黒幕
ゴーレムたちが、一斉に黒幕に対する攻撃を行う。
とはいえ雑兵では相手になるわけもなく、一瞬で蹴散らされてしまう。
だが、足止めは無理でもこちらに注意を引きつけることは成功したらしい。
反撃と言わんばかりにゴーレム達を蹴散らしたやつの末端である無数の触手が出てきて、襲いかかってきた。
重さも速さも先の海魔に匹敵するものだが、対応できないものでは無い。
やつの方も小手調程度の攻撃だっただろう。
触手を薙刀で切り飛ばし、弾きかえす。
触手をはじき返されたことで、末端でどうにかできる相手では無いことの判断はついたらしい。
奴は逃げるどころか戦闘の選択をしたらしく、水泡をまといながら飛び上がり、まっすぐに街の中心部の広間、俺の前に降り立った。
「おいおい、真っ赤な鎧とか………ずいぶん派手な格好になったじゃねえかよ」
そして、さも当たり前のようた俺に対してそんなことを口にした。
背中に伸びる無数の海魔の触手。
だが、その背中の異形以外の点に関しては分かれる直前と同じトラザメの亜人のままである。
「バルドレイ………やはりお前だったか」
「驚かねえんだな。まあ、魔族の嬢ちゃんから聞いたんだろうってことくらいは推測つくけどな」
降り立ったのは今回の事件の黒幕である、バルドレイだった。
奴が黒幕であることは推測が立っていた。
もともと、最初の殺人事件からして彼は怪しかったのである。
出会った場所の国境の砦は、ラプトマの街から徒歩でも2時間の場所である。あの時バルドレイは来たばかりと言っていたが、日が変わりかけていた時刻であることを考えると真夜中に街を出発したことになる。
依頼の内容の緊急性を考えると、危険な夜に出発したことになる。
事件を調査した後、夜を砦で明かしてから街に向かうべきだと主張したことから、夜中でも平気などという愚かな考え方を持っていたとは思えない。
それに、足跡だ。
殺人現場に散らばっていた血痕にも土にも、犯人の足跡はなかった。
あったのは砦の兵士たちの使う鎧のサバトンだけ。
つまり、バルドレイの靴跡もなかったのである。
彼が来たのは亜人側からだったというが、初めて出会った場所は魔族側の出入り口だった。彼の言葉を信じるならば、砦の内部を横切ることになる。
それならば必ずバルドレイの足跡も現場になければならなかった。
それがなかったのは、彼が砦を横切っていない………つまり、俺たちが通らなかった魔族側の街道を通ってきたからである。
海獣エンズォーヌが住まうという砂漠の大陸は、魔族領のさらに南の海の先。
つまり、魔族領の方である。
そして、昨晩魔族側に向かう街道などに海魔が向かった痕跡がなかった点。
そういった調べたはずの記憶が朝には抜け落ちており、奴の言動に乗せられて俺はラプトマの街に入ってしまった。
記憶をいじる能力があるということだった。
ラプトマの街にいないはずの亜人が街の人々の記憶にあったのも、そういった記憶の改変を行ってバルドレイという架空の冒険者をラプトマに作ったのか、それとも初めから1人の亜人になりすまして街に入っていたのかもしれない。
それはともかく。
矛盾点が多かった。
しかし、それも奴が一晩かけて施したであろう俺に対する記憶の操作で気づけなくなっていたのだ。
ゴーレムに細工をしたグラヴノトプスと寝静まった夜に手を組む取引をしたと考えれば、説明がつく点も多い。
海魔を街に集めるために巡回していたゴーレムたちの認識を弄ったのもグラヴノトプスだろう。
ベルゼビュートの弟子である彼女ならば、錬金魔法に長けているのでゴーレムにも精通している。その程度は容易のはずである。
だから海魔をゴーレムたちは見つけられなかった。
人力車のゴーレムを海魔にすげ替えたのも、その時だろう。
何しろ昨晩は俺が寝ている間、2人で暗躍する時間が一晩もあったのだ。
