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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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闇の勇者と雷の勇者

 海獣エンズォーヌが作り上げた外界と隔絶された牢獄。

 平穏な日常が続く街から切り離され、この地に閉じ込められたのは、赤城だけではない。


 フレイキュストを訪れていた女神アンドロメダの召喚した勇者の1人、夜刀もまた、赤城とほぼ同じタイミングでこの牢獄に捕らえられていた。


 そして、彼女の前には本来仲間同士であるはずの長い黒髪と怜悧な瞳が特徴的な大和撫子美人という言葉がよく似合う勇者の1人、近衛が立ちふさがっていた。



「………これは、どういうつもり?」



 夜刀がこの罠に誘い込まれたのは、見憶えのないコウモリの亜人が気絶していた近衛を担いで路地に走っていく姿を見たからである。


 だが、路地を曲がった先には誰もおらず、直後に視界が歪んで、気づけばこの場所に五体満足でどこかいつも以上に冷たい瞳をしている近衛が目の前に立っていた。


 ひとまず近衛が無事だったことには安堵したが、同時になぜ無事でなおかつあのように冷静に入られるのか、そしてこの場に立っているのか。

 夜刀はここに誘い込み、この牢獄に閉じ込めた存在と近衛が通じており、自身をおびき寄せるために先ほど一芝居打ったことをすぐに察した。



「何となくだけど、罠に誘い込まれたのは理解できる。その上で尋ねるけど………近衛さん、これはあなたの意志なの?」



 操られている可能性を考慮して夜刀はそう尋ねる。

 近衛は冷たい印象を抱かれるが、真面目で優秀で、そして橘の事を慕いなんだかんだ言いつつ光聖を信用しているから、夜刀は近衛が自ら裏切りをするような人には見えなかった。


 だが、夜刀の問いに近衛は心底おかしいと言わんばかりに顔を片手で覆い隠して笑い出した。



「ククク………あはははは!」



「………何がおかしいの?」



 普段の近衛からは想像もつかないような、いつも冷静沈着な彼女が見せた心の底から他者を見下す感情的な笑い声。


 それを不愉快に感じるとともに、夜刀は近衛が操られているのではなく、どこか冷静さを失いながらもそれが彼女の本心であると感じていた。



「ククク………私が、操られているとでも言いたいのか?」



「そのつもりで言ったんだけど」



 普段の冷静な彼女からはかけ離れた感情をあらわにした嘲笑を浮かべる近衛は、夜刀の答えにやれやれというように首を横に振った。



「違う、違うな。私は操られてなどいない。ただ、気づいただけだ」



 そして、夜刀と目を合わせる。



「…………………」



 その目は、冷静だけど誰よりも私たちが生き残る道を探そうとし、最初に女神アンドロメダに疑いの目を向け、憎まれ役を買ってでも最善の道を探そうとする近衛の冷静な眼差しではなく。



「貴様らのような愚か者のために労力を割くことが、いかに無益なことかを理解しただけだ」



 ひたすらに他者を見下す、かつて最初に私たちの前に立ちふさがった三元帥である、傲慢な魔族タルタロスを思い出させる優越感と侮蔑に彩られたものだった。


 ………やっぱり。

 嫌な予感は、なんとなくしていた。


 夜刀は決して鈍感ではない。むしろ、とある親友の事柄以外に関しての事象は、人よりも敏感である。特に悩みを抱えているような友人のことは。


 だから、シェオゴラス城の戦いから帰還を果たした時、光聖が大怪我をして死にかけたという事件の陰で1人ふさぎ込んでいる様子だった近衛にもいち早く気づいていた。


 しかし、光聖が倒れ人間軍の主力が甚大な被害を受けたことにより、動ける勇者は多忙を極めた。

 特に剣術だけならば光聖にも勝てるほどの力を持っていた夜刀は、人間軍にとってあらゆる戦場に求められる貴重な戦力だった。


 そのため、都から離れ、近衛との接触が難しくなっていた。


 光聖の容体がなんとか安定してきたことと前線がこう着状態となり落ち着いてきたころには、近衛の様子も普通通りに戻っていたから、わざわざほじくり返すのも気が引けて触れなかった。


 亜人の国に協力を要請する使者として立つことになった時、断られる可能性の高いだろう旅に近衛が同行を申し出た時から、なんとなく怪しいと感じていた。


 近衛は1人で憎まれ役を買って、全部背負いこんでしまいがちである。いくら平静を保とうとしても、彼女の心にはいずれ限界がくるのではないかと、夜刀は危惧していた。


 そして、その悪い予感が的中したと確信する。

 近衛が夜な夜な他の勇者たちに気付かれないようにどこかへ抜け出していることは知っていたし、その接触をしている相手がトラジマ模様の魚人の亜人であることまで突き止めていた。


