魔神の使徒と雷の勇者
牢獄の崩壊は留まるところを知らない。迷っている時間は無い。
近衛を制圧し、崩壊する前に脱出を果たさなければならない。ここに留まっていても出られないことは、エンズォーヌが近衛を使って妨害してきたこの現状が物語っている。
薙刀を振り上げ、雷を纏う近衛に切りかかっていく。
勇者陣営には、癒しの力を持つ聖属性の魔法を扱えるという日向がいる。傷はそちらで治療してもらえればいいだろう。
近衛には悪いが、こちらも余裕が無いので命以外は全て壊すつもりで向かわせてもらう。
間合いを詰めて、薙刀を振り下ろす。
しかし、その刃が当たる直前に突然目の前に立っていた近衛の姿が消えた。
「何!?」
いや、消えたという表現は似合わない。
転移魔法を使ったわけでは無い。正確には、目にも留まらぬ速さで動いたというべきだろう。
しかし、その速さは異世界人であることを考慮しても異常なほどに速かった。
彼女の属性魔法の力なのか。
それにしても速すぎる。
そして、対応する間もなく背後に回った近衛が、ハイキックを背後から側頭部に向けてかましてきた。
「ッ!?」
彼女の細長い脚から繰り出すにしては、異世界人の力を考えても重すぎる攻撃に、無様に蹴り飛ばされてしまう。
地面に叩きつけられながらも体勢を立て直して着地したが、その時にはすでに追撃が目の前に来ていた。
「なっ!?」
今度は兜の正面から鉄塊を叩きつけたような重たい衝撃が貫く。
とても踏ん張れるような重さでは無い。
崩壊する岩壁に叩きつけられ、それを破壊して突破し、なおも岩の床を跳ねながら飛ばされ、2枚目の岩壁に背中から叩きつけられたところでようやく停止した。
「くっ………」
速い上に一撃の威力が重い。
おまけに身体を纏う雷撃が甲冑をすり抜けて中身の俺に直接雷撃を飛ばしてくる。
本来この身体は属性魔法を受け付けない魔神の加護が宿っているが、異世界人として持っている再生力と身体能力はともかく、宝物庫だけでなく魔神の加護までこの身体から失われてしまっている。
これも牢獄の力の1つということか………。
障壁のおかげで甲冑に守られている夜刀たちに被害は無いが、これでは鎧の前に中身が持たない。
天野 光聖が最強の勇者であるというのがこの世界の魔族たち、亜人たち、そして人間たちの共通認識というが、対峙してこれらの攻撃を受けた身としては天野 光聖よりも近衛の方が明らかに強いと感じる。
真紅の甲冑の障壁も万能では無い。
鎧である以上、鎧そのものを無視してその中身に攻撃を通す手段はいくつかある。
雷撃もその1つだ。
そういう意味で言えば、この場において魔神の加護を持たない真紅の甲冑は邪神相手は有効だが勇者を相手取るとなると他の鎧に比べて相性が圧倒的に悪いだろう。
その手の攻撃手段において、属性魔法は事欠かない存在だから。
視界が揺れる。
もう一撃頭に喰らえばただでは済まない。
何とか立ち上がるが、そこに一瞬で移動してきた近衛が雷撃をまとった拳をひきしぼって間合いを詰めてきた。
「ッ!」
迷わず頭を両腕で守った俺に対し、近衛はガラ空きとなった胴体を殴りつけてきた。
「ゴッ!?」
再度鉄塊で殴りつけられたような大きな衝撃が、鎧を通り抜けてきた雷と共に腹に突き刺さった。
肺の空気が抜ける。
次の瞬間には、天井に背中から叩きつけられていた。
「………ッ!」
一拍置いてめり込んだ岩の天井から落下する。
視界が点滅する中、両腕で顔を、両脚で胴体を守りながら重力に身を任せて落下する。
しかし、落下する前に今度は背中に近衛のかかと落としが突き刺さった。
「ガッ!?」
跳躍して落下前に一撃を叩きつけたといったところか。
衝撃により構えが強制的に解かされ、踵落としでより加速がついた状態の中、無防備になった前面を床に叩きつけられた。
岩壁にめり込む。
そして無防備となった背中を追撃と言わんばかりに近衛が両脚で踏みつけてきた。
「………ッ!?」
霞む意識を一気に呼び戻す衝撃と雷撃に、思わず身体が仰け反る。
しかし近衛の攻撃は止まらない。
反り上がった体制になった一瞬、上がった頭を蹴った。
一瞬、首が千切れて飛んだという錯覚を見るほどの衝撃が側頭部から頭を横に貫いた。
