シンカンセン源田
バルドレイの話によれば、ラプトマという街は徒歩で2時間程度進んだ地点にあるという。
そこには冒険者ギルドの支部があり、冒険者登録もそこで行えるとのこと。
ルシファードから聞いた通り、冒険者ギルドに入るための条件は身分も種族も問わない、仕事の遂行能力だけだという。
冒険者の仕事は多岐にわたるが、大半は邪神族の討伐など邪神族を相手にする仕事が多くなるという。
邪神族は亜人の国に広く分布しており、その数は今なお増え続けているという。
中には街1つを食い尽くす邪神族もいるとのことであり、邪神族との戦いは亜人がギルドだけでなく国を挙げて戦っている相手だとのこと。
「お前さんほどの実力者なら大歓迎だ!」
冒険者ギルドに加入することは俺の当初の予定の目的だったので、現役のギルドメンバーが紹介してくれるというのは渡りに船である。
バルドレイは単純な性格なのか、深く詮索してくることもなかった。
邪神族という存在についても、異世界から来るその存在に対して最前線で戦っている亜人たちは詳しいという。
先ほど戦った邪神族は得体の知れない存在との遭遇戦という点を考慮しても、天野 光聖より手強い敵だった。
バルドレイの話では、彼らの崇める神である龍神の結界により邪神族はこの世界の出入り口を制限されており、人間や魔族の国の中心部には出てこない存在ということ。
だが、日向や魔族たちの安全を脅かす存在であることは明白である。
放置できる存在では無い。
冒険者ギルドの加入は人間の国で用いられる貨幣と出入りのための身分証の入手が目的だったが、邪神族の討伐のために亜人の国の滞在期間をある程度取ることにした。
しかし、さすがにこの暗い中を街まで進むというのは危険がある。
バルドレイの話によれば、今回の殺人事件の犯人である邪神族は初めて見る種とのことである。
新種ということはその生態については何も判明しておらず、他に同様個体がいないという保証はどこにも無い。
血の匂いが立ち込めているが、安全を考慮するならば今晩はこの砦で、過ごした方がいいだろう。
バルドレイと話し合い、夜を砦で明かして、翌朝ラプトマという街に向けて出発することになった。
兵士たちの遺品を回収後、彼らを埋葬し、証拠として邪神族の死体も回収しておく。
その後、付近の捜索に出していたゴーレムを一度集めてから砦と魔族の国に向かう側の街道に監視要員として配置した。
これで少なくとも砦にいれば危険をあらかじめ察知できるため、警戒をすることなく眠りにつくことができる。
見張りが必要ないゴーレムの機能にバルドレイはさらに興奮したが、さすがに俺の方は少々疲れが溜まっていたので付き合いきれず、何も口にしないままに砦の中の床に横を向いて寝転んで、腕を枕に鎧姿のまま眠りについた。
「………強ぇのに抜けてるところがあるとか、絶対モテるだろ」
眠気に身を任せて意識を手放していた俺の耳に、バルドレイの呟きは入ってこなかったが、聞こえていたとしたら俺自身は否定しただろう。
何しろ、意中の相手に好意を気づいてもらえずおかしな勘違いをされている身の上である。
この世界に来てからも似たような勘違いをする者もいるし、旅の同行者は美人だが恋愛云々の前にこちらの命を狙ってくる相手である。
–––––––夜が明け、日の光が砦の窓から入ってきた。
しかし、朝を告げる日の光が兜を照らす前に、その兜の下にある頭を狙って突き出された槍の穂先に反射する光とそれに乗せられた殺意に起こされることになった。
「何!?」
殺意を隠すことはあまり得意では無いらしい。
突き出された槍を掴み止めると、グラヴノトプスは驚いて一瞬力を抜いたものの、すぐに槍を持つ手に力を込めた。
「クソッ! 鬼の力をなめるなぁ!」
確かに鬼の魔族は亜人に匹敵する怪力を持つ、魔族の中でも特に戦士に向いている者たちである。
グラヴノトプスはその中でも三元帥の地位に登りつめただけのこともあり、将としてだけでなく武人としても非常に有能な魔族だ。
だが、それでも異世界人の超人的な身体能力に力押しで対抗しようとしても無駄である。
睡眠中を狙った不意打ちであったため、反射的に槍を掴み取って止めたが、余計な方向に力を逸らして事故につながるのもマズイので、このままグラヴノトプスが疲れて力を抜くまで張り合うことにした。
「こんの………!」
「…………………」
ベルゼビュートに次は無いと言われても、やはり割り切れない感情があるらしい。
面の奥に隠れるグラヴノトプスの双眸には、隠すそぶりも見られない殺意が俺に向けられている。
だが、俺には俺の目的がある。
逆恨みであっても、正当な報復であっても、命まで差し出すことはできない。
しばらく槍を押し込もうと力を込めていたグラヴノトプスであったが、バルドレイが起きる音が聞こえたことで槍に込めた力を抜いた。
「チッ………」
槍が離れる。
バルドレイが起きる音は俺にも聞こえた。
槍を下げたグラヴノトプスの隣を通り、砦の扉を開けようとする。
その時、一度槍を下ろしていたグラヴノトプスがすかさず俺の背中に向けて槍を突き出してきた。
「死ねえ!」
「起きたかアカギ!?」
バキッ!
