第4話 透里
嫌な予感がする。妹の夏芽はそう思った。兄の彼女、透里が台所を使いたいと申し出てきたから、キッチン周りを綺麗にしたというのになかなかこちらに来ない。
(もしかして、バレちゃったかも…)
最悪なケースを予想して、不安そうに兄の部屋へと向かう。ドアを開けようとドアノブに手をかけたところでちょうどドアが向こう側から開けられた。立っていたのは透里だ。
「あ、あの、透里さん。な、なんかありましたか?」
おどおどと、夏芽が聞く。すると透里は笑いながら
「いいえ、何も無かったわよ。台所使わせてもらうね」
と言って台所へと向かった。
(…バレてない?)
最悪なケースは免れた、そう思い安心して兄の方を向く。しかし兄はこちらを向いてこない。ずっと下を向いている。暗い。
「に、にーちゃん?なにかあった?」
近寄りながら美少女化した兄に小声で話しかける。すると、びくっと肩を震わせてこちらを向いた。今にも消え入りそうな声で
「な、なんにもなかったぜ」
と、ぎこちない笑顔を向けて返してきた。
(なにかあったなこれ。てか、バレたな)
全てを察した妹は、愛想笑いを浮かべる他なかった。
■
十分前、仁の部屋にて。
「ば、ばれないって、な、なんのことですか?」
仁はまだ他人のフリを演じる。
「嘘が丸わかりなのよ。素に戻りなさい。しっかり何があったか私に話してちょうだい」
しっかりバレている。こうなったらお手上げだ。
「どこからわかった?」
「いや、夏芽ちゃんの雰囲気と言い、仁の雰囲気と言い、わかりやすすぎるのよ」
「うっ…」
「というか、なんで私を頼ってくれないのよ。付き合う前に言ったでしょ?お互い隠し事はなくしましょうって」
「ごめんなさい…」
「嫌よ。何かしてくれるまで許してあげない」
「何かってなんでしょう?」
「自分で考えなさい、ばか」
「アイス奢る」
「夏芽ちゃんと同じ扱いしようとしてるでしょ。てか、そんなもので許して貰えると思うな」
なんだかんだで透里も頼りになる存在だ。現に仁に起きたことを自分の事のように受け止め、助けてくれようとしている。
「まぁ、怒ってはいないのだけどね。けど頼ってくれなかったことはちょっと残念」
「すみませんでした」
「じゃあ罰として、私の命令今日はなんでも聞きなさい。背いたりしたらこのことみんなにばらしちゃうからね」
透里はそう言って部屋から出ていく。
待て、最後の言葉は聞き捨てならない。
…みんなにばらす?
「ま、待って、そんなっ」
聞く耳も持たず、透里は部屋をあとにした。
(こんな姿ばらされたら…!)
困った。透里の命令が怖い。彼女は女王な一面もある。しかしそれに背いたら、仁は本当に生きていけなくなる。
…。困った。
■
現在に至る。生きた心地がしない。仁はそう思いながら透里の作った肉じゃがを食べる。すると、にこにこしながら透里がこちらを見てきた。
「おいしいです…」
「あら、そう」
会話が続かない。自然と目を背ける。夏芽は宿題がどうこう言って部屋へと戻っていった。リビングには二人きり。
「さて、これからどうするか、話し合わないとね」
透里が切り出してきた。
「どうするも何も、俺は外には出たくない。今日出て大変な目にあった」
「勉強は?」
「す、するつもりです…」
「あ、してないな。あれだけ言ったのにしてないなんて」
「いやいや!昨日言われて帰ってからしっかり勉強したんだって!それで寝落ちして起きたらこんなになってたんだよ」
「寝落ちとは感心しないわね」
はぁ、とため息を一つ。
「学校はどうするつもり?」
「元に戻る保証もないし、行ける訳ない」
「駄目よ、行きなさい」
「ずいぶん無理なお願いをしてくるな。何言ってんだこの馬鹿は」
ずびしっ、と叩かれた。これもまた痛い。
「大丈夫よ。父親に頼んでなんとかしてあげる」
透里の父親は仁の学校の理事長だ。しかも透里はその父親を顎で使ってるらしいからそれもまた怖い。
「えぇ…。せっかくサボる口実ができたのに…」
「サボるな、勉強しろ。とりあえず、この夏休み期間は私がここに来て勉強教えてあげるから、大人しくしていなさい」
「えぇ…」
「何か文句でも?いいのよ?バラしても」
「いえいえ大歓迎ですいつでもうぇるかむです!」
「分かればよろしい。今日のところはこれで帰るから、ちゃんと勉強して寝るのよ」
「はい…」
こうして夏休みのだらだら計画は透里による勉強漬け計画へと変わったのであった。
■
次の朝を迎える。期待したが、体が戻っているということはなかったようだ。
(そういえば昨日は風呂入らずに寝たな…)
脱衣場へ行きどうしようかと悩む。夏芽はまだ寝ている。しかし風呂へは入りたい。
(しょうがない、しょうがないことなんだっ)
欲望に負けた仁は風呂場へ飛び込んだ。健全にはなれなかった。しかし仁は自分の裸体を見る前に、大変なものに気がついた。風呂馬の窓が少し開いている。そこから小さいカメラが覗いていた。
「…は?」
仁は動揺を隠せなかった。すぐに服を着て外に出る。盗撮犯らしき人物がエレベーターで降りていく。
「逃がすかっ」
仁は階段を使い高速で降りていく。が、体が変わったせいなのか、体力が格段に落ちていた。ワンフロア降りたところで息切れが大変なことになった。もう追いかけられそうにない。しかしエレベーターを見るとこの階で止まっている。降りた形跡がある。
(このマンションの住人なのか…?)
疲弊しながらも頭を回す。すると後ろから誰かがやってきた。
突然、後ろから来た誰かが仁の口を布で覆った。仁の意識はそこで途切れてしまった。