シーサーペント有馬
投稿する順番を間違えてしまいました!
………拙作「異世界から勇者を呼んだらとんでもない迷惑集団が来た件」の前編でもこんなヘマはやらかさなかったのに。
進化どころか退化しております。
翌日。
天野 光聖は人間の国において多くの聖の属性魔法を扱う治癒魔法の使い手達により治療を受けているものの、俺との戦闘により受けた傷が深かったことで、未だに剣をまともに振るうことができないという情報が得られた。
しかし着実に回復しつつあり、戦うことは無理でも歩く程度であれば可能となっているという。聖の属性魔法による国の全力をあげた治療と、この世界における超人的な身体能力が、本来は死んでいる怪我からの生還を成し遂げていた。
このままでは、いずれ復帰することになる。
怪我が治りきっていないうちに襲撃すれば、その超人的な身体能力と属性魔法に頼り聖剣アルフレードを使いこなしきれていない光聖を殺すことは容易である。
ルシファードからその情報を聞いた俺は、昨日決めた通り人間の国に赴き天野光聖を殺すためにシェオゴラス城をしばらくの間でて行く旨を伝えた。
「人間の国に、ですか………?」
「ああ。天野 光聖–––––––聖剣の勇者を殺す。奴の怪我が治りきっていないならば、確実に殺せるだろう。今度は絶対に逃さない。必ず、息の根を止めてみせる」
「それは我らも望むところなのですが………」
天野 光聖は魔族にとっても勝利を目前にしていた戦争をひっくり返され、自国を滅亡寸前まで追い込んだ怨敵とも言える存在のはずである。
それを殺すと言っている。
諸手を挙げて賛同してくれると思っていたが、ルシファードの反応はあまりよくないようであった。
ルシファード自身が天野 光聖の死は自分たちも望むところと言ってあるのだから、賛同はしているのだろう。
「………何か問題があるのか?」
何か気に入らない点でもあるのだろうか。
疑問に思いルシファードにその反応の意図を尋ねると、ルシファードはその表情を苦くした。
「い、いえ、問題というものでは………ただ、我らにとって勇者は許しがたい存在ですが、アカギ殿にとっては同胞であり同郷のものでしょう? 同族と殺し合いをすることになるアカギ殿のことを思いますと………」
ルシファードは反対しているわけではなかった。
自分たちの戦争により異世界に召喚された中、同郷であり同胞である勇者と殺し合い魔族に与することになっている俺が、同族との殺し合いをすることを心苦しく思っているらしい。
だが、それは彼らが責任を感じることではない。
こちらの世界では人間と魔族は互いを憎み合ってある反面、同族殺しというものを忌避する考え方が主流である。
それは価値観の違いであり、ルシファードが悩むことではない。
俺も殺人狂いなどという輩ではない。確かに同族を殺すことは犯罪であり、いかなる理由があれど許されることではない。そのあたりの常識も法の異なるこの世界といえど、わきまえているつもりだ。
だが、天野 光聖を殺すことは俺自身が決めていることである。
あの男は存在そのものがどの世界にいようとも日向の安全を脅かす。
他の勇者を殺すつもりはないが、天野 光聖だけはたとえ魔族や魔神クテルピウスがその死を望まないと言っても必ず殺す。
今ならばまだ怪我も治りきっていない。
他の勇者がまとめて立ちふさがったとしても、あの男を殺すことは容易のはずだ。
天野 光聖を殺すことは、魔神クテルピウスとの取り決めの埒外にある俺の目的である。この件に関してルシファードが悩む道理はない。
「俺にとって、天野 光聖という男はその存在を決して許すことができない。あの男を殺すのは俺自身の目的であり、この件に関しては魔族と人間は関わりのないことだ。必要のない責任は感じるな」
「わ、わかりました………」
ルシファードは煮え切らない様子だったが、納得はしてくれたらしい。
人間の国に向かうことについては、反対するつもりはないとのこと。
「今は両種族ともに受けた傷が大きすぎます。国を立て直すまでは戦火も起こらないでしょう。こちらのことは気にせず、存分にこの世界を回ってくだされ」
