海魔エンズォーヌ
グラヴノトプスが砲筒を放ちながら、走り出す。
ただし、まっすぐ突っ込んでくるのではなく、発砲の際に出る煙や舞い上がる土埃、俺が砲弾を切り捨てる際に出る爆煙を目くらましに使うように。
右に左に、器用に走る。
「………それでいい」
火砲の利点を生かした戦い方になり、無駄な雄叫びも聞こえなくなった。
グラヴノトプスに聞こえない小声で称賛しながら、宝物庫よりテーザー銃を一丁召喚して走り回っている魔族に向けて撃つ。
「–––––––ッ!?」
向けている敵意の中に紛れ込ませた一撃の殺気。
それを間一髪で感じ取ったグラヴノトプスが、テーザーを寸前で交わした。
「テーザーを躱してみせるか」
「クソ野郎が………!」
褒めたつもりだったが、グラヴノトプスは気絶させることしかできない電撃銃の攻撃を仕掛けられたことを侮辱と受け取ったらしく、一層怒りを露わにしている。
しかし、かなりうまい立ち回りを演じてくれるようになった。
これならば、格上でも高い身体能力や属性魔法に依存した戦いをする勇者たち相手にも互角以上に戦えるだろう。
ルシファードには悪いが、天野 光聖との戦いは俺の問題だ。グラヴノトプスにはこの旅に付き合うよりも、魔族の国に残る方が彼女自身の復讐ではない目的のためにも合っているだろう。
俺がそばにいたとしても、逆恨みの歪んだ感情が先走るだけだ。
今はまだ魔族の被害を考慮してくれる理性は残っているが、すでに亜人を巻き込むことも邪神族を利用することも厭わなくなってしまっている。
それに、俺自身常に背中を狙ってくる味方とともに、天野 光聖1人ならばともかく他の勇者全員を敵に回した場で戦うことは避けたい。
「クソがぁ!」
グラヴノトプスが振り下ろしてきた砲筒を薙刀で受けようとした瞬間、グラヴノトプスは砲筒を捨て薙刀を構えたことで空いていた胴部に走ってきた勢いをそのまま利用した体当たりをかましてきた。
「………面白い」
「!?」
俺を吹き飛ばすにはまだまだ威力が足りないが。
俺がまるで動じていないことに、グラヴノトプスはすぐさま距離をとった。
効かないからといって、驚いている暇などない。
彼女は取るべき行動を理解している。
薙刀を構え、距離をとったグラヴノトプスと再び対峙する。
今までまともにこちらに効く攻撃が通せていないことに、グラヴノトプスには苛立ちと怒りの感情以外に、少ないが恐怖の感情も抱くようになっていた。
持ちうる攻撃手段で、まともにダメージが通せないことに、焦りが出ているのだろう。
どうすれば勝てるのか、未だに明確な手段が見えてきていない。
気持ちはわかる。
恥ずかしい話だが、力で上回っていても技量でずっと劣っていたからまともに勝てた試しがない親友がいる。
俺の場合は、その相手が恨みの対象ではなく相手にされない片思いの相手だが。
この世界で彼女と対峙することになったら、力でさえ見劣りしなくなっているのだから、おそらく絶対に勝てないだろう。
勝てる未来が見えない。それでも勝たなければいけない。
力で劣るなら、どうすればそれを逆転できるか考える。
格上との戦闘という実戦を通じて、グラヴノトプスはそのことを徐々に掴んできていた。
グラヴノトプスが、砲筒で狙いを定める。
どのような砲弾を撃ってくるのか。
「…………………」
そう勝手な期待を抱いていたのだが、グラヴノトプスは砲筒の引き金を引くことなく目を閉じて、小さく何かをつぶやいた。
「………知ってた、勝てないことくらい。アポロア様が勝てないやつを斬り伏せた相手なんかに、逆恨みなんかに走る奴が勝てるわけがねえ。思い上がりだよな………俺様だけで異世界人共全員皆殺しにしてやる、なんてよ………。けど」
俺の耳は、おそらく誰かに聞かせるようなことではなかったであろうグラヴノトプスのそのつぶやきも拾った。
だから、逆恨みだと理解している彼女の本心も聞こえた。
「けど………恨まずにはいられねえんだよ………! 身勝手でも、逆恨みでも………そんなことは関係ねえって、この怨念が際限なく湧き上がってくるんだよ………!」
