魔神と女神に関して
夜刀と食堂の騒動を力ずくで収集した後、顔ぶれが若干変わっているが、改めて俺たちはテーブルを挟んで向かい合い座った。
変化した顔ぶれは、具体的に羽風というらしい眼鏡が抜けたこと、眼鏡が抜ける理由となったウツボの亜人でこの食堂の料理人が長髪の女性に膝枕をしてもらい氷の入った袋を額に乗せられて寝かされる形で同席していること、以上の二点である。
要するに、眼鏡と巻き込まれてしまったウツボの亜人が入れ替わった形となっている。
俺に対して警戒心と敵意を剥き出しにしてきているため、長髪の女性にはあまり主観的には良い印象を抱けないが、自分たちのことを観察していたことや夜刀の問いに対して歯切れの悪い回答をしたことを踏まえれば警戒されるのは当然である。
それに、事故とはいえ無関係なウツボの亜人に蹴りをかましてしまったことには責任を感じているらしく、起きるまではこうして自分の手で介抱しているのだから、責任感が強い性分なのだと推測できる。
眼鏡が生理的嫌悪感をあらわにしていたウツボの亜人に対して膝枕をしていることから、外見に対する偏見はあまり持たない気質らしい。外見ではなく相手の言動などから印象を判断しているあたり、冷静な人物と推測できる。
騒ぎを起こした元凶だが、冒険者ギルドが紹介している宿屋ということもあり荒くれ者の利用者が多いとのことで、こういう騒動は日常茶飯事だという。
力ずくとはいえ鎮圧に動いてくれたからと、本来叩き出してもいいところを気前のいい食堂の料理長は引き続き利用することを了承してくれた。
喧嘩騒動を起こして従業員に負傷者を出したことで宿屋に対して多大な迷惑をかけたということもあり、夜刀の方の雰囲気は落ち着いていた。
これならば、いきなり飛びかかって組み伏せることはしないだろう。
改めて、落ち着いた状態で向かい合った俺たちは、ひとまずお互いの名前も知らなかったことだし、互いに自己紹介をする流れとなった。
夜刀に関しては俺の方はよく知っているが、彼女の境遇や同行者である異世界人達2人のことは知らない。
俺の方は魔族の冒険者【アカギ】を名乗ることにして、夜刀達の現在の立場や状況だけでも聞き出すことにした。
「俺は魔族の冒険者で、【アカギ】といいます。フレイキュストには冒険者ギルドにある報告を行うために来ました」
「………その報告というのは?」
「ギルドの許可を得ていない状況で部外者に情報を渡すことはできません。守秘義務があることをご了承いただきたい」
長髪の女性がすかさず疑ってきた。
エンズォーヌに関しては彼女達にも知らせておくべきかもしれないが、境遇を知らない状況での迂闊な情報の開示は避けたかった。
疑念のこもった目は向けられたままではあるが、これに関してはそれ以上の追求はしなかった。
仲間の未だに俺に対して向けている不審の目に苦笑いをこぼしながら、夜刀の方も自己紹介をする。
「私は夜刀 朱音。みんなからは夜刀って呼ばれてる」
夜刀が次に長髪の女性を示し、そして席を外している眼鏡に関する紹介を口にする。
「この人は近衛 都華咲さん。そして、今は席を外しているけど、もう1人いた人が羽風 真白ちゃん。私たちは同い年で、全員が信じられないとは思うけどこの世界じゃない異世界の住人。あんたがいう珍しい黒髪黒目なのは、私たちの故郷だと一般的だよ。金髪の人もいたけどね」
「異世界人ですか………。人間の国が魔族に対抗するために女神アンドロメダより異世界から召喚した勇者を抱えているという話は聞いたことがあります」
彼女達の所属を明確に知るために、探りを入れてみる。
頭では気づいていないだろうが自然と最初からタメ口だった夜刀は、隠すそぶりも見せずに頷いた。
「やっぱ魔族だと有名か。私たちはその勇者、つまり魔族にとっての敵だよ」
俺が魔族を名乗った上で、である。
自然というよりも、俺の反応を伺うつもりだったらしい。
しかし、自ら立場を明かしてくれたことで彼女達の現状を把握することができた。
夜刀が通っている高校は、天野 光聖が生徒会長を務めている。夜刀自身はあまり天野 光聖との接点はないと聞いているが、親しげな様子から見て近衛と羽風とは同じ学校に通う友人かもしれない。
女神が意図的に召喚したのか、それとも巻き込まれたのかは不明だが、女神陣営の勇者のほとんどは天野 光聖達の通う高校に所属している者達のようである。
夜刀の挑発じみた物言いには乗らないように、冷静に返答する。
「俺は魔族だが、冒険者ギルドに所属し旅をする者です。故国と同胞には同族意識はありますが、国の敵だからといって対立する理由はありません」
「おや薄情だ。でも、人間の冒険者も大体そんな感じなんだよね」
冒険者は国や種族に縛られない自由な身分だと聞いている。
夜刀もこの無難な返答で納得してくれたらしい。
天野 光聖と同時期に召喚されたと仮定すれば、夜刀達の方がこの世界の滞在期間は俺に比べてはるかに長い。
