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武田さんのジェンダーチェンジ  作者: 宇佐見イニ
第2章 怒涛の新学期編
17/18

第17話 サボり魔

 


  私立鶴唳(かくれい)高校。

  (じん)達が通うこの学校は、県内でも有数の私立進学校だ。この学校には、コースというシステムが存在しておらず、成績不良でどこかに落とされるということはない。入学こそ困難だが、入ってしまえばそこまで。仁のように落ちぶれる生徒も多数いる。

  そんな学校も今日から新学期が始まった。

  夏休みの楽園のような生活は終わり、生徒達の楽園は再び元の生活へと戻される。



  始業式を終え、各自の教室へと戻っていく生徒達。

  幼女化した仁も白戸(しらと) (めぐみ)という偽名を使い、その生徒の輪に紛れこむ。


  先の始業式で大変な目にあった仁は、もう平穏な学校生活は帰ってこないと確信を抱いていた。

  さよならぼっち生活、こんにちはゆるかわマスコット生活。

  次は私が次は私がと、沢山の女子にぺたぺた触られながら、仁は三年八組の教室へと戻ってきた。

  ここで仁はあることに気づく。


  …あれ、俺の席どこだ…?


  各々が席に着いていく中、仁は一人そこに立ち尽くす。

  朝会の前の挨拶の時に聞いておくべきだったと、後悔していると、教室の前のドアが開き


  「はいっ皆さんおはようございます、っておわぁぁぁぁ!?」


  教室に入ってきた若い女性教師が黒板前の段差に躓き、持っていた書類諸共、身体を吹っ飛ばしていた。どうしたらそこまで大胆に転べる?という程に。


  玉藻沢(たまもさわ) 亜希(あき)。三年八組、つまり仁のクラスの担任教師で、世界史の教論でもある彼女は、学年の男子達に類まれなる人気を誇っていた。

  その人気はもちろん彼女の容姿から。

  大きく膨らんだ胸、長い黒髪をポニーテールでまとめることによって見える綺麗なうなじ。体型はそこらのモデルでは到底適わないような、そんなスタイルをしている。かけた縁なしの眼鏡が余計に大人の色気を醸し出していた。

  それでいて、今日は黒いタイトスカートに、細く白い腕が露になった白いノースリーブのシャツを完璧に着こなしている。

  おまけにドジっ娘。

  そりゃ男子もホイホイついてくるわな…。

  未だに未婚らしく、密かに狙っている男子もいると聞く。


  「亜希ちゃん、何回そこで躓くの?」

 

  クラスの男子が心配そうに亜希に声をかける。


  「亜希ちゃんって呼ばないの。ちゃんと先生を付けなさい?」


  むっ、とした表情で亜希はびしっ、と指を指してその男子生徒を叱る。

  表情、口調、そして転んだままの格好で言われても説得力は皆無だろう。

  現にその男子生徒の顔は幸せそうだ。


  痛たた…と、亜希は起き上がり、 いそいそと、ばらまいた書類をかき集め、とんとん、と教卓の上でまとめて…


  「はいっ気を取り直して、今日の予定を皆に説明していくね!」

 

  ちょ、おーーーい!!


  「せ、先生!わ、私は一体どこに座れば!?っていうか、何でホームルームを始めてるんですか!?」


  仁は声を張りながら亜希に申し立てた。

 

  (絶対俺の存在忘れてたろ!?朝も挨拶して、朝会でもあんなに目立ったというのに!?)


  「あ、あらごめんなさい!すっかり忘れてたわ!」


  (言ったよ言っちゃったよ!忘れてたって!)

 

  「ごめんなさいね、決して忘れてた訳では無いから!ね?とりあえず、前行こ?」


  (いや、忘れてたって言ったばかりじゃん…。嘘下手かよ…)


