第10話 デート その2
「明日には退院出来るから、今日までは安静にしておくように」
病室に来た医師にそう伝えられ、夏芽はやっとか、とため息をつく。
変態誘拐犯に折られた足はまだ治る様子はない。松葉杖や車椅子の生活が続くだろう。
(またにーちゃんに迷惑かけちゃうな…)
あの時、自分の行動に後悔をしている訳では無い。むしろ仁を一番に見つけられたことに喜びを感じている。しかし、そのせいで足を折られ、結局は仁に迷惑をかけることになってしまっている。そこについては夏芽も反省している。でも、毎日お見舞いに来てくれている仁はやはりいい兄なんだなとほっこりする。
いつもならそこの椅子に仁が座っている時間だが、今日はまだ来ていない。
(にーちゃん、今頃どうしてるかな?透里さん、困らせてないかな?)
仁は今頃透里とデート中だ。
あの姿ではデートもデートに見えなくなりそうなのだが。すると携帯からメール着信の音楽がなる。見ると
「夏芽!目隠しを家に忘れた!どうしよう!」
という仁からのメールだった。
「に、にーちゃん嘘でしょ…?」
…どうしよう…。
■
「うわああああぁ…!」
「ほらほら暴れないよ。どうしたの急に暴れだして。ほら、じっとして」
なかなか服を脱がない仁に呆れ、制服屋のおばちゃんは無理やり仁の服を脱がせ始めた、のだが…。
「やめ、やめてええええ…!」
仁は急に弱気になり、泣き始めた。
「何をそんなに恥ずかしがるのよ。下着見られて恥ずかしがるお年頃なのかもしれないけど、おんなじ女よ?ほら、ウエスト測るから」
「あぁああああ…」
「えっと、どういう状況で?」
透里が戻ってきた。
「分からないのよ。この子服を脱がそうとすると暴れ出すのよ。力弱いから押さえ込もうと思えば押さえ込めるんだけどね」
白い髪の少女がやめてぇぇ…、と言いながら泣いてる。いや、中身は仁のはずなのだが。
「じ、仁?どうしたの?」
「やだぁ、脱ぐのやだぁ…」
「ちょっと、しっかりして」
(どういうこと?だって誘拐された時はお風呂に一人で入ってたって言ってたし、そもそもこの喋り方…、どうしちゃったの?)
「ごめんなさい、ちょっと二人にしてもらえますか?」
「ええ、大丈夫よ。私じゃ手に負えないみたいだから、透里ちゃん、測ってもらえない?」
「わかりました」
そう言ってメジャーを受け取る。
ひっくひっく、と泣いてる仁を見て
「仁?どうしたの?あなた、そんな泣く子じゃなかったでしょ?」
と、優しく声をかける。
もうほとんど幼児相手の喋り方なのだが。
「透里ぃ…、わからないんだよぉ…。なんかねっ、知らない人に見られてると思うと、恥ずかしくなっちゃってぇ…。喋り方もなんかおかしいし、涙も勝手に出てくるし…」
「んん???」
え、、、まさか、
「なんかっ、喋り方や仕草までも女子っぽくなっちゃったかもぉ…」
う、嘘でしょ…?
なんかもう女子って言うより子供だし。
「一回落ち着こう?深呼吸、深呼吸。ほらっ」
すーはーっ、すーはーっ。
するとふっ、と仁の顔が正気を取り戻したように落ち着き始める。
「落ち着いた…?」
「な、何とか」
「元の仁に戻れる?」
「戻れた、多分。なんだったんださっきの?」
「分からないわよ。あぁ焦った。何あれ、自我?」
「自我であの状態になったらさすがに自分で自分を引くね。よく分からないんだ。鏡で自分の下着姿を見た瞬間頭の中で何かが切れて、それで出る言葉、する仕草が全て自分の意思じゃないみたいになった」
「自分の下着姿に興奮したってこと?最低」
「違うんだって!興奮とかする前にもうあの状態になったんだって!」
「自分の下着を鏡で見たらああなったってこと?でも、この前一人でお風呂入ったって言ってたじゃない。その仮説は無いんじゃない?」
「いや、そうでもないんだよ。あの時、鏡を見る前にカメラを見つけちゃって、急いで着替え直して外に飛び出たから、自分の姿を鏡では見れてないんだよね」
「でも着替えた時には下着を直に見たわけでしょ?それでもその状態にならなかったということは、鏡を見た時限定ってことかもね」
「多分そうだな」
「一回試しに試着室で脱いで鏡見てきて」
「はっ!?」
何を言い出すんだこの女。
「いやいやいやいや、やだよ。もういいよ。我に返ったとき、めっちゃ恥ずかしいからね!?」
「検証よ検証。もしそれでああなったら、そうならないようにするための案が出るかもしれないでしょ?はい、行こう」
「で、でもっ」
「行こう?」
ゴゴゴゴゴ…。
「はい…」
なんて情けない男なんだろう俺は…。
そう思いながら透里に押され、再び試着室の中へ。
服を脱ぎ、鏡を見る。
…。
「じ、仁?大丈夫?」
仁はその場に止まり、動かない。
慌てて透里は仁の肩に手を置くようにして応答を求める。
すると仁はゆっくりと振り返り…
「透里ぃ…、またこんな感じになっちゃったああ…」
大きい瞳に涙を浮かべ、仁の口からは考えられないような泣き言を言ってきた。
まじで…?
