シーレーン谷口
凄惨な死体が転がる夜の惨状にて、俺は魚人の男と向かい合う形でこの現状についての情報交換をするべく座っていた。
魚人の男は、バルドレイという。
冒険者ギルドに籍を置く亜人で、魔族の国のとある村の近くにできた【バーム】という、話を聞くと一種の害獣の類らしき存在の巣穴を始末するための道程の最中、砦で深夜を過ごさせてもらおうとここまで来て惨状に出会したという。
亜人たちの国の方には血の付いた足跡が見られなかったから魔族の国の方に向かったのではと砦の反対側の街道も調べたものの、そちらにも血の足跡はなかった。
犯人の行方も知れない中、夜中に砦から出て行くのも危険であり、またこの惨状を放置もできず、どうすればいいのかと頭を悩ませていたところで俺が来たとのことだった。
俺のほうは、冒険者ギルドに入るために亜人の国に向かう途中だった2人組の魔族ということで自己紹介をしておく。
「もう1人は?」
「中で寝ている。できれば起こさないでおいてほしい」
「そうか………」
ほとんど街道を使わずに来たものの、魔族の国の方から来る途中は殺人犯らしきものが通った跡や、その気配の類と遭遇することはなかった。
これだけの惨状を作り出したのだから血の付いた足跡が残っているはずなのだが、街道だけでなく砦の周囲を可能な限り探してみたが、それはなかった。
砦には生活水として用いるだろう井戸が1つあったが、洗い流した形跡などなく、むしろそこにも死体が転がっており井戸の中も血まみれだった。
砦の中に血の足跡は多数見受けられたが、亜人の兵士たちの履いているサバトンと一致するもののみであり、犯人も同じサバトンを着用している砦の兵士で内部抗争によるものという仮説が浮上したが、殺害方法が巨大な杭と思われるもので胸を貫かれたという統一されたものばかりなので同士討ちにしては不自然すぎる。
凶器らしきものも残されていない。
貯蔵庫の食料や物資、金銭、彼らの身につけている金属鎧なども一切奪われていないので、略奪の可能性はなさそうだ。
怨恨にしては殺し方が統一されているし、10人の兵士の死体はそれぞれ猫の亜人が3人、犬の亜人が2人、狐の亜人が1人、カラスの亜人が2人、トカゲの亜人が2人という構成で、年齢もバラバラである。兵士は恨みを買いやすいものだが、不自然な点が多い。
結果、犯行の動機も不明だ。
「死んだやつらには悪いが、知り合いがいないのが幸いだったぜ。怨恨にしても、出征軍や傭兵ならともかく国境警備の兵士が恨みを買うことなんて滅多にねえぞ?」
わかっていることがほとんど何もなく、派手な殺人現場の割に犯人像どころか犯行手段やどこに向かったかさえわからない現状だった。
「金属鎧にこれだけ派手な損傷を与えるならば、パイルバンカーか、あるいは徹甲弾か………どちらにせよ、人力でやるのは不可能だろう。火砲の類が必要だが」
「凶器も検討つかねえし、そんな派手なのなら音くらいは響くはずだよな」
何か焦げ付いたような跡もないならば、火薬を用いた武器は使っていなようである。
しかし、この世界には魔法という存在があるため不可能なこともない、とみている。
属性魔法に関しては亜人の方が詳しいだろうと、その可能性についてバルドレイに聞いてみた。
「属性魔法に、このような芸当をこなす手段はできないか?」
バルドレイは首を横に振る。
「流石にこんな芸当は難しいな。風か、木属性なら可能かもしれねえが、こんな風穴開けるよりも首を切ったり縛ったりする方がよほど効率がいいからそこまでの使い手なら風穴開けるなんて手段を使わねえだろうし、土属性なら欠片が残るはずだ。けど、それも無え」
「…………………」
「むしろ錬金魔法の可能性が高いと思うぞ?」
逆にバルドレイが示してきた仮説だが、俺は首を横に振った。
