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武田さんのジェンダーチェンジ  作者: 宇佐見イニ
第2章 怒涛の新学期編
18/18

第18話 残念系?

 

  上手く寝返りがうてずに目を覚ます。しかし寝返りどころか、身動きが取れなかった。

  その原因は


  「おい夏芽(なつめ)…?何してるんだ?」

 

  「うーん…?あ、おはよ、にーちゃん…」


  「いや、おはよじゃなくて…」


  (じん)の布団に夏芽が潜り込んでいた。仁を背後から抱きしめるようにして。


  この幼女の姿になってからというもの、朝になると夏芽はよく仁の布団に潜ってくるようになった。

  初めは三日に一回潜り込むペースだったが、最近は新学期が始まり、構っていられる時間が少なくなったからか、毎日潜り込むようになっていた。

  夏休み以前は起こしに来てくれるだけだったのに。

  妹に懐かれるのは兄冥利に尽きることなのだが、これは何か違う気がする。


  「ごめん夏芽、暑いから本当に出てくれないか?」


  冷房が効いた部屋とはいえ、布団の中に二人いるとさすがに暑い。

  しかし、夏芽に出ていく気配はなく


  「もう少しだけ!」


  「勘弁してくれ…。来年には中学生になると言うのに、まだ兄と同じ布団で寝ていて恥ずかしくないのか…?」


  「だってにーちゃん、にーちゃんじゃないし?」


  「深く読み取ることができるから、その発言やめないか?兄ちゃんすごい傷つく」


  なんとか夏芽の抱擁から抜け出そうと試みるが、やはり動けない。

  夏芽は小学生とはいえ、六年生の女子の平均身長をかなり上回る体格の持ち主。それでいて体重は平均並みとは、恐るべきスタイルだ。

  そんな体格の夏芽と、幼女姿の仁との力量の差は一目瞭然。適うはずもない。

  この現状を説明すると、妹に力負けして押さえつけられる兄がいる、そういう状況だ。なんという屈辱だろうか。


  「にーちゃんが気を緩ませる時って寝てる時しかないもん」


  確かに、家の中ではいつ夏芽が服を脱がせに来るか分からない故、ここ最近は常に警戒しながら生活していた気がする。

 

  「それで俺が寝てる時に近づいて来る訳か」


  「そうだよ。でも寝てる時に服脱がせても意味ないからなぁ。いっその事大きい鏡をにーちゃんの部屋に設置したら、服脱がせた状態で起こしてもばっちりにーちゃんが自分の下着姿見ることができるのになぁ」


  「やめてください…」


  「透里(とおり)さんと要相談かなぁ」


  「あいつの場合本当にやりかねないから、まじで勘弁してください…」


  結局、夏芽が布団から出ていったのはそれから十分経ったあとのことだった。


  あくび混じりに制服に着替え、仁はリビングへと出る。リビングには仁と夏芽の二人しかいないため、少しだけ広く感じる。

  テレビには朝のニュース番組が映っていた。期待など全くしていなかったが、仁と同じように美少女化した人がいるというニュースは報じられていない。まぁ、たとえいたとしても、知ったところで解決の糸口をつかめる訳でもないのだが。

  テーブルの上には、夏芽の用意したトーストとスクランブルエッグ、サラダに牛乳が置かれていた。

 

  「さっ、早く食べて学校行くよ!夏芽はともかくにーちゃんの学校は遠いんだから、電車乗り損ねると大変だよ!」


  やる事、言う事全てが母親のような妹だ。そこも含めて、可愛い妹だと胸を張って言える。

  仁達の母親は昔、交通事故で亡くなっている。父親が仕事の関係で家を離れてからは、全ての家事を夏芽がこなしている。仁も手伝うが、夏芽の手際の良さには適わない。


  朝食を食べ終えた二人は、仲良く食器を洗い、身支度を整え、揃って家を出た。

  携帯の画面には、午前七時四十分と表示されていた。この時間に駅に行けば、必ず透里がいるはずだ。

  マンションのロビーを出て、駅とは逆方向に学校がある夏芽と別れる。


  「今日も早く帰ってきてねー」


  夏芽が手を振る。


  「おーう」

 

