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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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勇者に関する情報

 くだらない誤解がくだらない話題を招いてくだらないことに時間を無駄にしてから、ようやく落ち着きを取り戻し、グラヴノトプスの誤解を解くことができた。

 そして、本来の話題である勇者に関する情報、昨日偶然目が合い不審がられて宿に押しかけられたこと、正体が割れることはなかったが怪しまれてしまったこと。

 それから、勇者が女神アンドロメダの要請を引き受け人間軍と共に戦う理由や、勇者達が女神に対して持っている心象や情報、羽風がウツボなどを苦手にしていることや最後の乱闘騒ぎを収めたことまで、昨日勇者と会ってから交わした会話などの情報をグラヴノトプスに伝えた。



「お前のことは告げていないが、宿の従業員はお前がいることを知っている。勇者に顔を知られているということは?」



 全身甲冑姿で戦う彼女は、戦場では顔を知られていないかもしれない。

 そう思ったが、グラヴノトプスは首を横に振った。



「いや、何人かには顔が割れちまってる。俺様の素顔は、【闇の剣士】、【チビ】、【毒薔薇】、【植物使い】、それとエイラって水属性の魔法を使う金髪の女には知られちまっている」



 グラヴノトプスがあげたのは、魔族内で呼ばれている勇者達の別名である。

 勇者には自ら名乗ってよく目立つ者と、目立ちはするが魔族にはまだ名前が知られていない者と、別名の方が定着して本来の名前よりも有名になっている者とがいる。



「そいつらの名前は?」



「【毒薔薇】は名前が知られてねえし、【チビ】は忘れた。【闇の剣士】も名前は聞いたんだが………悪い。【植物使い】はタチバナっていうらしい」



【チビ】という呼称に明らかな侮辱の意図を感じるが。


 それはともかく、【毒薔薇】と【闇の剣士】に関しては確証を得ていないが、先日の彼女達の容姿と苗字を考慮するに【チビ】と【植物使い】が該当しないのは確実だろう。


 エイラという水の属性を扱う金髪については、シェオゴラス城にて該当する人物とすでに対峙している。あの見るからに西洋人の彼女は違うだろう。


 剣士というからには夜刀が怪しいが、あの明るい性格の彼女に【闇の剣士】は似合わない気がする。


 属性魔法を指している可能性もある。

 最悪の可能性を想定する必要がある。


 顔が知られているとすれば、グラヴノトプスを接触させたりその存在を知られたりするのはまずいはず。


 勇者達の目的はわからないが、観光という雰囲気ではなかった。


 彼女達を探る役目は俺が引き受けるべきだろう。

 先日のやりとりを考えれば、近衛や夜刀にはかなり怪しまれていると思う。


 しかし、魔族の国との明確な関係があることに関しては、確証を向こうも得られていないはずだ。



「勇者達の目的は気になるが、この場で戦うことは好ましくない。彼女らの目的などに関しては俺の方で探る。お前にはルシファード達にこの件を伝え、彼らの見識や現在の魔族の国の情勢などを聞いてもらいたい」



「分かった」



「勇者には羽虫などに扮したゴーレムの監視をつけている。ゴーレムグソクムシ(そいつ)を通じて現在位置を確認しつつ、鉢合わせることがないように人間の国に関する情報や、邪神族の情報収集も進めてほしい」



