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武田さんのジェンダーチェンジ  作者: 宇佐見イニ
第一章 変化の夏休み編
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第11話 デート その3


 潮の香りが鼻に届く。波の音が聞こえる。午後五時とはいえ、夏の海水浴場は人でごった返していた。

 制服の採寸をしたデパートを出て、南の方角へ三十分程度歩くと、この街の海水浴場へと出ることが出来る。


 「なぁ透里(とおり)、何もこんな人が沢山いる時期に来る必要はなかったんじゃないか?」


  「夏休みが終わったらこんなとこきてる余裕ないでしょ。(じん)なんて今も勉強してなきゃいけないのに」


 「誰が来いって言ったんだよ…」


 「何か言った?」


 「いいえ…」


 二人は砂浜ではなく波打ち際から少し離れた、サイクリングロードを歩いていく。


 「で、なんの目的でここまで来たんだ?」


 「質問が多いわね。少しは自分で考えてみたら?」


 「えぇ…」


 すると透里は道を逸れ、砂浜の方へと降りていく。


 「え?ちょっと待ってよ」


 慌てて透里の背中を追っていく。

 するとそこには


 「ね?ここ、海水浴場の範囲内じゃないから泳いじゃいけないけど、砂浜を歩くにはもってこいの場所じゃない?」


 そこには人気のほとんどない、傾き始めた夕日に照らされた砂浜が広がっていた。

 海水浴場とはテトラポットの山で遮断されていて、向こうの騒がしさが微塵も感じられない。

 すとっ、と透里はそこに腰を下ろす。仁も隣に座る。

 ざざーん、と波の音だけが砂浜に響き渡る。


 「ねぇ仁?」


 「ん?」


 「仁はさ、その姿になっちゃったとき、どう思ったの?」


 「んー。まぁ、当然驚いたな」


 「違う違う。なんかそんな端的な感想じゃなくて。もっとこう、あるじゃん?」


 「驚いたってのは本当のことだ。どうすればいいんだって途方に暮れてもいたしな。それでもこの姿を受け入れてくれて、更には支えてくれたり、助けてもらったりしてくれている人達を見て、この姿でも頑張って生きていこうとも思った」


 すぐに兄の状況を受け入れてくれた夏芽(なつめ)。色々あったときも助けてくれた透里や(たく)。そのほかにも色々な人に助けてもらった。そしてこれからも助けてもらうことにもなるだろう。そんな人達の思いも感じ、自分自身がクヨクヨしていては駄目だろう。


