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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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邪神襲来

 近衛は強い。

 質量魔法という存在は、近衛の強さを格段に上げていた。


 対峙する敵が強いという事実が、夜刀の頭から余計な思考を押しのていく。

 強敵と対峙しているという事象が、夜刀の感情を高ぶらせている。


 すでに彼女にはこの異界の存在など些事となり、ただ目の前の強敵に向かっていくという高揚感に満たされていた。



「ふふふ………まだまだ!」



 そう言うと、夜刀は弾かれるように近衛に向かって飛び出していく。

 刀に乗せた闇を刃に変えて飛ばす。



「下らん!」



 それを一喝して轟かせた雷鳴により消しとばした近衛もまた、夜刀に向かって飛び出す。



「斃れろ!」



「まだまだ!」



 刀と拳がぶつかり合う。

 闇が雷を飲み込もうとし、雷が闇を切り裂こうとする。


 腹に強烈な一撃を喰らった夜刀だったが、質量魔法を駆使する近衛の攻撃に慣れつつあった。

 夜刀の刀が、近衛の拳を受け流す。



「なっ!?」



 初めて拳が当たったのに押し切るどころか往なされたことに、近衛が驚く。

 そんな中、夜刀は近衛に刀を振り下ろした。



「はあ!」



「うぐっ!?」



 刃が纏った闇が雷を相殺し、強烈な峰打が夜刀の脇腹に突き刺さった。

 そのまま岩壁に背中から激突した。



「ば、バカな………!」



 質量魔法によほど自信があったらしく、それを本当の意味で打ち破られた近衛は信じられないというように余裕のない表情を浮かべながら痛みに呻いている。


 それに対して、近衛に比べてはるかにボロボロな夜刀は、しかしその表情には笑みを浮かべて刀の刃先を近衛に向けた。



「私をぶっ倒すんじゃなかったのかな? もっとぶつかって来なよ」



「この………ふざけるなぁ!」



 夜刀の挑発に、近衛がその表情を怒りに一変させる。

 少し休まなければ立ち上がることも困難な攻撃を受けたというのに、自身に雷をかけて強制的に近衛は立ち上がった。


 近衛の怒りを表すように、雷撃が暴れまわり、その威力は本来属性魔法に強い耐性を持つ周囲の岩壁をも破壊していく。



「叩き潰してやる!」



「おやおや、大きいのがくるね。もちろん、受けて立つよ!」



 強力な攻撃が来ると直感した夜刀は、こちらも魔力の出し惜しみは無しというように、闇の属性魔法を大きく形成していく。



「斬り裂け雷鳴!」



「飲み込め常闇!」



 2つの巨大な属性魔法がぶつかり合う。

 その極大の魔法のぶつかり合う余波は、周囲の岩壁さえも破壊し、牢獄に響き渡った。


 そして………

 ふたりの勇者は、互いに魔力が尽きた。



「「はあ………はあ………」」



 互いに膝をつく。

 いまいましげに夜刀を睨みつける近衛に、夜刀はそれまで浮かべていた好戦的な笑みを引っ込めて、代わりに友好的な微笑みを向けた。



「ずいぶん強くなったね、近衛さん。私、見直しちゃった」



「………は?」



 敵からの思わぬ賛辞に、近衛はつい間抜けな声を返してしまった。


 たった一言。

 しかし、仲間からの賞賛というのは、近衛がずっと求めていたものだった。


 認めてもらえなかったから、暴走した。

 だから、その夜刀の一言は、近衛のすさんでいた心の荒野に一滴の雨となって落ちた。


 そして、同時に近衛は冷静さを取り戻す。

 自分がいったい何をしたのかを思い返す。



「私は、一体、何を………」



 その表情には困惑と自己嫌悪、そして思い出すたびに深く感じる後悔が浮かび上がる。


 その時、狙いすましたようにその亜人の姿をした邪神は現れた。




 唐突に現れたそいつは、一見人間のように見える姿をしていたが、普通の人間とは明らかに違う雰囲気をまとっていた。


 そして、そいつは近衛のそばに姿をあらわすなり、彼女の首に手を伸ばす。



「おおっと、その先は勘弁な」



「えっ………?」



「なっ!? 何でお前が–––––––うあっ………!?」



 近衛の表情に、いいガス抜きになってよかったなと感じて油断していた夜刀は、突然現れたそれが近衛の意識を片手で奪うことを止められなかった。



「近衛さん! 何だ、お前!」



 満身創痍で魔力も枯渇していたというのに、それでも夜刀はすぐにその男が敵であることを察知して、刀で切り掛かった。


 峰ではない、殺傷を目的に作られた刃で切り掛かる。


 だが、その邪神は刃を片手でつまんで止めた。



「おっと、軽い軽い–––––––ぜっ!」



「嘘–––––––あがっ!?」



 真剣白刃取りを容易く成し遂げた邪神は、刀を指で弾きあげて、それによりガラ空きとなった夜刀の腹部を殴り飛ばした。


 その攻撃は、近衛のそれよりもさらに重かった。

 意識が途切れかけ、直後に岩壁に叩きつけられてその激痛で意識を引き戻される。



「がふっ………!」



 堪えられない激痛と吐き気に、夜刀は思わず喉にせり上がってきた血を吐き出して、腹を抱えてうずくまってしまった。


 いくら満身創痍とはいえ、たった一撃で夜刀は戦闘不能に追い込まれてしまった。


 その姿を見下ろしながら、邪神は頭をかきつつ口を開いた。



「言いざまだな、クズ。ま、質量魔法はてめえらの使う属性魔法とは格が違うからな」



(質量、魔法………? こいつが黒幕か!?)



