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魔神の使徒(旧)  作者: ドラゴンフライ山口 (飛龍じゃなくてトンボじゃねえか!)
第二幕 邪神族
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シュノーケル猪口

 薙刀には触れた瞬間に属性魔法を無効にする魔神の加護が付与されている。

 つまり、属性魔法で作られるものならば【消える】ことはあっても【切れる】ことはない。


 錬金魔法は論外だ。この魔法は無限の可能性を持つ自由の魔法であるが、魔法というより技術の側面を強く持っており、行使するにしても魔法に膨大な数の物質の構造式や設計図のための数式を埋め込んで作り上げなければならない。

 弾薬や火薬、壁といった類のものは簡単に作れるが、機構を備える存在を一から作り上げていくのは相応の準備が必要である。


 自律機構のあるゴーレムは、俺はこの鎧の補助のおかげで簡単に作ることができるが、本来はかなり高度な錬金魔法の産物なのである。


 ましてや、現在の魔族の最先端の錬金魔法はタンパク質の解析も不十分である。

 その中で、【肉】を用いているようにしか見えない柔軟かつ素早い動きをするあの蛸の足を作ることは不可能だ。


 なおかつ幻影の類でもない。

 錬金魔法でも、属性魔法でもないとすると、考えられる可能性は先ほどバルドレイから聞いた邪神族というものになる。



「いったい何が–––––––うおっ!?」



「頭を下げていろ!」



 ようやく襲撃されたことを認識したバルドレイだが、様子を確認しようと伏せていた頭を上げようとしたところを触手が狙う。

 その先端を切り落とし、すんでのところでかばう。


 だが、その隙をついて別の触手が鎧を突いてきた。



「ぐっ!」



 鎧は貫かれなかったが、強い衝撃が響き、体勢が崩されてしまう。

 そこに複数の触手が巻きついてきて、腕の首を拘束されてしまった。



「アカギ!」



「構わず伏せているんだ!」



 鎧に守られているため、首や腕が圧迫されることはない。

 だが、その触手の力は凄まじく、高位世界の異世界人に与えられる超人的な力を持ってしても解けない。


 おまけに粘膜により滑り、うまくつかめない。


 せっかく隠れたというのに大声と頭をあげて自ら位置を晒そうとするバルドレイに怒鳴り声を上げ、伏せさせる。

 天野 光聖を思い出したことと、余裕がない現状で、気が立っていた。



「この………!」



 こちらは砦の篝火と俺が首から下げているライトにより位置が割れているだろうが、向こうは暗闇の中から攻撃してくるため正確な位置がつかめない。

 足掻いているうちに、さらに伸びてきた触手がもう片方の腕と両足、さらに胴体に絡みついてきて持ち上げた。



「クソッ………!」



 触手は早々に鎧の頑丈さに気がついたらしく、四肢を封じて空中に持ち上げ抵抗できなくしてから、手足と首をその怪力で引き始めた。

 首と手足を引きちぎるつもりらしい。


 だが、使用する触手の数と、安易に持ち上げたことが、その本体の位置を割出させることにつながった。



「そこか!」



 月明かりに照らされ、黒光りする粘液をまとった異形の姿が目に入る。

 その本体と伸びている触手めがけて、宝物庫から適当に引き出した多数の武器や錬金魔法の生み出していた銃器を召喚し、攻撃を仕掛けた。



 –––––––––––––––!!!



 表現の難しい、そしてどこまでもおぞましいと感じる咆哮が一帯に響き渡り、触手が切れたことで拘束が解かれる。


 あれだけ伸びることができ、あれだけ強い攻撃ができる。

 そして、やけどを負わせるような熱を攻撃にこもらせることもない。


 触手に血が付いていなかったから確定とはいかないだろうが、あの化け物が犯人であることを示す判断材料は揃っている。

 おそらく、あの化け物が国境の守備兵たちを襲撃した犯人なのだろう。



「お、おい!」



 あの咆哮から推測するに、この犯人に話し合いができる知性があるとは思えない。

 ならば、早々に排除する。どちらにせよ、こちらを意図的に襲撃してきたという事実は変わらない。


 バルドレイの声を無視して、薙刀を手に一息に間合いを詰める。


 粘膜に覆われた体に無数の刃物や銃弾などが刺さっているが、まだ生きている。

 接近してきた俺に気づいて触手を伸ばしてきたと同時に、薙刀を投げつけた。



 –––––––––––––––––!!



 急所に当たったのか。

 首と胴体に巻きついてきた触手の力が緩み、悲鳴が途切れる。

 化け物は動かなくなっていた。



「…………………」



 化け物の全容を見る。

 それは、巨大な黒いタコ………ではない。

 もっと別の、軟体生物を模しているのだろうがタコなどではなく、もっとずっとおぞましい外見をしていた。


 粘膜に覆われている体に触れてみる。

 潮臭さや生臭さは感じず、表面温度も非常に低い。

 表面は凹凸が一切なく、あれほど伸縮自在な動きをするとは思えない滑らかさだった。


 そして、金属鎧を穿つことのできる破壊力を繰り出す表皮とは思えないほどに柔らかい。

 触手に吸盤の類も見られず、目や口なども見当たらない。タコと違い胴体はなく、形状を称するならばヒトデの方が近いかもしれない、そんな形をしていた。



「やった、のか………?」



 伏せていたバルドレイが立ち上がり、近づいてきた。

 念のためにゴーレムに生体反応の検知をしてもらったが、反応はない。

 ………それ以前に生物かどうかさえわからないが。



「生きてはいない。だが、動かない保証はない」



「怖えこと言うなよ!」



 脅かす意図はなく、ただ事実を述べただけなのだが。

 ボケた覚えはないのにツッコミを入れてきたバルドレイが化け物に近づく。



「………こいつは、邪神族か」



 そして、化け物の体を観察し、そう結論を出した。



「わかるのか?」



「この世界の魔力を感じねえからな。属性魔法も錬金魔法も強化魔法も使えない、けどあんだけ化け物みたいな力を振るえる。こんなやつ見たことねえし、こんな獣がいるわけねえし、まあまず邪神族だろうよ」



