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ゼロ距離の世界  作者: rkp
【短期連載】最強のゼロ距離戦術師は全ての外敵を打ち砕くが…
5/5

その4

「嘘……だろ?」


 カステロ──マリーを襲った、雑兵崩れの男はその光景に度肝を抜かれた。

 無論、その隣に立っていたマリー本人もそれは同じだ。


「たった3分……。それだけの時間で、あの大部隊を一掃したって言うの……!」


 遠目に見ても、コルトの生存は絶望的に思われた。

 彼が飛び出して間もなく、中距離戦術魔法が雨のように彼に降り注いだのだ。


 大木すら一撃で引き裂けそうな雷が落ちたかと思えば、湖ですら焦がしかねない炎の渦が駆け抜けていった。

 つい先ほど、この村を丸ごと滅ぼした戦術魔法が、たった一人に殺到したのだ。


「なのに……すげえ……」


 カステロの相棒、ソルトの目には畏怖や好奇心──あるいは畏敬の光が宿っていた。

 彼ら、近接戦闘術の使い手にとって、コルトがやってのけたことは奇跡そのものだったからだ。


 中距離戦術が発展してからというもの、彼らの戦場での立場は凋落の一途をたどった。

 集団戦術魔導士や、投擲部隊の隊員たちからは、いつのまにか陰口ではなく、面と向かって”雑兵”とこき下ろされる日々。

 自らの居場所をなくした彼らは、戦場の後始末に駆り出され、先ほどのように略奪のような低俗な行為に身をやつすことになった。


 しかし、彼らも本来は誇り高き戦士である。


 誇りという名の剣を無残にも折られてしまった彼らの目に、コルトの戦いは奇跡であり希望でもあった。


「コルト──」


 無数の死体──ではなかった。どうやら全員もれなく息があるようだ──の中に呆然と立ち尽くすコルトに近寄るマリー。

 出会ったときから掴みどころがないとは思っていたが、戦いを終えて放心したように虚空を見上げるその目には、先ほどにもまして覇気がない。


(いいえ、これって……!)


 背筋をさっと駆け抜けた悪寒が正しかったと証明するように、コルトは全身を折り曲げ、その場で激しく嘔吐した。


「……ゲエッ……!ゴフッ……!」


 焦点の定まらぬ瞳はひっきりなしに四方を彷徨い、こめかみに無数の血管が走り、彼の苦痛を如実に物語っていた。


「ちょっと!大丈夫なの!?」


 叫びながら、間の抜けた質問だったと後悔する。

 絶対に大丈夫なわけがない。さっきはあれだけのほほんとしたコルトの表情が、今では呼吸すら困難なようでガチガチに硬直しきっている。


 しばらくの間嘔吐を繰り返し、絶え間ない頭痛を抑えるようにこめかみに指をあて続け、ようやく意識が戻ったらしい。

 コルトの視線がマリーを捉えた。


「ゼエ……ゼエ……見ての通り……敵はやっつけたよ……」

「それはそうみたいだけど、アンタも全然無事には見えないわ。何が、ちょっと撫でてくるだけ、よ……」


「俺の戦闘術の……副作用みたいなものさ……。俺たちの使うゼロ距離戦闘術は、自分の血流にマナを乗せて、体表面でマナを発散させる技。だから、体で触れなければ一切効果が発現しないんだ……」


 言いながら、指で小石をつまんで見せる。

 指を軽く揺らしたかと思えば、次の瞬間、小石は砂のように粉微塵になって風に舞い散った。


 改めて空になった指で、足元に転がる兵隊たちを指さす。


「逆に、この人たちが使う投射魔法は、体の外にマナを放出して自然現象に変換する技なんだけど……もともとがマナで構成されてるものだから、同じマナをぶつければ割と簡単に相殺できるんだ。とはいっても、自然現象に変換されていない純粋なマナは、体外に放射されると途端に希薄になるから、そんなことができるのは俺たちくらいだけどね……」


 コルトの足元に横たわっていた部隊長は、かろうじてつないでいた意識の中で、疑問の答えを得ることができた。


(そうか……だから、あらゆる投射魔法が奴の体表面で弾かれたように消えたのか……。文字通り、奴は魔法を()()()()()()()()のだ……!)


 身動き一つできない、今の状態についても納得のいく仮説が浮かんでいた。


(奴に触れられた瞬間、全身の血管と神経を丸ごと揺さぶられたような感覚だった。あれは、我らの体内に直接マナを流し込み、暴走させたに違いない)


 自身で説明しながら、その恐ろしさに戦慄した。


 戦術魔法師団の訓練課程を思い出していたのだ。魔法の訓練は過酷を極め、結果的に約半数が命を落とす。

 そして、その死因の約9割が”魔法の暴走”によるもの──つまり、体内でのマナの暴発なのだ。


 故に、いかに魔力に優れた者であっても意識的にマナの動きを抑制し、その流れを半分程度に抑えるように徹底的に制御術を叩き込まれる。

 天賦の才能があると言われた彼──部隊長であっても、75%まで流動させるのが限界であったし、その制御術を見た彼の師は『マナ制御の極みに達した』と称したほどだった。


 しかし──


(みたところ、私の部隊全員が生きている。つまり、この男は、触れた相手のマナの暴走限界を即座に見極め、そのギリギリのレベルのマナを叩き込んだことになる……化け物だ!)


