第12話 誕生日プレゼント
「暇だー」
デートの日から四日が経った。ここ最近は何事もなく、ただただ平凡な日々を送っていた。
強いて言うのであれば、夏芽が風呂場に入る時、目隠しを取ろうとしてくることが最近の日課になってしまっている。
今朝も早くに起きてシャワーを浴びようとして脱衣場に来たら、後ろから夏芽が襲い掛かってきた。目隠しの下で念の為目をつむっていたから大惨事を招くことはなかったが、気を抜くと一瞬にして自我が保てなくなる。
「にーちゃーん、ねー、もう目隠ししなくていいからさぁー」
「嫌だ」
「けちー」
透里同様、夏芽もあの状態の仁を気に入ってしまったようだ。
非常になにかと面倒になってしまった。
まぁ、それはさておき、今日は本格的に暇だ。することが何も無い。勉強すればいいじゃないかとも思ったが、昨日夜遅くまでやってしまって、今朝はやる気が起きなかった。
「暇だー」
「にーちゃん、そんなに暇なら夏芽と遊ぼうよー」
「何して?」
「にーちゃん抱き締める」
「却下」
それにしても、本当に困った。することが無さすぎる。
ふと、携帯を見る。
画面には八月十七日、午前九時と表示されていた。
(夏休みもあと十日か…。ん?…八月、十七日?)
「ああああ!」
「な、なになに?どうしたのにーちゃん?」
「明日、透里の誕生日だ…」
「ええ…?何やってんの?」
すっかり忘れていた。
■
仁は夏芽と二人で東京に来ていた。電車に乗って十駅程。
もちろん透里のプレゼントを買うためだ。
二時間前…
「やばい、どうしよう!な、夏芽、助けて下さい」
「なんか毎年毎年同じようなことになってない?去年も前日に慌てて買いに行ってたじゃん。学習しようよにーちゃん」
「それはそれ、これはこれだよ!」
「何は何だよ…。しょうがないなぁ、貸しひとつね」
「ありがとうございますぅ」
「出かけるから準備してね。にーちゃん、今お金どれくらい持ってる?」
「この貸しは金で返せと…?」
「ばーか。いらないよそんなもの」
「じゃ、じゃあなんで?」
「ちょっと高めのもの、買ってみたくない?」
にやり、と夏芽は仁の方へ振り向く。
「高いものを買うと女子は喜ぶのか…?」
「別にぃ、高いものじゃなくても貰えば嬉しいんだろうけど、どうせならちょっと高価なものにも手を出したくない?」
「今小遣い乏しいんですけど…」
「一応月に二万渡してるんだからあまってるでしょっ!」
武田家の経済面のやりくりは全て夏芽がこなしている。まぁ、稼いで振り込んでいるのは父親なのだが、食費や、光熱費、家賃など全て計算した上で、月二万という小遣いが渡される。夏芽から。実にしっかりしている妹だ。
「それはそうだけど…」
「はい決まり!さぁ行くよー!」
こうして現在に至る。
「な、なぁ夏芽。兄ちゃんてっきり近くのショッピングモールに行くのかと思ってたよ。なんで東京にいるんだ?」
「あえっ?あ、えっと、ほらやっぱ本場のお店っていうのも見てみたいじゃない?こんなとこめったに来れないから行ってみたかった、という訳じゃないよ…?」
東京、行ってみたかったんだな…。
「それで?どこの店に向かうつもりだ?」
「むふふー、ちょっと待っててね?」
夏芽は携帯を取り出し、何やら調べ始める。
そして画面を仁に見せつけて
「この辺りとかどう!?」
「えっ!?」
めっちゃ高そうなジュエリーショップが画面には表示されていた。
(あほか!こんなとこ俺達には場違いだろ!)
そう言い返そうと思い夏芽の方を向くが、きらきらー、と目を輝かせる夏芽を見て
「覗くだけしてみるか…」
「うん、行こっ」
言い出せなかった。
無理だよ、あんな顔向けられたらもう悲しい顔させる訳にはいかないじゃん!