「任せろ」



 グラヴノトプスの返事に、頷く。


 天野 光聖との決着が目標ではあるが、行方をくらませているエンズォーヌの件も無視できるものではない。


 やつは、亜人の勢力を削ぐことを目的としていた。

 何らかの行動の布石と見て間違えないだろう。


 せめて、その件でも夜刀達の協力を得ることができればとは思うが。



「………いや」



 俺は魔族を守り天野 光聖を殺すことを目的にしている。

 勇者達とは、明らかに対立する関係に立っている。都合良く邪神族と争う時だけ手を取り合うということはできない。


 伝えるべきことは伝えた。

 グラヴノトプスの部屋を後にしようとする。


 しかし、ドアに手をかけたところで突然片手を掴まれて止められた。



「待って………」



 彼女らしくない言葉とともに、俺の手を掴んで止めた相手。

 グラヴノトプスの方に振り向くと、顔を赤らめ俺から不自然に目線をそらしながら、そわそわした様子でこう言った。



「も、もうすこしくらい、いてくれよ………」



「………寂しいのか?」



「は、はあ!? そんなことねーし! むしろさっさと1人になりてえくらいだし!」



「そうか」



 1人になりたいというなら、このまま退室しても問題はないだろう。


 では、と扉を開く。

 直後、砲筒で殴られた。



「額面通り受けとんじゃねえよ!」



 ………いや待て。意味がわからない。


 その後部屋から追い出された。

 彼女が何を思って俺を止めたのか、そして何に対して怒って砲筒で殴ってきたのか不明である。


 宿屋の一階に下りると、犬の亜人の青年が近づいてきた。



「アカギ様、ちょうどいいところに! 冒険者ギルドのアトラナート支部長が、アカギ様を訪ねていらしています!」



「支部長が?」



 予想外の来客である。

 食堂の方にて待っているとのことで、部屋を訪ねようとしていたらしい。


 犬の亜人の青年に礼を言ってから、俺は食堂の方へと向かう。


 フレイキュストの冒険者ギルド支部長であるアトラナートは、食堂で席に脚を組んで座り、紅茶を飲みながら寛いでいた。


 俺が席に近づくと、向こうも気づいたらしい。

 カップを置いて、閉じていた目を開きこちらに向ける。


 初対面の時と違い、何やら深刻そうな表情である。


 席に着いた俺に、アトラナートは余計な前置きを省きストレートに言ってきた。



「昨晩、勇者と接触したわよね?」



「………耳が早い」



 否定しても、目撃者は冒険者に多数いるので素直に認める。

 暴動騒ぎで鎮圧された連中から聞いたのか。


 亜人の立場にしてみれば、魔族と勇者が接触するのは無視できない案件なのだろう。


 天野 光聖ならば場も被害もわきまえずに問答無用で襲撃を仕掛けるだろうが、他の勇者ならば殺す理由がない。


 天野 光聖がいないとなれば、この場で無用な争いを起こすつもりはない。



「………彼女達に対して、同胞の仇という認識は俺にはない。無駄な争いごとを起こすつもりはない」



 先にこちらの意思を伝える。

 アトラナートの懸念もやはり俺の想定と同じだったらしく、それを聞いて表情が和らいだ。



「………こちらの懸念を察したというわけね。魔族は同族意識が強いから、仇を討とうとギルドを去って戦争に参加する冒険者が後を絶たないのよ」



 アトラナートは一息ついてから、冒険者ギルドに波及している戦争の影響を話し始めた。


 グラヴノトプスをはじめとする多くの魔族が俺に対して恨みを向けることなどから、彼らの同族意識が強いことは知っている。


 確かに自由を歌う職業である冒険者は、自己責任の面が強い反面、辞めるときなどは解雇という形でなければ自由に抜けることができる。


 亜人の国は中立国だから影響は少ないと思っていたが、そうでもないらしい。

 魔族の扱う錬金魔法は邪神族との戦いに非常に有用であり、魔族の冒険者が出て行くことで邪神族との戦いが不利になっているという。


 魔族の国とは離れた方角とのことだが、現在の亜人の国では邪神の一体であるテュイタリニアの眷属の活動が特に活発化しているという。


 そこに俺が持ち込んだエンズォーヌの情報があったことで、冒険者ギルドとしては魔族の冒険者の離脱の増加、そして活発化する邪神族対応のために、両国との関係悪化を避けたかった。


 テュイタリニアの対応は、連合の各国が国を挙げて討伐作戦を進めているという。


 その情勢の中、亜人の国々には女神陣営の勇者から頻繁に戦争への参加を求める使者が訪れているらしいのである。


 亜人としては邪神対策に全力を注ぎたい状況だが、その使者の存在が人間側と魔族側、双方を刺激しており、各国の緊張が高まっていた。



「戦争では中立の立場をとっているけれど、人間側から魔族に対する国交の断絶や支援の要請が幾度となく来ているし、無関係とはいられなくなりつつあるのよ」



「そうか………」



 勇者達の存在は、その使者としての道中にフレイキュストに立ち寄ったのではないかと、アトラナートは推測していた。

 だから、俺がその情報を聞きつけて勇者側に接触したと思ってしまったらしい。



「勇者を傷つければ、聖剣の勇者コウセイが黙っていない。それは亜人の国にも伝わっているから。正直、手を出したりしていないかと気が気でなかったわ」



「…………………」



 アトラナートの話を聞きながら、俺は歯ぎしりをしていた。


 ここでも天野 光聖か………。

 あの扇動者め、よほど死にたいらしい。

 使者の件も奴が言い出したことだろう。



「不穏な空気を出すのはやめなさい」



「………善処しよう」



「それは善処できないやつのセリフよ。まったく………」



 天野 光聖に対する殺意をみなぎらせれいたところ、さすが支部長というべきか勘付かれたらしい。

 アトラナートに釘を刺されてしまった。


 亜人の国で揉め事を起こすつもりはない。


 アトラナートは信用していないという目を向ける。


 当初は面倒な性格をしている人だと思ったが、支部長という責任ある立場ということもあり複雑な事情についても精通しているようである。


 テュイタリニアという邪神。勇者達が接触を繰り返す中立国。魔族の冒険者の流出。

 中立国とはいえ、戦争に無関係というわけにはいかないらしい。


 夜刀達に邪神の存在を教えれば、人間側の戦力を割くことにもつながり、戦局を有利に進めることができるかもしれない。

 勇者側も亜人に協力するために邪神討伐に出て、天野 光聖の周囲がの勇者が少なくなるかもしれない。


  一度こちらから彼女達に接触して、邪神について話してみるべきかもしれない。


 アトラナートが訪ねて来た時は何事かと思ったが、有益な情報を得られた。



「勇者とこの街で争うつもりはない。あなた方との外交問題が生じかねない行動を自重するくらいには、故郷の国への義理立ては果たすつもりだ」



「それならいいわ。私の心臓がもたないから、勇者と接触するのはやめて」



「………話はそれだけか?」



 アトラナートが頷くのを確認した俺は、席を立つ。

 しかし、アトラナートが手を掴んできたことで止められた。



「まだ何か?」



「あの可愛い子ちゃんに会わせなさい!」



「…………………」



 先の話に比べて優先順位が低いだろう案件に、今は色々とやることがあるグラヴノトプスを巻き込むわけにはいかない。

 その後、駄々をコネ出し始めたアトラナートを説得し、なんとか帰ってもらった。


 ………その際、「この変態鎧やろう! 必ずお前からあの娘を取り返すんだから!」などという台詞を飛ばされたが。


 変態呼ばわりか。

 ………なかなか、重く響くものがあった。

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