闇の剣士
ヒロインなら異世界に呼ばなきゃダメでしょ、てね。
魔族軍との最終決戦
中央の本隊を率いる光聖たちとは別行動を取り、右翼の戦場にも女神アンドロメダによって召喚された者たちがいる。
戦場の最前線に立って、女神に与えられた闇の属性魔法を駆使し、時に影に潜み時に闇に飲み込み敵を次々と打ち倒して行く彼女、夜刀 朱音もその1人である。
同じ師を仰ぎ、同じ道場で剣の腕を磨いてきた盟友、赤城 拓篤。
そんな彼と、その幼馴染で夜刀の親友でもある日向が些細なことから喧嘩をして、その仲裁をして、仲直りという口実のデートの舞台を作ったその日、夜刀は2人がどんなデートをしているのか想像しながら帰りを待ってきた時、前触れもなく街を襲った大地震の最中に、異世界の女神によってこの世界に召喚されていた。
そこで同じく異世界に召喚されていた日向と再会を果たし、私たちはあのままでは地震によって死んでいたかもしれなかったことから、安全な帰還を女神に約束させて彼女の魔王を討伐してほしいという願いを引き受けることにした。
そして女神を信仰する人間の国に、他の女神が召喚したという人たちとともに降り立ち、魔神を信仰する魔族との争いに参加した。
それが、夜刀がここまで戦ってきた理由である。
剣の腕には自信があったが、異形の容姿が多い魔族とはいえ生きている相手を剣で切り裂き、その命を奪うという行為に、最初は抵抗があった。
しかし、魔族との戦いを重ねていく中で、向こうの世界ではいつも平和が退屈と感じていたのに、戦いの中で命のやり取りをしていると自分でも驚くくらいに高揚を感じた。
戦いが楽しい。
何度も魔族と戦っていく中で、その感情はまるでうまれる世界を間違えていたというかのように、夜刀の心を満たしていった。
敵が強ければ強いほど、敵が多ければ多いほど、夜刀は自分の命を弄ぶように危険な戦況ほど高揚した気分になった。
他の面々が様々な思いで戦っているとはいえ、誰もが共通して持つ願いである元の世界への帰還。
平和よりも戦乱が自分の肌に合っている。平和な世界に親友を返したいとは思うが、自分はあの退屈な世界に戻されるのは嫌だ。
それに夜刀が気づいた時、彼女は元の世界への帰還という思いをほぼ捨て去っていた。
夜刀は、この戦場に新手の敵が襲来し一気に人間軍の優勢が覆されても、1人だけ笑みを浮かべていた。
「もっと楽しくなりそう………」
平和な国に生きていたとは思えない、心底戦場を楽しんでいる者の笑み。
その目が見据える先には、一体の魔族が立っている。
「見つけたぞ、異界より来たりし女神の尖兵よ! 我が名はゴエティア! 三元帥次席アポロア様の副将なり! 我があるじの仇、討たせてもらう!」
それは、この右翼に投入された本来シェオゴラス城の守備を務める軍勢を率いている、先日の戦闘で異世界人たちに討ち取られた三元帥アポロアの副将を務めていた魔族である。
山羊のような頭部と、いかにも悪魔然とした風貌を持つその魔族は、5メートルはあるだろう巨大な身長を持っている。
そして、その手には青白い光が閉じ込められている巨大な水晶のような玉を持っており、それらを名乗る間もジャグリングのように投げている。
武器らしい武器を携えてはいない様子だが、その巨体と名乗りだけでも十分切り結ぶ価値のある強者だと夜刀は感じる。
「面白いじゃん。受けて立つから、かかって来なよ」
強敵を前に楽しそうな笑みを浮かべ剣を構える。
ゴエティアは夜刀の宣言に、返事となる攻撃を繰り出してきた。
「いざ、行くぞ!」
掛け声とともに、玉を一つ投げつけてくる。
魔族は自然の秩序に逆らい、世界の不純物、つまり女神が作った自然にないものを創造する種族である。
そのため自然の恩恵を受け付けず、属性魔法は一切操れないとともにその影響も受けにくい。
また、中立を司る神である龍神の眷属である亜人たちのとも違い、気力と魔力を組み合わせて肉体を強化する強化魔法も使えない。
そんな魔族が得意とするのが、創造の魔法と呼ばれる錬金魔法である。
世界が定めた秩序からはみ出る存在、新たな創造を生み出す錬金魔法は、自由の魔法と呼ばれており、限りのない発想が無限の進化の可能性を与える魔法である。
これにより作り出されるものは実に多種多様で、使用者によって全く性質が異なり、属性魔法と違い法則性が存在しない。
なので、情報不足のまま魔族の攻撃を喰らえば何が出るかわからない。
警戒して、夜刀はその水晶を躱してそのままゴエティアに肉薄しようと試みた。
しかし、躱した瞬間に玉は割れ、中から強力な閃光と音が出てきた。
(これって、閃光弾!?)