海魔の襲撃の際には、俺の気をわざと危険なことをして散らせた。
バルドレイという親玉に見られているのだから、ゴーレムから海魔を隠しつつ俺を襲撃するタイミングはいくらでも図ることができた。
「………答えは、お前自身がエンズォーヌ、ということか」
「ハッハッハッ! いやー見事に見破ってくれたじゃねえか。………ん? つーか、グラヴノトプスから聞く前から気づいていたんじゃねえかよ!」
矛盾点を上げて、俺が導いた結論を伝えると、参った参ったとバルドレイは両手を挙げた。
さりげなくツッコミを入れてくるなど、バルドレイとしての人格はエンズォーヌにとって案外素であったのかもしれない。
そして、否定をしないということは、それが答えということか。
「ご明察、といったところか。魔神クテルピウスが選ぶ人材はアンドロメダのところの連中よりもはるかに優秀だっていうのは見当ついていたぜ。あいつの人を見る目は確かだからな。いや、魔族を見る目か?」
「俺はそこまで有能ではない」
グラヴノトプスの暴走についての責任もあるし、シェオゴラス城の戦いでルシファードやベルゼビュートを負傷させた件もある。
しかし、この世界における神を同格の相手のような口調で評価するあたり、この世界の出自で無いことは確からしい。
ラプトマの街を狙ったのは、俺を倒すために人質を確保するため、では無いだろう。
「お前の正体を突き止めた代わりに、その目的も教えてもらいたいところだ」
「ハッハッハッ! まあ、お嬢ちゃんがしくじった以上、今更あんたに知られたからといって何か不都合になるわけでもねえし。そのくらいだったら教えてやってもいいぜ」
弾かれることを覚悟で発した問いに、バルドレイは素直に目的を明かした。
「まあ、女神と魔神が争ったことでこの2柱の神を崇める種族が疲弊していたからな。人間どもには勇者がついたが、三元帥を2人も失った魔族の方の損害は大きかった。今回はこの機会に乗じて、最大の障害である亜人の戦力を削ぐことが目的だった。ラプトマ支部長のシロクマはかなりの実力者だったしな。そういう意味だと、街をめちゃくちゃにできたし、冒険者共にも被害を与えることができた。あわよくばお前もまとめて倒せればと思っていたが、これに関してはそこまで欲を張ってえたい内容ではなかったしな! お前さん、勇者と戦っているっぽいし」
そこで一度言葉を区切ったバルドレイは、俯いてからそれまでとは質の違う狡猾な笑みを浮かべた。
「だが………今だとその欲を張りたいとは思っている」
………はっきり言って、その顔は似合っていないが。
「………では、ここで俺を殺すか?」
薙刀を向ける。
ここで正体を明かすような登場をし、逃げるどころかこちらに来たことから、この場の戦闘は避けられないだろう。
応じるように、バルドレイが口角を釣り上げる。
奴の実力は未知数だが、グラヴノトプスの復讐心を利用してきたところなど狡猾で知恵のある手段を用いる点から、こちらとしても放置はしたく無い。
「言っとくが、さっき倒した海魔と俺を一緒にしねえ方が良いぞ。………容赦無く銃撃しかけられたときは肝が冷えたがな」
バルドレイが自信に満ちた顔でそう告げる。
後半に一瞬表情を曇らせながら何かをつぶやいたようだが、俺の耳でもそこまでは聞き取れなかった。
もちろん、油断するつもりなど無い。
薙刀を構える。
「無抵抗でくれるほど、安い命は持っていない。全力で行かせてもらう」
「ハッハッハッ! 良いねえ、その闘志! ま、背中を見せた瞬間に切りかかってきそうだし、俺としても今回の件で亜人よりも先にあんたを黙らせる必要があることを痛感したからな。………生きてりゃいいとか怪我残らなきゃ関係ないとか、お前さん人質にすら容赦無えし」
バルドレイ………いや、エンズォーヌの両腕が、巨大な触手に変化する。
