珈琲
「・・・・・・お言葉に甘えて」
目の前の珈琲は焦げたような匂いがしたが、飲むとこの焦げ臭い匂いがまるで良いものに変わってくる。湯気がランタンに照らされて天井に昇っている。
灯台の中は僕たちが入り、やっとのこと座ることができる窮屈さだった。少女は取り乱すこともなく小窓から外を物憂く見ている。小窓からは確かに海が見えた。
ここでようやく自分がなぜこの場所に存在するのかという疑念が頭に浮かんだ。
「・・・・・・どうして、僕はあそこに居たのだろう」
そう問い掛けにも似たどうしようもない疑問を少女にぶつけると、少女は無機質な表情で口を動かした。
「海鳴りにでも誘われたのでしょう」
「・・・・・海鳴り、か」
海鳴りとはこの地域のものの例えで、厄介者の肩書きを背負っている。また、海鳴りの声を聞けば誰でも正気を無くして魂が抜ける、といった脅し文句にもよく使われる。僕は全く信じてはいなかったのだが。
「何か、悲しいことでもあったのですか」
未だ状況を飲み込めていない僕はすぐには返事ができなかった。
「・・・・・可愛がってきた猫が、昨夜空に昇った」
彼女は何も言わずに珈琲にミルクを注いで、また僕に渡した。優しい匂いが、胸の中に溶けていくようだった。
「そうですか・・・・・・」
その言葉には彼女も哀れみの気持ちがあるのだと胸をなでおろした。