思わぬ絡めての目くらましに、目と耳を一時的に使えなくされてしまう。
その間にゴエティアは接近し、夜刀が闇魔法で影に逃げ込む前に、とっさに顔をかばったことでがら空きになったボディにその巨体を武器にした拳を叩き込んだ。
「–––––––かハッ!?」
大きな衝撃を受けて肺の空気が抜け、意識が遠のく。
直後に腹から背中に突き抜ける衝撃が、激痛をもたらす。
ゴエティアの身長の倍以上は高く持ち上げられた。
「くっ!」
それでも、痛む体の悲鳴をねじ伏せて意識を保ち、空中で体制を立て直そうとする。
なんとか地面に体を打ち付けるような落下は避けようとしたが、ゴエティアが追撃をしかけてくる。
「まだだ!」
2発目の閃光弾が投げつけられる。
次を喰らえば受け身も取れなくなるだろう。
夜刀は投げ上げられてきた閃光弾もどきの水晶玉に向かって闇魔法を発動させ、割れる前に闇の中に閃光弾もどきを飲み込んだ。
「ぬっ!?」
闇魔法が予想外だったのか、ゴエティアの表情が変わる。
その顔めがけて、夜刀は刀剣の先端を向けて落下に身を任せた突きを繰り出す。
「ガァッ!?」
なんとか頭は避けたものの、刀剣の刃はゴエティアの肩に深く突き刺さった。
この巨体ならば、この程度の傷も致命傷には至らないだろう。
だからこそ、痛みに呻くゴエティアの肩に降りた夜刀は、ゴエティアを倒すべく闇魔法により影の中から予備の剣を取り出してその喉元めがけて剣を突き立てるべく刃を向ける。
だが、その直前にこちらを振り向いたゴエティアが、息を吸い込み、その口から火を噴いてきた。
「なっ!?」
魔族は自然の属性魔法を扱えないはずである。
その意表をついてきた火炎攻撃に、急いで飛び退く。
すると自ら吹き出した火炎を突っ切り、閃光弾もどきを手にしているゴエティアが追いかけてきた。
「はぁ!」
閃光弾もどきが割れ、強烈な光と音が襲う。
「ッ!?」
あまりの眩しさと音に、両腕で顔をかばう。
しかしそれが再び最初に食らった時と同じ隙を生じ、ゴエティアの手が夜刀を掴み取った。
「捕まえたぞ、異世界人! もう逃がさん、死ね!」
「ぐあああぁぁぁ!?」
強力な握力が、ゴエティアに比べればはるかにか細く小さな夜刀の体を握り潰さんとする。
全身の骨が軋みをあげ、内臓が押しつぶされる。
しかし、夜刀は諦めていなかった。
「あ、が………これ、で………!」
もう逃げられない?