全てを知っているわけではないが、魔族の扱う錬金魔法の武器も火薬や蒸気、電気などに頼る加速手段が主体だ。
その割に死体の肉や血に焼け付いた後が一切ないし、消炎やこげつきの後もない。
そのことを伝えると、バルドレイも同じ考えだったらしく納得した。
「錬金魔法は自由の魔法だからな、可能性が無限に広がる魔法だ。だから魔族ならもしかして知っている手段でもあったんじゃねえか、と思っとんだが………」
結局、浮いた仮説を否定するばかりで、何もわからないの振り出しに戻ってしまう。
魔族の安全を確保するためという点からも、国境の砦の殺人現場に居合わせたことで殺人犯の疑いをかけられないようにするという点からも、犯人探しをする必要がある。
急ぎたいところではあるが、この事件を解決しなければならないので、危険な夜の周囲の捜索をするためのゴーレムを錬金魔法にて生成した。
数は10台。
9台が小型犬ほどの大きさの8足歩行の熱源感知とカメラを搭載した蜘蛛のような形のゴーレムで、1台はプロペラを搭載したドローン型のゴーレムである。
蜘蛛型が探索用で、ドローン型はこのことをルシファードに伝えるためにシェオゴラスに飛ばすためのものである。
8足歩行の上、足先に細工を施してあるため木や石壁も登れるようにしている。これならば悪路でも進み探索をこなせるはずである。
ゴーレムたちを捜索に向かわせると、その様子を見ていたバルドレイが何をする気なのかと尋ねてきた。
「今のは、ゴーレムか? 何する気だ?」
「殺人犯がまだ近くにいる可能性もある。その捜索に向かわせた。国境の砦の守備兵の殺害事件となると、放置できる案件ではない」
「面倒なことに首突っ込むんだな………」
半分関心、半分呆れといった口調でそう零したバルドレイは、あたりの惨状を見渡してから気合いを入れるように両の拳を付き合わせた。
「まあ、俺もそれなりにギルドじゃ名の知れてる冒険者だからな。バームなんぞよりもずっと村人たちの脅威になる案件、放置なんぞしたら程度が知れて信用なくしちまう。俺ももちろん、殺人犯の捜査に協力させてもらうぜ」
「………そうか。それはありがたい」
俺に止める理由も権利もない。
それに人手は多いほうがありがたい。
グラヴノトプスの協力はおそらく得られないだろうから1人ですることになると思ったが、素直にバルドレイに協力してもらうことにした。
夜間の捜索に関してはゴーレムを使うことにして、俺はバルドレイの協力のもと再び死体の状態を調べることにした。
先ほどは凶器の特定という観点から傷口を見たが、犯人の足跡が無いとなると空から襲ったという可能性も考えられる。
その場合、剣を抜くなど迎撃の姿勢を見せていた死体から察するに犯人の方を見上げていただろうから、傷口が斜めに入っているかもしれない。
ところが、さらに不自然なことに傷口の角度も上から正面から、やや斜め横からなど、バラツキがあった。
その上貫かれた金属鎧の損傷の仕方から見るに、先端がかなり鋭利な凶器による犯行とみられる風穴の大きさを考慮するとかなり綺麗な破壊のされ方だった。
「………現状最有力なのは、土魔法で作った石塊の槍の類か。それならばやけどになっていない説明もつくが」
「案外、邪神族の仕業という線もあるかもしれねえぜ。あいつら、どこから来てるかわかったもんじゃ無え連中だからな」
別の死体を調べながら、俺の出した仮説に対してバルドレイが聞き慣れない単語を口にした。
「邪神族………? バルドレイ、邪神族というのは何だ?」
「お前さん、知らねえのか? ………ああ、なるほどだ。本国の育ちだな」
邪神族。
初めて聞いたその単語を尋ねると、バルドレイは知らないとは思っていなかったのか驚きはしたものの、何やら勝手に1人で納得した。
