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2.2: Boys

 バギーでの砂漠の旅は存外快適であった。

 後ろには残る六台のバギーに少年らが詰め込まれ窮屈そうであったが――通りすがりの殺人狂などと一緒に乗りたがる者は少ないようだった。

 流れる砂の海を見ながら、シドニアは自らが死んだと思われていることについて考える。

 本当にこの少年らの言うように死亡説が流布されているかどうかはともかく、混乱があることは間違いないだろう。


(一週間以上行方不明のままとなると――元老院も枢密院も、国は大騒ぎだろうな)


 海で消息を絶ったモートガルド皇帝も、生きていたならこんな気持ちだろうかとシドニアは思う。

 ――オルロ君たちは無事だろうか。

 いや、無事ならば首都ベリルに事の顛末が正確に伝わっているはずだ。シドニアが死んだなどと思われているだろうか?


「なあオッサン! あんたをどこへ連れていけばいいんだよ!」


 ハンドルを握る若者が、風に負けじと声を張り上げた。


「水と、そうだな、熱いシャワーがあればどこでもいいよ!」


 死んだと思われている民王が、一体どこに現れればよいのだろう。

 まずはベリルに戻って書記官に会うか、それとも元老院だろうか。

 ――元老の連中とだけは顔を合わせたくないなぁ。

 かつてシドニアは元老院の手先として働いていた。それが今や立場が逆転して、気分がよいかと言われれば気まずさが勝る。

 いやまずは情報収集だ――民王死亡説にしたところで、そもそもこの少年らが何か勘違いをしているだけということも有り得るのだ。


「君の生まれはどこだい!? どこから来た!」


 シドニアがそう尋ねたが、操縦している少年は何も答えない。

 後部座席で隣に座る少年が、首を横に振った。


「止せ。聞くな。俺たちは皆、故郷を追われた」

「追われたって?」


 シドニアの知る限り、近隣でそんな迫害が行われたことはここ数年にはない。


「君は? 君はどこから?」

「生まれはパルマ――ポート・フィレムって港町だ」

「ポート・フィレム! 暫く住んでたよ! 大変だったねえ! じゃあもしかして、君もゴブリンの襲撃で焼け出されたクチかい?」


 果たしてどれくらいの人間が理解しているか――あれは人災だった。

 ゴブリンを招いたのも、それに紛れて悪だくみをしていたのも、勇者だ。

 シドニアにとっても始まりの街であった。

 だが少年は首を横に振る。


「ポート・フィレムの事件の後、アレンバランの施設に預けられたんだ。俺達は皆、あそこを逃げだしてきた」

「施設?」

「教団だ」


 ははぁ、とようやくシドニアは合点がいった。

 ファサの旧アレンバラン領にはとある新興宗教の団体がある。

 他国のことだから詳しいことは知らないが、噂では家族から見放された手に負えない不良少年の更生も請け負って、入信させているらしい。


「道理で荒れてるわけだ」

「知ってるのか?」

「いや、よくは知らないけどさ」


 よくは知らないがいいイメージはない。

 そんなところに立ち寄るのも御免被りたかった。


「アレンバランには行きたくないな。もっと暖かくて、水のキレイで料理のうまいところがいい」

