第2話 夏芽
朝起きたら可愛い女の子になってました。やったぜ、いえーい。 (終)
いやいや、まてまて
(どうなっているんだ?)
訳が分からない。目の前の鏡に写るのは武田仁ではなく、誰かもわからない美少女。髪の毛は綺麗な白。肩の上あたりでくるっと巻かれている。大きめの目には綺麗なコバルトブルーの瞳。小柄で細い。とりあえず可愛い。
(夢だよな…)
訳が分からないまま仁は頬をつねる。
(柔らか…)
違った、痛い。
(夢じゃ、ない?)
ますます訳が分からない。どうすればいいのか分からずうずくまっていると、
「にーちゃん?」
廊下から夏芽の声が聞こえた。
(まずい!こんな姿夏芽に見られたら!)
適当なバスタオルを掴んで頭から被る。そしてしゃがんで身長を誤魔化す。
「何やってんの?」
「いやー、バスタオルがいいにおいだなーって。うちの柔軟剤何使ってるっけ?」
「どうでもいいけど、早く起きたなら朝ごはん作るの手伝ってよ」
(どーしよ…)
「バスタオル使ったなら洗濯機入れるよっ」
(あっ)
バスタオルを剥がされた。急いで顔を隠す。しかし時すでに遅し。夏芽は剥いだバスタオルを床に落とし、
「誰…?」
困惑した表情を浮かべた。
■
何とか信じてもらえた。
「にーちゃんだよ!夏芽の兄!」
「そんなわけないでしょ!あなただれよ!」
「俺もよくわかんないんだよ!朝起きたらこんなになってたんだよ!なぁ夏芽、助けてくれぇ…」
「ほ、ほんとににーちゃん?」
「ほんとににーちゃん」
夏芽はそーっと手を伸ばして
「にーちゃん可愛いなぁいいなぁ」
そう言ってぺたぺた触ってきた
(…もう信じたのか。兄妹の絆はあるもんだなぁ) ほろり…
なんだかんだでまだ小学生。ファンタジーは好きなのかもしれない。まぁ助かった。ここで夏芽に信じてもらえなかったら家にいられるかどうかも危なかったかもしれない。
「それで?にーちゃんこれからどうするの?」
まぁ当然の疑問だろう。朝起きたら兄が美少女になっていた。妹もこれからどうなるか心配になってくる。
「まぁ外には出られないな。服もこんなにダボダボだし、こんなの着て出歩ける訳もないし。夏休み引きこもり計画でも作っていようかな」
「そこは勉強しようよにーちゃん…。」
「こんな姿じゃ学校行けないし、勉強したところででしょ」
はぁ、とため息をつく夏芽。
「しょうがないから服は今日だけ私の貸してあげる。」
「今日だけ?」
「そう、買いに行くよ。準備して」
「お留守番してるよ買ってきて」
「サイズわからないでしょ。朝ごはん食べてパッと行っちゃおう」
「まじですか?」
「まじです。お店で興奮しないでね」
「するか!」
より大変なことになった。そう思う仁だった。
■
夏芽の作ったフレンチトーストを食べ終え、食器を片付け、とりあえず着替えるためにシャワーを浴びに行く。ダボダボの服を脱ごうとしたとき、ふと思った。
(あ、これ裸見ちゃうじゃん。やばいやばい。で、でも自分の体なわけだし?不可抗力だし?しょうがないよね、うん)
よし、と服を脱ごうとしたとき、目の前が真っ暗になった。
「これでよしっと」
「おーっと?我が妹よ、この目隠しはなんのつもりだい?」
「にーちゃんこのままシャワー浴びに行ったら興奮したままでてこれなくなるでしょ?」
「待ちなさい我が妹よ。私の心は常に平常であります。こんな裸体を見たところで興奮すると私ではありません」
「言い方キモい」
というか、健全な18歳男子はそんなの見て興奮する訳がないのだっ。そもそも健全な男子諸君ならわかると思うが、18じゃまだ女性の体はみたことがないんだっ。健全ならねっ。
「私も一緒に入るからとりあえず目隠しは付けたままね」
「そ、そんなっ」
「本性でてるぞー」
こうなったらしょうがない。風呂場でのラッキースケベを狙うしかない。そう思いながら夏芽引っ張られる仁だったが、そんなラッキーは来る訳もなく、再び視界が開けたときにはしっかりと女子の服を着た状態であった。
「にーちゃん準備はOKね?」
「ほんとに行くの?」
「大丈夫だって。何がそんなに不安?」
「だって学校の友達に出くわしたり、透里に会ったらどうすればいいのか…」
「誰もにーちゃんだって気づかないよ。ほら、行くよ!」
夏芽に押されながら外へ出ていった。
やってきたのは市内でも大きめのショッピングモール。まだ朝の10時半とはいえ、結構な人がいる。子連れの母親や夏休みに入った高校生などがたくさん。ビクビクしながら夏芽のあとをついて行く。
「もう、にーちゃん歩きずらいって。ほら着いたよ」
着いたのはいかにも高校生達が来ていそうな服のブランドの店。見渡すと女子高生達がきゃっきゃしてる。余計に居づらい。
「にーちゃんの身長は夏芽よりちょっと低いくらいだから…」
夏芽の身長は6年生にしてはかなり高い方だ。160くらい。 あぁ、妹に見下ろされてるよ…。
「こんなもんかな?」
ほい、と次々に洋服を渡してくる。
「ちょっと待てよ。こんなに買うつもりか?」
「そうだよ。試着するから目隠し用意しといてね」
また目隠しするのかよ…。そう思いながら試着室へ。無事夏芽の目隠し早着替えさせも終わり、合わなかった服は元の場所へ。会計に向かおうとしたら夏芽が新たな服を持ってきた。
「夏芽?何をしてるんだ?」
「まだまだこれからだよっ」
心底楽しそう。軽い足取りで他の服を取ってくる。こんなに楽しそうな夏芽を見たのはいつ以来だろうか。もうされるがままになった仁が解放されたのは、昼過ぎのことだった。
■
「だから買い物は嫌いなんだ」
げっそりとした仁がいう。かれこれ3時間ほど、夏芽が目を輝かせながら自分の洋服選びをしてくれていた。そんな中帰れるわけがない。今でも夏芽は上機嫌だ。
「うっふふ、にーちゃん帰ったらファッションショーだねっ」
もうどうにでもなれ…。燃え尽きてしまった。小学生が選んだものとは考えられないまともな服をチョイスしてくれた事は非常に感謝している。しかし問題はそこじゃない。かれこれ18年間男として生きていた仁が急に女性服に袖を通すなんて、武田仁一生の恥である。夏芽と比べて足取りがだいぶ重い。ため息をつきながら歩いていると、前からよく知った声が聞こえた。
「あれ、夏芽ちゃんじゃん。仁はどうしたの?」
「まだ寝てんじゃね?」
拓と裕翔だ。
…。
まずい。
頭痛い