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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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必然の再会

 飛来した触手をかわすと、岩壁から今回はバルドレイの姿をしたエンズォーヌが現れた。



「待て待て待てえい! ここは通さ–––––––アベシッ!?」



 しかし立ち止まっている暇のない俺は、通せんぼの姿勢をとるエンズォーヌの顔面を殴り、強行突破した。



「イテテ………マジで躊躇なしだったよな、今の」



 後ろで何かほざいているエンズォーヌの声が聞こえるが、今はあの邪神に構っている暇はない。

 急いで夜刀たちの元に向かおうとするが、岩壁がまるで鍾乳洞のように無数のトゲ状に変化して行く手を遮ってきた。



「そう簡単に行かせると思ったか、冷血漢! ハッハッハッ!」



「…………………」



 しかし、障壁の機能を持つ真紅の甲冑の前にそんなものは足止めにもならない。

 無視して体当たりで破壊し、強行突破する。



「だから、壊すなや!」



 エンズォーヌが後ろで嘆いているが、無視する。

 とにかく今は一刻も早く夜刀たちがいると思われる場所に向かう必要がある。


 しかし、そう簡単には行かせまいと、エンズォーヌが再び前方の岩壁の中から姿を現した。



「待てやい、魔神の使徒! この牢獄の中で俺から簡単に逃れられると思うなよ!」



 そして無数の触手が襲いかかる。

 その速さは眷属の海魔どもよりも速いが、馬鹿正直に真正面から対峙して飛んでくる触手ならば軌道を読み切ることは困難ではない。


 エンズォーヌの触手に関しては毒を持っている可能性があるため、切るわけにはいかない。

 薙刀の柄を使い触手を往なしつつ、その他の触手は躱すなどして凌ぎながら、走る速度を落とすことなく本体に肉薄した。



「ふっ………来るか! 良いだろう、受けてた–––––ボゲェ!?」



 剣を引き抜き立ち塞がるエンズォーヌに、すれ違いざまその顔面を殴りそのまま突破した。

 それなりの手応えはあった。あの海魔にそんなものがあるかどうかは不明だが、骨があったとしたら破壊しただろう。


 エンズォーヌとの2度目の交戦は、俺の方がエンズォーヌとのまともな交戦ではなく突破を目的としていたこともあり、本格的なものではなかった。


 しかし、今回の件で魔神の宝物庫を使えなくなるという事態に遭遇したことにより、エンズォーヌの存在をより脅威と認識するきっかけとなった。

 もしも薙刀がなかった場合や、甲冑を装備していなかった状態を考えた場合、圧倒的に不利な状況に陥っていただろう。


 記憶改変の力を扱うエンズォーヌは、どこに紛れ込むかわからない。

 今後はいつ襲撃やこのような事態があったとしても対応できるよう、少なくとも鎧と武器は一式宝物庫から出して手元においておくことにする。


 それよりも今は夜刀たちの方に急がなければならない。

 俺は雷鳴と金属音が響いていた方向を目指して、駆けて行った。






 赤城に殴られ岩壁に叩きつけられていたエンズォーヌは、鼻血を出しながらうつ伏せに倒れこんだ。



「痛い………最後まで言わせてくれても良いじゃねえかよ、あのセリフ」



 赤城が壊しまくった牢獄の維持に大半の力を割いていたエンズォーヌは、傀儡の魔法か眷属の召喚を行う場合は動けなくなるほどに余裕がなかった。

 羽風が破れ、眷属も蹴散らされたことで、今回の勇者襲撃計画の首謀者の要請もあり、ようやく前線に出てきたは良いものの、やはり本来の力を発揮できずすぐに赤城に突破を許してしまった。


 とはいえ、今回の計画に関してエンズォーヌは勇者という共通の敵を倒して女神勢力の力を削ぐことが目的だったため、一時的に手を結んだに過ぎない。

 近衛に質量魔法を会得させるための場所としてこの牢獄を提供するなどしたが、主謀ではなかったためあまりやる気ではなかった。


 強いて言うならば、魔神の使徒にギャフンと言わせてやりたかった程度の心持ちである。

 むしろ顔面を殴られる結果となったが。



「しかし、あいつ魔神の宝物庫が使えなくても強すぎだろ………。悪いな、リュインゴス。俺は今回、降りるわ………」



 エンズォーヌの中でもまた、赤城に対する脅威の認識が改まった戦いだった。






 音が途絶えたとはいえ、それなりの距離に近づいたことで反響していた牢獄の中であろうと方角は見当がついている。

 その場に到着したとき、目に入ったのは壁際で何者かに頭を掴み上げれている夜刀と、意識がないのか動かない近衛を肩に抱えた状態で夜刀の首を絞める見知らぬ騎士姿の人間らしき男だった。


 その状況に、俺は迷わずその騎士の鎧から伸びている謎のゼリー状の巨大な触手を薙刀で切り飛ばし、騎士姿の男の腕を殴りつけて、その手から離れた夜刀を抱えて距離をとった。