  なんとなく手を挙げて返す。

  それを見た夏芽は満足そうな表情で笑い、走っていった。

  全く、可愛い妹だ。


  「おはよう、めぐ…」


  「うひゃぁぁぁっ!?」


  真横からいきなり声をかけられた。

  驚きすぎてヘンテコな声が仁の口から漏れる。


  (びっくりしたびっくりした…)


  誰なのかはすぐに分かった。仁のことを「めぐ」と呼ぶのは、この世に一人しかいない。


  「びっくり、させちゃっ、た…?」


  「う、うん大丈夫…、おはよう友莉(ゆうり)


  「うん、おはよ…」


  深くかぶったフードの中で少し照れたように笑うのは、 古河(ふるかわ)友莉だ。

  学校で使う仁の偽名、白戸(しらと) (めぐみ)から取って「めぐ」と呼んでいるらしい。

  新学期が始まって今日で四日が経つが、あれ以来彼女は毎日学校へ来て授業に参加している。

  少しは成長したのかもしれない。このまま透里との仲も回復していって欲しいものなのだが、相変わらず二人の仲は悪い。


  そういえば、登校中に友莉に会うのはこれが初めてだ。気づかなかっただけで日頃からこの道を通っていたのかもしれないが。

  でもまぁ、ここにいるということは家も近くにあるのだろう。


  二人は駅前の閑静な住宅街を歩いていく。すれ違う人はいない。

  八月ももう終わる。蝉の鳴き声も少し前に比べてだいぶ落ち着いてきた。

  角を曲がると目的の駅が見える。朝の駅前とはいえ、やはり人は少ない。


  改札を通り、駅のホームへと出る。端のベンチには、やはり透里が座っていた。


  「おはよう透里」


  仁がそう声をかけると、透里は単語帳らしき本を閉じてこちらに目を向け


  「ねぇ、恵さん。どうしてその子がいるのかしら…?」


  珍しく、少し驚いた顔をして仁の背後を指さした。

  さされた先にいたのは、今も仁の背中にぴったりくっついて離れない友莉だ。


  「どうしてって…、私の家の近くで会ったから、そのまま来ただけですが…?」


  ちなみに友莉が隣にいるため、一人称は俺ではなく私だ。

 

