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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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宿屋ヘラトリウス

 片眼鏡に紹介された宿屋に赴く。

 宿の名前は【ヘラトリウス】というらしい。

 受付をしている犬の亜人の青年の話によれば、宿の開設者である先代の主人の生まれ故郷に伝わる守り神の名前にちなんでいるらしい。


 人間の国の国境に近いこの街では、天野 光聖たち勇者や人間の国の動向などの情報を仕入れるためにしばらく滞在する予定である。

 とりあえず3泊で1人部屋を2部屋とる。

 多少値段が嵩むが、流石に女性であるグラヴノトプスと同室というわけにはいかない。


 ………いかないのだが。何故か、受付の犬の亜人の青年には驚かれてしまった。



「………2部屋でいいのですか?」



「ああ」



「………恋人では無いのですか!?」



「この物騒な出で立ちの二人組がどうしたら恋人同士に見える?」



「………では、あなたはまさか女性?」



「それならば2人部屋にするだろう。それと、俺は男だ」



 犬の亜人の青年は、どうしてそう見えるのかと逆に問いたくなる勘違いをしていたらしい。

 部屋が空いているならば構わないというのに、何故かしつこく同室を勧めてきたように思える。



「部屋に空きはあるのでは?」



「その点は問題ありません」



「………では2部屋で頼む」



「もう、照れちゃって!」



「…………………」



 どうやらからかっていたらしい。

 俺は別に僻みを向けられようが、責められようが、からかわれようが構わないが、グラヴノトプスが起きていたら確実にキレていただろう。


 接客業に向いていないのでは無いだろうかという感想を犬の亜人の青年に抱きながらも、1人部屋を2部屋借りた。


 グラヴノトプスをそのうちの片方の部屋に運んで寝かせてから、もう1つの部屋の方に向かう。


 その途中、廊下から夜の街を覗いた。


 それは、偶然だった。

 ただ、窓の外を見ただけ。深い考えなどなかった。


 その夜の街のたまたま見下ろした道を歩く3人組に目が止まった。



「まさか………!?」



 正確には、その横に並んで歩く3人組のうち、左を歩いていた人物に目が止まった。


 その3人組は、全員若い人間の女性だった。それぞれ鎧やローブや服に身を包み、杖や剣を所持している。

 装備品は高価であることが見て分かる。それはギルドにて見かけた冒険者たちに近い、この世界で戦闘を生業としているだろう人の出で立ちである。


 だが、彼女たちは一様に黒髪黒目の黄色人種、この世界の人間では非常に珍しい東洋系の顔立ちをしている。


 そして、その1人。

 日本刀らしき剣を腰に下げながら歩いている人物は、俺の記憶にある人と瓜二つ………いや、本人だった。


 その人物はこの世界の住人では無い。俺や日向、天野 光聖らと同じ地球の住人である。


 その彼女が何故この異世界にいるのか。

 その答えは、1つしか無い。



「お前も、召喚されていたのか………」



 他の2人は知らない。

 だが、その人物は知っている。


 俺の祖父が所有していた剣術道場の最後の門下生であり、師範代の俺がただの一度も技量において勝ることがなかった親友。

 夜刀(やとの) 朱音(あかね)がいた。



「…………………」



 3人はお互いの雑談に夢中のようで、俺のことなど気づいてすらいない。

 その仲睦まじげに話しながら歩く姿とその容姿から、他の2人も勇者として召喚された人たちであることが推測できる。


 女神アンドロメダが召喚した異世界人は複数人いる。

 シェオゴラス城で対峙した連中以外にもいたとしてもおかしくは無い。


 ………もしくは、さらなる召喚を行ったということなのだろうか?


 彼女たちの境遇や経緯に対する疑問もあるが、それとともに何故勇者たちが人間の国の領土では無いこの街にいるのかという点が気になる。



「まさか………龍神が?」



 クテルピウスはその点については何も言っていなかったが、女神アンドロメダとは別口で召喚されたという可能性もゼロでは無い。

 この世界の創造者である三柱の神の1つ、亜人が信仰している龍神ケツァルコアトルも召喚できる可能性も否定できないだろう。動機が不明だが。


 ………やはり女神の勇者なのだろうか?


 3人の様子を窺う。


 すると何かを感じ取ったのか、夜刀が突然俺の方に目を向けた。



「–––––––ッ!」



 慌てて身を隠したが、一瞬目が合ってしまった。

 確実にこちらの存在はばれてしまっただろう。


 兜で顔は見えないはずだが、もしかしたら俺であることに………気づくはずが無いか。他人の視線や敵意には敏感な彼女だが、知り合いを識別することに関しては鈍感である。特に俺の場合は。


 不審者に見られたという認識しかないだろう。


 それでも気になるらしく、夜刀が宿に向かっている足音が聞こえる。



「………ッ!」



 人間と違い、魔族は亜人の国でもかなり珍しい存在だ。

 犬の亜人の受付の青年には俺たちのことが魔族として割れている。


 女神アンドロメダにどのような騙され方をしたのかは不明だが、勇者たちは魔族を人としてみなしているとは思えない。


 最悪、衝突することになるだろう。

 天野 光聖ならばともかく、夜刀が相手となると勝てる自信はない。


 しかし、隠れようにもグラヴノトプスを置いていくわけにもいかないだろう。


 迷った末、普通の冒険者ギルドの一員として振る舞うことにした。

 魔族だからという理由で騒ぎを起こすような真似をすれば、この街の衛兵が介入してくるだろう。

 夜刀は常識をわきまえているはずだから、騒動にわざと発展させるようなことは慎むはずである。


 結局ろくな対策も思いつかないまま、到着した夜刀たちが宿に入ってくる音が聞こえてきた。


 耳をすませて彼らのやりとりを盗み聞きする。


 ドアを開けたことを伝える鈴が鳴り、まずは犬の亜人の青年が対応する。



「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」



「ここに全身鎧の男はいないかな? その人に用があるんだけど」



 その声は、紛れもなく夜刀の声だった。



「はい、いらっしゃいますよ。お部屋にご案内しましょうか?」



「お願いします」



 ………ザルだな。用件くらい聞くべきではないだろうか。


 そう思いながら階段を降りて受付に向かう。

 どちらの部屋を選んだかまでは伝えていないので、万が一にもグラヴノトプスの寝ている部屋に案内されるわけにはいかない。


 俺が姿を見せると、犬の亜人の青年を含めた4人の視線が集まる。



「これは、アカギ様。ちょうどよかったお客様がお見えです」



「…………………」



 犬の亜人の青年に無言で頷く。

 ではごゆっくり、と言って犬の亜人の青年は受付に戻る。


 廊下に立っていては通行の邪魔なので、俺は奥の食堂を示した。



「………他のお客様の邪魔になりますので、ご用件はこちらで」



 夜刀たちは返事をしなかったものの素直に従い付いてきてくれた。

 常識がある相手で助かった。これが日向ならば、その前にと問い詰めてきただろう。何故見ていたのか、などについて。

 天野 光聖の場合は遠慮なく殴りかかってきたのではないだろうか? その前にこちらが宿の外を歩いている姿を見た時点で切り掛かっていただろうが。


 ………それはともかく。

 食堂に案内して、適当な席に3人と対面する形で座る。



「………それで、初対面と思うのですがどういったご用件でしょうか?」



 3人が席に着いてから、こちらから問いを発した。

………思いっきり名字が出たけど気付かないほどに鈍感なヒロインです。

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