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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第二幕 邪神族
38/68

強さの形

 この体の治癒能力が毒にまで効くとは想定外だった。

 しかし、立てるようにはなったが状況は芳しくない。


 勇者たちを憎み、その同郷である俺を憎み、そして俺たちの世界を憎み、最後には呼び寄せた己の故郷であるこの世界を憎んだ。

 歪んだ復讐心が暴走したところに、邪神がつけ込んできたといったところだろう。


 結果として、グラヴノトプスは海魔に変貌し、暴走を始めた。

 あの様子では、もう魔族相手にさえ手を出しかねない状況である。


 ここまでくると逆恨みを通り越して八つ当たりでしかないが、彼女が暴走をした原因の一端は悠長にことを構えすぎていた俺にもある。

 その落とし前はつけなければいけないだろう。


 亜人たちはゴーレムにより避難させている。

 物的損害は大きくなると思うが、人と違って町は再建できる。その損害には目をつむってもらうしかない。



「どこに行き着くつもりだ? そんな輩と手を結んでまで」



『決マッテンダロ。テメエラ全員、殺シテヤル』



 俺の問いにグラヴノトプスは歪んだ復讐心を吐露するように、かつての面影がない耳障りな声で答える。

 そして、触手を振り下ろしてした。



「ぐっ!?」



 それを薙刀で受け止めようとしたが、海魔のそれと比べその一撃は圧倒的な重さを持っていた。

 踏ん張りがきかず、吹き飛ばされてギルドの端に激突する。


 ギルドの壁を破壊して道に放り出された俺に、グラヴノトプスはさらなる追撃をしかけてきた。



『オラオラァ!』



「ガッ!?」



 鎧を触手に突き上げられ、空高く上げられる。

 さすがに国境の砦の兵士の惨状のように鎧もろとも貫かれるなんて惨状にはならずに済んだが、無様に空中に放り投げられてしまった。



『アハハハハ! オラ、捕マエタゾ!』



 そして空中で触手に捕まり、締め上げられる。

 その力はやはりかつての海魔のそれと比べても圧倒的であり、全く解けなかった。



「………ッ!」



『手モ足モ出ネエッテノハ、コノ事ダナ!』



 力がさらに強くなっていき、両腕と両脚、そして胴体と首を掴まれた状態で、それぞれ別方向に引っ張られて大の字に広げられた。



『良イ様ダナ! オラ、休マセネエゾ!』



 その身動きの取れない体に、無数の触手が間断なく叩きつけられる。

 そのどれもが巨大な質量を伴っており、衝撃を逃せない状態となっている俺は瞬く間に全身にその実力を武器とする攻撃で打撲や骨折を受けた。



「ッ!」



『アハハハハ! 良イ音ダ!』



 そして、最後に右の足首を掴んでいた触手以外から離され、その状態のまま振り回されて地面に叩きつけられた。



「ぐッ!?」



 まともな受身など取れるはずもない。

 建物に叩きつけられ、地面に叩きつけられ、無様に道を転がる。


 打撲も骨折もその優れた自己治癒能力により治るとはいえ、一瞬でというわけにもいかない。

 痛みをこらえようにも目も回っており、立ち上がろうとしたがその場に崩れ落ちた。



『アハハハハ! 何ダソノ姿ハ? 無防備過ギルダロ、自分ノ言ッタ事クライ自分デ実践シトケヨ、情ケネエ』



 心底愉快だと言わんばかりに、耳障りな声が響く。



『圧倒的ダ。ククク………テメエラニモコレデ分カッタダロ、圧倒的ナ力ニ踏ミ潰サレル気分ッテノガヨ』



 グラヴノトプスが酔ったように言う。

 もう、歪んだ復讐心すら忘れたのか。その声はただただ己が手に入れた借り物の、本来彼女たちの立場にしてみれば憎むべき存在から与えられている力を振るい優越感に浸る、愚者の姿しかなかった。