 龍神の加護により気に精通している亜人は、この世界の魔力を感じ取ることに長けているという。

 そして別世界の存在である邪神族は、この世界の魔力を持っていないという共通点があるという。


 中にはこの世界の魔法を会得する存在もいるというが、そういうものは大抵知性がある存在であり、このような脳があるかも不明の化け物はまずありえないとのこと。



「ま、もうくたばったみてえだし、むしろ何も感じねえが」



 バルドレイが触手の一本、まだ先端が残っているその触手を調べて何かを見つけた。

 それは、銅色のネームプレートだった。



「兵士の遺品………こいつが殺人犯だったみてえだな」



 それは、亜人の国の兵士たちが身につけている軍籍の身分証とのことだった。

 それをこの怪物が持っているとすれば、それは1つしか理由がないだろう。


 触手に血が付着していないのが気になったが、バルドレイの見つけた証拠がこの化け物が殺人犯であることを示していた。



「全く犯人像がつかめなかったが、案外早く解決したな」



「………ああ」



 薙刀と武器を宝物庫に戻す。

 犯人は見つかり、討伐も成功した。

 あとは亜人の国の当局に残りを任せればいいだろう。


 そう判断し、ひとまず夜を明かすために砦の方に戻ろうとする。

 その背中に、バルドレイが声をかけてきた。



「おい、ちょっと待てよ!」



「…………………」



 呼び止められたので振り向くと、バルドレイが睨んだわけでもないのにたじろいだ。



「お、おお落ち着けって………」



「………何だ?」



 夜が明ける前には死人たちの遺品を回収し、弔っておきたい。

 要件があれば早く話して欲しいのだが。


 そう思いながらバルドレイの方を見ていると、睨みつけられたと誤解してたじろいでいたバルドレイは顔色を変えて飛びついてきた。



「てかよ! アカギ、お前めっちゃくちゃ強ぇな!」



「!?」



 いきなり肩に手を回され、若干驚く。

 2メートル登るだろう巨体のバルドレイ相手ではなかなかの迫力があり、むしろ木立がたじろぎたくなる。


 それはともかく。

 俺の肩に腕を回してきたバルドレイは、1人で興奮していた。



「魔族ってのは学者肌っつうか、人間よりは頑丈だろうがどっちかっていうと理屈っぽい奴らが多いって思ってたけどよ、お前さん腕っ節で完全に俺のこと抜いてるだろ!」



 実際は魔族ではなく異世界人であり、元の世界でもどちらかというと肉体労働向きの性格ではあった。

 しかし俺の強さは魔神の加護と宝物、異世界人としての超人的な身体能力の恩恵によるものであり、手放しに賞賛されるようなものではない。


 そう口を挟みたかったが、バルドレイは興奮冷めやらないらしく1人で騒ぎ続ける。



「冒険者ギルドは腕っ節と仕事の遂行能力があれば食うに困らねえからな。こんな化け物が出てくるんだし、俺たちが相手取る邪神族は底が知れねえ。人手が足りないことはあっても、仕事が足りないことなんぞ無い! だから、おまえさんみてえなのが入ってくれるのは大歓迎だ!」



「いや、俺は–––––––」



「こりゃ、俺がギルドに紹介しなきゃダメだろ! 近場にラプトマっていう町があるが、そこならギルドの支部がある。登録するにはちょうどいいだろ! そして俺が紹介する!」



 世話を焼いてくれるのはありがたいし有益な情報ではあるが、勝手に話を進めるのは待って欲しいところではある。

 反対をするつもりは無いが。



「つかよ、お前さんマジで強ぇな! いったいどんな鍛え方してんだよ!?」



一周回って同じセリフに戻ってきた。



「いや、それは–––––––」



「俺1人じゃどうなっていたか! こう、スバーンって行って、どーんて切り捨ててよお!」



「切ったというより投げつけたという方が………」



「俺はお前さんのこと気に入ったぞ! つか、本当に強いんだな!」



「何回言うつもりだ………」



 しばらくバルドレイの興奮冷めやらぬ声が兜の横で響き続けた。

 その割に、人力車型ゴーレムの中で眠る魔族は起きてこなかったが。


 殺人事件は予想よりも早く決着がついた。

 バルドレイがこの事件の報告もあるしそのついでにと、ラプトマの街のギルド支部まで同行してくれることとなった。


 ………それは素直にありがたいことであるし、殺人事件と邪神族の報告が重要なのだろうが、バームなる邪神族の駆除の仕事はいいのだろうか。


 こうして、国境の砦の殺人事件はひとまず犯人の討伐まで成功した。






 –––––––その時は、これで事件が解決したと思い込んだのだった。

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