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武田さんのジェンダーチェンジ  作者: 宇佐見イニ
第一章 変化の夏休み編
14/18

第14話 誕生日

 時刻は午後六時を回ったところだ。

 結局歩美(あゆみ)が来てからというもの、色々とドタバタして透里(とおり)の誕生日会は何一つとして進展していなかった。


 「ほら(じん)早く出てきなさいよ。委員長ならもう帰ったわよ」


  「いやだ…!まだ外に待ち構えてるかもしれない…!」


 自室のドアを内側から押さえつけ、怯えた子猫のようにぶるぶる震えている。

 仁が怯えるのも無理はない。


 時は三十分ほど前に遡る。

 透里が歩美を外に放り出した後、もう平気だと言われて部屋から出てきた仁だったが、なんとリビングには歩美がいるではないか。

 もちろん仁は透里に騙されたと思い、攻め立てようとしたが、透里も目を見開いて驚いていた。


  「何で、帰ったはずじゃ…」


 鍵も閉めたはずだ。なのに何故


  「えへへ、窓から入ってきちゃった」


  うふ、と歩美が満面の笑みを浮かべてくる。

 マジかよこいつ…

  歩美はゆらぁ、と動きだし


  「ひっ…!」


  「さぁ武田仁、今すぐにその身体を私の元にっ!さぁ!早くぅ!」


  ぽかん、としている透里と夏芽(なつめ)には目もくれず、


  「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」


  「待ちなさぁぁい!」


 逃げ惑う幼女(じん)を追いかけていた。

 終いには捕まり、一時間以上歩美によってぷにぷにされた仁は完全に抵抗する気すら失せ、満足して歩美が帰ったあともずっと部屋に篭ってしまった。


 「大丈夫よ仁。委員長がマンションから出ていくのを最後まで確認したし、窓も玄関も全てしっかり鍵を閉めておいたから流石にもう入ってはこれないわよ」


  「ほんとか…?」


  そっ、と仁がドアから顔を覗かせる。


  「えぇ。本当だから、早く出よ?」


  「わかった…」


  さすがにもう歩美はいなかった。

  リビングでは夏芽の用意した夕飯がテーブルの上に並び、鼻をくすぐるいい匂いが立ち込めていた。


  「あ、にーちゃーん。あのめんどくさい委員長ならもう帰ったから安心して。ちょっとこっち手伝ってくんないー?」


  台所から夏芽が仁を呼んでいた。


  「あ、あぁ。何を手伝えばいい?」


  「夏芽今お鍋見てなきゃいけないからさ、お箸とか飲み物とか、テーブルに運んでくれない?」


  「おーけー、任せとけ」


  言われた通りに箸を並べ、飲み物をテーブル の上に置く。

  透里も手伝うと言っていたが、今日は透里を働かせる訳にはいかない。とりあえずリビングのソファーに座らせ、テレビでも見ておくように促した。

  生意気、と口を膨らませていたが、そういう日なのだ。何も言わずに休んでいて欲しい。


  「さー、できたよー!皆席に着いてー」


 夏芽が大きめの鍋を両手に持ち、台所から出てきた。中身はスープだろうか。


  「にしし、これは開けてからのお楽しみねぇ」


 仁の視線に気づいた夏芽が鍋を隠すように自身の後ろへと持っていき、笑った。

  テーブルの中心にマットを敷き、その上に先程の鍋をのせる。

 何やらとても美味しそうな匂いがする。


  「さぁ、全員揃ったということで!」


  夏芽が仕切り始めた。何故お前が仕切る。


  「まぁ、昼間は色々あったけれど、ていうか、この夏休みはにーちゃんがにーちゃんじゃなくなっちゃったけど」


  「おい、兄ちゃんは兄ちゃんだぞ」


 「透里さん!誕生日おめでとう!」


  「お、おめでとー」


