちは、家の壁を破壊して中に逃げ込んだ。

 家屋は空き家で誰もいなかったが、窓は塞がれていて暗かった。

 ――は? 暗かったからって何さ。

 ――遅かったって?


(それを聞くのかい)


 溜息とともに、ぱらぱらと天井が崩れてくる。

 見上げると、そこにリチャード提督の上半身だけが張り付いていた。

 勿論即死だ。

 暗がりで逃げようとして流れ弾に当たったのだ。地面から生えた杭が、天井までリチャードの中身をぶちまけているのだからゴンドワナの戦士の魔術だろう。

 それを見たハンニバル卿が恐慌状態(パニック)になり、魔術で応戦しようとしたためやむなくボウガンで撃った。

 掌を撃ったはずだったが、貫通した矢は掌もろともハンニバルの胸を壁に撃ち付けてしまった。

 ハンニバルは壁にぶら下がって痙攣しているが、数分以内に死ぬだろう。

 ――ねぇ、これって事故だよね。

 ――加減ってものがあるだろ! 馬鹿!

 ――まったく、何なんだよどいつもこいつもさ! カーライルは邪魔しに来る、ハマトゥは勝手にサインする、少年は事故を起こす、挙句に無駄な死体は増える!

 ――待ってくれ。ゴンドワナの連中は?


(ゴンドワナの戦士は――殺す暇もなかった)


 残る特使の紳士たちは、大人しくシドニアに投降した。

 しかしそれを見たゴンドワナの戦士たちが、投降したブリタシア使節団の面々を瞬時に殺したのだ。

 そうして彼らは、奥歯に仕込んだ毒を噛み潰して息絶えた。


(お互い、組んだ相手が悪かった。僕と組んでいればこんなことには――)


 でも、とシドニアは続けた。

 そこで倒れている一人のゴンドワナ戦士。彼が、死に際に気になることを言ったのだ。


(勿論、意味は判らない。今、丁度それを翻訳していたところだ)


 ――翻訳? もうできるのかい。

 ――うん。彼らの言語は人工言語らしいけど、原典(オリジナル)がいくつかあってね。簡単な文章なら原典の言語の辞書を探せばなんとかなりそうだ。

 ――よし、手分けしてくれ。こっちは事故の後始末で忙しい。死体は片付けて。


「王シドニア、それで、この者は――」

「えっ? あっ、うん。ごめん、ちょっとボーっとしてた」


 港で、シドニアは事故の検分に立ち会っていた。

 コンテナ船はもう港を離れていた。

 結局、使節団が命懸けで守ろうとしたあの貨物の正体は不明のままだ。

 カーライルはおそらく船で散々吐いたのだろう。青白い顔をして、不機嫌そうに問う。


「民王様、この少年はあなたの命を受けてブリタの特使を轢いたのだと、そう供述しているのですが」


 少年はハッとしてシドニアを見た。


「え――あんた、本当に民王様だったのかよ!」


 口を慎みなさい、とカーライルが一喝する。

 少年は相変わらずバギーの上にいて、両手を頭に載せたまま硬直している。


「ああ、知り合いだよ。細かい理由は後で話すけど、あの使節団は僕を暗殺しようとしていて」

「本気で仰るのですか」


 疑わしい、という視線を隠そうともしない。カーライルはそういう男だ。


「僕たちが殺されそうになったのは知ってるだろ! そうだ、スペースモンキーズは、オルロは――」


 オルロ? スペースモンキーズ? と一瞬カーライルは怪訝そうにしたが、「ああ、近衛師団と秘書官ですね」と理解した。


「未だ消息が知れません。あなた様が暗殺されたという情報も、匿名の文書により発覚したものです」


 ――よかった。

 オルロが死んだという過去は確定しない。


「それで、お知り合いと仰るこの少年ですが、身元を証明するものを持っていないようですし、氏名を明かさんのです。民王様はご存知でしょう」

「いや――知らない」


『知らない』ぃぃぃ? とカーライルは死人のような顔をやや紅潮させて繰り返した。


「お知り合いなのでしょう! そう仰ったではありませんか!」

「そういう知り合いだっているだろ!」


 シドニアは何とかその場を繕いつつ、少年に向き合って手を下ろしていいと言った。


「世話になったね。お陰で命拾いした。君の身柄は一時的に拘束するが、君の助力は褒賞に値する。恩赦を約束しよう」


 少年はホッとしたようだった。


「それで君、名前をまだ聞いていなかったね。僕はシドニアだ。民王をやってる」

「俺――俺は」


 ちらりと、バツの悪そうに少年は街のほうを見た。

 その視線はシドニアを越えてその背後、北側の丘の上の方に投げられたようである。

 やがて意を決したように少年は、ぽつりと口を開いた。


「サイラス」


 は――? と思わずシドニアは口を開けていた。

 ――サイラス? サイラスと言ったのかい、この不良少年は。

 シドニアは、間接的にその名を知っている。


「サイラス・ポルトマン。その丘の宿の倅だ」


 資料のサイラス・ポルトマンは確かに丘の上の名門宿『アグーン・ルーへの止まり木』の跡取り息子だ。

 シドニアが追っていたある事件の関係者であり――。


「――ノヴェル君の友人の?」


 気まずそうにサイラスは、その問いに頷く。

 確か、父と関係があまりよくないらしいということはノヴェルから聞いていたが。


『気弱な優等生』


 資料にはそうあったはずだ。

 シドニアは眩暈がした。



***



 ――解読できた。

 ――遅かったね。十五分も待ったよ。

 ――死体の処理は?

 ――……。

 ――とりあえず『阿片窟見つかった変死体』ってことにできないかな。

 ――無理だよ。体が半分ちぎれて、半分は天井に埋まってるんだよ?


(それで、ゴンドワナの言い残したことって?)


 ――それが、変なんだ。いいかい、言うよ。


『お前はパンゲアの門を開く。そのとき、異元の虚空から勇者XXXのアサムが復活し、お前を殺す』


 ――『殺す』ってのは倒すとか、やっつけるとか、そんなニュアンスみたい。

 ――『異元』を訳すのは苦労した。そんな言葉ないもの。どうやら『別の宇宙』? みたいな意味っぽい。造語だね。

 ――『パンゲアの門を開く』? 確かに僕はパンゲア族に会おうとしてたけど。

 ――ゴンドワナとブリタシアが繋がっている以上、戦争を終わらせるにはパンゲアに接触しないとね。

 ――『XXX』のところはまだ訳せてない。正夢とか、そんな意味みたいだけど。


(『アサム』? 聞いたことない名前だな。そんな勇者いたっけか)


 ――勇者ってことは七勇者かな。僕らはほんと、同僚のことを何にも知らない。秘密主義すぎるんだよ。大体、ボスからしてあんな――。

 ――でも勇者なら、こっちにだって詳しい人材がいるからね。

 ――いる。でも今、彼らはウェガリアの御所に行ってるんじゃないか?


(いや、一人だけベリルに残って療養中だよ)


 ――彼かい。

 ――そうだ、彼だ。彼なら、もしかして――


次回よりエピソード3。

更新時期は未定ですので、ブクマ等してお待ちになっていただければ幸いです。


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