それはこちらのセリフだ。
夜刀が闇魔法を発動させる。
彼女の体とそれをつかむゴエティアの手が、闇に飲み込まれた。
「アギャアアああ!?」
手首の先がいきなり飲み込まれて切り取られたゴエティアが、悲鳴をあげる。
その手を飲み込んだ闇は形を変え、夜刀の体を覆う鎧となり武器となった。
「闇魔法を扱う相手を捕まえるなんて、もうやめたほうがいいよ」
「おのレェ………異世界人!」
ゴエティアが無事な方の手に閃光弾もどきを握り、地面に降り立った夜刀に豪腕を振り下ろそうとする。
それに対し、夜刀は闇魔法をまとわせた剣をゴエティアめがけて横薙ぎに払った。
「ゴアッ!?」
直後、ゴエティアは何をされたのか理解できなかった。
明らかに届いていないはずの斬撃が、自身の体を大きくえぐり取ったのである。
それは、夜刀が扱う闇魔法による斬撃。
間合いを無視したあらゆるもの飲み込む闇を、刃に乗せて飛ばし敵の体を抉り取るというかなりえげつない攻撃だった。
「ぐっ………!」
その場に膝をつくゴエティア。
そこに、闇をまとった夜刀が近づく。
「勝負、あったね」
「無念なり………!」
悔しそうに夜刀を見るゴエティアだが、この傷では立ち上がれないようである。
止めに、夜刀が刀剣を振り上げる。
悔しげに呻くゴエティアだが、それを避けることはできそうにない。
うなだれた巨体の魔族に、夜刀が刃を振り下ろす。
「–––––––そこまでだ」
だが、振り下ろした彼女の刃は、突如として空から舞い降りた、白と金色のきらびやかなローブ姿と大きな黒い翼を背に宿す1人の優男の持つ杖によって、止められていた。
「っ!?」
その魔族の体格は夜刀たちと大差ない普通の人型で、身長も180センチ程度。同年代の男性にも見劣りしない長身の夜刀より背は高いが、ゴエティアと比べれば常識的な大きさであり、はるかに人間に近い外見をしている。
だが、その身に纏う雰囲気が明らかにゴエティアよりも強いと物語っている。
ゴエティアにとどめをさすために夜刀が両手で握り振り下ろした剣を、その魔族は片手で持つ杖で受け止めて見せた。さらに、夜刀も一度は力を込めたというのに、ゴエティアを守るその杖はまるで固定されたようにビクともしなかった。
この世界においては、強化魔法を扱う亜人たちが相手でも力比べで圧倒できるほどの超人的な力を持つはずの召喚された異世界人である夜刀の力ですら、片手の相手に全く押し込めなかったのである。
その魔族は、少なくとも超人的な強さを持つはずの夜刀に、純粋な力では勝っているということになる。
明らかに普通の魔族ではない。
夜刀は手負いのゴエティアにとどめをさすのを早々に諦め、後ろに飛びのいて距離をとった。
「………あんた、何者?」
警戒しながら剣を構える夜刀。
一方で、名を問われた魔族は視線を夜刀から外さずにゴエティアを背中にかばうように立ち、後ろでうずくまる魔族の将に命令する。
「退け。あの異世界人、お前には荷が重い相手だ」
「うぐ………面目次第もありませぬ………」
ゴエティアが傷を庇いながら、ゆっくりと立ち上がり退いて行く。
その歩みは遅いものだったが、夜刀は追撃できなかった。
ゴエティアを討とうとすれば、あの黒い翼を持つ魔族が必ず立ちふさがる。
一切隙を見せないその魔族から感じるプレッシャーは、ゴエティアの比ではない。
それに、負けたゴエティアに夜刀はもう興味を持っていない。
彼女の興味は、すでに対峙する新たな強者に移っていた。
「あんた、名前は? 随分身分が高そうだけど」
ゴエティアの口調から、三元帥の副将よりも高い地位にいることがうかがえる。
ただ、最後の三元帥であるベルゼビュートは、人と蝿を融合させたような異形の外見をしている魔族だった。少なくとも、こんな人間らしい外見をしている魔族ではない。
夜刀の問いに、その魔族は黒い翼をなびかせて答えを返した。
「我が名はルシファード。君たちの敵対者、魔族を率いる王さ」
それは、ここにいるはずのない魔族のことを指す名前だった。
「………魔王? シェオゴラス城にいるんじゃなかったの?」
確かにその魔族は魔王ルシファードと名乗った。魔王ならば夜刀を上回る腕力も頷けるし、ゴエティアの対応も分かる。
だが、魔王はシェオゴラス城にいるはず。
それが何故前線、それも光聖のいる人間軍の本隊ではなくこの右翼にいるのか?
疑問が浮かぶが、ルシファードはその問いには返事をする気はないらしい。
杖を夜刀の方に向け、格好つけているのか背中の翼をなびかせる。
「私がここにいる理由を知る必要はない。異世界人よ、この場で貴様は私に討たれる。それだけだ」
ルシファードの言葉に、夜刀は口元に笑みを浮かべる。
確かに、ルシファードがここにいる理由を知る必要はない。
敵の大将がのこのこと目の前にやってきた。この上ない敵将と対峙した。
このチャンス、せっかく得られたなら楽しまないと損だ。
「確かに、理由なんて関係ないか………いいね、相手になってもらおうかな!」
「いかに異世界人と言えど、単騎で魔王に勝てると思わぬことだ!」
剣を振り上げ、ルシファードに向かっていく。
杖を構え、夜刀を迎え撃つ。
右翼の戦場に突如として現れた魔王との戦いが始まった。