 どんな音頭だ。


  「うふふ、ありがとね」


 それでも透里は楽しそうだ。彼女の家ではこういった会を開くことはないようで、多分とても嬉しいのだろう。


  「ケーキも用意してあるからね!さ、どんどん食べて!」


  「何から何まで、夏芽ちゃんは本当に完璧な子ね。仁が羨ましいわ」


 「えへへ?そ、そうかなぁ」


 夏芽は満更でもなさそうな顔で、それでも少し照れていた。


  「それで?夏芽、この鍋の中身は一体なんなんだ?」


 「あ、そうだね。見て驚かないでね。はいっ」


 ぱっ、と鍋の蓋を開け、中からはいい匂いをした蒸気が溢れ出た。


  「わぷっ」


 「うわぁ、すごい…!」


 蒸気にやられた仁の横で、透里が歓声をあげていた。


  「えへへ、蒸した鯛を自作の中華甘酢だれで味付けしてみました!」


 「ほんとに凄いわね…。こんな料理作れる小学生なんて、まずいないわよ。私でも無理だわ…」


 「そんなことないですって。料理サイトに載っていたものを真似して作ってみただけで…。透里さんにもこれくらいできますよ。今度、一緒に何か作りません?」


  「あら、本当?じゃあお願いしちゃおうかしら」


 うふふー、と女子二人が盛り上がっている。


 (くっ、気まずい上に俺が先に料理に手をつける訳にもいかないし…!どうすればいいんだ…)


 その場に居づらかった仁だった。



            ■



  「ふぅー、ご馳走様、夏芽ちゃん。美味しかったわ」


  「そう言って貰えるととても嬉しいです透里さん!」


 結局会話に混ざることが出来なかった仁は一人寂しく余り物を食べる羽目となった。


 「にーちゃーん、いつまで食べてるのー?透里さんもう帰っちゃうよー?」


 「あぁ!ちょっと待って!」


 仁は急いで自室へと戻り、透里へのプレゼントの包を手に取り再びリビングへ戻る。


 「じゃあね、夏芽ちゃん。色々とありがとね。ご馳走様、おやすみなさい」


 ちょうど透里が家を出ていくところだった。


  「はい、おやすみなさい、透里さん」


 二人が挨拶を交わすと、透里はそのまま玄関を出ていった。


 「あぁっ、ちょっと待ってよ!」


 慌てて仁は玄関を飛び出す。周りを見るが透里はいない。下へ降りてしまったようだ。


 「うおおおおおお!!」


 仁はそのまま全力で階段を駆け下りる。が


 「はぁっ、はぁっ」


 やはりこの姿では体力は長続きしない。ワンフロア降りただけでこの息切れだ。

 だが透里をまだ帰す訳にはいかない。


  「透里!!」


 追いついた。と言うよりかは彼女自身が待っていたと言った方が適切か。マンションのロビーの壁にもたれ掛かり、横目で仁の方を見る。


 「はぁ、はぁ、悪かった、渡すの遅くなって」


 この時の為に用意したプレゼントだ。渡せなかったら意味も何もあったもんじゃない。


  「ほんと、ね」


 「え?」


  「ほんとこのまま何も無く帰る羽目になったら私仁のこと一生許さないところだったわよ」


 「ひぃっ!」


 何故か知らないけど透里さんがご乱心だっ!


 「でもまぁ、そんなはずはないって信じてたわよ。って、貰う側が最初から待ってたなんて言えないしね。ありがとね、仁」


 そう言って透里は仁からプレゼントを受け取る。


 「透里さん…」


 「開けてもいいかしら?」


 「も、もちろん。開けて」


  「写真…?」


 中からは二枚の写真が入った写真立てが出てきた。

 一つはまだ付き合って間もない時に夏芽に撮ってもらったツーショット写真。まだ仁が幼女化していない時の写真だ。もう一つはこの夏休み中にデートで海に行った時に撮った写真。幼女の仁を抱いた透里が撮った写真だ。メールで送って貰って現像した。