  亜希は仁の肩に手を置き、そのままぐいーっと、何かを誤魔化すように前に押していく。

  教卓の前に並んで立つと


  「えー、今日からこのクラスに転入してきた、白戸 恵さんでーす!」


  と、何事もなかったかのように仁の紹介を始めた。

  それでもクラスメイト達は、きゃーやら、うぇーいやらと、盛り上がっていた。どうやら、いい奴らが集まっているようだ。


  「恵ちゃーん!俺の隣の席空いてるよ!ここ座りなよ!」


  先程の男子生徒が手を振って場所を教えてくれていた。しかし何故だろう。あの席にはあまり行きたくない。


  「駄目よ石島(いしじま)君。そこは大葉(おおば)君の席でしょ。彼は休学中でいなくなった訳じゃないんだから」


  亜希がそう伝えると、


  「亜希ちゃんのけちー」


  と、そっぽを向いてしまった。


  「亜希ちゃんって呼ばないの」


  「先生」


  すっと、今まで存在感が微塵もなかった透里(とおり)が手を上げる。


  「なぁに、真澤(まざわ)さん」


  「私の隣、空いてます。ここでいいのではないでしょうか」


  見ると、透里の隣には二つほど、空席があった。


  「あら、そうね。うん、そうしましょう。白戸さん、あの席でも平気かしら?」


  「え、あぁ、はい」

 

  亜希の話すスピードにつられて返事をしてしまったが、透里の席は窓側の一番後ろ。その隣ということは、そこそこいい席だろう。さらに彼女が隣なら文句はあるまい。

  最高の座席を手に入れた仁は、軽い足取りでその席まで向かう。

  それを見た女子達に、可愛い…、と言われても気にしない気にしない。仁の気分は最高だ。

 

  (そういえば、あの石島とかいう男子の隣の人、休学って言ってたな…。なんか変な予感がするけど…、まっ、いっか!)


  るんるんと、席に着くなり


  (────ッ!?)


  左側から飛んできた冷たい視線に、仁は肩を震わせた。


  「な、何でしょう透里さん…」


  「あなた、さっき失礼なこと考えてたわね…?」


  「はい?」


  「私の存在感が微塵もなかった、とか」


  ………………………………………………………。


  「…」


  「後で図書室にいらっしゃい?」


  「はい…」


  多分殺される。そんな目をしていた。仁の気分は最低だ。


  「はーい、では今日の予定を話すわねー」


  そんな状況はつゆ知らず。亜希のどこか抜けた声が教室中に響く。


  ……。


  「あの、透里さん、話変えてもよろしいでしょうか…?」


  今度は小声で透里に話しかける。


  「駄目です」


  「…」


  …。

  会話が成り立たなかった。


  「隣の席の人のことなんだけど…」


  二つの空席のうちの一つである、つまり仁の隣の空席には教科書などが乱雑に置かれていた。

  どうしても気になったので、断る透里に強行突破で尋ねることにした。


  「駄目と言ったはずよ」


  「…」


  強行策、失敗。

  透里さん完全にご立腹なようだ。と思いきや、彼女は突然話し始めた。


  「その席の子ね、よく学校サボるのよ」


  「サボる…?」


  どこか引っかかる。


  「ええ。周りからはサボり魔なんて呼ばれてるわ」


  「安直っ!」


  「たまに来るんだけどね。でも、制服は着崩して、黒いパーカーなんて着て…」


  ん?多分そいつ、知ってるぞ…?


  「ちょ、ちょっと待って?その黒いパーカーって、赤いラインの入ったやつ?」


  「えぇ、そうよ?」


  「その子って…」


  突然

  教室の後ろのドアが乱暴に開かれた。

  全員一斉に後ろを振り返る。


  「ふ、古河(ふるかわ)さん!?もうとっくに朝会は終わったわよ!」


  亜希が声を荒らげる。

  立っていたのは、朝会前に仁が中庭で見つけた赤いラインの入った黒いパーカーを着た、あの少女だった。



  「一体何をしてたの!?」


  荒らげながらも少し困ったような感情が入ったような声で亜希は尋ねるが、突然教室に入ってきた女子はそれを全て無視し、仁の隣の席に座る。

  見知らぬ生徒が隣に座っていて違和感を抱いたのか、一瞬仁の方を向くが、すぐに机に伏してしまった。


  中庭で見た通り、彼女は赤いラインの入った、黒いパーカーを制服の上から羽織り、フードまで被っていた。短いスカートからは綺麗な白い足が伸びていて、見た目可愛いJKと言ったところだが、フードの隙間から伸びるボサボサな髪と、どことなく気だるげさを感じる目がそれを打ち消していた。見た目だけで仁と同類の、落ちぶれだと分かる。


  「はぁ、とりあえず今日の予定はこのホームルームたけやって終わるから、受験を控えてる皆はしっかりと勉強するように」


  諦めた亜希は、ため息混じりに教卓の前へと戻る。


  ホームルームは二学期の予定とセンター試験の説明をして終わった。

  センター試験とは、大学入試センターみたいな名前のところが実施する、まぁ、あれだ。試験だ。

 

  新学期初日で早く放課となった鶴唳高校の生徒達は、皆揃って朝来た駅へと戻っていく。

  解散した後も、ぼーっとしていた仁もそのまま帰ろうとしたが、先程図書室に来るようにと言われたことを思い出す。

  隣を見れば、透里の姿はもうない。

  まずい!