自分の首がまだ繋がっていることを確認する間もなく、近衛は止めと言わんばかりに後頭部を踏みつけて地面に叩きつける。
そこで再度、頭が牢獄の岩に埋もれることとなった。
「………ッ!」
マズい。これでは制圧どころでは無い。むしろ俺の方が近衛に圧倒されている。
天野 光聖を倒したことで、勇者たちを無意識に見下しその実力を見誤っていたようだ。
近衛は間違えなく強い。
雷の属性魔法を扱うようだが、攻撃の一撃ごとが圧倒的なまでに速い上に重い。
速く動けて重い攻撃を出せる。字面にすれば単純だが、その度合いが非常に大きく、その単純さが純粋な力となっているために、小手先の技が通用しないほどに強いのだ。
「………!」
それでもここで負けるわけにはいかない。
崩れ落ちる牢獄の岩壁の音が、制限時間が迫り来ることを示している。
このまま生き埋めにされれば、夜刀たちまで閉じ込めさせてしまうことになる。
そして、俺は天野 光聖を殺す機会を永遠に失うことになる。
それは許容できない。
幸い電撃を食らった程度で体はまだ動かせる。頭部に対するダメージも、兜のおかげで脳震盪までは至っていない。意識もフラついているが、まだ残っている。
「………ッ!」
手を岩の床につけて、起き上がろうとする。
だが、俺の上に立っている傀儡にされた勇者がそれを見逃すはずがなく、岩に埋もれた兜を掴んで雷の属性魔法を直接頭部に流し込んできた。
「ぐあああぁぁぁ!?」
視界が点滅する。
頭が焼け付く。
痺れるなんてもんじゃない。内部から細胞を焼き尽くされているような激痛である。
雷撃を浴びせながら頭を持ち上げた近衛は、俺がその雷を纏う手を振り払おうと伸ばす前に床に兜を叩きつけた。
「………!」
悲鳴が牢獄の床の中に搔き消える。
近衛は休む間も与えず俺の頭を持ち上げると、再び叩きつける。
そしてまた持ち上げ、三度叩きつける。
4度、5度、6度………何度も何度も叩きつける。
その間雷は頭を焼き、俺の意識を容赦無くかりとろうとしてくる。
いや、意識どころでは無い。
このままでは、牢獄の中に生き埋めになる前に近衛に殺されるだろう。
床に叩きつけられること10回目。うまく体に力が入らず、頭を焼かれる激痛以外の感覚が薄れゆく中、一際強く床に叩きつけられた。
牢獄の岩壁の破片が粉塵となって舞い上がる。
叩きつけるのはそれで止まったが、俺は何とか意識をつなぎとめるだけで他に余裕がなく、雷撃を兜の中に流す近衛の手を払いのけることもできなかった。
「…………………」
抵抗しなくなったのを気絶したとでも判断したのか、近衛が手を離す。
頭を焼く激痛が離れた。
痛みがなくなったことで、むしろ意識が朦朧としてきた。
僅かでも気を緩めれば、たちまち意識を失うだろう。
朦朧とする中、何とか腕を動かそうとする。
「………ッ!」
気を失っている暇など無い。何とかして、牢獄から脱出しなければ。
手を岩の床につく。
「………倒れる………わけ、には………いかない………」
力を込める。
今度はなぜか上に乗っているだけで近衛の妨害が無い。
それが気になるが、今はとにかく立ち上がらなければ話にならない。
「ぐっ………!」
そして、近衛を押しのけて立ち上がった。
–––––––直後に、俺の背中の上から一瞬で目の前に移動した近衛に、胸部を狙った掌打を受けた。
「がふっ!?」
それは、彼女のこれまでの攻防で幾度も繰り出してきた重い打撃だが、これは攻撃そのものの質が違った。
鎧を貫き、直接中身に対して響き渡る、技を伴った打撃である。
骨が壊れ、内臓まで響いていた攻撃。
喉元まで湧き上がった血の塊を兜の中に吐血する。
鎧通しと言われる技術だろう。
まさかこのような芸当を現代人の高校生が会得していたとは思いもよらなかった。
身体がふらつく。
目の前の視界が暗くなっていく。
近衛が鎧に触れていた手を離し、一歩下がる。
そして、俺の視界は完全に暗くなった。
膝が地面につく感覚がする。しかし、身体はいうことを聞かない。
そのままうつ伏せになるように崩れ落ちた。
「…………………」
立ち上がらなければ………
そう思う中で、俺の意識は底に沈んで行った。




