灯し草
潮は引いていた。少女の足は濡れた草むらに落ち着いている。
「初めて、大地に足をつけました」
「そうなんだね。今の気分はどう? 」
「まだ少し、恐ろしいです。・・・・・・でも、とても澄んだ空気です 」
確かに少女の瞳は、月を浮かべて青薄く澄んだ海をありありと映していた。
「そろそろ、いけそう?」
頷くのを見て、手を差し伸べれば柔らかい手が重なった。
僕が佇んでいたあの場所は砂州だった。潮の満ち干きが早いらしい。あれだけ抗っていた海も、波の音さえもせず静まり返っている。
「君は、またあの塔に帰りたい? 」
「・・・・・・帰らなければ行けません」
帰りたい、とは言わなかった。濡れた草の上をしばらく歩けば面積の狭い砂州が。僕は足を灯していた草を見て笑った。真珠のような実をつけた草だ。
「見てごらん、灯し草だよ」
少女は目を落として、しゃがんだ。僕はそのビロードのスカートに瞬きをした。灯し草に照らされているのを見て、始めてその美しさが目についた。
「君、の名前は? 」
「・・・・・・深琴です」
「深琴は、なぜあの塔にいたの? ほんとに何も知らないの?」
「・・・・・・わかりません」
塔を振り返れば、暗いうす気味の悪い白さの相貌。中にいた時はあんなに居心地がよかったはずなのに。
背中をふるわせて、「僕のことは道流って呼んでくれればいい」とまた砂を踏み歩いた。