  急いで図書室へと向かおうとする、ところで、仁の視界にはあの少女が映り込む。

  相変わらず、机に突っ伏したままだ。


  (まだ寝てんのか…?)


  そう思った仁だったが彼女の息遣いは、荒い。

  拳は強く握られ、身体は震えていた。


  その様子を仁は見て見ぬふり──

  できるはずがなかった。

 


  ■



  図書室に設置された時計は十二時半を指している。


  「いつまで待たせる気よ、あのバカは…」


  透里が図書室に来てから既に一時間が過ぎていた。彼女が腹を立てるのも無理はない。


  「まさかあいつ、忘れて帰った訳じゃ…!いや、あいつに限ってそんなことはありえない…」


  日頃から透里にビクビクしている仁だ。透里との約束を忘れてた置いて帰るなんて、そんな度胸はどこにもないだろう。

  それならば、誰かに何か仕事を頼まれたと考えた方がいいだろう。

  透里はもう暫く待つことにした。

  すると


  「真澤透里!」


  後ろから大声で呼ばれた。

  この声の大きさに、この無神経さ。


  「ここ図書室ですよ、委員長」


  ため息混じりに透里は振り向く。

  案の定、騒がしいことで有名な委員長、佐藤(さとう) 歩美(あゆみ)が立っていた。


  「大ニュースよ大ニュース!真澤透里!」


  「わかった、わかったから落ち着いて話して頂戴…!近い、近いから!」


  もの凄い勢いで接近してくる歩美を押さえつける。


  「武田仁がっ!」


  「な、なに?仁がどうしたのっ…!?」


  押さえつけてもなお、暴れ続ける歩美を突き飛ばす。


  「武田仁があのサボり魔とお話ししてたのよ!」


  「…へ?」


  透里の口から間抜けな声が漏れた。



 ■


  三十分前、三年八組教室にて。


  サボり魔と呼ばれるこの少女の状態は、明らかに正常ではない。


  「あ、えっと、大丈夫…?」


  何をしていいのか分からず、仁はそう呼びかけ震える彼女の肩に手を置く。

  ちなみに、これはこの姿であったからできたことで、元の仁の姿だったら、平然と女子に話しかける、ただの気持ち悪い奴になっていただろう。

  しかし、彼女はびくっと、身体を震わせただけで、他にアクションはおこさなかった。

  先程、亜希を無視した時は図太い神経の持ち主だと仁は思ったが、そうではないらしい。

  助けてあげたいが、してあげられることが何も無い。


  「ごめんね、私、もう行かなくちゃ。何か困ってることがあったらいつでも行ってね?」


  透里との約束もあるためそう告げて、その場を離れようとする仁。

  すると


  「ま、まって…」


  今にも消え入りそうな、か弱い声が背後から聞こえた。

  振り向くと、机に突っ伏していたはずの少女が顔を赤くし、下を向きながらも、そこに立っていた。

 

  (喋った…!)


  仁は驚きを隠せなかった。

  少女は続ける。


  「待って…」


  「う、うん。待ってるよ?」


  すると彼女は、仁の机の椅子を引き出し、自分は自分の椅子に座った。

  …?座れということだろうか?

  よく分からなかったが、仁は引き出された椅子に座った。

  ………………………………………………………。

  間。


  (気まずい…!)


  「あの、ね…」


  少女は突然、喋り出す。


  「私…、ほんとは、こうなるつもりじゃ、なかった、の…」


  掠れた声を、懸命に出している少女。


  「私、人と話すの、苦手で…、それなら、人と話さなきゃいい、と思って…、それで、こんな格好で、学校に行ったら、本当に、話しかけてくれなくなって…、そんな生活が続いて、気づいたら、人と会うことすら怖くなって…、なんとかっ、今日だって、なんとか、学校に来たけれど…、やっぱり話せなくてっ…」


  どうやら亜希を無視したのは、反抗心という訳ではなく、ただ人と話せなかったからだったようだ。


  他人との会話を拒絶し続けた結果、彼女は人との関わりすら恐れることになってしまったのだろう。恐らく、仁に話しかけた時も相当な勇気を振り絞ったのだろう。

 