観光をするために旅に出ると思っているらしい。
俺の目的は天野 光聖の殺害であって、異世界の名所巡りではないのだが。
そう聞こえただけで、真意は違うかもしれないため、口を挟むことはしない。
見た目は人間である俺ならば、シェオゴラス城の戦いの際に偽伝令に成りすますことにも成功しているくらいなので、人間の国に入ることも難しくはないだろう。
ただ、人間の国で流通している金銭や、都市間を出入りするための身分証明になるものなどが必要だという。
通貨に関しては、魔族の国で人間のものはほとんど取り扱われていない。
そこで、ルシファードから人間の国に向かう前に、中立の神である龍神を信仰している種族で、両国と交流も深い中立国である、亜人達の国に向かってみてはどうかと提案された。
「亜人達の領域には幾つか国がありますが、人間と魔族の両国との交流も多いため、情報だけでなく人間の国で用いられる貨幣を入手することもできます。冒険者ギルドに加入すれば、身分証となるギルド証も手に入れられます。これがあれば人間の国の都市間の移動もかなり便利になります」
冒険者ギルドの他にも、魔術師ギルドや商業ギルド、医療ギルドに職人ギルド、漁業ギルドなど、この世界における企業のような存在が幾つかあるとのことで、そこに加入すれば身分証として使えるギルド証というものを入手できるという。
中でもルシファードの推す冒険者ギルドというのは、加入者の出自を問わず腕っ節と仕事の遂行能力があれば身分を問わずに加入を認める組織らしい。
これらのギルド証は、人間の国においても身分証として有効であり、都市間の出入りもかなり容易になるとのことである。
確かに、亜人たちの中立国である程度の旅費を入手する方が、人間国の首都を目指す上で都合のいいことがあるようだ。
ルシファードのアドバイスに従い、亜人たちの国を経由することにした。
「………情報提供、感謝する。ではその亜人たちの国を経由し、人間の国に向かうとしよう」
「出発はいつになさいますか?」
「天野 光聖の怪我が治る前に決着をつけたい。すぐにでも発つつもりだ」
戦がないというならば、ここに俺が留まっていても出来ることはないだろう。
急な話なのでルシファードも驚いたが、止めることはしなかった。
ただし、単身で向かわせるわけにもいかないと、護衛兼道案内役をつけさせて欲しいと言ってきた。
魔族は人間とかなり容姿のかけ離れたものが大半を占めているので、魔族が同行するとなると人間の国に入るのがかなり難しくなるだろう。
それに魔族側に人材の余裕は現状ないはずである。
道案内と言っても肝心の人間の国の案内はできない上に、護衛と言われても異世界人同士の戦いとなれば足手まといにしかならないだろう。
その懸念を伝えると、ルシファードは大丈夫だと言い切った。
「ご安心を! アカギ殿に比べればはるかに劣りますが、実力は私が保証します! 勇者は無理でも、人間の雑兵の群れごときならば遅れをとることはありませんとも! それに容姿も私並みに人間に近いものです。必ずや、お役に立ちます!」
「………貴方が保証するならば、信用できるな。了解した」
ルシファードがその実力を認めるほどの強さと、彼並みに人間に近い容姿。
今の魔族の現状を見ればそんな優秀な人材を旅に出すのはあまりよろしいとはいえないと思うが、ルシファードも俺だけが人間の国に向かうのが不安なのだろう。
懸念事項もルシファードによれば十分にクリアできているようだし、ルシファードも単身で敵地に俺を送りたくないらしくこれだけは譲れないという様子だったので、その同行者を認めることにした。
いっそのこと鳥か馬か、そういった動物ならばより簡単にごまかしがきく気がするのだが、魔族はほとんどが異形だというのに二足歩行の個体ばかりである。
ルシファードのいう同行者で妥協することにした。
その道案内役を務める同行者にこの任務を命じるため、ルシファードは出て行った。
シェオゴラス城の城門前で待っている旨を伝え、俺も部屋を後にする。