その背中にも無数に生える触手の先端を威嚇するように向けてきた。
「………!」
来るか。
殺意を向けられると同時に、薙刀を手に先手は譲らないと走り出す。
その俺目掛けて、エンズォーヌが触手を突き出してした。
「触れれば毒が撒き散らされるぞ、覚悟しとけよ!」
触手が繰り出される。
それを切り裂こうとして、回避した。
エンズォーヌの言葉は、牽制の意図があったのだろう。
家屋の破壊ならばともかく、毒による汚染は深刻な問題となる。
亜人たちとの関係を悪化させたく無いので、そういう魔族と亜人の関係悪化の火種はできれば少なくしておきたかった。
「その手はくわねえか!」
エンズォーヌの触手がさらに別方向からくる。
よくみれば、両腕の触手と背中の触手では色が違う。
あの体液が毒であるとすれば、打撃ならば有効かもしれない。
そう考え、石突で触手を殴り飛ばした。
「おっと、やるじゃねえかよ。なら、これで行くぜ!」
「させるか!」
エンズォーヌが口を開くと同時に、その口目掛けて宝物庫から召喚したテーザーを撃ち込む。
「バババババ!?」
これは有効らしく、エンズォーヌはその攻撃を中止され、電撃を受けて倒れこんだ。
マヌケな姿だが、油断できる相手では無い。
その証拠に触手はある程度自律機能でもあるのか電撃を受けて倒れた本体とは違いこちらを牽制するように機敏に動いてその質量を武器として振るわれる。
試しに触手にもテーザーを撃ち込むが、電撃に対しては無反応で動き回る。
「アババババ!や、やや、止めろ! その電撃地味に効く!」
………本体には効いているようだが。
触手の受けるダメージを本体が引き受ける能力でもあるのだろうか。
いや、油断を誘う演技である可能性が高い。
ならば演技でも倒れこんでいるその無防備な本体を突く。
触手を躱し、一気にエンズォーヌとの間合いを詰めにかかる。
「待て待て待て! あぶねえっつの!」
間一髪でかわしたエンズォーヌが喚いている。
すれ違いざま、触手をぶつけてきたがそれはこちらも薙刀で斬りとばす。
ついでに断面に向かって魔神の宝物庫から火炎放射器を取り出して炎をぶつけた。
「あちちちち! てか、待て待て待て!」
転げて慌てふためくエンズォーヌに斬りかかる。
「待てって言ってるだろうが! この!」
それに対し、エンズォーヌは口を開くと、そこから目くらましとなる大量の泡を吹き出した。
「ッ!」
思わず足止めを食らう。
想像以上に泡は滑りやすく、無様に転んでしまった。
「いってえ!」
エンズォーヌも転んだ。
………アホなのか?
サメのくせに触手といい、この泡といい、奇天烈な攻撃を用いるものだ。
使いこなせているかどうかは別として。
エンズォーヌの方は息を切らしながら立ち上がると、何故か俺が転けた間に赤くなっていた触手を引き戻して、俺に向かって指をさす。
「止めだ、止め! 茹で蛸とかふざけんじゃねえぞ! それと、と、とりあえず今日はこれまでだ! 俺は本命の目的を果たせたからな! 次会うときは覚えてろよ! ………つか、痺れ取れねえ」
そして、泡をまといバルドレイ………いや、エンズォーヌは空へと消えていった。
それでやつの仕掛けた泡も役目を終えたのだろう。泡が消えたことで、立ち上がれるようになった。
もっと激しい戦闘を覚悟していたが、軽く当たっただけで簡単に逃げられてしまう結果となった。
とはいえ、こちらもグラヴノトプスを取り戻し亜人たちの保護はできた。街の被害が拡大するよりは、お互い痛み分けという結果を受け入れたほうがいいかもしれない。
「………エンズォーヌ、か」
今回は軽い小手調程度。エンズォーヌとは、いずれ再び激突することになるだろう。
奴は目的をある程度遂げていたから、勝利とは言い難い結果である。
薙刀を宝物庫に戻した俺は、破壊された街の惨状を見渡した。




