黒木未来(くろき みらい)
俺は 黒木 未来 (くろき みらい)。白樺亜紀のクラスメートだ。白樺とは友達だが、普通の友達関係とは違うと思っている。
「白樺、今頃何やってんだろう?」
太陽が登りきっていない時間だ。俺は玄関と直行しているポストの蓋を開けに行った。ポストの中には白樺の手帳と、マスコットの付いたカギが入っている。俺は額に手を当てながら、自宅の扉を開けた。
「朝はさすがに寒いな」
十秒ほど現実逃避をしてから、俺は再び動き出す。俺を信頼してカギをポストに入れたに違いない。俺だったら、信頼してないやつの家に鍵を入れないからな。
「確認するか」
俺は白樺の家を訪ねることにした。数分間で準備を終わらせ、自宅玄関のカギを閉める。
「おはよう、黒木くん。できれば振り返らないで、あまり見られたくないの」
突然後ろから声がかかってきた。聞き慣れた優しげな声だ。白樺のお姉さんであり、俺のクラスの担任でもある人だ。振り返らないで欲しい理由は白樺から聞いている。包帯を巻いた姿が恥ずかしいという理由だ。
「おはようございます」
「黒木くんの家に、亜紀くんきてないかしら?」
「9時には家に帰りますよ」
「安心したわ。黒木くんと一緒なら大丈夫ね」
先生の気配が遠ざかっていく。一度認識すればわかるが、認識するまでの時間がかかる人だ。
「白樺はここにいないのだが……」
意図せずに嘘を言った形になった。俺はため息を吐き出したい気持ちを抑え、スマホのメールを覗いてみた。やはり、黒木からメッセージが届いている。
「裏山で不審者を発見か」
白樺は一人で不審者を探していたようだ。俺は歩きながらメールの続きを読んでいく。
「他校の裏山で、不審者を穴に落としたよ。そのかわり、僕も隣の穴に落っこちたんだ。助けておくれ」
俺はスマホを閉じ、歩きから走りへ変更した。白樺は少し捻くれているからな。俺と捕まえると言っておきながら、先に捕まえようとしたのだろう。前日から罠を仕掛けていたに違いない。
「直接聞けば早い」
足の早い俺は、あっという間に他校の裏山についた。白樺からのメッセージが更新される。
「通報はもうすんでいるよ。不審者はすでに捕まっている頃だろうね。僕のいる場所は、川沿いに上へ向かってくれればわかるよ」
俺は川の近くを歩きながら、違和感のある場所を探していく。ほどなくして、穴の空いた場所を見つけた。地面の底で白樺が手をふっている。まだ余裕がありそうだ。
「黒木くーん!僕には助けが必要なんだ」
「自分で抜け出せるんじゃないか?」
「体力の限界だよ。不審者に追い回されたんだ」
俺は持ってきたロープを穴の中に垂らす。白樺と行動していると、ロープが必要なことが多々あるのだ。俺の装備はロープだと言ってもいい。
「ありがとう黒木くん。この恩はいちご牛乳で返させてもらうよ」
穴から脱出した白樺が、真顔で俺に感謝を伝えてくる。捕まえるのを手伝えなかった俺からしたら、礼を言われるようなことは出来ていない。
「帰りにコンビニによるぞ。一本買ってくれ」
「え〜。もっと欲張りなよ」
一本あれば満足できるんだが、白樺の言葉はとても魅力的だ。
「もう何本か買ってあげる。僕は今日とって機嫌が良いんだよ」
白樺のはこれからが楽しみでならないと、嬉しそうにスキップしている。新作のゲームを買った時と同じ反応だ。たとえ白樺でも、こんな時に自分からイタズラなんてしない。
「そうか、なら何か手伝わせてくれないか?」
「うーん。そうだね、誰かが落ちると危ないから、この穴を埋めるの手伝ってよ。それでどうかな?」
俺は白樺と穴を塞いだ。そういえば、何か忘れている気がする。メールを見れば思い出せる気がしているが。
「黒木くん。今後の天気を確認してくれないかな?」
「いいぞ。少し待っててくれ」
俺は今日の天気をスマホで確認する。急な豪雨が発生するようだ。9時には家に帰らないと、カッパや傘は持ってきていない。
「この後は天気が崩れるようだ。急いで帰るぞ、白樺。コンビニでいちご牛乳を買うんだ」
「そうだね、黒木くん。……あのさ、今日は僕の家に泊まりなよ。新作のゲームがあるんだけど、一人だとプレイできないモードがあってね……」
「いいぜ。家に帰っても俺一人だしな」
俺は白樺の提案に乗ることにした。面白いと思ったことは、そう感じているうちに始めたいからな。そうと決まれば、白樺の家に行く前に、近所のコンビニ行くことにしよう。白樺が元気に拳を空に突き上げた。
「コンビニ、いっくよー!」