  「それでも、ね、今日、教室に入って、きたとき…、隣に知らない人が、座ってたの…」


  仁のことだろう。


  「まだ、私のこと、知られていないなら…、そう思って…、声をかけようとしたの…」


  あの時、一瞬だけ仁を見たのはそういう事だったのだろうか。


  「でもっ…、話すよりも先に、頭が真っ白になっちゃって…、結局、何も、喋れなくてっ…」


  少女の言葉に徐々に感情がこもっていく。


  「まただって、そう思ってっ…。結局、私はひとりぼっちなんだって…」


  今までどれほどの感情を彼女は押し殺してきたのだろう。溜まりに溜まった感情が、ダムが崩壊するかの如く、溢れ出す。


  「怖かったんだね」


  「うん…」


  何より一人になることが、彼女にとって一番怖かったのだろう。

  仁も今まで人との関わりを嫌ってきた。中学の頃から、今になってもそれは変わらないが、仁は一人ではなかった。親友の裕翔(ゆうと)(たく)、そして何より、透里がいる。

  群れることは嫌いだが、一人が怖いということは仁も痛いほど分かる。そうでなかったら、裕翔と拓とは、友達にはなりえなかっただろう。


  「それでもね…」


  少女は話す。自分の思いを。


  「私はね、嬉しかった…」


  「え?」


  「こんな、見た目で、先生にも、あんな態度とって…。それでも…」


  じっと、仁を見つめて


  「話しかけに、きてくれて、嬉しかった…」


  「いや、そんな…」


  「だからね、その…」


  もじもじと、顔を先程よりも赤く染めながらも


  「あ、ありがと…」


  と、言いながら笑った彼女の顔は、フードの中で眩しく輝いていた。


  「だから…、お名前、教え、て…?」


  恥ずかしかったのか、手を使ってフードで顔を隠す。


  「白戸恵」


  「…え?」


  少女はフードの中から少しだけ顔を出す。


  「白戸恵。私の名前。君の味方だよ」


  すると少女の顔はぱあっ、と明るくなり


  「わぷっ」


  仁に飛びついてきた。

  少女は小柄な身体だったとはいえ、仁の姿はそれよりも一回り小さい。覆うには充分だった。


  (やばい、ちょっと苦しい…)


  余程嬉しかったのか、少女から離すつもりはないらしい。

  あまりに苦しかったので、背中をぽんぽんと、叩こうとしたところ


  「私の、名前は、古河 友莉(ゆうり)…。よろしく、ね…」


  と、耳元で囁かれた。

  しょうがないと言った感じで微笑んだ仁は、もう少し抱かれたままでいるのだった。


  すると突然

 

  「何やらいい雰囲気のようね、め、ぐ、み、さん?」


  透里が姿を現した。

  時計は十二時半を回っていた。つまり放課されてから一時間以上経っている。

  一時間!?

  仁は一瞬で死を悟った。

  しかし透里は、ふぅ、とため息をひとつ。


  「まぁ、その様子だと怒るに怒れないわね。私、その子が喋っているところ、今まで見たことがなかったもの」


  その子とは、友莉のことだろう。


  「まぁ、いいわ。恵さん、帰るわよ」


  「え?あぁ、うん。ゆ、友莉さんも一緒に、…って、うわぁ!?」


  友莉も一緒に帰ろうと、そう誘って透里を追いかけようとした仁を、友莉はぐいっと、自分の方へ引っ張り、そのまま抱きついた。

  仁は()()()()だ、そう言わんばかりに。

  それに気づいた透里は


  「あらぁ?古河さん。それはどういうつもりかしらぁ?」


  と、明らかに殺意を込めた笑顔を友莉に向けた。おお、怖い。

  しかし、友莉は怯むことなく


  「だめ…。めぐは、私の…」


  と、仁から離れようとはしなかった。


  (めぐ!?)


  突然のめぐ呼びに驚いた仁だったが、次の瞬間仁の感情は恐怖一色に染め上げられた。


  「へぇ…?めぐ、ね。後であなたにもお話を聞かなきゃいけないみたいね、恵さん?」


  ほんとに殺されるかもしれない。


  「だいじょうぶ…、めぐは私が、守る、から…」


  透里と友莉の間にバチバチの火花が見える。


  もうどうにでもなれ…。


  そうして、仁は友莉の腕の中で落胆するのだった。


 


 

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