驚きを隠せない透里であった。
■
「だから俺は嫌だと言ったんだ!」
顔を真っ赤にして仁は叫ぶ。
「ごめんごめん。だってほんとにああなるなんて思わなかったから。えへへ、可愛いかったなぁ…」
透里は幸せそうな顔して目をつむった仁の採寸を始める。
五分前…
「透里ぃ、どうしよおおお…!」
(か、可愛い…!)
身も心も少女化した仁を見て、いてもたってもいられなくなった透里は、狭い試着室の中で、これでもかとばかりにめそめそしている仁に抱きついた。
「え?と、透里?い、いやだぁっ、や、やめてぇぇ…!」
「こんな可愛い生き物初めて見たっ!ぷにぷにですべすべっ!はぁー、ずっと抱きしめていれるっ」
「いやだぁぁぁぁ!」
「大丈夫よ仁。何があっても私が仁のこと守るから。守るから、ね?もう少し、もう少し触らせてっ…!」
「ううううっ…」
「透里ちゃん?そういうの家でやってもらえないかな?お客さん来なくなっちゃうよ」
「あぁ、すみません。ほら、仁、深呼吸して。深呼吸。」
おばちゃんストップが入り、透里のお触りタイムが終わった。
そして現在に至る。
「仁、後で家帰ったらもう一回だけ、やってくれない?」
「絶対やだっ!」
「今力ずくで目を開かせて鏡見せてあげてもいいけど?」
「ほんとに、勘弁してください…」
「はい、測り終わったから、服着ていいわよ」
仁は目をつむったまま服を着て、試着室から出る。透里は机の上で何かを書いている。きっと今測ったサイズを記入しているのだろう。
「じゃあ、制服出来たらまた連絡するから、それまで待っててね」
記入し終え、おばちゃんに見送られ、店を後にした。採寸しただけなのにどっと疲れが溜まった。
透里は未だに幸せそうだ。
「どうやったら下着姿で鏡の前に立たせることができるんだろ…、えへへへ」
本音が出てます。めっちゃ恐ろしいこと、めっちゃ言ってます。助けてくださーい。
「頼むから、人には言うなよっ!特に夏芽!あいつに言ったら絶対毎日、毎時間、毎分脱がせにかかってくるから」
「言わないわよ、あの仁は私のだけのものだもの。えへへへ」
でれーっ、と透里は両手を頬に当て、にやにや笑う。
「ついに俺の彼女がヤンデレ化した…」
「あんな姿見たら誰でもそうなるわよ」
駄目だ、キリがない。
そう思った仁は強引に話を切り替える。
「それで?これで終わりじゃないって言ったよな?次はどこへ行くんだ?」
「んー、どうしよっかなあ」
「ノープランかよっ!」
「なんかあの仁見たら他のこと考えられなくなっちゃった。えへへ」
強引に切り替えた話を強引に戻された。
「お前が正気に戻れ」
おっと、本音が。
「冗談はさておき…」
「冗談じゃねぇだろ。絶対」
「ねぇ、仁。海、行ってみない?」
「海?」
「そう、海」
「俺今日水着なんて持ってきてないし、そもそも今日は外で着替えたくないし」
「泳がないわよ。ただ二人で砂浜歩きたいなって思ったんだけど、嫌かな?」
小首を傾げながら聞いてきた。
その聞き方はずるい。
「別に、嫌というわけじゃないけど…」
「じゃあ決まりね。行くわよ」
こうして後のデートプランは海辺デートに決まった。
■
「にーちゃん、目隠ししないで着替えたのかな…。透里さんが気を利かせてくれたかもしれないけど、私もついてけばよかったなぁっ。でも目隠ししないで着替えるにーちゃんどんな感じなのかな?そうだっ!明日帰ったらお風呂入ってるにーちゃんの目隠し、いきなり取ってみよう」
ししし、と笑う夏芽の姿が病室にあった。