うさぎのオルゴール
幻想を見ていたのだろうか。闇はただあの荒海だったのだろうか。僕たちが“おじいさんの家”を下り坂のふもとに見つけた頃にも眠り鳥は鳴いていた。深夜に入ったものと思い込んでいたのに。
そして、オルゴールの奏が耳を撫でる。この音色を聴くのは僕が息をすることと一緒だ。
「この子は・・・・・・うさぎさんでしょうか」
深琴のものの言い方に疑問を思いながらも、そうだよと頷いてみせる。
「やっぱり、不思議かな? うさぎがオルゴールを弾いているなんて」
塔の中にいたならもしかしたら兎という概念も無かったかも知れない。だが深琴はそれを知っていた。本でも読んでいたのだろうか。確かに塔内の隅に本が積み重なっているのを見たかもしれない。
だが、深琴は首をかしげた。
「うさぎさんはオルゴールを弾かないのですか? 」
僕は少し笑った。
「そうだね。大体は弾かないのが常識かな。ただ例外はいる、あいつみたいにね」
指を指すと深琴はうさぎの前にしゃがみこんだ。「はじめまして、うさぎさん素敵なオルゴールですね」うさぎはきょとんと首をかしげている。しばらく深琴を見たあとでまたそ知らぬふりで音を奏で始める。主動力はうさぎなのだ。深琴の瞳はとても落ち着いた湖のような色をしていた。
「深琴は。そんな目の色も見せるんだね。とても穏やかな瞳だ」
不意だった。ぱちぱちと瞬きをしたあとに、僕は頬にその手の温もりを感じた。
「あなたは、とても冷たい目をするのね」
少女がとても人臭く感じた。