夜刀ならば召喚されることになってからも、盲目的に女神の要請に応え魔族を屠り続けているのではなく、異世界に関する情報を集めている可能性が高い。
魔王討伐には無関係な中立組織の冒険者ギルドと冒険者に気風に関して知っていることが根拠の1つである。
魔神クテルピウスの推測、女神アンドロメダが召喚しか扱えないために元の世界には帰れないことに関して知っているのか、そして知っているとすればその上でなぜ女神に協力しているかなど、動機についての疑問がある。
その点に関してさらに深く掘り下げてみる。
「不思議なお方ですね。異なる世界の者が義理なき相手のために命をかけて戦場に立つのは、我が身を第一とする者には分かりません」
「それは–––––––」
「私たちも私たちの目的があって女神に協力している」
夜刀の言葉を遮るように、明確な質問をしたわけではないが食いついてきてくれたのは、近衛の方だった。
近衛の方に目を向けると、鋭い視線を向ける彼女と目が合う。
「………どういう意味ですか?」
「貴様ら魔族の崇める神が、女神の扱えない元の世界へ帰還する魔法を知っているからだ」
近衛の言葉は、女神に騙されているという魔神クテルピウスの推測とは異なるものだった。
彼女達は、帰還の魔法を女神が扱えないことを承知の上で、女神の配下として戦っているというということだ。
兜の下で驚きつつも仕草には動揺を出さないようにしている俺から目をそらさずに、近衛は続ける。
「異界をつなげる魔法は、この世界の神しか知らない。女神が召喚の魔法を、魔神が送還の魔法を扱えるのは貴様も魔族の端くれならば知っているだろう?」
「………ええ」
「女神には召喚する魔法があっても、元の世界に返す魔法は存在しない。その魔法を持っているのは魔神だ。送還の魔法に関する資料がある可能性は、魔族の国しかない」
一理ある。
魔神クテルピウスに聞くのが手っ取り早いだろうが、彼女達にその機会は存在しないだろう。
ならば、送還魔法があるのは魔神を崇める魔族の国の可能性が1番高い。
「少なくとも私は人間の国のためではなく、帰る手段を手に入れるために人間の国を利用して魔族の国にある送還魔法を入手することを目的としている」
近衛はそう言い切った。
つまり、彼女達は全てを承知の上で、しかし帰る手段がそれしか無かったから人間の国を利用して魔族の国にあるかもしれない帰還の手段を手に入れようとしている、ということなのか。
合点がいった。
「………随分とおとなしい反応だな」
「俺にとっては他人事ですから」
近衛が自分たちの目的を告げたのは俺に対して何らかの探りを入れるためだったらしい。
とはいえこの程度でボロを出すわけにもいかないので、近衛の追求をもっともらしい理由でかわす。
兜の下を見れない近衛は俺の無反応がむしろ無関心だと判断したらしく、成果がないことに苛立ちを見せるように舌打ちをしてから追及を終わらせた。
不穏な空気がいくらかそれで解けたことで、夜刀が苦笑いをしながら言う。
「あはは………まあ、私も厳密には自分のために戦っているけどね。亜人の国だから堂々と言うけど、召喚しかできないことを隠していた女神はもともと信用していなかったし」
彼女達は女神が召喚しかできないことを承知の上で戦っているというが、しかし女神自身は召喚の際に帰還の魔法が扱えないことは隠していたらしい。
………あの推測が的を射ている気がする。
「………隠していたということは、独力で調べたのか」
「そだよ。ろくに話も聞かずに光聖君が–––––––あ、その光聖ってのは私たちと同じ異世界人の1人なんだけど–––––––女神の要請を引き受けちゃったから。あとから調べて帰還の手段を女神が持っていないことを知ることができたんだけどね」
「………やはり、か」
夜刀には聞こえない小声でつぶやく。
やはり、発端は天野 光聖だった。
日向だけでなく、夜刀や学友達を巻き込み、ろくに調べもせずこの戦争を激化させた元凶………。
やはり、奴はこの世界で必ず殺す。
今すぐあの男がいる人間の国に飛び出したい衝動を何とか我慢する。
勇者達と平和的に接触する機会はこの先ない可能性が高い。天野 光聖の現状や、女神の勇者が亜人の国を訪れている理由など、できる限りの情報を入手したかった。
「んあ………?」
しかし、それはウツボの亜人が意識を取り戻したことで中断されてしまった。
あまり深く掘り下げていくとこちらの正体を気づかれる可能性もあったし、完全な被害者である彼の容態の気になるところだったし、ちょうどいい機会だったのかもしれない。
近衛が目をうっすらと開くウツボの亜人に声をかける。
「目が覚めたか。具合はどうだ?」
「貴女は………女神様………?」
「………大丈夫みたいだね」
「そのようだな」
「………心配して損した気がする」
ウツボの亜人は、思ったよりも元気そうだった。
タメ口が………
それでも気づかない。