俺がその邪神族なるものを知らない理由はこの世界に来たばかりの異世界人でありこちらの世界に関しては無知だからというのが1番大きい理由だが、邪神族なる言葉はシェオゴラス城にいた頃には聞いたことがなかった。
バルドレイは「本国の育ち」だからと納得したが、ルシファードは一言もそんな存在について触れていなかったから、もしかしたら魔族の国の中心部では知られていない存在なのかもしれない。
これから亜人の国に進むことになるし、知っておいて損はないだろう。
バルドレイは粗暴な口調に反して意外と面倒見が良いらしく、見返りもなしにその邪神族というものについて説明をした。
「まあ、邪神族ってのは簡単に言えば別世界からやってくる侵略者のことだ。女神と魔神は仲が悪く、神同士の争いを大昔に起こして、龍神様が仲裁をするまで神と神の戦争をやっていた。その影響で、世界に別世界からくる侵略者どもが入り込んできた。そいつらが邪神で、その邪神どもの駒が【邪神族】とよばれている」
「別世界から、入ってきた………?」
魔神クテルピウスもこの存在を伝えてはこなかった。
俺たちは神によって召喚された異世界人だが、その他にも異なる世界からくる存在があるなど聞いておらず、ましてそれらが侵略者という認識になっているなどという話は初耳である。
独力で世界を渡ってこられるような存在があるとすれば、異世界人体に比べ魔族にとってはこちらの方がよほど大きな脅威ではないだろうか。
バルドレイは話を続ける。
「邪神族同士は違う世界の違う化物だが、邪神族って括りはよその世界の侵略者どもをまとめてそう呼んでいるに過ぎねえ。俺たち冒険者や傭兵ギルドの連中なんかが相手をするバケモンどものことだ。俺が駆除の依頼を受けている【バーム】なんかも邪神族の一種だぜ。こいつら、気性は比較的おとなしいが土壌汚染をして農地を殺す厄介な連中で、そうやって作った巣を守るときに普段の気性が嘘みたいに凶暴になる」
「………その、邪神族の仕業だと?」
「世界が違うのか、邪神族の連中の強さはピンからキリまであってな。わけわかんねえ力を使うやつらも多いから、何をしでかしてもおかしく無え」
「…………………」
バルドレイのおかげで、新たな可能性が出てきた。
なるほど、得体の知れない異世界の怪物。そういう類のものならば、この芸当をなす手段があってもおかしくはない。
そうなると身を隠す手段もあり、未だに現場に潜んでいる可能性もある。
その可能性を思いついた時、バルドレイの後方に何かが光るのが見えた。
「–––––––ッ!」
声をかける暇も惜しかった。
とっさに異世界人の超人的な身体能力を用いて、バルドレイを突き飛ばす。
焦っていたのでかなり力をこめてしまった。
巨大な蛸の足のような物体が迫ってくるのがかろうじて見え、直後、兜にグラヴノトプスの砲弾を食らった時とは段違いの衝撃が走った。
「!」
すぐさま体制を立て直して薙刀を構える。
一本だけではない。暗くて視認しきれないが、粘膜が松明や月明かりを反射している光から確認できるだけでも、丸太ほどの太さの触手が10本以上はある。
「いてて………なにしやが–––––––」
「伏せていろ!」
触手は俺とバルドレイに向け、一斉にその先端を向け凄まじい速さで伸びてきた。
俺がバルドレイの前に立ち、薙刀で第1波の攻撃をしのぐ。
「ぐっ!」
重い。
天野 光聖が振り回していた蒼炎の聖剣よりもはるかに早く、重く、そしておぞましい殺意が載せられている。
あの戦いが児戯に等しいと思える攻撃。
実際、天野 光聖と対峙したときはどんな手を使っても殺すと憎しみをぶつけることはあったが、その剣が脅威になるとは感じなかった。
油断大敵、まだ実力を隠している可能性こそあるものの、天野 光聖は脅威になりえない。
だが、この触手は別格である。
「チッ………! やつを殺すまで、死んでたまるか!」
第2波に備え、薙刀を振り上げた。




