シースパロー栗田
魔族軍は現状、最高幹部である三元帥の席が2つ空白となってしまっている。
軍の再建を行うために、まずは将の補填が必要な状況となっている。
そこでシェオゴラス城の戦いにて手柄を立てた魔族の将の昇格を考えている。
勝ち戦だったこともあり、最終的にシェオゴラス城の戦いを含めこれまでの被害を出した責任を取るべき者はベルゼビュートの一計によって1人もでなかった。
しかし軍の再建はいずれ再開されるだろう人間軍との戦争に向けて必要なので、昇格人事を行うことになったわけである。
そこでルシファードとベルゼビュートは俺に意見を求めてきていた。
「魔族のことは魔族内で決めるべきでは無いのか?」
よそ者が口を出すべき案件では無いと言ってみたが、ルシファードとベルゼビュートは俺が先人の知恵を借りて出した、シェオゴラス城の戦いの逆転劇を生み出した数の劣勢を覆す各個撃破戦術を絶賛しており、俺のことを天才軍師か何かだと勘違いしているようである。
この戦術は俺の世界の戦争で編み出されたものであり、俺が作ったわけでは無いと説明したが、2人の魔族に対する効果は薄かった。
「何をおっしゃる! 戦況を見ただけでその戦術の有効性を導き出したのは、他ならぬアカギ殿ではありませんか!」
「紛れもなく将の素質があると思います。私の三元帥筆頭の地位をお譲りしたいくらいです」
ルシファードは手放しに賞賛するし、ベルゼビュートも三元帥に俺を推すなどという暴言を放つ始末である。
ルシファードもベルゼビュートの意見に賛同して俺を三元帥の地位に推そうとしたが、役目を終えれば元の世界に帰還することになる俺がそのような責任ある地位につく訳にもいかないだろうと辞退した。
あの一件により、ベルゼビュートとルシファードの間に小さく無い亀裂が生じるかもしれないと俺は懸念していたが、2人は付き合いが長いせいかルシファードはベルゼビュートの考えをすぐに察していたらしい。
つまりあの怒りの後半は完全な演技だったわけである。
俺の懸念は杞憂だった。
顔も美形で演技も俺が騙されるほどにうまい。
魔王ルシファードは俳優に向いているという一面を発見することとなった。
それはともかく。
魔族内の俺に向けられる予定だった不満も収め、一致団結して国の再建を始めようとする矢先に、自分たちの崇める神から加護を授けられて最後の戦いにしゃしゃり出て、目にしたわけでも無い活躍が1度あっただけのぽっと出の無名の鎧男を三元帥に指名する。
どう考えても愚策である。
俺にそのような能力は無いし、消されかけていた不服が再燃することになるだろう。
話し合いの余地が無い勇者の筆頭である光聖は取り逃がし、しかも生き残った。
奴が生きている限り日向の安全を確保することも、勇者達に女神の召喚の真実を伝えて帰還させることもできない。
この脅威が取り払えていない状況で魔族の内戦が巻き起こりかねない不満の種を作るのは愚行である。
ルシファードもベルゼビュートも、統率者としても軍人としても政治家としても優秀なはずなのだが、どうにも魔神クテルピウスに対する信仰心のせいか俺を持ち上げすぎている。
彼らが思っているほど、俺は有能では無い。
それ以前に俺は魔神クテルピウスと契約を交わした身であり、ルシファードたち魔族がシェオゴラス城の戦いに関して何かを報いようという考えは間違えている。
俺は俺の目的のために戦っているに過ぎず、彼らに感謝をされる筋合いは本来無い。
それに、シェオゴラス城の戦いでは活躍した魔族の将がいるという話も聞く。
むしろ彼らの功績に報いるべきだろう。
「俺はかつての世界で人を率いるような経験はなかった。高い地位を与えられても何もできないぞ?」
「そういうことならば、仕方がありませんな」
ルシファードとベルゼビュートは煮え切らない様子だったが、俺を三元帥筆頭の地位にするなどという案は取り下げてくれた。
ならばと、昇格人事についての意見を求めてきた。