 気を抜けばたちまち2度と目覚められない眠りにつきそうな激痛によって混濁する意識の中、夜刀は邪神を見上げる。

 その口から告げられた言葉に、その男の正体を察する。


 質量魔法。

 近衛にその魔法を教えたというのならば、こいつが黒幕である。


 近衛は質量魔法により自身の体を軽くし、拳を攻撃する時に重くして、より素早く、より強力な攻撃を繰り出していた。

 それを教えたということは、この男が羽風を攫い近衛をそそのかした張本人である邪神族なのだと確信する。


 ついに敵の親玉が出てきた。

 夜刀は歯を食いしばりながら、取り落とした刀に手を伸ばす。



(こいつを、倒さないと………!)



 魔力がないとか、満身創痍であるとか、そんなことは関係ない。

 戦いが楽しいなどといった感情は抜きに、夜刀は仲間を取り返すという使命感を胸に懸命に刀に手をかける。


 邪神は気を失った近衛を担ぎ上げると、夜刀の方に歩いてきた。



「させるかよ!」



 そして、彼女の指がかかった愛刀の柄を、正確には夜刀の指を蹴りつけた。



「いっ………!」



 中指が折れ、人差し指の爪が剥がれ飛んだ。

 その痛みに顔をしかめる夜刀。


 その夜刀を見下ろす邪神は、舌打ちをしながら夜刀の顔を蹴りつけた。



「ったくよぉ………よくも台無しにしてくれたよな、このアマ!」



「がっ!」



 蹴られた頬骨が折れる音が聞こえた。

 激痛に思わず悲鳴をあげる。


 頰を抑える夜刀を見下ろしながら、邪神はため息をこぼした。



「あーあ、クソみてえな展開だぜ。エンズォーヌの野郎の計画を利用して勇者どもを潰し合わせる予定だったが、お前のせいで全部………全部! 台無しなんだよ、クソが!」



 そう吐き捨てるように言って、夜刀の腹を蹴り上げてきた。



「がっ!?」



 近衛の蹴りの比ではない。

 その一撃の重さに、一瞬目の前が白くなる。


 しかし、頭をつかまれて後頭部を岩壁に叩きつけられたことですぐにその失いかけた意識が引きずり戻された。


 そして、頭に強い圧力がかかった。



「………ッ!」



 頭が握りつぶされる。

 その痛みに抵抗しようと手を伸ばすが、まるでスライムのような粘体の塊で出来た触手のようなものにその手を掴まれ拘束される。



「おめでとう、闇の勇者どの。お前が最初の勇者の犠牲者だ」



「………!」



 殺される、と。そう直感した。


 命のやり取りをする世界を楽しいと感じていた。殺されるとしても仕方がないとは思っていた。

 だが、こんな一方的な暴力にさらされて、仲間まで連れ去られて、そんな無様を晒した状態で死にたくなどなかった。


 抵抗しようとしても、手足は粘体の触手で拘束されて動けない。

 そうしている間にも、頭を握り潰そうとする握力がより強くなる。



(嫌だ! こんな、こんなところで死にたくない! せっかく近衛さんを助けられたのに!)



 夜刀の意思とは裏腹に、彼女の身体はもう限界で、まともな抵抗もできなかった。

 魔力が尽き、属性魔法も使えない。

 もう、頭を握りつぶされるしかなかった。


 –––––––



 その苦痛を受けていたのは、何分だったか。

 いや、現実には1分もなかったかもしれない。


 だが、頭にかかっていた圧力も、両手足を拘束していた力も、突然抜けた。


 直後に感じたのは、崩れ落ちる身体を支えられる感触。



「な、何なんだよてめえ!」



 遠くから、邪神のいらだたしげな声が聞こえた。



「無事か?」



 そして、近くから聞き覚えのある、でもこの世界にいるはずのない親友の声が聞こえた。



「あ、かぎ………なの………?」



 血が目に入って、顔が壊されて、よく見えなかったけど。

 その声の主は、助けてくれたのは、確かに夜刀のよく知る親友のものだった。



「しばらく休むことだ。あとはこちらが受け持つ」



「…………………」



 その言葉を最後に、夜刀の意識は闇に落ちた。

 けれども、眠った先でとても温かいものに包み込まれる感覚を味わった。


 それは、まるで外界のすべてと隔絶されている、いや外界から完璧に守られている世界。

 記憶にはないけれど、誰もがいた場所。

 そこは、まるで母親のお腹の中にいるかのよう。


 何にも怯える必要はなく、何にも傷つけられることがない世界。

 そんな世界に降りたような感覚が最後の記憶。


 夜刀は、つかの間の眠りについた。

やっと気づいてもらえました。


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