第9話 デート その1
夏芽が入院し始めて今日で四日が経った。あと三日で退院できるらしい。できればずっとそばにいてやりたかったが、今日はそうもいかない。
夏芽がいない間も仁は目隠しで着替えや風呂を済ませていた。慣れない手つきで夏芽におすすめされた服に着替え、まだどう使うかいまいちわからないヘアアイロンをかける。
自分のできる最低限のことを済ませ、時計を見る。待ち合わせの時間は午後一時。まだ時計は十一時半を指している。
昨日の夜、透里とデート(?)の約束をし、帰った。以前にも仁は透里と出かけたことがあった。しかし、仁は集合時間に遅れ透里を怒らせ、何一つ楽しむことができなかった。トラウマになりつつある。
(早めに行っておくか…)
家から集合場所の公園までは大体歩いて三十分程度だ。今から家を出ても一時間前に着くことになるだろう。まぁ、それもしょうがない。前回のデートの罰だ。
サイドバックを肩からかけ、携帯をポケットに入れ、ててて、と家から出ていく。
家を出て五分後。
(あれ?ちょっと歩くのがしんどいぞ?)
この前も階段から全力で降りるだけで、かなり疲弊していた。やはりこの姿では体力もかなり落ちているらしい。
…結局、到着したのは予定していた一時間前より二十分遅い、十二時二十分になってしまった。
(やべぇ、くそ疲れた…。汗も結構かいちゃた…)
汗だくになりながらもあたりを見渡す。
…。まだ透里は来ていないようだ。
仁はほっとして、自販機で飲み物を買い、木陰のベンチに座り、涼む。ぺとっ、と汗で張り付いた服が気持ち悪い。襟首あたりをつまんでぱたぱた、と風通しを良くしようとする。すると
「おぉ?可愛いお嬢ちゃん見っけ!ねぇ、俺らと遊んでいかない?」
「そ、そんなに汗かいちゃって、ほら俺の家涼しいし、近くにあるからさ。ほら、おいでよ」
何だかチャラい奴らに絡まれた。
…。めんどくさい。
■
正直、あの姿になってから仁とどうやって接していけばいいか分からない。透里はそう感じていた。
あの日、仁があの少女になってしまったとわかった日、透里は平然を装っていたが、実はかなり焦っていた。
え、え、えええ?この子ほんとに仁なの!?当てずっぽうで言ったつもりが、まさか本当に…
とか
どうしよう、これから仁を男として見ていくのか、それとも私が守ってあげなきゃいけない存在なのか…。
とか。
その思いもあって、誘拐事件のときはとても後悔したし、自分を許せなかった。あんな姿になっても仁は懸命に生きていこうとしているのに、私は何もしてあげられないなんてっ…、と。
今度こそ仁を守ってあげる存在に私がならなくては。
透里はそう決意し、時計を見る。時間は十二時ちょうど。集合場所の公園まではバスで二十分程度だ。バス停までの時間を考えて三十分程度で着くだろう。
白いショルダーバッグを持って外へと出る。セミがうるさい道路を歩き、バス停まで。
バスに揺られること二十分弱。集合場所の公園に着いた。時間は十二時半。予定通りに着くことが出来た。
周りを見渡す。夏休みということもあり、平日とは言え子供や母親が結構いる。
ふと、木々で囲まれ、木陰になっているベンチへと目を移す。
そこにはチンピラ共に絡まれている少女の姿があった。
カツアゲか、もしくはナンパか。そう思い助けに行こうとした透里の目に映ったのは。
白い髪の毛が綺麗になびいてる、見覚えのある少女があたふたしているところだった。
■
時計はまだ十二時二十五分。早く来すぎたのがいけなかったか。めんどくさいチャラ男共に絡まれた。透里はまだ来ないだろう。周りにいるマダム達も自分の身が大切なのか、こちらを見るもすぐにどこかへ行ってしまう。助けを求めることは出来なさそうだ。かと言って、この場から自力での脱出を試みても腕とか掴まれて力負けしたり、そもそも体力面で、遠くまで逃げることは出来ないだろう。
「ねぇ、いーじゃん俺らと夜まで遊ぼうよ。そんなとこぱたぱたさせちゃって。誘ってるようにしか見えないよ?」
世の中にはロリコンしかいないのか。
「ごめんなさい、私今日待ち合わせしている人がいて、あ、あの、すみませんっ」
何とか少女演技で誤魔化そうとする。
しかしチャラ男共はこれじゃ引き下がらない。
「いいよいいよ。そんな奴よりも俺らと遊んだ方が何倍も楽しいよ!そうだ自由研究のテーマとか俺ら考えてあげるよ。赤ちゃんの作り方とかね!くひひ」
うぇ…。気持ち悪。
そのままいきなり腕を掴まれた。
「さぁ、おいでー」
「あの、ほんとに、そういうのいいですからっ!」
何とか引き離そうとするが駄目だ、力じゃ到底及ばない。
すると
「勝手に人の恋人相手に…」
聞き覚えのある声が聞こえた。すぐ近くで。
「品のない話してんじゃないわよっ!」
顎にアッパーを入れ、チャラ男の内の一人をダウンさせる。