魔族の人事によそ者の俺が口を出すべきでは無いだろうが、これは引き下がってくれない様子だだったので、あくまで俺個人の見解から意見させてもらうということで、2人からシェオゴラス城の戦いで特に活躍したという魔族たちの話を聞いた。
特にその活躍が目立ったのが、右翼の戦場に参加していた将たちだという。
決戦の日まで勇者がいた右翼の戦場で魔族軍を率い、数の不利を物ともせずに戦い抜く指揮を見せ、決戦の日には先陣を切って突撃し武人として奮戦、最後には追い込まれていたルシファードを助けに入り、都合3人の勇者の撃退をして見せたという鬼の魔族、グラヴノトプス。
ルシファードに代わり各個撃破戦術の主力を担う軍勢の指揮をとり、敗れたものの闇属性の魔法を駆使する勇者と渡り合い、その後は片手をなくした負傷を物ともせずに軍の指揮を最後までとり続けたという魔族、ゴエティア。
最も活躍したと言えるのは、この2人の魔族だろう。
「ゴエティアとグラヴノトプスが指揮官、武人の能力として優れている。この2人ならば三元帥の地位にふさわしい活躍をすると俺は思うが」
それを聞いたルシファードは、迷いなく決定した。
「アカギ殿の慧眼、恐れ入ります! この両名を三元帥に昇格させます!」
「…………………」
候補として出したのはルシファードである。
信頼してくれるのはこちらとしても都合がいいのでありがたいことだが、これでは担ぎ上げられているだろう。
両名ともに俺に恨みを抱いている様子であり、グラヴノトプスに関しては襲撃したことがあるためベルゼビュートはあまり嬉しくはなさそうだが、口を挟むことはしなかった。
それからしばらくの間、ルシファードらと昇格人事について話し合いを続けた。
俺はできるだけ口を挟まないようにして、意見を求められた際に俺の個人的な見解という普段はあまりやることのない主観的な意見を出すことにとどめていたのだが、それを言うたびに絶賛されてはその通りにルシファードとベルゼビュートは次々に決定していった。
ルシファードもベルゼビュートも魔族を率いるものとして、非常に優れた能力を持っている。
2人だけで話し合っても問題なかったとしか思えない時間は、随分と短かったように感じたが、しかし実際はかなり長い間話し込んだ。
魔王と三元帥筆頭という魔族のトップ2名が暇なわけがない。
むしろ国が疲弊している状況では彼らがやるべきことは山のようにある。
「もっと短かったと思っていたが、もうこんな時間か。今日はここまでとしましょう」
「これ以上は長居できませんね。われわれはこれにて」
2人の魔族が会議の時間であることを伝えに来た迎えの魔族に先導され、出て行く。
静かになったこの一室で、残された俺は今後の方針を決めることにした。
魔族と人間。
双方ともに、シェオゴラス城の戦いを終えてこれ以上の継戦が困難なほどの損害を受けている。
ルシファードとベルゼビュートも、当分は休戦期に入るとの予想をしており、その間に国の再建を進めるという。
勇者たちも戦争は休戦に入り、リーダーである天野 光聖は重傷を負ったことで、当分は動かなくなるだろう。
そうなれば戦うために召喚された俺は、再び戦が起こるまでこの国では必要なくなる。
とはいえ再戦を待っているようなつもりはない。
日向の安全を確保するためにも、天野 光聖を殺す。
それにはまだまともに起き上がれないという現状が襲撃のチャンスだろう。
勇者たちは人間たちの国に一度撤退しており、そこで休んでいるという。
人間側も三元帥の2人を失っている魔族が早々に軍を再建できるとは思っていないらしい。
本来の姿が人間である俺ならば、人間の国にも容易に潜入できる。
混乱も多い戦場だったとはいえ、黒髪というこちらの世界の人間には珍しい外見をした俺が伝令に扮して光聖たちに接触することができた。
人間の国に忍び込み、天野 光聖を殺す。
現在は休戦期に入っている。ルシファードの身に危険が及ぶ可能性は少ないはず。
そう考え、俺は天野 光聖の暗殺のために人間の国へと旅に出る事にした。




