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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第三幕 異界の牢獄
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鬼の魔族の鍛練記録

 錬金魔法補助の鎧に身を包んだ状態で、魔神の宝物庫に存在する武器の1つである直剣を振るう。

 鋭い刃を持つこの直剣には、他の宝物よりも一層強力な魔神の加護が備わっており、属性魔法を切り裂くことでその刃を持って消し去る上、自らをその属性に変化せるほどの使い手の体に傷を与えれば少なくとも1日は属性魔法の行使をできなくすることが可能となっている。

 天野 光聖が女神アンドロメダより授かった国造りの聖剣アルフレードには劣るが、魔神の数多ある宝物の中でも特に強力な剣である。


 そんな剣だが、実は魔神の加護により属性魔法を扱える敵に対してはその加護をもって傷をつけることができるのだが、この剣には物理的に相手に傷を与える刃がない。


 そのため、魔族が相手となるとなまくらとなる。


 そんな剣を取り出して何をしているのかといえば、日課の1つである素振りである。


 ラプトマにおける殺人事件、そしてエンズォーヌの襲来。道中では移動を急いでいたこともありなかなか時間が取れず、かつての世界では欠かさずに取り組んでいた日課の1つである素振りを最近疎かにしてしまっていた。


 俺の旅の同行者は現状グラヴノトプスだけであり、万が一のことを考えると当たったとしても傷をつけずに済むこの剣が素振りに適していたので選んだわけである。

 直剣の性能や価値については、あまり考慮していない。


 そういうわけで日の出とともに素振りを始めたわけだが、一千を数えた頃に目を覚ましたグラヴノトプスが先ほどから俺の姿をじっと見つめていた。



「………何か?」



 気になったので、一旦素振りを中断して声をかける。


 軍服姿となっているグラヴノトプスは、体育座りで膝に顎を乗せている。

 本人はただ楽な姿勢でいるつもりなのだろうが、その状態でこちらを見上げてくる仕草は不覚にも可愛いと感じてしまう。


 ………それはともかく。

 グラヴノトプスは率直な疑問を口にした。



「………そういえば、お前っていつも鎧姿だよな。鍛錬の時くらい動きやすい格好しねえのかよ?」



 そういえば、こちらの世界に来てからは一度も素顔をさらしたことがない。


 最初に降りたのが戦場となっている魔族の本拠地であり、戦いが終わってからは俺が異世界の人間であることを知られて魔族たちの復讐心を煽ることを避けるために鎧で姿を隠してきた。


 旅の道中はどこに危険があるか分からなかったため、身を守るために常に鎧で自らを覆っていた。


 常に鎧と兜で全身を隠しており、グラヴノトプスはもちろん、俺が異世界の人間であることを承知しているルシファードやベルゼビュートにすら素顔をさらした事がなかった。


 今も鎧に身を包んで戦闘こなすことに慣れるために鎧姿で素振りをしていたにすぎない。


 グラヴノトプスは一応の和解をしたとはいえ、まだ彼女は俺の正体を知らない。安易に異世界の人間、つまり彼女たちの敵である勇者と同じであることを知られるわけにもいかない。