目的の店に着く。
入店したと同時に
「いらっしゃいませ」
と、なんかもう見るからにかしこまった女性店員が対応してきた。
「本日はどのようなものをお探しで?」
店員が尋ねてくる。
思い込んでいるだけかもしれないが、子供二人で何こんな所に遊びに来てんだよ、と言われているような気がした。
やっぱり場違いだった…。
ショーケースの中のアクセサリーには持ってきているお金よりも桁が一つ多いものばかりだ。
非常に言い出しづらかったが
「すみません、予算一万円で、何か買えるものってありますか?」
「えっと…、一万円、ですか…。でしたらこちらのものとかはどうでしょうか?」
店員が手を差し出した方向にあったショーケースの中には、これでも一万円するのか、というような小さいけれど綺麗なネックレスが並べられていた。
「ねーねー、見て見てにーちゃん、綺麗だよ?」
「うんうん、そうだな、大人しくしてろ」
すると、店員は、ん?と思ったのか
「に、にーちゃん?ええと、そちらの方がお姉様でいいのでしょうか?」
と、夏芽の方を向いて言い出した。
「あ、えっと…」
仁が回答に困っていると
「あ、そっちが姉です」
と、夏芽がフォローしてくれた。
「そ、そうですかっ。大変失礼致しましたっ」
「あ、いいですよ、全然気にしないで」
「それで?ねーちゃんは何買うか決まった?」
(こいつ、姉と読んだ瞬間から俺の事ねーちゃんと呼ぶようになりやがった…。)
まぁ、今は置いておいて。
「んんー、綺麗なものが沢山あって、選べないのもそうだけど…。なんかこういうのあげても、今は堅苦しいだけかもしれないなって俺は思ったよ」
「ふーん」
「ごめんなさい、丁寧に対応してもらったのにも関わらず」
とりあえず店員に謝っておく。
「いえいえ、お友達へのプレゼントでしょうか…?そうでしたら、多分ここよりもいい所があると思います。プレゼントはお金よりも気持ちが大事ですもんね。」
「そうですか。何かと最後までありがとうございました」
「はい、またのご来店お待ちしております」
二人は店を出た。
何かといい店員さんで良かった。
「プレゼントは気持ちが大事ね」
「ん?にーちゃん何買うか決めたの?」
「うん、ちょっとね。あの店員さんのおかげでわかったことがあるんだ」
「うんうん」
「悪ぃな夏芽、助けてと頼んでこんな所まで連れてきて貰ったけれど、もう帰るよ」
「にーちゃんがそう決めたのであれば夏芽はそれに従うよ」
「ありがとうな。今度何か形にして返すよ」
本当にいい妹を持ったな、と思う仁。
「何でも頼んでもいい?」
「あぁ、出来ることなら何でもする」
「じゃあ、目隠ししないでお風呂入ろうね」
「え、それは、ちょっと…」
「出来ることなら何でも、でしょ?」
にっこり、と夏芽が笑う。
「はい…。考えておきます…」
「やったー!じゃあ今夜ね。楽しみにしてるー」
るんるん、とスキップして行く夏芽を、ため息混じりに追いかける仁だった。
■
席が一つだけ空く。
「夏芽、座っていいぞ」
「ほんと?じゃあお言葉に甘えて…」
どうやら今夜は近くで花火大会が開催されるようだ。
帰りの電車には浴衣を着た人達で着く駅ごとに増えていった。
結局あの後、すぐ駅には向かわず、夏芽の行きたいと言った店を順々に見て回った。
夏芽のやりたいことは何でもやらせたい仁は、彼女の頼みを断ることができなかったのだろう。
そんな夏芽はと言うと、座席で幸せそうに寝息を立てていた。
きっと、楽しみすぎて疲れたのであろう。
わしっ、と仁の小さい手で夏芽の頭を撫でてやる。仁にも少し笑顔が滲む。
(はぁ、この後は目隠ししないで風呂入んなきゃなんないのか…)
そんなこと考えていると
「ひゃわっ!」
下半身に変な感触があった。
感触というより触られた、と言った方が明確だろう。花火大会の影響で増えた乗客が電車内でごった返していた。車内はぎゅうぎゅうで身動きが取れない。そんな中で誰が仁の下半身を触ってきた。
(くそ、痴漢か…?おかげで変な声が出ちまったじゃねぇか)
電車は次の駅に着く。乗客は増えていく一方で、車内はすしずめ状態になった。すると
「わひゃっ!」
また触られた。
(くそ、この野郎、何回触ってきやがっ…)
しかし今度はその手を話そうとしない。ずっと下半身を知らない人の手が摩ってくる。
「すみませんこの人ちかっ…」
口も塞がれてしまった。その間も下の手はどんどん動く。
(待て、待って!このままだと本当にまずい!)
ばたばた暴れようとするがこの電車内では身動きが取れない。
やがて痴漢は仁の下着へと手をかける。
(は、はぁ!?脱がせようとしてんのかこいつ!?お、おい、夏芽!起きてくれ!)
スカートの下から入れられた手は徐々に仁の下着を脱がせにかかる。
(やめろおおおお!夏芽!起きてくれえ!)
目の前に座っている夏芽を僅かにできた隙間から蹴って起こす。
「ふにゃあ?にーちゃん、どうしたのぉ?」
目を覚ました夏芽の目の前には、
口を塞がれ涙目の仁がもぞもぞしていた。
「えっこれって…」
(そーだよ!痴漢だよ!早く、早く助けて!あ、ほんとにまずい──!)
電車はちょうどトンネルに入る。前を向くと、痴漢に襲われている仁の姿が窓に映っていた。そこには痴漢によって上げられたスカートの下から自分の下着が──。
「すみません!この子痴漢にあってます!誰か捕まえてください!」
夏芽が慌てて周りに助けを求めたが
「うぇぇ…、夏芽ぇ、こ、怖かったよぉぉぉ…!」
例の仁にとなってしまっていた。
「こんなに幼い子を!」
「このクソ野郎が!」
「早く捕まえろ!」
と車内は荒れに荒れ、犯人は次の駅でお縄となったのだが、車内では
「うええええん!な、夏芽ぇ!う、うええええん!」
と、仁が見事な泣きっぷりを見せていた。
「ほーら、よーしよし。怖かったねぇ、ごめんね立たせちゃって。ほら、座って」
周りの目を気にしながらも、夏芽は懸命にあやしていた。
結局仁は電車を降りても元には戻らず、夏芽と手を繋ぎながら帰った。
「夏芽ぇ…。私っ私っ…、怖かったよぉぉ…」
「うんうん、ごめんねそんなことが起こってたのに寝ちゃってて。そしてついに一人称までも私になっちゃったのね」
「ぅぅぅ…」
もう少し楽しみたかった夏芽は寝る直前まで仁を正気に戻さなかった。