 きっと、近衛はそそのかされて冷静な判断ができなくなっているのだろう。

 彼女自身の意思で決断したことかもしれないけど、夜刀は近衛がそんなことを自ら望んでするほどひどい人間なわけがないと信じている。


 冷たい印象を抱かれやすい、しかしその中に確かな優しさを持つ人物というのを、近衛によく似た人を夜刀は1人知っている。


 だから、今の近衛は心に溜め込み続けた負担が決壊してしまったところをつけこまれ、利用されてしまっているだけだと判断した。


 夜刀はそうなった時の暴走する相手の扱いもまた、よく知っていた。

 冷静な判断ができていない中では、言葉の説得なんて無意味だ。こういう時は実力行使で黙らせてから、冷水となる説教を浴びせ、最後に許してあげるのが1番効果的である。



「全く、ひどい言い草だこと」



 まるで他人事だと言うかのように軽い口調でぼやきながら剣を抜く夜刀。

 そのあまりにも薄っぺらい反応に、近衛は一転して激怒した。



「バカにするのも大概にしろ、貴様ぁ!」



 近衛の周囲に、彼女の扱う属性魔法である【雷】が落ちた。


 確かに、近衛は操られているわけではない。


 シェオゴラス城の戦いにて、尊敬する先輩である橘に突き放された上、何度も憎まれ役を自ら引き受けて勇者たちの結束を保ってきたはずが、その勇者の中で孤立しており誰も味方をしてくれなくなっていたのだ。


 たとえ仲間たちにすら恨まれてもいいから、必ず無事に元の世界に返すという固い決意を抱いている近衛は、それを覚悟していたとはいえ決して望んで孤立したかったわけではない。


 あまりにも多くのストレスを抱えていた彼女の心は、あの瞬間ついに決壊したのである。


 そんな時に亜人の勢力を削ることを目的としていた邪神であるエンズォーヌと出会った。

 言葉巧みなその扇動によって、冷静さを欠いていた近衛はいつしか仲間たちに対して恨みの感情を向けるようになってしまった。


 ただ、恨まれてでもみんなに生き残って欲しいという、その胸に抱いていた決意を少しでも仲間たちにわかってほしかっただけ。

 そんな小さな感情がいつのまにか膨れ上がってしまい、今回の近衛の暴走を招いたのである。


 その状態の近衛にとって、仲間から向けられる興味がないというような態度は、傲慢な物言いに対して何かを言い返されるよりもはるかに腹立たしいものだった。


 近衛の扱う属性魔法は雷。

 対して、夜刀の扱う属性魔法は闇。


 薄暗い洞窟を照らし反響する雷鳴は、近衛の激情を物語っている。

 一方で夜刀は冷静に近衛を見据えている。



「その目をすぐに焼きつかせてやる!」



 その視線を見下されていると感じた近衛は、その激情に任せて雷を纏わせた拳を振り上げて夜刀に殴りかかった。


 それを、夜刀はやれやれという表情で見つめる。



(………全く、少しくらい吐き出せばいいのに。真面目なんだから)



 近衛は真面目すぎるゆえに、適度なガス抜きの方法を知らない。

 そして、溜め込むだけでも別に構わないという人間味の薄い性格でもない。


 そういう性格の彼女を、夜刀は疎ましく思ってなどいない。むしろ、自分勝手に突っ走る光聖などに比べると好意的に感じている。


 この機会に少しくらい丸くなってくれれば良いかな?と思いながら、雷を纏う彼女の拳を見上げる。


 そして、近衛にその表情はあざ笑うを上回る侮辱である哀れみを向ける表情に見えたことで、更に怒りが湧き上がった。



「貴様ぁ!」



 雷を纏う拳が、夜刀の顔面を捉える。

 だが、夜刀の首から上は拳が触れると同時に底の見えない暗闇の空洞に変わり、近衛の拳が纏う雷を飲み込んでかき消した。



「チッ!」



 雷だけでなく、腕まで飲み込まれると危惧した近衛が腕を引く。

 その隙を突くように、無理やり腕を引き戻したことで体勢の崩れていた近衛の脇腹に、夜刀の持つ刀剣の峰が叩きつけられた。



「うぐっ………!」



 不安定な体勢ということもあり、踏みとどまることもできず、近衛は痛みに顔を歪めながら吹き飛ばされて背中から岩壁に叩きつけられた。


 顔を闇から元に戻しながら、夜刀は近衛を叩きつけた岩壁の方を見る。



(少し、やり過ぎたかな?)



 異世界人は、この世界において超人的な身体能力を持つ。

 それは体の頑強さだけでなく、自己治癒力なども含まれている。光聖がシェオゴラス城の戦いで身体を切り裂かれながらも一命を取り立てることができたのは、エイラや日向の治癒魔法による応急処置だけでなく、彼自身の自己治癒能力によるところも大きいのである。


 なので、少しくらいなら大丈夫かなと、峰打とはいえ思わず手加減なしで刀をぶつけてしまった。


 かなりの勢いで吹き飛んだが、大丈夫だろうかと、今更ながらに不安になってしまう。


 だが、そんな夜刀の不安を杞憂だというかのように、土埃を雷が吹き飛ばした。



「とっとと斬り伏せればよかったものを………バカにして………!」



 そして、峰打ちをした夜刀を見下して手を抜いたと思い込んでいる憤怒の表情を浮かべた近衛が立っていた。


 その姿はせっかくの怜悧な美人すら台無しにするほどである。


 あれは相当頭にきているなと、夜刀は内心ため息をつきつつ、同時に本人が望んでいるからと手加減の必要がないことを確認した。



(ま、せっかくのガス抜きならとことん付き合ってあげようかな)



 邪神と手を結んだ雷の勇者と、親友と再会したことさえ気づいていない闇の勇者が、外界と隔絶された異空間で激突する。

主人公に片思いを抱かれる鈍感ヒロインはいると思いますが、一応親友という認識があるのにここまでヒントがあってもなお気づかないヒロイン(?)というのはいないと思います。

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