  「そんな訳ないでしょう…?」


  「はい?」


  「だってその子の家、学校を挟んでここと真反対のところにあるのよ?」


  「ふぇ?」


  この事実には、仁も驚かざるを得なかった。




  本日三本目の銀色車体の電車はガタゴトと、川沿いの線路を走っていく。

  その先頭車両の隅には、同じ制服を着た女子高生が三人、固まっていた。


  「説明してもらおうかしら?どうしてあなたが恵の家の周りにいたか」


  三人の中でも一番スタイルがよく、目立っている透里が、もの凄い勢いで友莉を責め立てようとする。


  「めぐを…、乱暴な人から、まもる、ため…」


  三人の中でも一番地味な友莉は、相変わらず仁にぴったりくっついたまま離れようとしない。


  「ちょ、ちょっと二人とも…!」


  三人の中でも一番ちんちくりんな仁は、この二人の間に割って入ることすらできない。


  「へぇ?乱暴な人ねぇ…?誰のことかしら?」


  「おま、え…」


  すっと、友莉は透里を指さす。

  ぴきぴきと、透里からそんな音が聞こえた気がした。

  仁は恐怖で顔が青ざめる。すると


  「大丈夫、だから…」


  友莉は仁を手繰り寄せ、ぎゅう、と抱きしめる。

  妬み、もしくは怒りで透里は口をぱくぱくさせたまま固まっていた。

  仁は思った。

  後で透里に何かしないと絶対別れる、最悪殺されるかもしれない、と。


  やがて電車は学校前の駅に着く。

  駅のホームは、いつもの通り同じ制服を着た高校生で埋め尽くされていた。

  そうしてできた人の波は、同じように学校の校門へと続いていく。いつもの光景だ。

  その間も、透里と友莉の火花は散り続けていた。

  仁にとって、居づらさがこの上なかった。


  そのまま三人で校門を潜ると、仁は中庭の辺りに何やら人溜まりがあることに気がついた。

  少し気になったので見に行くことにした。

  ざわざわと、群れる人ごみを掻き分け、最前列に出ると、人溜まりはとある少女を囲うように出来ていることに気づく。

  しかし、その少女がいたのは()()()()()()──


  「お、おい、あれやばくないか…?」


  「死ぬぞあいつ!」


  「まじかよ?自殺?」


  周囲のどよめきが聞こえてくる。


  「お、おい!危ないから今すぐ降りなさい!!」


  スピーカーを持った教師が、慌てふためいた様子でその少女に向けて叫んでいた。


  中庭に(そび)え立つ、一本の大きな杉の木。

  「鶴唳の大杉」とも呼ばれる、鶴唳高校のシンボル的な存在である杉の木の頂上に


  彼女はいた。



 ■



  学校の廊下を透里と仁は二人で歩く。

  次は物理実験室で授業をするようだ。友莉は先の授業が終わったと同時に、先日の朝会をサボった反省文を書け、と学年主任の先生に連れていかれていた。

  「めぐ、助け、て…」と涙目で訴えていたが、さすがに今回は助けることはできなかった。まぁ、透里と話すには二人きりにならないと恐らく無理だったろうし、友莉には悪いが丁度いい機会だ。


  「あの、透里さん…」


  「何よ浮気クズ野郎」


  「…」


  大変ご立腹である。これまた機嫌を取り戻すのに大掛かりなことをしなくてはならない気がする。


  「いや、違うんだって!そんなつもりはなかったんだって!友達に会ったら普通一緒に登校するでしょ!?」


  必死の弁明。


  「私という彼女がいるのに、女友達の方を優先するのね。全く、いいご身分ね」


  「そういう訳じゃないんだって…」


  「でも、仁に私を裏切る勇気が無いということも知ってるわよ」


  「え?じゃ、じゃあ…」


  「貸一つで許してあげます」


  何だ「貸一つ」て。嫌な予感しかしない。


  「…。嫌な予感が凄いするけど…、それで許してもらえるのなら…」

 

  「そう。決まりね」


  廊下の窓から中庭が見える。

  友莉が寝ていた木の近くにあの大杉が立っている。それにしても、あの朝の少女は一体何だったのだろう?


  「なぁ透里。あんな痛い奴、この学校にいたっけ?」


  「痛い奴?あぁ、朝のあの子ね」


  時間は登校時間に遡る。


  中庭の大杉の頂上に彼女はいた。

  群がる生徒、叫び続ける教師をも気にせず、彼女は叫んだ。


  「この世を総べし悪しき龍(ダークドラゴン)よ!さぁ、この我が元に君臨せよ!」


  …………………………………………………。


  何も起こらない。


  「そんなもの降りてこないからお前が降りてこい!!」


  木の下で教師が再び叫ぶ。


  「五月蝿い!何も分からない平民共は黙っていろ!」


  負けじと木の上の少女も叫ぶ。

  やがて、満足したのか、彼女は木から軽い身のこなしで降りてきた。

  そして当然の如く教師に捕まり、連れていかれた。


  「な、何をする!ダークドラゴンは我が元に宿ったのだぞ!?お、おい!?我を本気にさせるとどうなるか分かっておるのか!?お、おいやめろ!」


  「はいはい分かったから。続きは生徒指導室で聞かせてね」


  やめろー、と叫びながら連れていかれる少女を群がった生徒は、ただ口を開けて見る他なかった。


  それが今朝の出来事の一部始終だ。


  「なぁ透里、この学校には変な奴しかいないのか?」


  「最近私もそう思ってきたところだわ…」


  まさかあの大杉のてっぺんまで登ってあんなことするなんて。厨二病にも程があるだろう。


  「そもそもこの学校にあんな奴いたっけ?」


  「いたわよ。小木(おぎ) 晶子(しょうこ)さん。聞いたことない?」


  「ない」


  「ほんと、あなたの人脈の少なさには度々驚かされるわね」


  「そ…」


  「褒めてない」


  「まだ『そ』しか言ってないんですけど…」


  それほどでも、と言おうとしたことは事実なのだが。


  「入学したときはあんな子じゃなかったのにね…」


  「もっと大人しい奴だったってこと?」


  「いや、逆」


  「逆?」


  「えぇ。もっと皆から好かれるような、元気で明るい子だったわ」


  「まじかよ…」


  再び、いや、今度はまた別の何か嫌な予感がした。



 ■



  物理実験室での授業が終わり、再び廊下を歩く仁と透里。


  「何で物理はあんな訳の分からない実験をしたがるんだろうなー」


  「なに?分からなかったとでも言うの?」


  「違う、そういう訳じゃない」


  熱力学って将来何の役に立つのだろう?そんなことを考える。

  すると、丁度生徒指導室前を通り過ぎようとしたところで

 

