第8話 お見舞い[後編]
盛り上がっていた教室に静寂が訪れる。
皆の視線の先には…
「…なんで…?どうし、て?」
「ちょっとお前に言いたいことがあってな、来てみたんだが。何だこれ?どういう状況だ?」
仁が立っていた。
「何よ?急に陰キャがはしゃぎだして。キモイんだけど」
仕切り女子が仁の前に立ち、これまた煽りだす。
ただ、仁はギロッ、と睨み返す。仕切り女子が少し怯む。
そのまま仕切り女子を素通りし、ダン!と教卓の前に立つ。
「自分が何してきたか分かってんの、だって…?」
声には怒りを含まれている。
「よくもまぁ、そんなことが言えたな?お前らこそ何様だよ」
「な、何よ急に」
仕切り女子が声を荒らげてくる。
「いつも寝てるだけのあんたに文句言われる筋合いはないんだけど?」
「いつも寝てる俺だから分かることだってある」
「は?」
「クラスの誰かがさっき言ってたけどなぁ、何?部活に出れなかった?待ち合わせに遅れた?お前らはさ、毎日毎日遅くまで残ってクラスのために仕事してきたこいつの姿を!一度でも見たことがあんのかよ!」
いつも寝ているから気づくことだってある。皆が帰った後に起きてみると、いつも透里は残って仕事をしていた。
その姿を仁は今までずっと見てきたのである。
「偉そうな事言ってるけどな!お前一度でも仕事してきたことあんのかよ!」
クラスの男子が声を上げる。
「そ、そうよ!最近なんていつも早く帰ってるじゃない!その時間私達が仕事してんのよ!」
女子も声を上げる。
「それは違うわよ」
透里が間に入る。
「確かに私は武田くんを追いかけるために最近は早く帰ってしまうことが多かったわ。その点については、ごめんなさい。でもね、この前、私が仕事をしている最中にうたた寝してしまったことがあったの。それで起きてみると書き途中だった資料が全部書かれて机の上に置いてあったの。皆は帰って教室の中には私と寝ている武田くんしかいない。やってくれたのは武田くんだと思うの」
そう言って仁の方を見る。
「いい加減、今自分達がしている行為が愚かなことだって気づけよ」
仁が付け足す。
少し騒ぎ始めた教室は再び静寂に包まれる。
「お前も、自分が辛いと思うんなら辞めちまえこんな係。ただただこいつらにいいように利用されるだけだぞ」
仁が透里に問いかける。
透里はにっこりと笑って
「それもそうね。私が皆を引っ張るには力不足だったみたい」
仁の隣に立ち、透里は清々しい大きな声で、教室中に響き渡る声で言う。
「私は!今日をもちまして!学級委員長を辞任します!今後一切!皆を引っ張るつもりは無いので!よろしくお願いします!」
晴れやかな笑顔でそう叫んだ。
生徒全員ぽかん、としている。
すると透里は急に仁の手を取り、こっち来て、と言って教室の外を出る。
「は?」
困惑する仁を気にせず、呆然としているクラスメイトを置き去りに。
二人は屋上に繋がる扉の前にいた。
よいしょ、と透里はそこに座る。
「何だよこんなとこまで連れてきて」
ぶっきらぼうに仁が言う。
「ふふっ、さっきは初めて目を見て話してくれたね」
透里はまだ笑う。
「素直に嬉しかったんだよ。人に目を見て話してもらえて、こんなに嬉しいことはないくらい、ね」
「ま、まぁ別に、あいつらがただただウザかっただけで…」
仁は恥じらいながらふっと視線を逸らす。
「それで?何か言いたいことがあるって言っていたけど、何かな?」
「あぁ、俺、昨日あんなこと言って帰って、お前をすごく傷つけたんじゃないかって思って…」
「え、謝りに来てくれたの?」
「え?ま、まぁ」
すると透里はにこーっ、と笑って
「あはははははっ!ずっとそのこと気にしてくれてたの!?あっははは!」
ひーひー、と笑う透里に
「な、何がおかしい!」
と赤面しながら仁が叫ぶ。
