扉があいた
深い深い、闇の中。
私はただ一人、ここにいる。
最初は確かに、このような闇はなかったはずなのに。
最初は確かに、扉が見えていたはずなのに。
いつの間にか、私を闇が取り囲み、自由に動き回ることさえ、困難になった。
外界とつながる、扉。
扉を閉じた私に、外界の様子は、わからない。
扉の位置すら、わからなくなった私は、ただそこに、いることしかできなくなっていた。
ただ一人、闇の中で、私は膝を抱えている。
余りにも闇に包まれ過ぎて、自分の存在が、危うい。
このままでは、私は闇に混じり、自分すら、認識できなくなる。
私は、闇になってしまったのかもしれない。
手を、伸ばして、みる。
闇の中に、私の手が、伸びている、はずなのに。
実感が、遠い。
伸ばしているかもしれない。
伸ばしていないんじゃないだろうか。
深い闇の中で、私を確認する、すべが、ない。
長い長い時間が、過ぎた。
私は、この部屋に、扉があることすら、忘れていた。
いつからここに、いるのだろう。
長い、長い間、私はこの闇と共にあった。
もう、私は、闇になってしまったのだ。
そう思って、いたけれど。
コン、コン
この部屋のどこかにある、扉が、ノック、された。
コン、コン
闇の中、扉の向こうから、ノックの音が、響く。
コン、コン
声の出し方を忘れた私は、返事が、できない。
コンコン、コンコン
ノックの音のする方へ、向かう。
コンコン、コンコン
扉に、触れた。
私はまだ、闇に紛れてはいなかった。
コンコン、コンコン、コンコン
返事をせかす、ノックの音に。
コン、コン
ノックの音で、返事を返した。
「扉を、開けても、いいですか?」
声の出せない私は。
コン、コン
ノックで返事を、返す。
「開けたら、ダメですか?」
返事は、返さない。
「今から、開けますね。」
コン、コン
ガチャ
扉が、開いた。
開いたけれども。
扉の向こうも、また、闇だった。
扉はまだ、見ることが、できない。
扉を開けた人も、見ることができない。
「ここにも、深い闇があるのですね。」
ノックで返事を返そうとしたけれど。
ノックする扉が、開いてしまったから。
私の手は、宙を掻いた。
その手を、扉を開けた誰かが、そっと、握った。
「僕と一緒に闇を越えては、いただけませんか?」
私の闇は、墨汁のような、重く、のしかかるような、闇。
この人の闇は、インクのような、伸びのある、広がっていく、闇。
扉が開いたことで、種類の違う闇が混ざり合う。
同じ闇でも、まるで違う、闇。
闇と闇が混ざり合い、化学反応を起こして、凝集が始まる。
手をつないだまま、闇が晴れていくのを、見守る。
部屋の中が、見えるように、なってゆく。
この部屋に、扉が、二つ、あったことに、いまさら気が付く。
だんだん、闇が、晴れていき。
つないだ手が、見えた。
つないだ手をたどり、見上げると。
「一緒に、外の世界へ、飛び出そう。」
私の返事を待たず、青年は、私の手をつないだまま、別の扉から飛び出した。
扉の向こうは、とても明るくて。
思わず私は。
「わあ、わああああ!!!」
感嘆の声を、あげた。