その1
普通のファンタジーです
グロはありません
剣と魔法が支配するこの異世界では、3種類の戦闘術が存在する。
1つ目は近距離戦術。
近接魔法や、剣や槍などの近接武器で目の前の敵を制圧するための戦術。魔法であれば詠唱時間と発動範囲を決定するセンスが重要となり、剣であれば呼吸と間合いと力が重要となる。
2つ目は遠距離戦術。
投射魔法や、弓矢などの投擲武器で手の届かない単体の敵を打ち抜くための戦術。個人・集団のいずれでも用いられ、長めの詠唱時間や精確な狙いをつける力が必要となる。
3つめは超遠距離戦術。
儀式魔法や、大砲など、はるか遠くの敵を大量に殺傷するための戦術。大規模な魔法術式や、大量の資材を投入して作られた戦術兵器によって成立する。一般に、一撃で戦況を覆す最も破壊力のある戦術とされている。
長引く領土戦争によって、これらの戦術は次々と開発されていった。
まず、近距離戦術が誕生した。
近距離魔法が進化し、強固で鋭利な剣が鍛えられた。その結果、戦場には四肢を吹き飛ばされた、あるいは斬り飛ばされた死体が増えるようになった。
次に、遠距離戦術が誕生した。
投射魔法が進化し、弓の弦や矢毒が開発された。その結果、戦場には黒焦げになった、あるいは尋常ではない顔色の死体が増えるようになった。
最後に、超遠距離戦術が誕生した。
儀式魔法が発見され、強力な火薬と鈍重な大筒が開発された。その結果、戦争において戦場はなくなった。しかし、代わりに町が根こそぎ消えるようになった。
こうして激化していく戦争と戦術開発に明け暮れる日々に、次第に人々は疲弊し、荒廃していった。
実は、長い歴史の中に最古の4つ目の戦闘術が存在したことはあまり知られていない。
その戦闘術は、こういった大量殺戮を正義とする世の中にあって次第に廃れていくことになる。
戦闘術は、個の才能によらずに安定して殺傷を行えるように進化を遂げたのだ。剣の才能がなくとも、矢に塗る強力な毒があればよい。矢を引く力がなくても、大勢で火薬を合成し、大砲を打てればそれでいい。
より多くの敵を安定して殺す力が求められたため、個人の資質に大きく依存する最古の戦闘術の使い手は、次第に世間から姿を消すようになったのだ。
このお話は、そんな悲惨な世界のお話。
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コルト=マキシムは流浪の旅人である。この戦乱の世にあって、彼は"あるもの"を求めて今日も彷徨っていた。
敵の領土を根こそぎ消し飛ばすことしか興味をなくしてしまった世間では、彼の求めるものの噂は蚊のくしゃみほどに細く小さいものであった。
かろうじて伝え聞こえた噂を頼りに町を訪れてみれば、町ごと消し飛ばされて何も残っていなかったということもザラであった。
「ここも、ダメか…」
すでに用を成さなくなった地図を、微粉化した建材と人骨の混じった風に吹きさらし、コルトは大きなため息をついた。
中肉中背の、華奢な男だ。黒髪黒目のそれなりに整った顔であったが、口元をだらしなく覆う無精髭と根こそぎ精気を奪われたように垂れ下がった瞳がすべてを台無しにしていた。
熟れたバナナのようにひん曲がった猫背は、より一層彼を小柄に、貧相に装飾していた。
「地図によれば、水のきれいな観光地として有名だったらしいけど、見る影もないな…。戦略拠点でもないのに、『敵国の観光資源を断つ』とか阿保みたいな理由でここまでやれるんだから、みんなどうかしてるよ。こんなご時世で観光する奴なんかいるわけないだろうに」
かつては豊潤で澄んだ水が流れていたのだろう、川の跡地を眺めてコルトはことさらに肩を落とした。
ふと、頭の中を電流が走るように激痛が伝播する。しばらくの間目を閉じ、呼吸を整えて痛みをやり過ごした後、もう一度ため息をつく。
彼は”不治の病”に侵されていた。その治療の可能性のある"奇跡"を求め、彼は旅をしている。
「せめてもの救いは、観光という食い扶持を失った町の住民が、そのあたりの小さな村に疎開していった後だったってことかな。俺の探し物も、一緒にどこかに逃げてくれていればいいんだけど」
壊滅した町の噂を聞き、実際にそこに足を運んだ理由はそこにある。彼の探し物の手がかり、そのわずかな残渣を探しにきたのだ。
しかし、ここまで木っ端みじんに壊滅していては、そのヒントが見つかる可能性も絶望的だったが…
「皮肉なのは、これだけ世間が困窮しているのに、超遠距離戦術がどんどん進化していってるってことだよ。人を殺すことだけが目的だったはずなのに、今では完全に町を更地にするほどに破壊力が上がってるんだ。100分の1でいいからこの力を田畑の開墾に使えば、飢えて亡くなる人も減るんじゃないかな」
ため息をいくら繰り返したところで、未だ儀式魔法の余波で吹き荒れる風を押し返せるわけもなく、ただ虚しさだけを募らせてコルトは町を去ろうと足を振り上げた。
その時だった。
「いやあああああああああああ!!」
悲鳴が周囲にこだました。コルトは耳ざとく、その声の主との距離を推し量る。
「距離は100メートル…近いな。声の大きさから、危害はまだこれから。若い女性だから、きっとこの町の住人だったんだろう」
それだけを確認すると、コルトは軽くその場で息を吸った。
町の住人が生きていた。万が一にでも、"あるもの"の手がかりを知っているかもしれない。急がなければ、残党狩りの餌食になってしまう。
息を吸い終えると、縄跳びを飛ぶような気軽さで飛び上がり、着地する。
瞬間、周囲を吹き荒れていた風が止んだ。黄塵を巻き上げていた空気の流れが止まり、一瞬だけ廃墟の中に空白ができる。
空白が再び砂塵に塗りつぶされ始める頃には、くたびれた猫背の男も黄色の微粉に紛れて消えていた。
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