 「ふうん」


 透里は海を遠い目をして見ている。

 夕焼けは彼女の顔をオレンジに染めていた。


 「仁がそう言ってくれて良かったよ。これからも、私が守っていくから」


 「彼女に守られる彼氏ってなんかやだな」


 「でもまぁ、こんな姿見せられたら守ってあげたくもなるじゃない」


 そう言って透里は携帯を見せつけてくる。

 画面には、涙目の、先程のデパートでの仁が映っていた。


 「ちょっ!何撮ってんだよ!今すぐ消せっ!」


 「うふふ、いやよ」


 携帯を奪い取ろうとするが、ひょい、と上の方に持ち上げられ取ることができなかった。

 必死になってぴょんぴょん飛び跳ねる仁を透里は笑いながら見ていた。

 広い静かな砂浜に二人の女子の声が響く。

それはなんとも、微笑ましい光景だった。


            ■


 ピロン、と携帯が鳴る。透里からだ。


 「何事もなく無事帰れた?」


 心配してくれている。

 結局仁は携帯を奪い返すことができずに体力だけを奪われた。さすがに夏の砂浜で飛び跳ねるのは無理があったか。送っていこうか?と透里に言われたが


 「大丈夫、俺が透里を家まで送るよ」


 そう言って、透里の家の前まで見送り、一人で家まで帰ってきた。

 …やっべぇ、疲れた。

 エレベーターを降り、自分の部屋の前まで行く。ドアを開け、ただいまー、そう口にしようとしたら


 「にーちゃんおかえりーー!」


 廊下の奥から晴れやかな笑顔で夏芽が出迎えてくれた。


 「あれ、夏芽?お前、明日退院ってさっきメールで…」


 「その予定だったんだけどねっ、思いのほか治りが良くて、帰ってきちゃった!」


 「そうか、おかえり」


 「うん、ただいま。今私がおかえりって言ったのに、変な感じー」


 あはははーと笑う夏芽。元気でなりよりだ。しかし脇にはしっかりと松葉杖を抱えている。完治は三ヶ月。

 …今度は俺が支えてやらないとな。


 「夏芽、兄ちゃん、ちょっと汗かいたから、風呂入ってくるわ」


 「うん、私は入れないから一人で入ってきてね。次こそ目隠し忘れないでね?」


 ぎくっ


 「じゃ、じゃあ兄ちゃん、風呂入ってくるから…」


 逃げ出すように脱衣場へと飛び込む。洗濯機の上に置き忘れていた目隠しを巻き、急いで服を脱ぐ。すると

 ガチャ、脱衣場のドアが開かれる。


 「わぁ!待った夏芽!俺が!俺が悪かったからっ!」


 目隠しをして、下着姿で仁は叫ぶ。


 「その反応、下着、見たね?」


 「わ、悪気はなかったんだ!それに見た時の記憶は飛んでるしっ」


 あ…、まずいこと言った気がする。


 「見た時の記憶が飛んだ?」


 「ち、違くてっ!透里!透里が目をふさいでくれたんだっ!」


 さすがに苦しいか。

 目隠し越しにも夏芽の冷たい視線を感じる。


 「一回目を見て話そ?」


 そう言って夏芽が目隠しを取り上げる。


 あっ


 急いで目をつむろとしたが時すでに遅し。目の前には洗面台の鏡。鏡の中の自分とばっちり目が合う。

 そうして、例のごとく仁は動かなくなった。


 「に、にーちゃん?大丈夫?」


 半笑い状態で夏芽が仁の顔を覗く。


 「ひどい…」


 「へ?」


 「そんなひどいことしないでよ夏芽ぇぇ…」


 「ひっ…」


 夏芽が引く。

 目の前にいたのは、中身が仁の美少女ではなく、中身までも少女な美少女だった。


            ■


 「うぅっ…、ひっく」


 「ほ、ほらにーちゃん落ち着いて…」


 どうしちゃったの、急に…。

 ただ目隠しを取り上げただけなのに、こんな…。

 とりあえず透里に電話してみる。何か知ってくかもしれない。


 「もしもし、どうしたの夏芽ちゃん?」


 「あのー、透里さん。今にーちゃんが大変なことになってまして…」


 「大変なこと?」


 「着替え中にあれこれあって、目隠し取り上げたんですけど」


 「えっ!?」


 「ど、どうしました?」


 「待って!そのまま!!仁にはなにもしないで!すぐそっち向かうからっ!」


 「あ、退院したんで、家にいますよ!」


 「わかったわ!家ね!あ!夏芽ちゃん退院おめでとう!」


 ガチャッ、ツーツーツー。


 なんだったんだろう…?でも、何か知ってるみたいだったな。


 ぐすっぐすっ。

 仁はまだ泣いてる。

 何が起こっているのだろう…。


 十五分後…


 「夏芽ちゃん!仁はどこ!?」


 「え、えっと、脱衣場にいます…」


 猛スピードで飛んで行った。

 本来なら透里の家からここまで三十分はかかるのに、十五分で来たよ?あの人。


 「きゃーー、仁!どうしたのー!」


 脱衣場からそんな声が聞こえた。


 (…???)


 とりあえず覗いてみる。


 「あのー、何をしているんですか…?」


 ひっくひっくと泣いている仁を正面から透里が抱いていた。大丈夫、大丈夫だよー、と。

 透里は幸せそうな顔をしている。


 「夏芽ちゃんもやってみればわかるわよ。はぁー、幸せ」


 「ちょっといいですか?」


 そう言って仁を受け取る。

 涙を溜めた目を上目遣いでこちらに向けてきた。

 …。きゅーん。

 無言でひしっと抱きしめた。


 「何これ、何これ!ねぇにーちゃん!なんでこんなに可愛くなってんの!?」


 「でしょ!?はぁぁ、幸せええ…」


 仁が正気を取り戻したのはそれから二時間後。目の前には幸せそうな顔をした透里と夏芽がいる。何となく何が起こったのか想像はついた。


 「うわああああああ!!!」


 顔を真っ赤にして自室へと飛び込む仁であった。

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