槍がへし折れる音と、ドアノブが破壊される音が重なった。
余計な力を込めたせいで、想定外の荷重に耐えられなかったようである。
壊れたドアノブの残骸を握る自らの手元を見て「やってしまった………」とつぶやきを漏らすバルドレイを前にして、俺は落ちてきた槍の穂先を掴み取る。
「おはよう、バルドレイ。昨日はよく眠れたようだな」
「まあ、おかげ様でな。お前さんは………元気そうだな、顔見えねえけど」
バルドレイと軽く朝の挨拶を交わす。
そしてバルドレイの目線が俺から折れた槍の穂先に移り、そこから後ろのグラヴノトプスの方に向かう。
「ん? そいつは?」
「ゴーレムだ」
「ざっけんなてめえ!」
未だに物々しい雰囲気を纏っているので、場の空気を和ませようと冗談を口にしたところ、背後のグラヴノトプスが大声をあげて殴ってきた。
よほど気に入らなかったらしい。
少なくとも先ほどの槍よりは響く一撃だった。
「ああ、昨日寝てたっていうお前さんのお供か」
このやりとりだけで正解を導くバルドレイ。
………少し考えればわかることか。
首肯すると、再び後頭部を衝撃が走った。
「勝手に頷いてんじゃねえよ! 俺様の共がお前だ!」
「………どちらでも大差あるまい」
「大有りだわ、ボケ!」
3発目が兜に直撃した。
1発目は冗談だった、2発目は認められない彼女自身の負けず嫌いな感情があったからだろう。
しかし、3発目はぼけたつもりなど微塵もない。
八つ当たりのようなものと考えるとしよう。
ここはあえて無視をする。
「2人揃って全身鎧って………魔族で流行ってんのか?」
「誰だこいつ?」
そこでようやくグラヴノトプスもバルドレイの存在に気づいたらしい。
復讐に目が曇り、見るべき場所に視点が向いていない様子である。
しかし、ここで割り込まれてはややこしくなる。
あまり素性も明かしてもらいたくないので、ここは敢えて無視の方向で話をさせてもらうことにする。
「詳しくはわからないが、別に流行ってはいなかったと思う」
グラヴノトプス以外で全身鎧姿で身を固める魔族を、俺は俺自身しか知らない。
ルシファードもベルゼビュートも、顔は出していた。
おそらく流行っているということはないだろう。
「………鎧の中、実は美人だったりしてな」
「想像するだけならば勝手だろう」
「おい、あからさまに無視すんな」
バルドレイの口調からして冗談だろうが、グラヴノトプスに関しては的を射た予想である。
果たして兜の下を見たときなんという反応をするものか。
「いっぺん、兜だけ脱げよ。ブサイクでも俺は構わねえぜ。むしろ俺がブサイクだからな!」
「断る」
「無ー視ーすーんーなー」
バルドレイの申し出を拒否する。
兜を叩かれているが、別にやかましいくらいで痛みはないので無視する。
拒否する理由は簡単だ。
この鎧は宝物庫から召喚すること、宝物庫に戻すことによる着脱を想定しているため、余計な隙間などがなく、当然外すこともできない。
顔をみせるには、一度鎧をすべて宝物庫に戻す必要がある。
宿屋や街ならばともかく、昨晩の邪神族がまだいるかもしれないようなこの場所でさすがにその無防備を晒すわけにはいかないし、それ以前に背後にいる魔族がコレ幸いだと攻撃してくることが推測できる。
いくら怪我の治りが早いとは言っても、過信はできない。脳などの急所に深刻なダメージを追えば、さすがに立ち直れないだろう。
殺しにかかるのは構わないが、まだ俺にはやるべきことが、為さなければならないことがある。それを果たすまでは、死ぬわけにはいかない。
「おい、聞けっつてんだろうがボケ!」
「………いいのか?」
「構わない」
「構えよ!」
遂には砲筒まで取り出して殴ってきた。
この程度、痛みもないがさすがに支障が大きくなってきた。
俺が無視してもバルドレイが無視しきれない様子である。気になって仕方がない、といったところだろう。
グラヴノトプスの方を向く。
「………あ?」
互いの兜越しに目が会うと、グラヴノトプスは一層不機嫌になった。
その様子を確認した俺は、容赦なく俺に凶器を振り回してきたグラヴノトプスに引き気味になっているバルドレイの方を向き直り、グラヴノトプスを紹介することにした。
一応、和ませるために冗談を交える。
「これは喋るゴ–––––––」
「同じネタを使い回すな、ボケ!」
冗談を言い終える前に殴られてしまった。
樋浦の担当が書記の設定だったのに会計で紹介していました。
訂正します。大変申し訳ありませんでした。




