あくまでもウツボ野郎
部屋に戻り、まずは街の様子や夜刀達の動向を監視するために蜂やネズミなどを模した形のゴーレムを複数召喚し、窓や廊下、床板の隙間などから外に出す。
それから替え玉となる人型のゴーレムを作成し、錬金魔法補助の鎧を装備させて椅子に座らせた。
はたから見れば座りながら居眠りをしているようにゴーレムの姿勢を整えてから、真紅の鎧を装備してグラヴノトプスの部屋に向かう。
ドアをノックすると、すでに食堂から引き上げていたグラヴノトプスが出てきた。
しかし、真紅の鎧の出で立ちを見せるのは初めてである。気づいてもらえないかもしれない。
そう思っていたが、グラヴノトプスは俺が声を発する前に正体を見抜いた。
「………使徒殿か?」
「………驚いた。よく気付いたな」
「あ、当たり前だろ!」
グラヴノトプスが顔をなぜか赤くして答える。
………考えてみれば、全身甲冑姿という点は変わらない。
そのくらいの見当は付けられると主張したかったのだろう。知らぬ間に彼女の勘を疑うような言動を取ってしまった。
「申し訳なかった」
「なんの謝罪だっつの………ほら、入れよ」
「失礼する」
グラヴノトプスの部屋に入り、廊下で誰かに見られていないかなどを確認してから扉を静かに閉じる。
俺を歓迎するように、ゴーレムグソクムシが近づいてきた。
その金色の体を撫でてから、ベッドに腰掛けたグラヴノトプスと向かい合うように椅子を引いてそこに座る。
何故かグラヴノトプスはまるで隣に座ることを促すように隣を広く開けていたが、鞍や長椅子ならばともかく、さすがにベッドにて隣り合う形では座れない。
最初に謝罪した時から御機嫌斜めな様子だったグラヴノトプスは、なぜか今度は落ち込むような沈んだ表情になった。
主人を慰めるようにゴーレムグソクムシが空いている隣に座る。
それを見たグラヴノトプスは、笑みを浮かべた。
さて、そのやり取りの間空気と化していた俺は、ゴーレムで機嫌が上を向いてきたグラヴノトプスに対してはたから「余計な一言」と指摘されてしまう言葉をつい発してしまった。
「情緒不安定だな。何かあったのか?」
「お前のせいだよ!」
すかさず砲筒で殴られた。
………しかし、心なしかグラヴノトプスの返答に違和感を覚えた。
それでも納得できるのだが、「一言多いよな!」と言われる方がよりしっくりくると思うのだが。
それはともかく。
ここに来た理由は真面目な話があるからである。
「今朝のウベワースの言葉を覚えているか?」
「ウベワース?」
グラヴノトプスは首を傾げた。
どうやらウベワースが誰であるか覚えていないらしい。一応、今朝の段階であのウツボの亜人はナンパの際に名乗っていたはずなのだが。
そういえば、終始ウツボ呼ばわりするばかりで、グラヴノトプスは一度としてウベワースの名前を呼んでいなかった。
「今朝、話しかけてきたウツボの亜人だ。彼は名乗ったはずだが」
「………あ、あいつか。あのウツボ野郎」
そこまで聞いて、ようやく誰だったかを思い出したらしい。
だが、名前を覚える気は無いようである。
それはともかく。
問題はウベワースのことではなく、ウベワースが口にした話題である。
ウベワースは俺たちに対して、こう言った。
「にしても、羨ましいよな〜。あんな美人達と知り合いなのに、連れもめっちゃ可愛い嬢ちゃんじゃねえか! 魔族って結構異形が多いけど、嬢ちゃんはもろに俺のどストライクだぜ!」
ウベワース自身は単なる知り合いか、俺が複数の異性と不純な関係を持つ下衆か、どちらにせよそういう話題として持ち込んだに過ぎないだろう。
しかし、彼の言った「美人達」がこちらとしてはその存在を無視できないもの達である。
「美人って、お前–––––––」
「確かに美人だったが、彼女達の容姿はこの際どうでもいい」
グラヴノトプスまで関係ない点に食いつこうとしてきたので、遮る。
確かに誤解を受けやすい話題ではあるが、俺は彼女達とはそういう関係ではないし、うち1人の片思いを寄せている相手にはことごとく振られている。
この際、彼女達の容姿は関係ない。
………話が脱線してきているので戻す。