「水だけはクソ綺麗だぜ。料理は馬のクソよりひどいけどよ」

「なら他にしてくれ」


 じゃあ気は進まねえけど――と少年は少し考え込む。

 やがて意を決したのか身を乗り出して、操縦者の肩を叩く。

 ――実家に寄る。ポート・フィレムまでやってくれ。

 少年は確かにそう言った。




***




 ファサの街で、他のバギーとは別れた。

 シドニアの乗っていたバギーも一人降りて操縦者が変わり、シドニアと隣り合わせた少年の二人だけになった。

 草原を抜け、ハース卿の領地に入る。

 ここからはパルマ・ノートルラントだ。

 ハース邸では現場検証が行われているかと思ったが、人影もない。

 馬車をいくつも追い越して街道を進む。途中で止められるかと思ったがそれもなかった。


「このまま街道だとベリルを通るぜ。どうする?」

「さすがにこのままバギーでベリルを通り抜けるのは無理だろうなぁ。南寄りのルートでフィレムの森を迂回しよう」

「遠回り過ぎるぞ」

「いいだろ。燃料代くらい出してやるよ」


 休憩と燃料の調達を兼ねて途中の町に下りた。

 小さなダイナーで食事をしつつ、シドニアたちはルートを考えていた。

 久々の人間らしい食事に夢中で、シドニアはちっとも頭が回らなかった。少年も何かを一生懸命話していたが、殆ど耳に入って来ない。


「ベリルに行こうぜ。列車がある。それに乗れば、ポートフィレムまで半日と少しさ」

「やだよ。列車はオルソーまでだもん。そこからポートフィレムへの足がない」


 テーブルの向こうで、少年が前のめりになって訴えかけてくる。


「聞けよ。オルソーからは馬車もある。バギーが好きなら観光用のやつに乗れる。オンナだって買えるんだぞ。好きだろ?」


 遠回しに列車で行けよという無言の抗議は感じていたが、だいぶ直接的にシドニアを置き去りにしたがっている。

 シドニアもスプーンを舐めながら思案していた。

 確かに列車のほうが楽だし、速い。国の運営する完全に合法な移動手段であり、途中で止められる心配もない。また、シドニアも別にどうしてもポート・フィレムに行きたいわけではない。

 しかし――。


「ダメだよ。ベリルには寄らない。君がポート・フィレムに行きたくないのと同じにね。ならどっちの意見が通るか? 不良少年? その不良少年をまとめてノした得体の知れないサイコキラー?」


 少年は蟻地獄のきめ細かい砂の感触を思い出したのか、身震いした。


「わかってるよ! 俺は別に行きたくねえなんて言ってねえ。何てことねえんだ。遠いのも、山道も」

「実家も?」

「実家もだ。怖くなんかねえ」

「僕は――」


 怖い。

 自分が死んだことにされているのは構わない。誤解を解くのは容易だ。

 だがそれは、オルロが死んだかも知れないことを意味する。

 自分が手慰みに始めたことで、大事な部下を死なせてしまったとしたら――。

 勇者になってからというもの、ありとあらゆることが曖昧だ。

 暴力で何でも手に入れられるし、彼の場合は自分自身すらいくらでもコピーし、都合の良い結果を得られる。

 最強だ。

 しかし他人はそうではない。彼の周りの人間は、死んでしまえばそれまでなのだ。

 未来を選べたとしても過去は選べない。オルロが死んでいない可能性があるなら、自分はまだその未来を選べるのではないか?