「な、何なんだてめえ!」



 騎士の男の腕は、殴りつけると同時にまるで泥の塊を殴ったような手ごたえのなさとともに、バラバラに砕け散った。

 姿はともかく、人間とは思えない男から距離を取る。


 男がいらだたしげな声を上げるなか、俺は確保した夜刀の状態を確認する。


 顔も、身体も、傷だらけだった。

 切り傷、擦り傷、あざ、火傷、打撲痕………見るに堪えない状態だったが、呼吸もあるし意識もあるらしい。

 かすかに動く目が、俺を見上げている。



「無事か?」



 そう声をかけると、焦点の合わない虚ろな瞳で俺を見上げながら、夜刀は弱々しい声で言った。



「あ、かぎ………なの………?」



 その一言が、彼女がエンズォーヌの傀儡ではなくなっていた証だった。

 最初からなっていなかったのか、それとも俺がエンズォーヌを殴ったことがキッカケなのか、それはわからない。


 だが、【赤城】という名を呟いた彼女ならば、自分の意識がはっきりとあることは見当がつく。


 彼女の命と意識の無事を確認できたことで安堵を覚える。

 疲れ果てた夜刀に休むよう声をかけると、夜刀は微笑みを浮かべて目を閉じた。


 眠りに就いた夜刀の安全を確保するために、彼女を真紅の甲冑に取り込む。

 薙刀を手に、夜刀を追い詰めていた存在と対峙した。


 その間最初に苛立ちを乗せた声を発しただけで、警戒しているのかこちらを睨みつけるだけで手を出してこなかった騎士姿の謎の存在。

 その外見は片腕がない点以外は普通の騎士姿の人間そのものだが、中ほどからなくなっている片腕の断面には骨や肉などの組織ではなく、表面に肌色の皮を貼り付けた紫色の粘体の塊が見える。


 その見た目は、まるでスライムだった。



「………てめえ、人間じゃねえな。魔族か?」



 紺色の瞳を向けるそいつは、俺を油断なく見据えながらそう問いかける。

 生物学的には人間だが、異世界人だし、一応この世界では魔族で通しているので、半分正解といったところだろう。


 とはいえ、答える必要性を感じない。

 亜人にしてもさすがに異質すぎるその存在は、俺にはエンズォーヌの傀儡にされた近衛たちと戦っていたというよりも、邪神の勢力側の存在に見える。


 しかし、ここはエンズォーヌの作った空間である。

 それに邪神同士は同じこの世界の侵略を狙う、いわゆる同じ獲物を奪い合うライバル関係にある存在である。本当に邪神かどうか、判断がつかない。


 何も答えずにただ薙刀を構えるだけの俺に対して、そいつは舌打ちをこぼした。



「チッ………エンズォーヌの野郎が何かを喚いていたが、お前がもう1人の勇者を倒したっつうやつだな。あいつ、しくじりやがって!」



 忌々しいと、エンズォーヌに対する罵声を飛ばす。

 その言葉から、そいつの立場に察しがついた。


 どうやら、同じ邪神勢力だが今回利害の一致により手を結んだ間柄らしい。

 一方で魔神の加護の対策として用意していただろうこの牢獄を使いながら、このスライムが俺の存在を判別できていないことからエンズォーヌは情報の開示をしていない様である。


 足並みが揃っていない共闘関係、といったところだろう。

 エンズォーヌの方があわよくば共倒れを狙い救援を渋っているならば、こちらとしてもむしろ好都合である。

 エンズォーヌが駆けつける前に、目の前の敵を片付けることにする。


 スライムが近衛を肩に持っている様子から、彼女は死体ではないと思う。

 どちらにせよ敵ではあるが、死んでもらいたいと思う様な理由もない相手だ。むしろ夜刀のことを考えれば、出来れば近衛の方も確保しておきたい。


 薙刀を構えて言葉をかわすことはせず敵対の意思を示す俺に対して、スライムは忌々しげに吐き捨てた。



「まさか、張り合おうってつもりか? 魔族風情が、調子にのるんじゃねえよクズ!」



 スライムの破壊された腕がうごめき、皮を貼り付けていない紫色の粘体が歪な腕の形を形成する。

 まるでウニの様な無数のトゲ状の指らしきものを備えた腕を、一直線に伸ばしてきた。


 しかし、エンズォーヌの触手と比べ遅い。

 薙刀を手に駆け出し、その腕を交わして距離を詰める。



「クズが!」



 しかし、交わした瞬間に腕のトゲが伸びて、真紅の甲冑に突き刺さってきた。


 さすがスライムというべきか。

 あいつ自身がスライムを名乗ったわけではないが、自在な伸縮や変形が可能らしい。



「何!?」



 とはいえ、驚いたのは向こうも同じらしい。

 単なる魔族と認識していたのか、大した威力を込めていなかったのだろう。

 真紅の甲冑の前に阻まれたトゲは俺に傷1つ付けることもできず、足を止めることもできずに、障壁の前に破壊された。


 そして、その隙に肉薄し兜に守れているが面がないためガラ空きとなっているスライムの顔面を殴りつけた。



「ブベッ!?」



 泥が粘土でも殴りつけた様な異質な手応えとともに、兜から紫色の粘体を撒き散らしながら、スライムの邪神は岩壁に叩きつけられた。


 鎧は大きく変形し、中身が壊れて溢れ出す。


 散らばった紫色の粘体は、蠢きながら集まっていく。

 そして再度1つの塊となり、車ほどの大きさのスライムが姿を現した。



「クズが………この俺を殴ったこと、死んで後悔させてやる!」



 口がある様には見えないが、スライムの声は確かに牢獄のなかに響き渡った。

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