 薙刀を手に立ち上がる。



「…………………」



『マダ立ツノカ? イイゼ、甚振リ甲斐ガアル』



 先ほどまでならば、暴走した責任の一端が俺にある事もあるし、逆恨みでも同情できずとも歪んだ復讐に走ってしまった結果として許容できた。


 だが、今のグラヴノトプスには、それもない。

 かつてその恨みを抱くきっかけになったできごとである、大きな力を振るい惨めに尊敬する上司を殺した相手。

 今の彼女は、恨みを抱いたその相手と同じ姿をしている。


 それは、看過できない。

 俺の自己満足などではない。未来を託して彼女を生かし散った先達の魔族たちが、それを1番望まないはずだから。


 自分自身が、彼らが魔族の未来を託した彼女の力を否定したら、その力を弱いと断じてあんなものを頼りにしているのは、【醜い】だろう。


 だから、目を覚まさせる。

 宝物など頼る必要はない。骨折も治ったので、杖代わりにしていた薙刀をしまう。



『何ダ、降参カ?』



 その様をあざ笑うように見下ろしているグラヴノトプス。


 降参などしない。

 ただ宝物が必要ないだけ。


 彼女の目を覚ますには、この武器が最もふさわしい。



『………何ノツモリダ、テメエ?』



 俺が拾ったのは、グラヴノトプスが捨てた砲筒だった。


 その砲身を担ぎ上げて、俺は再びグラヴノトプスと対峙する。



「…………………」



 無言で砲弾を放つ。

 グラヴノトプスに直撃するが、触手に阻まれかすり傷の1つも与えられない。



『テメエ………!』



 だが、挑発するには十分な一撃だったらしい。

 グラヴノトプスは笑みから一転、その表情を怒りの色に染めた。



『ソンナモノデ何ガ出来ルッテイウンダヨ! 死ネェエエエエエエエ!!』



 グラヴノトプスが触手を振り下ろしてくる。

 それを俺は冷静に見据え、己の身をはるかに上回る巨大な触手を砲筒で殴り飛ばした。



『馬鹿ナ!?』



 動揺するグラヴノトプス。

 対して俺は、振り上げた砲筒を肩に担いでグラヴノトプスを見上げた。


 力を得て溺れるのは理解できなくないが、さすがに今の「そんな物で」という言葉は見過ごせない。

 たった一度の手合わせで俺の指摘を理解し、格上に立ち向かえる立ち回りを身につけて至ったというのに、それを自分で否定するような言動はさすがに見過ごせない。


 復讐心を暴走させた責任の一端は俺にある。

 だが、それでも彼女が自身の強さを否定して借り物の力に頼ることは、ダメだろう。


 グラヴノトプスを止める。

 動機が何であれ、魔族の安全は考慮する理性を残し、俺に立ち向かってきた彼女が己の力を否定したことに対して。

 そして、恨まれてもいいから成長して欲しいなどという身勝手な動機で彼女の復讐心を暴走させた結果、こんな事を招いた己の不手際を償うために。


 未だに驚いているグラヴノトプスに対して、砲筒を向ける。



「今すぐその海魔と手を切れ。それは、お前の本当の力ではない」



『ダ、ダ………黙レエエエエェェェ!!!』



 それに対し、グラヴノトプスは激昂して触手を叩きつけてきた。

 それを、砲筒で受け止める。



『ナ、ナンデ………ソンナ物デ、何ガ出来ルッテ言ウンダヨォォオオオオオ!!』



 2度、3度、4度と、触手がその質量を武器に叩きつけられてくる。

 それを弾き、往なし、躱し、受け止め、砲筒で全て防いでいく。



『何ノツモリダ? 何ノツモリダ………何ノツモリダ何ノツモリダ何ノツモリダ何ノツモリダ!? 薙刀ヲ出セ! クテルピウス様ノ宝物デ戦エ! コノ力ニ、ソンナ玩具デ戦ウナァァァアアアアア!!!』



 だが、一撃として届くことはない。

 邪神の武器ではなく、自身が捨てた武器で対抗されているのが、力の代わりに捨てる選択をしたかつての己の武器であることが気に入らないらしく、攻撃は苛烈になっていく。


 だが、一撃としてやはり届かなかった。



『グアッ!?』



 砲筒から放たれた徹甲榴弾を顔面に受け、グラヴノトプスがたじろぐ。

 あまり効いていない様子だが、触手の攻撃をかいくぐり反撃されるなどとは思っていなかったのか、驚いていた。



『何デ………?』



 動揺を見せるグラヴノトプスに、俺は砲筒を担いだまま答える。



「簡単なことだ。そのような力ごとき、お前の武器であれば十分に勝利を得られるからだ」



『〜〜〜ッ! ブッ殺ス!!』



 俺はグラヴノトプスが愛用する武器が、使い方によってはその力に十分対抗できるだろうという賛辞のつもりで言ったのだが、グラヴノトプスは全く違う受け取り方をしたらしい。