 とにかくこのままでは――この世界で自分は一人きりになってしまうのではないかという不安があった。


「怖えんだろ? わかるよ。捕まるのは怖えもんな。何人も殺してるんだろ?」

「あ――ああ。そんなところだね」

「俺は殺さないでくれよ」

「勿論さ。僕は操縦できないからね」




***




「まったくどうなっているんだ!」


 カーライルは苛々していた。

 ベリルの皇女宮殿に、元老院議長のハマトゥがガヴィ枢密第一書記官を伴って現れたのが昨日のことだ。

 民王が消息を絶って一週間。今週、民王シドニアが暗殺されたとされる文書が寄せられ、ベリルは上を下への大騒ぎになった。

 真偽は不明――しかし大変な事態になったのは間違いない。

 文書は流暢な共通語で書かれていた。署名は国境を侵犯した謎の集団はゴンドワナを名乗る山岳民族で、自ら追撃に出奔した王シドニアを罠に捕らえて討ったというのだ。

 彼の近衛師団がどうなったのかは不明のままだ。


「ゴンドワナ族――まさか連中が、どうしてうちの国を」


 カーライルにとっては寝耳に水だ。

 ハマトゥらは、シドニアの生死が判明するまでの間の内務・国務の一部を皇女が肩代わりするよう求めて来たのだ。

 勿論法律に則っている。

 皇室はこの申し出を断ることができないが、皇女は勇者とモートガルド案件の始末で忙しい。

 元老院、枢密院とタフな交渉が続き、ようやくどちらがどこを担当するかそのひな形ができつつあった。

 そもそもカーライルからすればシドニアは直接的にではないにせよ政敵だ。選挙では従弟が大恥をかかされた。


「何も。国民が選んだからには、我らと共に国を導く仲間です」


 皇女にはそう毅然と述べたが、飲んだくれの従弟には連日朝まで付き合わされ、八割は愚痴を聞かされている。

 テーブルの上で空になったグラスやボトルの山を見ながら、いっそこの世の酒が残らず酢になってしまえばいいのにと思った。


「議会に禁酒法を提出しましょう」

「善いですが」


 カーライルのやけくその提案に、皇女ミハエラは賛意を示しつつ、しかし「ですが」の先は一切言わず、じっとカーライルを見返していた。

 この日の明け方も、カーライルは人目を忍んで訪れていた漁村のバーにいた。

 ぶっ潰れた従弟のベルキド・カーライルの横で、タオルを目の上に乗せて半分意識を失いつつあった。

 彼を覚醒させたのはこの日もドアのノックだ。

 いつもいつもドアのノックだ。

 誰だ、こんなところにドアなんかを付けたやつは。


「カーライルさん」

「どうぞ――皇室は……開かれている」


 ――いや待て。私は執務室にいるんじゃないぞ。

 この一週間、彼は執務室かこのバーのどちらかで明け方頃に意識を失うようにして眠っていた。

『カーライルさん』と呼ばれて従弟のベルキドが浅く中途覚醒し、「誰だ――うるせえぞ」と呻く。


「カーライルさん! 良かった! こんなところに居た!」


 聞き覚えのある声。

 ガヴィ枢密院第一書記官だ。

 顔を起こしてタオルを落とす。見ればガヴィがバー入り口のスイングドアをノックしている。

 ――それはノックするようなドアじゃないだろう。

 カーライルは足元がふらふらで立ち上がるのを断念し、「入って来い」と呼んだ。


「ガヴィ君、どうした――何か急用か?」


 ガヴィがいくら世間知らずでも、急用でなければ朝の四時半にバーで岩に打ち上げられたヒトデのようになっている男のところに来る訳はない。


「大変です。カーライルさん、すぐに来てください! ああ、でもここで良かった。すぐに船まで――」

「ふ、船? どうしたのだ。とにかくまず……要件を言いたまえ」

「実は、昨晩ブリタシアの特使が――あ」


 カーライルもガヴィも、いつの間にかベルキドが、テーブルに顔をつけたまま充血した目を爛々と輝かせているのに気付いた。

 出よう、とカーライルはどうにか立ち上がり、ガヴィに担がれてバーを出る。


「聞かれたくない話だろう? 特にアル中の政敵には」

「政敵? 誰です? すみません、ただの酔っ払いかと思いました」


 バーを出ると黒と銀の夜明け前の海が広がっている。

 ここはインスマウス村――ベリルから崖と海岸線に沿って真っすぐ南、馬車で十五分の漁村だ。

 酷い(・・)オーシュ像と、隠れ家的バーがある。時間を気にせず飲むには最高の場所だ。世間体を気にしてベリルで飲んだくれ難い人間には特に。


「カーライルさん、実は昨夜、ブリタシアの特使が報告なくベリルを離れました」

「どこへ行ったんだ。目的は?」

「鉄道で――おそらくポート・フィレムではないかと」


 ポート・フィレム。ブリタシア使節団。行方不明の民王。

 悪い予感がした。

 彼らはインスマウス村の港へ着いた。

 白いポーン・ミステスが停泊中である。


「おい、ガヴィ君。この船は――これで来たのか?」

「いいえ、哨戒訓練で停泊中だったのです。ご存知ないのですか?」


 ――そういえばそうだった。

 激務と深酒で脳が溶けそうだ。


「これでポート・フィレムまで追います。ポーン・ミステス出航の許可を」

「だめだ。許可できん。船長は皇女陛下だ。それに『追う』? 『追う』って、ブリタ使節団をか? なぜ?」


 カーライルは、短い間に随分広くなった額に手を当てる。


「哨戒訓練の一環です。それならあなたの一存では?」

「たしかに訓練の許可は取っている――って君はそんなことをどこで?」


 世間知らずの若者だと思っていたが――油断ならない男だとカーライルは思った。

 かつての貴族院は元老院議会となったのに、今更枢密院などを復活させたシドニアの手腕には疑問があったが、存外シドニアという男は人を見る目があったのかも知れない。

 枢密院のメンバーに貴族は一人もいない。孤児、はぐれ者、元軍人――。スペースモンキーズより少しマシという程度に見えた。

 あれよあれよという間にカーライル達はポーン・ミステスに乗り込んだ。前後不覚のカーライルは、甲板まで縄梯子を上がるのに船員らに手を借りねばならなかった。

 ともあれ、こうしてカーライルは枢密書記官ガヴィと共にポート・フィレムに向けて出港した。


ちょっと長くなったので二回に分けます。続きは明日にでも。


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