第1話 見たこともない美少女だった
担任に渡された紙を見て武田仁は落胆していた。
7月25日。終業式を終え、教室に戻ってきた仁は通知表なるものを見て肩を落としていた。
(なんだこれ、2と3のオンパレードじゃねぇか)
夏休みだランドだ騒いでるクラスメイトには目もくれず、今のお前の状況をしっかりと感じろと担任に言われた言葉にかなりのダメージを受けていた。通知表を適当に折りたたんで鞄につっこみ、颯爽と教室を出た。別に帰る訳ではなく、仁はもう1つ上の階に上がっていく。仁の学校には各学年10のクラスがあるため、学年ごとにフロアが2つずつある。3年1組の掛札が掛かっている教室を覗くと、予想通り見慣れた2人の姿があった。1人は佐藤拓。背はそれほど高くなく、ぽっちゃりとした体型だ。思わず触りたくなるようなお腹をしている。もう1人は新川裕翔。男子高校生の平均的な身長に細い体。髪の毛は所々に白髪が目立つ。仁のこの学校にいる数少ない友達のうちの2人だ。
「おっす、お前1あった?裕翔は何とか回避したらしいぞ」
「ねぇよ。追試がギリギリセーフだったんだよ。危ねぇ」
「俺初めて評定平均3超えたわ、見ろ見ろ」
( …、うっせぇデブ。)
自慢げに通知表を見せてくるデブを退け、裕翔の方を向く。
「あとでお前ん家行っていい?」
「評定平均2点台の受験生の言う言葉かね。お好きにどうぞ」
どうせ帰っても勉強する気も起きないし、と受験生の焦りをほとんど感じていない仁。
「あ、俺も行く」
デブも続く。
この3人が出会ったのは1年前、3人とも同じクラスになったからだ。拓と裕翔はもともと知り合いだったが、仁はそれが初対面だった。とにかく3人は趣味が合った。好きなゲーム、アニメ、漫画、何でも同じだった。テストもほったらかして遊ぶ3人だった訳で、当然点数も悪く、周りからはデストライアングルと呼ばれていたりもした。そんな3人の遊び場と言ったら決まって裕翔の家。パソコンやらゲーム機やらなんでも揃っているのが裕翔の家だからである。なんでもある。まじで。
結局夜の9時まで遊び呆けた3人だった。外はすっかり暗い。拓と別れた仁はそのまままっすぐ家へ向かう。夜9時とはいえ周りは街灯やら店のあかりやらで随分と明るい。ふと仁は前を向くと、背の高い女子高生が見えた。彼女もよく見慣れた人物だ。真澤透里。仁の小学生からの幼馴染で彼女。周りからはあまり知られていない。というか、透里の方から隠してとも言われている。見た目は最高。長い黒髪に160後半はあるのではないかと思う身長、胸には綺麗な山が2つ、足はかなり長くて細い。いかにもクールビューティという感じだ。どう見ても釣り合わない2人だが付き合ってしまっているものはしょうがない。現に告白がOKされてる仁自身がとてもおどろいているのだ。
「また遊んでたの?」
「まぁな。そっちは塾か?」
「そうよ。現実逃避してるあんたとは違ってね」
…痛い。
「いや、たまには休憩も必要だと思うんだよ、ね…?」
「あんたは休憩しかしてないでしょ。はい、通知表見せなさい」
「お前は俺の親か」
「見せなさい」
鞄を取られた。
「あぁ!ちょっと!」
「ええと、これかこれか。なになに、数学が3、物理が3…」
「読み上げるな返せ!」
通知表を取り返し、すぐに鞄の中にそれをつっこむ。
「現文が2、情報も2…」
「暗記すんな!ていうかなんでもう暗記できてんだよ!」
「単語覚えようとすると他のものも覚えやすくなるのよ」
(いや、それはないだろ…)
「何よその顔」
「トーリサンハキレーダナー」
「あ?」
蹴られた。強めに。痛い。
「あんたも現実逃避なんてしてないで早く勉強しなさい。大学行けなくても知らないんだからね」
「透里は推薦で大学行けるだろ。もう勉強必要ないんじゃないか?」
「公立大学に行きたいからね、受験するんだ」
「うわぁ大変だそりゃ」
「何他人事みたいに言ってるのよ。」
「だって他人事だもん」
「あーあ、仁と同じ大学に行けたら毎日幸せになれるのになぁ。別々の大学になったら私他の人好きになっちゃうかもなぁ」
「なっ」
それは困る。いやだ。
ちらっと透里が見てくる。
「大丈夫よ。わからないところがあったら教えてあげるわよ。だから、ね?一緒に行きましょう?」
「ずるいぞ…」
「ずるくないわよ。それとも何?仁は私が他の男の所に行ってもいいと?」
「それはいやだ」
「じゃあ決まりね。お互い頑張りましょう」
透里は足早にその場を去っていく。
「あ、ちょっ」
ふと立ち止まって、
「好きよ」
と、笑顔を向けて立ち去ってしまった。
あ、あー。ずるいよー。
頑張ろうと思う仁だった。
■
家に着く。8階建てのマンションの5階。エレベーターを降りて3つ目の部屋が仁の住んでいる家だ。
「ただいまー」
「あ、おかえりーにーちゃーん」
妹の夏芽。よくできた妹。今仁の家にはこの2人しか住んでいない。母は2年前交通事故で亡くなっている。父は大手金融機関のお偉いさんで、なかなか帰って来れない。今は北海道にいるとか。お金はしっかり送ってきてくれている。そんな中で夏芽は小学校から帰ってくるなり、掃除、洗濯、料理など家事全てをこなす。本当によくできた妹。
「夕飯はできてるから、先お風呂に入ってきちゃって」
「そうか、ありがとう」
いざ風呂場へ。
風呂から上がるとスパイスの効いたいい匂いが漂ってきた。
「にーちゃん今日はカレーだよ」
「おう、美味そうだな」
うん、美味しい。持つべきものは、よくできた妹。これに限る。
食べ終わり、食器の片付けを夏芽とこなし、仁はベッドに倒れ込んだ。さて、このまま寝てしまおうか、そう思ったが、透里の言葉が浮かんだ。
「仁と同じ大学に行けたら毎日幸せになれるのになぁ」
「ちょっとやっておくか」
照れながらも机へ向かう仁だった。
■
強い日差しを感じる。鳥のなく声も聞こえた。朝だ。そう感じとった。勉強したまま寝てしまったようだ。起きようと思ったが、そうだ今日から夏休みだ。ベッドに入りもう一眠りしようと思ったその時、胸に違和感を覚えた。
(…変に、柔らか、い?)
髪の毛もごわごわする。仁はかなりの短髪だったはずだ。なのに自分の視界から髪の毛が見えている。
(…、は?)
色は黒でもなく、色が抜けてしまったような綺麗な白。仁は飛び起きた。しかしバランスを崩して転倒する。昨日まで見えていた世界がいきなり大きくなった、そう感じた。けれどすぐにそれは違うと感じることになる。服もかなりダボダボだ。そう、身長も小さくなってしまっている。
どういうことだ?
洗面所まで駆け込み鏡を見るなり、仁は叫んだ。そこに写っているのは見慣れた自分の姿ではなく、見たこともない美少女だった。
頑張ります。