 「ごめんな。俺、こういうの用意するの苦手で、何かもっとこう形に残るものというか、そういう風なものが良かったかな…?」


 写真を見ていた透里は、ふっ、と顔を上げ


 「これ、仁が用意したの?」


 「え、うん」


 すると透里はがばーっ、と仁を抱きしめた。


 「わぷっ!?」


 「ありがとね、仁。私今まで貰ってきたプレゼントの中で何よりも一番嬉しいわ」


 「透里…」


 写真立てには二枚の写真の他に、仁の一言添えた手紙を挟んでおいた。


 「仁、大好き」


 その時の透里の顔は、今までに見たことのないような、透き通った、綺麗な笑顔だった。


  「…!」


  仁はこの夏休み、初めて幸せな気持ちになった。



            ■



  「もう夜だし、俺送るよ?」


  透里が帰ろうとした時、そう言ったのだが、この前みたいな変質者に捕まる危険性があるのは仁の方なんだから。子供は早く家に帰りなさい、と逆に再び部屋の前まで着いてきてしまった。それでも、透里の顔は幸せそうだった。


  「にーちゃん?いつまでもそんな顔してるとその可愛い顔が台無しだから戻してよ」


  「てへへ…、あ、ごめんごめん」


 透里のあの笑顔が忘れられなかった。

  自然と顔がふやける。


 「さぁ、にーちゃん!一段落終わったところで!一緒にお風呂入るよ!」


 「お前さぁ、もう来年は中学生なんだぜ?もう兄ちゃんと風呂入る年齢じゃねぇだろ」


 「いいや違うよ!にーちゃんの今の姿は良くて小学三年生だよ!だから小学生同士お風呂入ることは何も不思議じゃないんだよ!」


 「良くてってなんだ、良くてって」


  「さぁ、にーちゃん。服を脱ぎやがれーっ!」


 「うわぁぁぁぁぁぁっ!やめろぉぉぉっ!」


  仁の叫び声はマンション一体に響き渡った。

  夜の武田家はこうして明るい笑いと兄妹愛に包まれる。微笑ましい光景だ。



  透里も無事に帰宅する。家には誰も居ないようだ。とりあえず自室へ戻り、椅子に座る。

 鞄からプレゼントの写真立てを取り出し、机の一番目立つところに飾る。

 透里は微笑みながら


  「うふふ。あ、シャワー浴びなきゃ」


 そうして部屋をあとにした。


 『大好きです。たとえこの姿で元に戻らなかったとしても、二人の仲は変わらずにいたいと僕は思います。』


 手紙にはそう書いてあった。


 「変わるわけないでしょっ」


  透里はにやついたまま風呂場へと向かのであった。



            ■



 十日という期間はあっという間に過ぎる。

 仁はその十日はしっかりと勉強に使った。三日に一回は透里も家に来て勉強を教えてくれた。さすがに透里の目指す国立大学にはまだまだ到底及ぶことは出来ないが、仁はこの夏休みで標準の私立大学には合格できる程の学力を身につけていた。元々偏差値が四十中盤程度しか無かった仁にとっては大きな成長だろう。もちろん透里も喜んでくれた。

 そして、親友である裕翔(ゆうと)にもこの姿であることを話した。(たく)を挟んでの紹介だったが、意外とすんなり受け入れてくれた。元々そんな気がしていたのかもしれない。

  日付けは八月二十八日。今日から新学期が始まる。

 昨日ギリギリになって完成し、届いた制服に袖を通す。


 「にーちゃん、ほんとに平気?なんだったらまだ家にいてもいいよ?」


 「大丈夫だ心配すんな。じゃあ、行ってきます」


 夏休みも終わり、今日から新たな武田仁の学校生活が始まる。


 (やってやろうじゃねぇか…)


 仁はその小さな足で、大きく一歩、踏み出した。


次回から新学期編、始まります…

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