昨晩のやりとりについて、グラヴノトプスは内容はもちろん、相手が誰であるかさえも知らない。
まだ言い足りないという表情のグラヴノトプスに、俺は話題に挙げている「美人達」のことを告げた。
「そいつらは、女神アンドロメダが召喚した勇者達だ」
「は………?」
直後、グラヴノトプスは何を言われたのか理解が追いつかないという表情になった。
「勇者って………?」
「数は3人。名前はそれぞれ【近衛】、【羽風】、や–––––––」
「待て待て待て待て!」
構わず進める俺に、慌ててグラヴノトプスが待ったをかけてきた。
彼女の性格を考慮すれば、こちらが話を振らずともすぐに遮ってくることは予測ができた。
話を一旦止める。
「ゆ、ゆゆゆ、勇者って、あいつらだろ!? そ、それと会ったって………しかも夜!? てか、あのウツボ野郎何て言ってた!? 何て言ってた!」
まだ俺が言った言葉が信用できていないのか、それとも勇者の存在を知って混乱しているのか、グラヴノトプスは顔を赤くしてひどく混乱していた。
そのため、おそらく自分で何を言っているのかさえ分かっていないのだろう。支離滅裂なことを言っている。
落ち着くように言うが、グラヴノトプスのパニックはさらにエスカレートしていく。
「落ち着け」
「落ち着けるかよ! お前まさか、俺様がいねえ隙に部屋に連れ込んで–––––––」
「戦場ならばいざ知らず、この地で問題になることを行うほど愚かではない」
「も、問題!? まさか、やったのか!?」
「いや、殺ってはいない。それこそ大問題だろう?」
亜人の国で人間が信仰する女神が召喚した勇者を魔族の冒険者が殺すなどという事態があれば、外交問題に発展するかもしれない。
向こうも俺の正体は知らなかっただろうし、さすがに中立国まで刺激するような真似はできない。
………天野 光聖が相手であれば別だが。
しかし、本当に確認したいことは別なのだろうが混乱で言葉がまとまっていないのだろう。
グラヴノトプスの混乱は止まらない。
「じゃあ、何もなかったのか!? どこまでやったんだ!?」
「殺ってはいないと言ったはずだが。多少の揉め事はあったが、彼女達には傷1つ付けていない」
「も、揉めごとって………胸揉んだのか!?」
「いや多少話をしただけで胸ぐらを掴んだなどはないが………」
途中から彼女の言っている言葉についていけていない。
それ以前に、確実に話が噛み合っていないだろう。
しかし、胸を揉むって、そんな話題がどこから湧いたのだろうか。
グラヴノトプスはまず、部屋に連れ込んだのかなどといってきた。そうする理由などないし、ウベワースの話を引きずっているのだとすれば異性を部屋に連れ込んだなどという卑猥な想像をすることになると思う。
そう判断して、相手が勇者という地位にある存在であることも考慮した上で、「問題になる」愚行をこの国でやるほど浅はかではないと否定した。
するとグラヴノトプスは【問題】に反応して、「やったのか!?」と言ってきた。
殺傷したのかという意味で捉えた俺は殺していないと否定したが。
そこまで来て、少し考え直してみる。
例えば、その意味が殺傷ではなく、異性間のそういう交友という意味を指しているのだとすれば。
なるほど、混乱しているグラヴノトプスはそういう言葉だけを拾って誤解を深めたということなのだろう。
俺と勇者がそういうことを昨晩やっていたのではと。
………夜刀と?
「………………」
そこまで思い至った直後、邪な想像が頭をかすめて思わず口を閉ざした。
その反応を見たグラヴノトプスが、つかみ掛かってきた。
「て、てめえ! やっぱりやったんじゃねえのか!?」
「〜〜〜〜〜ッ!」
情けない話ではあるが、俺は長い間実らずに気づかれることさえなく振られ続けている片思いをこじらしている身の上である。
誤解だろうが、こじれておかしくなった話題だろうが、そんな長く引きずっている片思いの相手とそういう関係になったなどという話題を嘘でも挙げられて仕舞えば、冷静でいられなくなる。
「白状しやがれ!」
思考がオーバーヒートした俺は、勇者の対策会議どころではなくなり、混乱しているグラヴノトプスに胸倉を掴まれてしばらく揺らされていた。