「と、透里!?」
「ちょっと待っててね仁!このクソ変態野郎共ぶっ殺してくるからっ!!」
ぎゃーーーっ
「もういいっ!もういいから落ち着いて透里!」
二人目も蹴りでダウンさせたが、それだけじゃ物足りなかったのか、げしげし、と二人を踏みつける。
「落ち着いてられるかっ!このクソ野郎共めが!この子怪我したらどうしてくれるんだっ!てか誰がつまらない女だ!私の何倍も楽しいだぁ?ふっざけんじゃないわよ!」
久々に透里の怒りを見ることが出来た仁は、早く来といて良かったと、そう思うのだった。
■
「さて、と行きます、か…?」
「ちょっと待ってて。こいつらをこうして、こうしてっ」
まだやってる。うわぁ、ノビてる奴を木に縛り付ける人初めて見たぁ…。
「はい、お待たせっ。さ、まずは制服の採寸だけど…」
「あの、透里さん?あ、あいつらどうすんの?」
「あんなクズ達ほっときゃいいのよ。二時間経てば解けるように縛ってあるわ」
そんな都合のいい縛り方が今は解明されているのか…。
「あそこのデパートの三階に制服をこの時期でも採寸してくれるところがあるわ。今日はまずそこに行きましょう」
「まず…?」
「それだけで終わらせるのは勿体ないじゃない。私の夏休み唯一のオフよ。せいぜい楽しませてちょうだいね」
「ハードル上げてくんなよ…。まぁ、いいか。俺もそろそろ休憩したかったところだし」
「あら?これだけ散々な目にあってきたというのに、勉強はちゃんとやってるの?」
「舐めるなよ?」
仁は夏休みに入ってから、勉強しなかった日はほとんどなかったと言っても過言ではない。さすがに誘拐された時は出来なかったが、それ以外の日はちゃんと透里との約束を守ろうと頑張っている。夏芽が入院している時も、夏芽が起きている時は話し相手となり、寝た時は必死に勉強をしている。この旨を透里に話すと
「ちゃんと約束守ってくれようとしてるんだ…」
ぼそっと呟いた。
「何?なんか言った?」
「なんでもないわよ」
透里そう言って仁の前へと歩いていく。
その頬は何だか赤く染まっているように見えた。
(今日、そんなに暑いかな?)
仁はそう思いながらも透里の背中にとてて、と付いていく。
「「あぁ〜」」
デパートの中は冷房のおかげで非常に涼しい。もう外に出たくない〜。
「ええーっと、ここの三階だっけ?」
「そうよ。事前に電話いれておいたから、すぐに採寸してくれると思うわ」
「なんか色々とありがとうございます…」
エレベーターで三階に上がっていく。店の前では人の良さそうなおばちゃんが待っていてくれた。
「電話をいれておいた真澤です。よろしくお願いします」
「そんなかしこまらなくても大丈夫よ透里ちゃん、昔からここの制服屋、利用してくれてるじゃない」
「いえ、そんな」
「それで?この子の制服の採寸をすればいいんだね?なによー、とても可愛らしいじゃない。あぁ、可愛い」
さわさわー、ぷにぷにー、とおばちゃんが触ってくる。悪気や下心がない相手には何もすることが出来ない。再び武田仁、されるがままモード。いい加減助けを求めるべく透里の方を見ると、頬を膨らませ、ぷいっとそっぽ向かれてしまった。
嫉妬?可愛い。
「あの、そろそろ採寸してもらえるとありがたいんですが…」
「あらそう?こんなぷにぷにの子、いつまでも触っていたいわ、私」
何とかおばちゃんお触り地獄から脱出した仁だった。
まずは、高校名や氏名、住所などを記入するため、椅子に座って記入用紙に書いてねと促され、椅子に座ろうと思った仁だったが、よいしょ、と透里持ち上げられ、そのまま座った透里の膝の上に座らされた。
「あの、透里さん?これは一体どういうことで?」
「気にせず、仁は書きなさい」
彼女の膝の上に座るのって、すごく嫌なんですけど…。
すると、後ろからすーっと腕が伸びてきて
さわさわー、ぷにぷにー、と。
「あの、透里さん?書きづらいんですけど?」
「書きなさい」
「で、でも…」
「書きなさい」
「はい…」
やはり嫉妬していたのだろうか、表情は見えないが透里の白く細い指が仁の頬や髪を触ってくる。
「ほんとに可愛いねぇ。妹さんみたいねぇ。高校生には見えないわっ。あ、変な意味で捉えたらやぁよ?」
おばちゃんもこっちを見てにこにこ笑う。
「さ、書き終わったらこっち来て。ぱっぱと測っちゃうよ」
おばちゃんが試着室の前で手招きする。
透里の膝の上から降り、そちらの方向へと向かう。そこで仁は大変なことに気づく。
(あ、目隠しがない…)
透里に助けを求めようと振り向くと、いない。あ、女性服コーナーに入っていきやがった。ここからじゃ呼び戻せない。
「何をしているの?早く来なさい?」
おばちゃんが背中をおして試着室の方まで連れていく。
結局試着室の中まで入れられ、
「測っちゃうから、とりあえず上、脱いで?」
…どうしよう…。