「………鎧をまとった動きに慣れるためだ」



 グラヴノトプスの疑問に対しては、そう答えるだけに留めた。


 異世界人の超人的な身体能力のおかげか、今の俺は疲労を知らない。

 睡眠は必要だが、グラヴノトプスを乗せたゴーレムを引いて全力で走り回ろうが、素振りをしようが、息切れの1つも起こさなくなっている。


 それに鎧の特性なのか、鎧の中は閉鎖された空間とは思えないほどに涼しい。

 動きやすさもあるので、特に鎧の中に閉じこもっていようとも困ることはなかった。


 グラヴノトプスはその疑問に関してはこの回答で納得してくれたようだが、それが別の疑問の引き金になってしまったようである。


 できれば彼女には踏み込まれたくない質問が来た。



「そういや、お前の素顔見た事がねえんだよな。声も兜でくぐもっているし。顔くらい見せてくれねえか?」



「断る」



「即答かよ!」



 当然である。

 今の薄氷の上にあるような信頼関係を崩したくはない。


 しかしグラヴノトプスはその程度では引き下がらなかった。



「こうなったら、実力行使だ! 俺様が勝ったら、素顔を見せろ!」



 そう言って、いきなり砲筒を錬金魔法で作成し殴りかかってきたのである。


 ここでねだるではなく実力行使に出るあたり、グラヴノトプスらしいと言えるだろう。

 しかし、やる気になっている彼女のことを鍛えるいい機会である。


 俺の方もちょうど稽古の相手を欲していた頃だった。

 かつての世界では常に格上だった夜刀に相手をしてもらっていたので勝手はかなり違うだろうが。



「了解した。来るがいい」



 そう言って、直剣を構えた。



「絶対え、その兜ひんむいてやる!」



 やけにやる気になるグラヴノトプスが、砲筒を振り回す。

 それを直剣で力任せに正面から弾き飛ばした。



「うおっ!?」



「隙だらけだ」



 それによりガラ空きとなった胴体に、蹴りを叩き込む。

 まともにくらってしまったグラヴノトプスは、遠くに飛ばされ地面を跳ねながら転がる。



「ッ!」



 しかしうまく受け身を取りながら衝撃をいなしつつ、態勢を立て直して即座に起き上がって砲弾を発射してきた。


 それを直剣で叩きつけるように破壊する。

 直後に炸裂した砲弾から多数の金属片が鎧に突き刺さった。



「………なるほど」



 砲弾の特性を理解している。

 不要な掛け声もなくしているし、あの体勢からでも正確に砲撃を撃ってくるなど、かなり砲筒を使いこなしてきているらしい。


 感心しながらも、爆煙で塞がれた視界の中で警戒は怠らない。


 音と視界が塞がれようとも、敵意を感じ取ることは可能である。

 砲筒の発射音が右側からかすかに聞こえたが、グラヴノトプス自身は俺の背後から迫っていた。


 砲筒を遠隔操作しつつ、本命の攻撃を目立たぬように行う。

 なるほど、いい手段だ。


 錬金魔法で土壁を生成し、グラヴノトプスの振り回してきた蹴りを直剣で弾く。



「まだ!」



 土壁により砲弾が止められ、本命の攻撃だった蹴りが防がれたが、グラヴノトプスは混乱することなく俺の振るった直剣を足場代わりにして飛び上がり兜を踏みつけてきた。


 動じている暇があるなら、迎撃して隙ができている敵に一撃叩き込むことを優先させる。

 ラプトマで戦ってから、彼女なりに強敵と対峙した時の戦い方というものを身につけてきたらしい。


 短い攻防でもその成長が見て取れる。

 思わず兜の下で微笑みをこぼす。


 とはいえ、やすやすと受けるわけにはいかない。



「地面を利用しろ」



「えっ………って、何ぃいいい!?」



 踏みつけてきた足を剣を握っていない方の手で受け止め、そのまま足を掴んだ状態で地面めがけて振り回す。


 しっかりと対応手段も伝えておく。

 錬金魔法で土壁を生成したところをグラヴノトプスも見ていたとすれば、これの対応もすぐにわかるはずだ。


 頭で理解するよりも、彼女の場合は実際にそういう場面を体験させたほうが、その中にある戦闘の感性が答えを教えてくれる場面が多い。

 グラヴノトプスはそういうタイプに思える。


 故に、端からみればかなり荒い手法でやるわけだが。



「ッ!」



 グラヴノトプスは正解を導いたらしい。

 錬金魔法を駆使して、地面に叩きつけられる寸前に触れた地面にクレーターを作り出して叩きつけられることを回避した。


 それにより、掴んで振り回している側、つまり俺の方が体勢を崩す。



「貰った!」



 その隙をつき、グラヴノトプスは脚を掴んでいる側の俺の腕の肘を蹴りつけて手を離させ、こちらを足場に使って逆に俺の方をクレーターに蹴り落とした。


 追い打ちと言わんばかりに、グラヴノトプスの砲筒から光線が放たれる。


 細く集約された光線は外れてしまったが、俺はクレーターに顔面から落下した。



「あ、危なかった………」



 クレーターを見下ろしながら一息つくグラヴノトプス。

 どうやら勝ったと思っているようだが、クレーターの中に落ちた敵の状態を確認してからにしたほうがいい。


 俺の方は早々に起き上がっている。


 そのまま油断しているグラヴノトプスめがけて、直剣を投げた。



「うおっ!? 武器投げる剣士がどこにいるんだよ!」



「ここにいる」



 驚くグラヴノトプスに対し、クレーターの淵に手をかけながら返事をする。



「…………………」



 そして這い上がろうとする俺を見たグラヴノトプスは、こちらに近づいてきた。


 俺の方は隙だらけの状態である。今が攻め時だろう。



「………よっと」



「!?」



 しかし、手を振りほどくのかと思いきや、グラヴノトプスは錬金魔法でクレーターの壁になっている箇所をよく滑るように平らにした。


 脚が滑って、あと少しだったところを再び手だけがかかった状態に戻される。



「………ふひ」



 そしてグラヴノトプスは意地の悪そうな笑みを浮かべると、砲筒で淵にひっかけている俺の手を殴り始めた。



「待て。心底うれしい笑みを浮かべながら、追いうちをかけるのはやめてくれ」



「ひひ………アハハハハ!」



「………楽しそうで何よりだ」



 崖から落ちそうになっている相手に対して、あれほど嬉しそうな笑みを浮かべながら追い打ちをかけてくる。

 彼女の性格の底が垣間見えた気がした。


 しかし、この程度の妨害などどうということはない。

 彼女の行動とその嗜虐思考の笑みに困惑しただけで、別にこの程度の妨害など効いてない。



「ハハハハハ………ハァ!?」



「敵を前にして驚いている暇はないぞ」



 何事もないかのように殴られながら這い上がり、笑いが一転驚愕の表情となったグラヴノトプスの角を掴んで投げ飛ばした。



「化物がぁぁあああああぁぁぁぁぁ!」



 グラヴノトプスは遠くへと飛んでいった。




 その後すぐに戻ってきて挑んだものの、しばらく打ち合ううちに体力を切らして倒れこんだことにより、勝負ありとなった。


 今回は鎧を剥がされずに済んだ。

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