 少しは冷静になってくれるかと思いきや、余計に激昂した。


 伸びてきた触手を躱し、光線を砲筒より発射し触手を斬る。



『ギィイイイ!? ナ、何ナンダヨテメエ!』



 触手を切られればダメージが通るらしく、グラヴノトプスが悲鳴をあげる。

 しかし、触手で叩きつけるしか脳がないのか複数の触手を同時に伸ばしてきた。


 捕縛用の鎖を砲身に錬金術で形成し、それを撃つ。

 鎖は触手を絡め取り、グラヴノトプスの体勢を崩した。



『小賢シインダヨ! ソンナノデ、何ガ出来ルッテイウンダクソガ!!!』



 鎖を強引に引きちぎるグラヴノトプス。

 そのすきに、俺は触手を駆け上がりグラヴノトプスの上半身の部分に接近した。



『テメエ………!』



 グラヴノトプスが殴りかかってくる。

 それを片手で受け止める。



『何デ………!』



 グラヴノトプスは薄々分かっていてくれていると思うが、それでも俺を恨む感情がその事実を否定したがっている。

 だから、分からないと言っているのだろう。


 しかし、分からないとほざいていては、立ち直れない。

 暴走も止まらない。

 それは、奴の思うツボだ。


 だから、答えを提示する。



「グラヴノトプス、お前は一体何を憎んでいる? 俺か? 勇者か? 俺たちの住む世界か? それとも、俺たちを呼んだこの世界か?」



『黙レ………!』



 拳を押し込もうとするが、海魔の力を得てもまだ力比べでは劣っている。

 それでも押し込もうとしてくるグラヴノトプスに、話を続ける。



「俺はお前ではないから、何を恨んでいるのかを正確に把握しているわけではない。だが、お前のいう建前よりは的を射ていると思うが」



『黙レ!! ソノ先ヲ言ウナ!』



「言わせてもらう」



 俺が彼女を理解しているなどとほざくつもりなどない。

 だが、借り物の邪神の力、それは魔族が統一するはずだったという、そして彼女が思っていたその先の戦争のない平和をつくる世界を阻害した勇者たちのそれ、別世界の力と同じだ。


 それを頼ってしまっている今のグラヴノトプスは、明らかに目が曇っている。

 勇者を、そして俺を倒すと決意して振るってきた、自分自身の力まで否定して。


 それが間違えていることくらいは、俺にもわかる。


 だから、言う。



「そんな力を振り回してもらうために、アポロアという魔族はお前を生かしたわけじゃないだろう。お前が振るうべき力は、振るうべき理由は、魔族とお前自身のためにあるはずだ」



『ダ、黙レ………!』



「もう一度言う。その海魔と手を切れ。お前の力は、これが証明してくれるはずだ」



 砲筒を差し出す。

 発射口ではなく、砲身を向けて。


 グラヴノトプスの表情は、複雑な感情がからまりあい、せめぎ合っている。

 まだ迷いがあるらしい。



『オレ………』



 その砲身に手を伸ばす。


 だが、触れる直前に俺を殴り飛ばした。



『ウルセエエエエエェェェェェ!!』



「ぐっ!?」



 無様にギルドの建物に背中から直撃する。

 建物の中に吹き飛ばされながらも起き上がる。


 そこに、無数の触手が叩きつけられた。



『ウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエウルセエエエエエェェェェェ!!!』



 グラヴノトプスが頭をかきむしりながら、触手をギルドの残骸に叩きつけ続ける。

 言われて、自分が何をしているのかを気づいて、それでも否定をして。

 自分の感情が制御できずに、その事実を突きつけてきた俺を標的にしてただ暴れる。


 しかし、雑を通り越した八つ当たりの攻撃など、かすめるわけもない。

 やすやすと触手の攻撃をかいくぐり、俺はグラヴノトプスに接近する。



『来ルナ!』



 触手を躱され、接近を許したグラヴノトプスが怯えるように叫ぶ。


 分かっていても、暴走する感情がその事実を認められないのだろう。

 だが、俺は何度でもグラヴノトプスに対して言う。

 これ以上、彼女が自らを否定する姿を見せるのは間違っているのだから。



「何度でも言わせてもらう」



『言ウナ!』



 グラヴノトプスが聞きたくないと主張するように、目と耳をふさぐ。

 その手を強引に外して、再度言う。



「そんな力に頼る事をルシファードやベルゼビュート、お前を生かした魔族たちが望んでいたと思うのか? そんな力よりも、お前のあるべき強さの形はあるはずだ」



『ダ………黙レ………!』



 砲筒を差し出す。



「お前自身が見たはずだ。そんな力よりも、ずっとお前にふさわしい強さの形がこれにある事を」



『俺ハ………!』



 グラヴノトプスの目の色が、迷いに彩られている目の色が、揺らめく。



「お前は、魔族の三元帥だろ。そんな力に頼る必要はない」



『俺は………』



 声が、あるべき形に戻っていく。

 髪の色が、あるべき形に戻っていく。


 その手が、砲筒に伸びていく。



「アポロア様………王………閣下………俺は………」



 その肌が、色を取り戻していく。

 目から、力に酔っていた色が消えていく。


 思い出してくれたらしい。



「………!」



 声にならない泣き声を漏らし、グラヴノトプスは砲筒をその腕に抱え込んだ。

 ようやく、戻ってきたのだろう。


 反省する子供をあやすように、泣いている彼女の頭を優しく撫でた。

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