第5話 誘拐
「にーちゃんが消えちゃったあぁぁ…!」
夏芽が泣き叫ぶ。透里も何が起こったのかよく分からない。ただわかることは一つ。仁が消えた。
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透里が仁の家に訪れたのは午後四時前のことだった。インターホンを押し、中からドアを開けられたと思ったら
「透里さん!に、にーちゃんがどこに行ったか知りませんか!?」
と、夏芽が涙目で迫ってきた。ただ事ではないなと透里は察した。
「落ち着いて夏芽ちゃん。ただ遊びに行ってるだけじゃない?」
「に、にーちゃんはどこかに行ったり、遊びに行ったりする時は必ず夏芽に連絡をくれるんです!それが今日は来ていないんです!夏芽が起きた時にはもういなくて…」
「…」
どうやら夏芽が起きた午前八時にはもう仁は家にはいなかったとのこと。仲のいい兄妹なだけあって、帰りが遅くなったり、どこかへ行く時は必ず連絡しあうようだ。しかし、朝早くから出かけているはずなのに今もなお連絡がない。そんなことは今まで一度もなかったから、何か危険なことが兄にあったのではないかと夏芽は慌てているのだろう。家には仁の財布が置かれたままだ。そんな状態で仁が出かけていくとは考えにくい。透里は試しに仁の携帯に電話をかけてみる。いつもなら遅くとも三コール程度で繋がるはずだが、今は出る様子がない。「おかけになった電話番号をお呼びしましたが、お繋ぎ出来ませんでした」という電子音が返ってくるだけ。透里にも嫌な予感がする。
「な、夏芽も何回も電話とかメールとかしたんですけど、反応がなくて…」
「連絡がつかない以上しょうがないわ。探すしかなさそうね。夏芽ちゃんは知り合い達に目撃情報がないか確認して。私は警察へ行ってくるわね」
こくん、と涙を浮かべながら夏芽が頷く。それを見た透里は玄関へ向かい、靴を履き、外へと出る。時刻は午後四時半。日が傾き始めているとはいえ、まだ全然暑い。しかし、そんなことに構ってはいられない透里は走って警察署へと向かう。
どうか、どうか仁が無事でありますように。
そう願いながら━━
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体の痛みで目が覚める。どうやらずっと同じ体制でいたようだと仁は感じた。しかし、体を動かすことは出来ない。背もたれ付きの椅子に座らされ、両手を後ろで縛られている。力ずくで解こうとしたが、この少女の姿では全く力が入らない。動くことを諦め、周りを見渡す。殆ど暗くてよく見えないが、どこかの部屋であることはクーラーの音でわかる。携帯は自分のズボンの後ろポケットにまだ入っている。
(これを使って何とかっ…)
縛られた手で何とかポケットから携帯を取り出す。下に落とし、足で電源をつける。午後六時と表示された画面の下には、何通ものメールが送られてきていた。夏芽からのもの。透里からのもの。拓や裕翔からも着信があったようだ。
(皆が探してくれている…)
突然、足音が聞こえた。誰かが来た。とっさに携帯を足で後ろへと蹴り飛ばす。徐々に足音は近くなってくる。仁は恐怖した。誰かもわからない奴に、何処かもわからない場所で、何かをされる。そう考えただけで今まで感じたことの無い恐怖が仁を襲っていた。視界が急に狭まる。目眩がする。吐き気もする。
(誰でもいいから、助けて…)
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時刻は午後七時。仁の家にて。仁は未だに帰ってこない。警察署へ行き事情を話したあと、透里は携帯の連絡帳にある友人に片っ端から「白い髪の毛の女の子を見なかったか」と電話をかけていったが、有益な情報を得ることはできなかった。夏芽は色々なところへ行き、探し回っている。もう辺りも暗い。透里は夏芽に帰るようにと電話をいれた。もう少し探すと言っていたが、夏芽自身にも危険があることを伝え説得した。透里は何かの形跡はないかと玄関から外を除く。左側にはエレベーターと階段があり、右側の奥には防犯カメラが取り付けられている。
(防犯カメラ…!そうだわ!その手があった!)