  「ねぇ仁。あれ」


  透里が前を指さした。

  そこにいたのは


  「おい貴様!貴様のその漆黒の服は黒龍人の一族の証、そうだろ!?」


  「だから、違うって…!」


  友莉だ。友莉がよく分からない少女に絡まれていた。

  物理の授業には顔を出さなかったから、生徒指導が終わってからずっとああやって絡まれていたのだろうか。


  「ん?あいつって…」


  友莉に絡む少女を、仁は見たことがある。朝、これ以上にないほど目立っていた()()()だ。


  「違うと言えど、この漆黒に染り、紅蓮のラインが入ったその服が!貴様を黒龍人の一族であることを示している!!我には分かるぞ!さぁ本性を現せぇ!」


  うわ、もうほんとにめんどくさそう。

  透里は「いい気味だわ」みたいな表情で笑っていたが、さすがにこれは同情せざるを得ない。


  「あっ…!め、めぐ…!た、助け、てぇ…!」


  仁に気づいた友莉は、必死に腕を伸ばして助けを求めている。

  すると、あいつこと小木 晶子は、ぐるりと、仁の方を振り向き──


  げ、ものすごく嫌な予感。


  目を輝かせて仁の元へと飛びついてきた。


  「き、貴様!!」


  「な、何でしょう?あ、あの、痛いです」


  仁の腕を握る手の力は、予想以上に強い。


  「貴様!さてはサテライトエンジェルだな!?」


  「さ、さて?…え?」

 

  直訳して衛生天使。なんじゃそりゃ。


  「その純白の髪に蒼色の瞳!間違える筈もない!ククク、今日はツイている!黒龍人に続いてサテライトエンジェルまでもが我の前に姿を現すとはな!」


  あれ、こいつ、前は明るく元気な人気者って言ったっけ?


  「めぐを、いじめちゃ、だめっ…!」


  「サテライトエンジェルを守る黒龍人…!嗚呼、まさにその通りじゃないか…!!」


  いや、駄目だ。もう完全に手遅れだ。

  彼女の見た目自体は素晴らしいものがあると思う。

  サイドテールにした、綺麗なツヤがある黒髪。眼帯をしてしまっているのが逆に勿体ないような、整った顔立ち。高校生の平均的な身長。一部のマニアが好みそうな黒タイツを履いている。言い方が悪いが、普通にしていれば絶対男に困らなかったであろう。

  ただ、性格が途方もなく残念だ。


  「今朝、ダークドラゴンは我の支配下についた!つまりは黒龍人の貴様も我の下僕ということだ!そして、サテライトエンジェル!貴様も我の下僕になるがいい…って、あれ?」


  晶子が気づいた時には、目の前には誰もいなかった。



  「と、透里!?」


  透里は仁を担いで全力疾走でその場から離れていた。


  「駄目よ!あんなのに構われてたらほんとにおかしくなりそう!」


  「逃げるが勝ちという訳だな」


  「そういうことよ…っておい!何であなたまでついてきてるのよ!?重たいわよ!離れなさい!?」


  透里の背中には友莉が張り付いていた。


  「む、むり…。あれには、勝て、ない…」


  晶子に絞られすぎたのか、透里と戦う気力は微塵も残っていないようだ。


  「くっ…!教室着いたら離れなさいよ!」


 

  ■



  ちなみに、晶子はあの後「見つけた、ついに見つけたぞ!」と大声で笑い続け、再び生徒指導室に呼び出されたことを風の噂で仁は知ることになった。

  そして、今後も晶子が仁と友莉を追いかけ回すことになることを、二人は知る由もなかった。

 

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