逆恨みだとわかっている。それでも、身勝手とわかっていても復讐心が抑えられなかった。
それが聞けただけでも、よかった。復讐だけにとらわれているわけではなかった。
やはり、魔族領に戻ってもらうべきだろう。
そう考えた時だった。
グラヴノトプスが砲筒を捨てた。
「…………………」
何をするつもりなのか。
次はどんなで打ってくるのかと思いながらそれを黙って待つ中、グラヴノトプスは身を守っていた甲冑を脱ぎ捨てた。
「………?」
防御を捨てるというつもりなのだろうか。
しかし、グラヴノトプスは砲筒を拾うこともしなければ、殴りかかってくることもなく、その場で両手を広げた。
グラヴノトプスの周囲に海魔が集まってくる。
まるで配下を見せつけるような行動に、その意図が見えない。
「………何をするつもりだ?」
初見ならばともかく、急所を知り姿も闇に隠れているわけではない今の海魔どもならば、何体来ようが相手にならない。
グラヴノトプスもそれをわかっているはずだ。
グラヴノトプスは、俺の問いに対し狂ったような笑みを見せた。
「何をって? どうせ、お前に俺様1人じゃ何しても勝てねえんだ。だから………こいつにやってもらうんだよ!」
次の瞬間、グラヴノトプスの周囲にいた海魔たちが一斉に触手を伸ばした。
………両手を広げ、甲冑も捨てた無防備なグラヴノトプスに向けて。
「!?」
いきなり自分の体を串刺しにさせるという全くの想定外の行動に、俺は驚くしかなかった。
あれだけグラヴノトプス相手に驚く前にやるべきことがあるとほざいておきながら、なんという体たらくだろうか。
「ッ!」
しかし、放置はできない。
すぐに海魔たちを斬り伏せグラヴノトプスを助け出そうと駆け出す。
「喰らえ、クソが!」
「!?」
しかし、グラヴノトプスが俺に向かって口を開き、そこから紫色の煙をふいてきた。
そして、それを受けた直後、突然体の力が抜けて俺はその場に倒れこんでしまった。
「これは………!」
鎧は傷を受けていない。
煙は鎧をすり抜けて、内部に入り込んできた。
体に傷はない。できたとしてもすぐにふさがる。
外傷がないのに体の自由が奪われた。
おそらく、毒の類だろう。
どうしてそんな攻撃が突然できるようになったのか。
その疑問は、倒れこむ俺の視線の先で海魔たちが触手を通じてその体に入り込んでいくグラヴノトプスが示していた。
「これで全部ぶっ壊してやる! お前みたいなやつを………お前ら異世界のやツラヲ呼ンダコンナ世界、何モカモブッ壊シテヤル!」
グラヴノトプスの体が、変貌していく。
飲み込まれた海魔たちの触手が腰の部分から伸びて、下半身全体を覆っていく。
タコの魚人のような姿となって残った人型の上半身の上に、海魔の表皮に似ているが色が白の鎧が浮かび上がり、グラヴノトプスの体を覆っていく。
背中からも触手が伸び、鎧を覆っていく。
グラヴノトプスの目は赤黒い色を宿し、その肌と髪も生気が失せるほどに真っ白に染まっていく。
そしてその海魔を宿した体は膨れ上がっていき、異形と呼ぶにふさわしい存在が生まれた。
『–––––––––––––––––––––––!!!』
邪神が慟哭を上げた瞬間、周囲の瓦礫は、建物は、地面は、一斉にヒビを走らせて破壊された。
「チッ!」
悠長にことを構えすぎたらしい。
グラヴノトプスが何度立ち向かっても俺に勝てないことから、感情を暴走させたようだ。
奴と手を結んでいることは察していたが、ここまでやるだろうか。
「………どう呼べと?」
さしずめ、【海魔エンズォーヌ】といったところか?
ここまで来ても奴まだ様子見を決めているらしい。
薙刀を構え直す。
『全部、全部全部全部全部全部………全部! テメエノ全部、ブッ壊シテヤル!』
完全に支離滅裂な言動になっている。どうやら、暴走してしまったようだ。
まだ出てこないならばやつはこの際後回しとして、まずはグラヴノトプスを止めるとしよう。