透里は一階のロビーへ行き、管理人のおじさんに話しかける。
「すみません、五階の武田ですが、防犯カメラの映像を見せて頂くことはできますか?」
透里は管理人に事情を伝える。
「それは大変だ」
と、管理人もその時間帯の映像を見せてくれた。朝の七時半、黒いフードを被り、マスク、黒いパーカーを着た、夏に不向きな怪しい男が防犯カメラの映像に映り込んできた。何故か大きめの麻袋のようなものを持っている。その男は仁の家の前、ちょうど風呂場の窓あたりのところに止まり、その窓を開けた。そして小型のカメラのようなものを中に向けていた。
「…盗撮?」
するとその男は急に立ち上がり、急いでエレベーターへと向かう。その何秒後かに玄関から白い髪の少女、仁が飛び出してきた。エレベーターは閉まり、仁は階段から下へと向かう。透里はすぐさま他の防犯カメラの映像を探す。すると、四階の防犯カメラに先程の男が映っていた。陰に隠れているようだ。直後に仁が階段から降りてくる。とても疲れているように見える。そこを男は後ろから仁を抱え込むように口元に布らしきものを当てていた。仁はぐったりと倒れ、男はそのまま仁を抱え込み、持っていた麻袋の中に仁を入れる。それを肩に担いでまたエレベーターにのる。男はロビーを通り、そのまま外へと出ていき、近くに止めてあった黒いワンボックスカーに乗り込み去っていった。
「…誘拐かよっ…」
透里は怒りを感じた。何故仁がこんな目に遭わなければならないのか。
「すみません!私がもっと注意していればこの怪しい男にも気づくことが出来たのに…」
管理人のおじさんが謝ってくる。
「いえ、管理人さんが悪いことはありません。ただこの映像、警察に届けて貰えませんか?」
「分かりました。あなたもこれから探しに行くんでしょう?くれぐれも気をつけて」
「ありがとうございます」
手がかりを掴むことは出来た。あとはあの車の行き先を調べるだけだ。そこにちょうど夏芽が帰ってきた。
「透里さんっ、何か分かったことはありましたか!?」
夏芽の方は何も掴めなかったのだろう。今にも泣きだしそうな顔で透里を見ていた。
「大丈夫よ。仁は帰ってくるわ。夏芽ちゃんは部屋で大人しくしておいて」
「と、透里さんは?」
「気になることがあるからね、ちょっと行ってくる」
透里は走り出し、目的地へと向かう。
(絶対に許せないっ…)
ただひたすらに走る。
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ドアが開かれる。そこに立っていたのはやはり全くもって知らない男。汗だくで笑っていて気味が悪いし、気持ちが悪い。
「こんなところに連れてきてなんのつもりだ?」
仁は男を睨みつける。しかし男はにやにや笑ったまま何も言ってこない。
パチッと、男が部屋の明かりのスイッチを押した。明るくなった部屋には、
「…んなっ…」
夏芽の写真がずらりと貼られていた。
(なんだこいつ…、狙いは夏芽の方か…?)
余計に気持ちが悪い。こんな男に夏芽がっ。
「あっははぁ、夏芽ちゃんはいつ見ても可愛いなぁ。ぐへへ」
仁は本当に恐怖していた。本当に怖い。人の狂気が凶器となって仁を痛めつける。
「でもぉ…」
ぐるり、と仁の方を向き
「まさかぁ、こんなに可愛い子がいたなんて、思わなかったなぁ。えへへへへ」
恐怖で顔がひきつる。
「ねぇねぇ君、お名前は?いつからあそこにいたの?歳は?おじさんと遊ばない?ねぇねぇねぇねぇ」
声も出せない。出ない。
(誰かっ…)
男の気味の悪い笑い声が部屋に響き渡る。
宇佐見イニです。
非常にお腹すいてます。