 称賛や畏敬ではない。部隊長が感じたのは、純粋な恐怖であった。

 コルトの戦闘術は、武器に例えれば砲身の耐久限界ギリギリまで火薬を詰め込んだ大砲に、至近距離で着火するようなものだ。


 勇気とか、そういうレベルの話ではない。単なる自殺行為である。


(あの副作用……いや、反作用も当然だ……!)


「ようやく……落ち着いたかな。こんなに長い間、この戦闘術を使ったのは初めてだったからね」

「よかった。このまま死んじゃうんじゃないかと心配したんだから」


 胸をなでおろすマリー。

 やり方はとんでもないが、コルトはまごうことなき命の恩人である。いまだに額を流れる脂汗を、優しく拭う。


「ところで、約束の件なんだけど……」

「アンタ、こんな状態でよくそんなこと言えるわね?」


 そう呟くマリーの表情は、それでも先ほどに比べれば幾分と落ち着きを取り戻していた。

 コルトの様態が落ち着いたことが、彼の声音からも察せられたからだろう。


 一方のコルトは、至極真面目な表情でマリーの首飾りを指さす。


「こんな状態だから、だよ。戦闘術で乱れた体内のマナは、自分の力ではどうやっても整えられないんだ。でも、その首飾りは例外でね。特別な仕掛けで、体内のマナを整えてくれる効果があるんだ」

「それなら、最初から言いなさい!」


 血相を変え、マリーは首飾りをコルトにかけてやる。

 金属とは違う、硬質で黒い素材でできた不思議な首飾りだった。はっきり言って女性であるマリーには全く似合っていなかったし、コルトが身に着けてもそれは変わらない。

 意匠自体が、装飾を目的に作られていないのだろう。


 それでも、コルトにとっては十分価値のあるものなのだ。先ほどに比べて、顔色が戻る速度が幾分速くなったように見える。


「……どうなのよ?」

「ウン。結構マシになったかな。でも、やっぱり回復には時間がかかりそうだ。もともと、マナを体内に溜め込むって言う厄介な体質のせいで、戦闘術を使わなくてもさっきみたいな頭痛と吐き気が襲ってくるんだ。そいつを予防するのには、役に立ちそうかな……」


 何とも微妙な表現であるが、確かに彼の回復を促す効果はあったらしい。


(それでにしても、彼のこの症状──どこかで、見たような気が……?)

 

 こめかみを抑えて頭を軽く振るコルトの仕草を見て、マリーの脳裏にふと懐かしさがよぎった。

 命の恩人でもあり、育ての親でもあるマスターの姿が、何故か今のコルトに重なって見えたのだ。


(どうしてかしら?体格も顔つきも全然似てないはずなのに……。もっと言えば、性格だって天と地ほどの差があるわ)


 降って湧いた疑問の答えを見つけるよりも先に、さらなる脅威がその場にいた全員を襲った。


「……っ!?」


 最初にそれに気づいたのは、実は地面に倒れていた部隊長だった。

 マナの感知能力において、ここにいる誰よりも鋭敏な彼は、上空から飛来する、絶望的なまでの魔法の質量にいち早く気付いた。


 そして、誰よりも早くその魔法の効果範囲も察知できた。当然、今からどう足掻いたところで逃げ切れないという事実も併せて。


「逃げ……ろ……!上を……見ろ……!」


 何故そんなことを口走ったのかは分からない。

 帝国の貴重な魔法師団を壊滅させた男を生かしておく選択肢はない。……はずだった。


 しかし、彼も魔道に足を踏み込んだ者として、魔法体系そのものに対する純粋な好奇心を持っていた。


(魔法制御に関して、極致に達していたと思っていた自分をはるかに超える化け物──悔しいが認めよう──"逸材"をこんなところで死なせるのは……惜しい!)


 蚊の鳴くようなか細い声は、どうにかコルトたちに届いたらしい。

 

 見上げた彼らの視線の先には、直径一キロはある巨大な火の玉が、ゆっくりとこちらめがけて降り注いでいた。


「遠距離極大殲滅魔法──メテオ・スウォーム……こんな辺境の町ひとつ簡単に焼き尽くせる火力だ。ゼロ距離戦術士よ、どうやらお前の首には、相当な高値がついたらしい。どのみち俺は助かるまい。ならばせめて、死ぬ前に魔道の真髄たるマナの極限制御術、見せてもらおうか……!」

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