「だ、だって君、人の心考えるのとか絶対無理な人間にしか見えないのにっ、そ、そんなこと考えて謝りに来るって、あははっ」
「来た俺が馬鹿だった。だから人と付き合うのは嫌なんだ」
顔を真っ赤にし、仁が戻ろうとすると
「でもね、それもすっごく嬉しかった。もう十分、人のことを考えられる人間になっているよ」
透里がそう話しかけてきた。
「私が寝ちゃった時、資料をまとめておいてくれたの、君でしょ?」
「え、あぁ、まぁ…」
「ほらね、無意識にも、君は人のためになることをやっているんだよ。でも、そんな性格なんだから人に気づかれずに孤独になっちゃうんだよ。だからね、自分の中の自分というレッテルを剥がしてみない?少しずつでいいからさ、私も手伝うし。私もこのキャラ、変えてみたいと思ってるんだよね」
「余計なお世話だ」
「えぇーなんでよー」
仁が戻っていく。
「でも、かっこよかったよ」
ぼそっと透里が呟く。
「えぇ?何だって?」
「なんでもないよー」
透里は笑顔で仁の背中を追っていった。
■
「へぇー、にーちゃんにもそんな一面があったんだ」
夏芽は透里の話を聞き終え、そんな言葉を漏らした。
「えぇ、あの後なんで早く帰り始めたのか聞いてみたんだけどね、あれ、夏芽ちゃんのためだったみたい」
「私のため?」
「えぇ、詳しい話はしてくれなかったけど、妹を長い時間一人にしておくわけにはいかない、って言ってね」
「え…?」
仁はいつも夏芽のことを考えて行動しているということが改めてよくわかった。入院したばかりの時も、ずっとごめんなと謝っていてくれた。
「いいお兄ちゃんじゃない」
透里が微笑んでそう言ってくれた。
夏芽も笑いながら
「はい、自慢のにーちゃんです」
そう答えた。
すると
「なぁ、透里」
仁が寄ってきた。一緒に暴れていたはずの拓はまた鼻血を出しながら幸せそうに倒れている。
「なぁに?」
「俺、この姿のこと皆に言うのはやめようと思う」
仁はようやく伝えることが出来た。
「そう」
「拓には話したから、裕翔にも話しておこうと思う。あとは、父さんにもいつか帰ってきたらその時はしっかりと話そうと思う。また迷惑をかけることになるかもしれないけど、そこんとこ、宜しく頼めないか?」
「大丈夫よ。仁の決めたことに反論する気は無いわ」
「あぁ、悪いな」
そう言って仁は拓を叩き起しに行く。
「ああやって素直に人に頭を下げれるようになったのも、少しは成長したのかもしれないわね」
「あのままだと将来が心配ですけどね」
あはは、と夏芽が笑う。
■
「それでだ。俺、この姿のまま学校に行くということになりそうなんだが、色々と面倒じゃないか?」
再び夏芽の病室にて。
「この前、編入とかの手続きは私の父親が全部やっとくって言ったじゃない。何も面倒じゃないわ」
「いや、制服とか俺のキャラとか…」
「何よ今更キャラとか。私達に必死こいて隠し通そうとしたあの幼女っぷりを演じればいいじゃない」
「あの時は必死だったから…」
「よくよく考えれば、あのショッピングモールであった時も、あれお前だったんだな。上手く演じてたじゃん」
「うるせえほっとけ」
「制服もこっちで手配するし、大丈夫よ」
「あれよあれよという間に話が進んでいく…」
「でもサイズが分からないわね。何しろこんなにちっちゃいんだもの。明日、測りに行くわよ。夏芽ちゃん、明日のお見舞い、ちょっと遅くなるけどいいかな?」
「えぇ。お二人でデート、楽しんできてください!」
「ありがとう。さて、決まりね。仁、逃げんじゃないわよ」
「はい、もう勝手にしてください…」
そうして二人のデートの予定が明日急遽入り込んだ。
その時、拓はというと
「ねぇ夏芽ちゃん、僕らもその辺ブラブラしない?」
夏芽にナンパしていた
「ごめんなさい、結構です」
丁寧に断られていた。